謁見の間にて
緊張感が漂う謁見の間で、王と勇者は対峙していた。この場には、勇者と王、王の護衛である俺と王宮騎士団団長・副団長しかいない。一番勇者に近い位置に副団長、王と勇者の中間地点に俺、王の隣に団長が立っている。
王の謁見に立ち会う護衛の人数がこれだけ、しかも大臣が一人も居ないというのはかなりの異常事態だ。けれど一ヶ月前に魔王より受けた傷は大きく、多くの兵士は町の復旧や近隣の魔物退治に駆り出され、大臣たちは国を回すために国中を駆け巡っていて忙しい。そのため、現在王の護衛は腕の立つ王宮騎士三人で回していた。
「勇者よ、よくぞ来てくれた。知っていると思うが、私はミンストレイル国第十五代目国王、バルド・アルアンダルス=ミンストレイルだ」
「いえ、臣民として王様の召喚に応じるのは当然です。私はオラージュと言います。農民の出なので、性はありません」
王の御前のため、赤い絨毯に膝を着く勇者。その姿を不躾にならない程度に観察する。
齢は十六くらいかな。妹と同じくらいだろうか。中性的な顔立ちで、男に言うのは変な表現かもしれないけれど、かなりの美人だ。猫の様な少し吊り気味の大きな目は、ルビーのように透き通った真紅。銀色の髪は、右側は短く切られていて左側は肩まで伸ばされている。このあたりでは見かけない不思議な髪形だ。この勇者、さっきっから笑みを浮かべてはいるが、目がちっとも笑ってない。こういうタイプは腹に一物あるんだよなぁ。
「すでに知っていると思うが、今から一月ほど前、魔王ミデンが世界中に宣戦布告と同時に攻撃を始めた。大陸のあちらこちらで魔物や魔族達が暴れ回り、我が娘――マルタが留学している隣国アルテセイラも頻繁に魔王軍による襲撃を受けている。しかし、呼び戻そうにも街道は魔物に溢れ、これ以上兵を割くことはできん」
王は最後は小さな声で呟くように言った。背を向けているからどんな顔で言ったのかわからないけれど、姫を目に入れても痛くないほど可愛がっていた王だ。おそらくこの世の終わりの様な、悲痛な面持ちでいるのだろう。
「勇者オラージュ、そなたを呼んだのは他でもない。隣国よりマルタを連れて帰って来てほしいのと、この大陸のどこかにいる魔王を討ち取って貰いたい」
その王の言葉を聞くや否や、勇者は笑みを消した。視線を床に落とし、何か考え込んでいるみたいだ。広間には静寂が広がる。
五分か十分か。いや、実際は数十秒間かもしれない。長く感じられた沈黙の後、勇者はしっかりと顔を見上げ、力強く頷いた。
「わかりました。その話、お受けします」
背後からガタンッ。と、王が勢いよく椅子から立ち上がったのか、音が聞こえる。
「おお! 引き受けてくれるかっ」
「はい。ですが、お願いがございます」
「なんだ? なんなりと申してみよ」
「私の故郷は土に恵まれない場所にあります」
勇者様の話が長いから簡単にまとめると、土のエレメントが少ないから作物が育たず、また他に代わる様なものもないため村全体が貧しい。勇者様の家には、老いた祖父母に体の弱い母、五人の幼い弟妹達がいる。父親は出稼ぎに行った土地で魔物に襲われ、消息を途絶えた。家族で働けるのは勇者様だけで、村にとっても働ける労働力が減るのは苦しい。だから、無事姫を助ける事が出来たら、五年先まで村の税を免除すること、そして家にわずかばかりのお金を渡して欲しい、ということだ。
「あと、私の家はこのように貧しいので、旅に必要な準備を整える資金がありません。そこも援助してくれたら有難いです」
「うむ……」
その言葉に王は険しい顔で考え込む。おそらく、国の財政に関して考えているんだろう。別にそれくらい良いじゃないかとも思けど、国庫は常に火の車。
「勇者オラージュよ。そなたの願いを聞き入れたら、必ずや姫を救ってくれるか」
「私の名に懸けて」
「わかった。そなたの願い、聞き入れよう」
王は俺とは反対の位置にいる近衛騎士に「支度金と武器と装備を勇者に」と命じた。暫くして、使い古された剣と、防具、小さい金袋が勇者様に渡される。
「使い古しですまないが、武器と防具、それと支度金だ。その金袋の中には一〇〇Fが入っている」
は? と常に無表情でいなければならないことも忘れて、王をまじまじと見る。今なんつった、このハゲ。一〇〇Fなんかじゃ十分な装備は愚か、一食の食事ができるかどうかだ。魔物を倒せば、出てきたエレメントと金を交換することが出来る。でも、そのボロボロの装備で魔物に向かうのはあまりにも無謀だ。
「勇者オラージュ、そして近衛騎士ディオスよ! 姫を助け、魔王を滅ぼし、この世界に平和をもたらせ。見事魔王を倒した暁には、そなた達の望むものを何でも与えよう。さぁ行け、選ばれし者達よ! 新たなる伝説を作るのだっ」
声高々に王が杖を掲げて扉を示すのと同時に門が開く。「一度このセリフ言ってみたかったんだよね~」じゃねぇよハゲ。聞こえてんだよ。
そんな王に、勇者様は胸に右手を当て、誰もが見惚れるほど美しい笑みを浮かべた。
「必ずや、彼とともにこの世界の平和を取り戻してきましょう。ね、ディオおにーさん」
俺に向けて勇者様は満面の笑顔を向ける。この笑みに赤面する人多数。感嘆のため息を漏らしている。しかし俺は叫びたい。
お前らこいつの目をよく見ろ! まっっったく笑ってねーぞっ。
俺、こんな笑み向けられたら、口の端が引き攣っちゃうのは仕方がないと思うんだ。ほら、今だって『はよぉ、「はい」と頷けやゴルァ。ど突くぞワレ』って目が言ってるもん。目がめっちゃギラギラしてるんだもん。でも俺は負けない。俺の人生設計の為にも、ここで負けるわけには……。
「ディオおにーさん?」
「ハイ、勇者サマっ。必ず俺達で魔王を倒しマショウネ!」
……なんとでもいうがいい。俺にこいつに逆らう勇気はない。