出会い
遥か遠い昔から、勇者と魔王の戦いは幾度も繰り返されてきた。
魔王とは、一定の周期ごとに発生する、ある種の自然災害だ。
大気中にはエレメントと呼ばれる魔力の素が含まれており、それぞれ火・水・土・風・聖・闇と属性がある。エレメントは常に一定の濃度の均衡を保っているのだが、何故か百年ごとにこのバランスが崩れて暴走する。その影響を受けた魔力の高い個体が突然変異で進化したもの、それが魔王だ。
魔王の性質は魔王の数だけ存在する。
海も割る力を誇り常に前線に立った魔王。巨大な魔力と万の魔術で敵を葬る魔王。補助を得意として配下を強化し侵攻を進めた魔王。そのどの魔王にも共通しているのが、酷く好戦的で残忍、強大な力を持ち他種族と敵対するという点である。
その魔王を止められる唯一の存在が、女神から神託を受けた者、人々の希望の光である勇者だ。魔王同様、勇者もまたその数だけ様々な勇者が存在した。
勇者と魔王の戦いは、勇者が魔王を滅ぼす時もあれば、魔王が勇者を討つ時もある。前回の勇者と魔王の戦いは、勇者の勝利で終わった。
これは、前回の戦いから二十三年後。まだ数十年は続くはずだった平和な時代に、突如現れた世界征服を目論む魔王と、それを討たんとする勇者たちの物語である。
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「おいディオ、聞いたか? 勇者様がこの城に到着したって話!」
謁見の間に向かう道すがら、興奮状態の同僚に呼び止められて足を止める。
俺はデュオス・ヴァレンス。我がミンストレイル王国が誇る近衛騎士の一人で、努力でもって今の地位を手に入れたモブキャラDだ。現在二十三歳で年齢=彼女いない歴。だが、それを理由に悲壮にくれたことはねぇ。仕事が俺の彼女みたいなものだ。顔はそこら辺にいるモブと同じく、平々凡々で可もなく不可もなくってところだろう。よく童顔と言われるけど、どうなのかね。お袋や妹が言うには、向日葵色の髪と、翡翠の様な少し大きめの釣り目がチャームポイントらしい。
「ああ聞いたよ。これから丁度謁見の間で王の護衛だ」
子供の頃、俺はこの世界で特別だと思っていた。
子供特有の思い込みだというものだ。ほら、誰にでも覚えがあるだろ? 自分は世界一強いんだとか、神様やなにか凄い存在に特別な存在に選ばれるんだとか、将来憧れてるあの人のようになるんだとか、そういうの。俺も「俺は将来、神様から勇者に選ばれる存在なんだ!」と、そう思い込んでいた一人だった。
俺が赤ん坊の頃、魔王の軍勢が人間界に攻め込んできたらしい。闇に覆われ、魔物が我が物顔で跋扈する世界。何処其処の村が襲われた。あの国が滅ぼされたという風の噂が届くたびに、次は自分たちの村が襲われるんじゃないかと怯える日々。そんな毎日に終止符を打ったのは、神から勇者の神託を受けた辺境の村出身の少年だった。彼は数々の困難を旅の仲間達と共に乗り越え、ついに魔王を討つ。少年が魔王を討った日、闇が弾けて天から光が降り注いだという。魔王討伐後はとある大国の姫を貰い受けて、現在は国民から英雄王と呼ばれて慕われていると聞いている。
この勇者ユーシアの偉業を知らないという子供はいないだろう。子供でも、彼の行ったことは誰にでも出来るもんじゃない、とても凄いことだっていうのはわかる。だから勇者ユーシアに子供達が彼に憧れたのは当然じゃないかな。俺たちは、毎日勇者ユーシアごっこで遊んでた。俺はじゃんけんが弱いからいつもユーシアになれなくて、たいてい序盤にやられるスライムとかゴブリンとかの雑魚役だったな。
いつか、勇者ユーシアみたいな偉大な勇者になるのが夢だった。勇者になったらユーシアのように剣で戦うんだって思って、枝を削って作った木刀を、修行と言って毎日振り回していた。俺は馬鹿だったから、俺も彼みたいになれると本気で信じていたんだ。でも、やっぱりそう都合よく運命は回ってくれなくて、年を重ねるごとに俺はしょせんモブでしかなりえないと現実を見るようになった。
魔王が復活するのはまだ先だし、本当の勇者は、俺とは違う、特別な存在がなるんだろう。夢を見るのはもう終わりにして、モブなりに一生懸命生きよう。急な事故で親父が死んじまった時、俺はそう思った。これからは、親父の代わりに俺がお袋と妹を守るんだ。いつまでもガキのままじゃいられねぇって。
斡旋ギルドで仕事を探していた時、丁度城の兵士の募集板を見かけて、給料もそこら辺の仕事より断然良かったから迷わず城の門を叩いた。
それからの三年間は地獄のような訓練の日々だったよ。毎日走って雑用して訓練してまた雑用して筋肉を鍛えて。あまりのキツさに食事を戻すことも少なくはなかった。荷物をまとめて城を去る奴もたくさん見てきた。俺も何回も投げ出したくなって挫けそうになったけれど、でも訓練兵でも所属しているだけで給料がもらえるから死ぬ気で耐えてきた。俺が頑張らないで誰が頑張る。お袋と妹の暮らしを、誰が支えるんだって毎日自分に言い聞かせた。一般兵に上がってからも努力を怠ることをせず、常に上をみて頑張ってきた。
そして二年前の二十一歳になった誕生日。その努力を認められて、俺はエリート中のエリート、王直属の近衛騎士団に配属された。給料も一般兵の時の十倍と一気に跳ね上がる。近衛騎士団団長から騎士団勲章を渡された時は、もう気分はウハウハ超ハッピーだったね。
蛇足だけど、訓練兵の時からその実力が認められて近衛騎士団に抜擢される奴もいることはいる。
ただ、そういうのは類い稀なる才を持つ、所謂天才と呼ばれる人種の奴らだけだ。それ以外の凡人は、一兵卒というその他勢の中で下積みを積む。そこで働きを認められたら上官から推薦状を貰うことができ、近衛騎士団入団テストを受けることが出来る。それに合格した成績上位者五名が王と近衛騎士団団長・副団長と対面し、圧迫面接を受ける。そして三人に気に入られたら正式に入団、誰か一人にでも「こいつ気に入らない」と思われたら不合格になる。つまり、とても近衛騎士の門はとても狭いんだ。俺がどれだけ頑張ったかわかってくれたか?
近衛騎士団の仕事は一兵卒の仕事とは次元が違う。王の護衛に着くのはもちろん。護衛の任に着いていないものは、上級の魔物出現の報告があれば兵を引き連れて魔物の討伐に。なければ自主訓練をして、どのような状況でも王を守れるように己を鍛える。
たまに襲撃してくる巨大生物や魔物をぼちぼちと討伐して、王を護衛して、それ以外の日はもっぱら訓練をするだけの毎日。このまま平和な毎日を過ごして、綺麗な嫁さんを貰って、かわいい子供に囲まれて幸せに暮らす。子供達が成人した後は、貯蓄を崩して、嫁さんとのんびりとした田舎で余生を過ごす予定だ。そして死ぬ時は、大きく育って頼もしくなった子供たちと孫に囲まれて笑顔で死ぬ。
これが俺の人生計画。王直属近衛兵団員Dとして、いてもいなくても差し当たりもないモブの中の一人として、モブなりに幸せな一生を過ごして終えたい、いや終えるのだと思っていたんだ。
だがその計画は、一月ほど前に、前代未聞の事態によって崩された。
「え、ちょっと待て。今から謁見の間っていうことは……」
「おう、ちょっくら勇者様を見てくるぜ」
「まじか! くそ羨ましいな畜生!」
ぎゃーぎゃー煩い同僚を尻目に、俺はここ一ヶ月のことを思い返す。
今から一月ほど前。いつの間にか復活していた魔王による宣戦布告がされた。
雲一つなかった青空に暗雲が立ち込み、世界中の空に一人の男を映しだされる。金と宝石をふんだんに使われた王座に、足を組んで座る銀髪赤眼の男。顔はとても良く整っているが、不気味な笑みを浮かべている。突然の出来事に黙りこくる人々。それが見えているのか、いないのか、男は愉快そうに口を開いた。
『力も無く知恵も無い、哀れな女神の奴隷達よ。我が名はミデン。世界に牙を向く者、お前たちが魔王と呼ぶ存在だ。これより世界征服の為の侵攻を始める。せいぜい足掻くが良い虫けら共』
言い終わると同時に男が指を鳴らすと、天から火球が降り注ぐ。火球は魔物となって人々を襲い、多くの人々が犠牲になった。
それから一週間後、王城に女神が新たに勇者の神託を少年に下したという報が届く。
「今回選ばれた勇者様も辺境の村、しかも王都から馬車で四週間かかる所の出身って噂だったから、どうなる事かと思ったけど。いやー、無事に着いたようで良かったなっ」
「そーだな」
勇者様、か。少し複雑な心境だ。もう勇者を夢見るほどガキじゃない。けれど、どうして、と嫉妬してしまう気持ちもわずかにあった。俺は脇役。どんなに頑張っても、物語の主格になれる存在じゃないのに。
「未練はないと思ってたんだけどな」
「ん? なんか言ったか」
「いや、なにも。んじゃ、俺そろそろ行かないと団長にどやされっから」
「おう。引き留めて悪かったな。後で勇者様がどんな人だったか教えてくれよ」
同僚の声に手を上げて応えた。