みなそれぞれ、過去と個性
町の背後に迫る山の緑はいっそう濃くなり、目の前の海は、昇ってきた太陽を反射させ水面のところどころがキラキラと光っている。
初夏のこの時期、少しでも運動をすれば汗ばんでくる。季節の変化も、人の変化も簡単に受け入れてくれるこのカラフルな倉庫の側面には縦に長い広場がある。そこでは長い髪を後ろで束ねた男と、一見したところまだ10も行かない幼い男の子がキャッチボールをしていた。男の子はその小さい体を目一杯つかって、男にボールを投げた。男は体からやや右にそれてきたボールを取る。グラブにボールが収まる音が響く。
「いい球だ。でも、ちゃんと正面に投げてこいよ。」
カトーそういってD-27へ返球する。
カトーが投げたボールは、お手本のようにD-27の胸元でグラブにおさまった。
「はーい」
高く幼いこえで返事をしたあと、D-27はみずからのグラブにボールを投げ入れる動作を何度か繰り返した。その様子から少しの違和感をカトーは感じ取った。
「ん。なんか嫌なことでもあったか?こわい夢をみたとか。」
カトーはそう聞いて、グラブをD-27に向けることで返球を促した。
こくりと頷いて、D-27はカトーにボールを投げる。先ほどと違って、そのフォームには力強さがない。
ボールをとった感覚はカトーの手に弱く、しかし、じんわりと残った。
「よく見るんだ、見たくない夢なのに。」
「どんな?」
「昔の。。。火事の夢。」
「火事か。」
しばらくの沈黙を挟んでカトーは優しくD-27へボールを投げた。
山なりの軌道を描き、ボールはD-27の胸元でグラブにおさまった。
「前にいたお家が火事になったんだ。」
D-27はグラブを外して下をむいた。
「ああ。そうだったな。」
カトーは悲しげな表情の少年のところまで近づいて答えた。
「その時の夢を見るの。怖いんだ。ねるのが。」
D-27は、恐怖と悔しさと様々な感情を混じらせた声で、ポツリポツリと話した。
カトーは、D-27が以前に住んでいたところが火事になったことを知っていたし、家族をその火事で失ったことも知っていた。D-27の悲しみは十分に理解できた。
ここの住人はみな何かしらの過去を持っている。その全てをカトーが知っているわけではない。しかし、小さな港の古い倉庫にたどり着くということは、みななにかしらの、悲しみや苦しみを背負っているであろうということはわかっていた。彼自身もそうである。けれども、ここで生き生きと生活する皆をみていると、ときおり、そんなことを忘れてしまう。
そして、今、目の前の少年が、一見10にも満たない年の少年が、過去に苦しめられている。このことに胸が痛んだ。
「火事の夢は怖いよな。けど、ここは火事にはならないから大丈夫だよ。なっても目の前が海だ。安心だろ。」
自分をも励ますようにカトーはD-27に声をかけた。
「うん。」
D-27は頷いた。
「怖い夢をみてもな、朝起きてからいっぱい楽しいことをして忘れればいいさ。」
「うん。」
「またG-24に面白い話をしてもらえ。」
「うん。」
ふとG-24の顔がカトーの頭に浮かぶ。
彼の俳優に似た端正な顔は、おそらくかつての雇い主の好みであろう。彼が持つ能力も同じことだ。彼は個性を押し付けられていたのだ。
「あいつはなんでも知っているからな。いっぱいお話をしてもらえ。
「うん。」
返事を重ねるごとにD-27の声は明るくなっていく。
ロボットと人間その一方的な関係は、人の醜さやエゴを映し出すこともあろう。カトーはときおりそう思うことがある。そして人間が嫌になる。しかし、人間になりたいと思い、自身が人間だと思い込むロボットもいるのだ。
「キャッチボール続きしよ。」
D-27の明るい声で、考え込んでしまいそうになっていたカトーは、我に返った。
「よしっ。やるか」
「みなさん。そろそろお昼の時間ですよ。」
T-9が窓から顔を覗かしている。
「今日は日曜日。お前が昼飯当番の日だったな。もうできたのかい」
「はい。オムライスを作りました。あと充電器の準備もできてます。」
「ありがとう。T-9。」
「よし。キャッチボールはあとにして、オムライス食べるか」
カトーはそういってボールをD-27から受け取った。
今日は日曜日。一週間の疲れを癒し、また新たな活力ある一週間へ備える休息日である。しかし、一週間はここから始まるのだ。