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夕暮れの教室で

作者: 折鷺馨

夕暮れの教室で圭介は何となく席に座っていた。授業がとっくに終った教室に遅くまで居座る物好きはそういない。夕日が差す教室には誰の姿もなかった。

もっとも、圭介がわざわざその時間を狙って来たのだから当たり前だろう。

圭介は一ヶ月前の下校途中に幼馴染みと事故に遭った。大怪我をした圭介は入院していて、学校に復帰するのは明日からだ。奇跡的に軽傷で済んだ幼馴染みの里花と一緒に、友人を驚かせるため圭介が明日復帰するのをクラスの誰にも伝えていない。

今日はリハビリを兼ねて学校にきたのだ。

圭介がなにも言わず座っていると後ろから小突かれた。

「どうしたの、ぼーっとしちゃってさ。久々の学校なんだからテンションあげなさいよ!」

「痛ってぇな里花。久々だけど、誰もいねぇのにテンションあげれるかよ。一人ではしゃいでたら俺頭おかしいだろ」

「うーん、大丈夫よ。圭介はもとからおかしいから‼なーんてね」

「うわ、ひでぇ……」

「あはははっ」

笑いながら机の間を縫って、里花は窓の外を眺めた。

里花の黒髪や顔、少し時代遅れなセーラー服が夕日のせいで赤に染まる。

写真の様なその光景に圭介は寒気を感じた。

そして、圭介の視線に気づいた里花が笑う。

「何?私が綺麗だから見とれてるの?」

普段なら難なくかわす軽口だったが、圭介は上手く言葉が出てこなかった。

「………そ、そうかもな~。ははっ」

ぎこちなくそう返して、圭介は里花から視線を外す。

一ヶ月ぶりに着た詰襟にどうしようもない違和感と息苦しさを感じた。

変なの~、と言って里花は笑った。

「圭介がいない間ね、たくさんのことがあったんだよ!」

窓の縁に座りながら里花はこの一ヶ月のことを話始めた。

里花は圭介の前では学校の話題を避けていた。それが今嬉しそうに話しているのを見て圭介は少し安心した。

どうにも、里花に気を使われるのが落ち着かなかったからだ。

圭介は一つ息をついて圭介のいない間の出来事を話している里花を見る。

夕日の光を受け続けて赤く染まった里花に既視感を覚える。

とても、似た光景を見た記憶があった。懸命にそれを思い出そうとする。

「あっ」

そして、思い出す。とっても大切なことを。

学校に来ていることよりももっともっと重要なこと。

「それでね他にも山口君と美奈子が家庭科の時にさぁ…」

「里花」

「ん?」

圭介が話を止める。

「どうしたの圭介?あ、もしかしてどっか痛いとか!?」

「違う、大丈夫どこも痛くない」

駆け寄ろうとする里花を制止する。

「なあ、里花。お前がさ見舞いに来てくれたときっていつも外のベンチで話してたよな」

「へ?そうだけど急にどうしたのよ」

「この一ヶ月さ、里花以外が見舞いに来てくれた覚えなんだよなー」

「それは皆で行くと迷惑だからって私が一任されてたのよ」

「ふーん」

圭介の突然の話の意味が分からず里花は困惑していた。

「他の皆が来なくて寂しかったんだね。ごめん、言わなくて」

申し訳なさそうに呟かれた言葉に圭介は答えなかった。

二人だけの教室。夕日は相変わらず里花を赤く染め続ける。

赤に染まるその姿はあの日と同じだと圭介は思った。あの日も里花は染められていた。

「里花、俺がいなくなった一ヶ月ちゃんと笑ってたか?」

「何、その質問?」

「いいから」

「圭介には悪いけどちゃんと笑ってたわよ」

「そうか、お前いつも美奈子と帰ってただろ。それはどうした」

「お見舞い行くからって、断ってたのよ。毎日付き合わせるの悪いじゃない。美奈子なら分かったって言ってくれたもの」

「そっか……」

圭介は心のなかでクラスメイト達に感謝した。

遠くから救急車のサイレンが聞こえる。

「里花、お前目は良かったよな?だったらさ、俺の机の上をよく見てみろよ」

意味がわからなかったがとりあえず圭介の机を見てみる。窓から圭介の机はさほど離れていない。だが、目を凝らした瞬間里花は血の気が下がるのが分かった。圭介の机の上には今まで気づかないのがおかしいほどしっかりと花瓶が置いておった。

生けられていたのは菊の花。

「何それ……何でそんなのがあるのよっ‼」

窓から離れ、花瓶を叩き割ろうと振り上げる。その腕をいつの間にか立っていた圭介が止める。

「圭介ごめん、気づかなくて。こんないたずらをする人がいるなんて!」

「里花」

「違うの、圭介が全然戻ってこないから皆ふざけただけなのよ‼」

何で気づかなかったのかと里花は髪を振り乱す。違う違うと繰り返した里花の声はいつからか涙声が混じっていた。

「里花‼」

圭介の強い声にびくりと震える。

里花の手から花瓶を離させ、圭介はうつむく里花に語りかけた。

「あの日さ、二人で歩いてたら車がこっちに一直線に向かってきたよな。俺そんなの初めてだったからさ体が固まっちまってさ。これ死ぬなーって思ったんだ。そんときに隣に里花がいるの思い出したんだ」

二人しかいない教室に圭介の声だけが響く。

「俺、ほとんど産まれたときから一緒でずっと隣にいた里花のことが好きでさ。だから、守んなきゃって……いや、いいところ見せたかったのが先かな。そう思ったんだ」

圭介は話ながら苦笑いした。

「今さら言ったって遅いけどさ。で、急に視界が回って次に見えたのが里花だった。里花の服とかがめっちゃ赤くて心配だったんだ」

話を切ると里花が震えてるのが分かった。

「馬鹿…じゃないの……人のこと突き飛ばした癖に………自分は逃げないとか。目の前で……倒れてる………圭介とか、まじで………馬鹿じゃん………」

里花の言葉に圭介はなにも言わず耳を傾ける。

「圭介が、目の前で跳ねられて真っ赤な血溜まりの中で倒れてるのとか全然現実味がなくて。全部どっきりなんじゃないかってくらいで。なのに私の頭が追い付かないうちに色々終わっていっちゃって。圭介がいるって思わないとこの世界の全部から圭介がいた跡が消えちゃうんじゃないかとおもった!何もなくなるのが耐えられなかった‼」

そうまくしたてると、里花は袖で思いっきり涙を拭いて、赤い目でまっすぐと圭介を見た。

「……ショックでおかしくなるとか私らしくないね。話合わせてくれた皆にもお礼言わなきゃだ」

精一杯平静を装った。

「そうだな、俺の分も言っておいてよ。俺もう言えないし」

「分かったけど、変に思われないかな。今さら圭介からの伝言なんで」

「変だった奴が今さら言ってもなんとも思われねぇよ」

「………そう、だけど」

「今、里花と話してる俺が幽霊なのか里花の想像のなかの俺かわかんねぇ。けど少なくとも今ここにいる俺が言ってんだ本当のことを伝えるだけだろ?」

「そうだね」

夕日が傾き遠くの空に星がちらつき始めた教室。二人しかいない教室は静かだった。

「里花最後に一つだけいいか?」

首をかしげると、少しだけ照れ臭そうに圭介は頬をかいた。

「俺は、里花を守れたか?」

里花はこれが本当に最後なのだと分かった。いや、多分圭介も分かっているのだろう。答えたらもう二度と会えない、と。

答えなかったら、もしかしたら圭介がいなくなることはないのかもしれない。そんな考えが一瞬だけ里花の頭をよぎる。

目を閉じて、里花は深呼吸をする。その間の静寂がとても長く思えた。

「圭介は事故の日と今日と二回も私を守ってくれた‼」

そうだ、二回も守ってくれた圭介にこれ以上の心配をかけるわけにはいかなかった。

「今までとこれからで一番私を守ってくれた、私のヒーローだよっ‼」

里花は大声でそう叫んだ。

ヒーローという、予想外の言葉に目を丸くして大笑いする。

「あっはは!そっか、ヒーローかぁ。そんなの男にとって最大級の誉め言葉だな!」

圭介がそう言った瞬間窓ガラスに光が反射して里花の視界を奪う。

次に目を開けたとき圭介の姿は消えていた。

教室を見回してみてもどこにもいない。

日が落ちて暗くなった教室に里花はたった一人だった。

圭介と事故にあったその日から今までの全てが夢だったと言えそうなほど現実味がない。

ただ、圭介とはもう二度と会えないという喪失感だけが里花の心の中に残っていた。

拭いた筈の涙がまた流れ始めた。

一ヶ月の間現実を見ずに止めていた涙が堰をきって流れ始めた。

「…………圭介ぇ……」

里花が圭介の机を見たときさっきまではなかった紙を見つけた。二つ折のそれを開いてみると、よく知った字でメッセージが書いてあった。


『泣くな!幸せになれ‼ ヒーローの圭介より』


それは何よりもの証だった。

ここに圭介がいたという最大の証だった。

里花はもう一度袖で涙を拭くと

「……もう、泣かないよ。ありがとう圭介」

そう言って、教室を後にした。

初めて書いた作品です。

沢山の方の目に触れるところへの発表も初めてです。

注意するべきところやアドバイスがあれば是非とも教えてください。

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