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魔王の息子とセイレーン(兄)

 

「―――――――申し訳ございません、殿下。妹がご迷惑を。」

「いや、気にするな。」


 そういうわけには……と眉をひそめる、頭に「麗しの」と付きそうな美青年は寝台を見下ろした。


「…………ごめんなさい、兄様。」

「お前は少し転婆が過ぎる。反省しなさい。」

「はい、兄様。でも、あたし、これでも気を付けていたのよ。」

「気を付けてそのザマだろう。そもそもお前はだな、」


 魔王の息子はこれは長くなりそうだと窓の外を見やった。


 現在地、ユートピア。


 腕どころか肩から背骨まで気持ちよく骨を折ったセイレーンはぴぃぴぃ泣いて、魔王の息子は仕方がなく船をUターンさせてユートピアに戻ってきた――――ところで、セイレーンの一族の長、即ちセイレーンの兄に捕まった。彼は慣れた様子で寝台に妹を寝かせると、しゅるしゅると包帯でセイレーンの骨を固定していく。


「………慣れたものだな。」

「お恥ずかしい話ですが、この娘は幼いころからよくこうやって骨を折っておりまして。」

 よどみなく動く美青年の手はセイレーンの羽を器用に避けてぐるぐると包帯を巻き付ける。

「だって、じっとしてられないんですもの。」

 拗ねたようにそう言うセイレーンに、その兄は深い溜息をついた。

「しとやかな娘に育つよう我々も試行錯誤したのですが、見ての有り様でして。」

「何よ、兄様。まるであたしが悪いみたいじゃない!」

「そうだな、悪いのはお前をどうにかできなかった私たちだな。」

 セイレーンもよく喋るが、セイレーンの兄もよく喋る。とうとうセイレーンが喧嘩腰になった所で、魔王の息子は横槍を入れることにした。


「ところで、お前たちの務めは順調か?」


 その言葉に兄妹は弾けるような勢いで魔王の息子を見た。


「――――――ご存知だったのですか。」

「あなた、知ってたの?」


 口を揃えてそう言う兄妹に、魔王の息子は何でこんなに食いつくんだと内心ビビりつつ「親父に聞いたから。」と魔族の神を引き合いに出した。するとセイレーンの兄妹は顔を見合わせて、ため息を1つ。


「陛下のことですもの、きっと肝心な部分は伝えてないんじゃないかしら。」

「――――陛下のことをそんな風に言うんじゃない。だが、まぁ、そうだな。」

「……何だ、俺が知っていてはまずかったのか。」


 面白くないという顔を隠しもしない魔王の息子に、セイレーンの兄は慌てて「そうではないのです」と取りなした。慌てる様子ですら絵になるイケメンっぷりに魔王の息子は感心して、アレクシアといいこの2人のセイレーンといい、セイレーンというのは誰も彼もが美しく生まれてくるのかと考えた。魔王の息子の頭の中でセイレーンの務め云々の話がどうでも良くなって来たころ、セイレーン2人は深刻な顔をして何やらひそひそと話し合っていた。

 魔王の息子的にはとりあえずこの2人の喧嘩が収まってくれれはそれで良かったのだが、新しい問題を招いてしまったらしい。うわ、めんどくさい。魔王の息子はまたやらかしてしまったなと後悔しつつも、使命感と決意に満ちたセイレーンの兄の横顔を視界の端に見た。そんなに重大なことを話さなければならないような話題を振ってしまっただろうか。


 魔王の息子が考えるセイレーンの務めというのは、精々このユートピアの管理くらいだ。

 セイレーンというのは魔王の避暑地たるユートピアの管理人にも等しい役目を持っている。それは魔王の別荘を整えることだ。魔王はそれに対しての報酬として彼らがユートピアに住むことを許し、守り続けている。


 だが、セイレーンの兄の真剣な表情を見る限り、そんなライトな話ではないらしい。魔王の息子は自然と背筋を正して、セイレーンの兄が口を開くのを待った。

 セイレーンの兄はまるで神の教えを説く使者のようになめらかに語り始めた。


「――――――人魚が4つの海を泳ぎ、道を作り、海の底で目を光らせる海獣から海を渡る人々を守る使命を帯びているように、我々セイレーンは【うた】を歌うことこそが使命。我らセイレーン、うたうために生まれたと言っても過言では無いでしょう。」

「お前たちの役割は、歌うことではないはずだ。」


 魔王の息子はお前たちの役割ってほんとはユートピアの管理だろ?と言いたくてそう言ったのだが、セイレーンの兄はいたく感激した様子で魔王の息子を見た。


「仰るとおりです!良くご存知でおられる。我らの本当の役目とは、【うた】による海の沈静化。嵐を消し去り、津波を鎮め、海の獣を眠らせる。そうして船を、海の上に生きる人をこのユートピアから守るのです。それこそが我らの役目、我らの役割。」


 セイレーンの兄がうたうように紡いだ高尚な言葉に、セイレーンもうんうんと頷いている。ちっともまったくご存知でなかった魔王の息子は、そうか、と頷き、「お前たちが務めを滞りなく行っているのなら問題は無い」とこの話を切り上げようとした。


 ――――――それを許さなかったのは、セイレーンである。


「そうよ、兄様はすごいんだから!」

 勢い良くベッドから浮き上がったセイレーンは部屋いっぱいに羽を広げて興奮しきった様子で叫んだ。

「兄様はね、昔から音痴なのに、海守の才はセイレーン一なのよ!」

 

 魔王の息子はあれ、今なんか変な単語が聞こえたなとセイレーンの顔をじっと見たがそこにはどや顔の少女が居るだけだ。そのまま目線でちらりとセイレーンの兄を見れば、彫刻のように美しい青年はその白い肌を耳まで真っ赤に染めて恥じらっていた。


「お、おい、」


 大丈夫か。そう声をかけようとした魔王の息子を今だけは茹でダコのようになっているセイレーンの兄はゆっくりとその羽を広げ、ふよふよと頼りなさげな動きで妹の肩を掴む。


「座りなさい。また骨が折れてしまうよ。」


 そっと押して、妹の足がベッドのスプリングを軋ませることもなくシーツに触ったのを目視して、セイレーンの兄は振り返った。もう、顔は赤くない。


「―――――お見苦しい所をお見せしましゅた。」


 噛んだ。


「…………。」

「…………。」

「お、俺は何も聞いてない。」


 再び肌という肌を赤くして恥じ入る麗しのセイレーンに、魔王の息子は出来る限りの気遣いを見せた。これが魔王の息子の精一杯。

 そんな魔王の息子に余計な気を利かせたセイレーンの娘は大きな声で明るく叫んだ。


「聞こえなかったならもう一度言ってあげるわ、兄様はおん」

「そこは黙ってろって言っただろうがー!!!」


 あぁ、この兄にしてこの妹あり。魔王の息子はセイレーンの兄がセイレーンの頭をひっぱたこうとして直前で我に返り寸止めした反動でベッドにひっくり返り、セイレーンの妹を巻き込んであちこちに怪我をするのを見守ったあと、これでは包帯が足りないなとため息を吐いた。

 

 そうして魔王の息子の出港は再び見送りとなったのである。


 ここはこの世の楽園ユートピア。魔族の神たる魔王の避暑地。


 今に限っては、魔王の息子の「1回休みマス」である。




(セイレーンの兄妹に包帯を巻いてやりながら、魔王の息子は南の海を想った。あの穏やかな娘はこの話をしたら笑うだろうか。それとも心を痛めるだろうか。どちらにせよ、魔王の息子は行くのが遅くなるからとイルカ便を出さねばなるまいと決意して、取り敢えず目の前の美しいセイレーンたちがぴぃぴぃぎゃあぎゃあ騒ぐのをどう止めるかを考えて、溜め息を吐いた。――――男は黙って5秒半。)


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