みずたまクルリ
どうも。ごきげんよう、梅津です。
もうすぐ6月。というわけで、こんな二人が浮かびました。
ほのぼのです。
前作のようにはドンデン返しがないので、安心してお読みください(笑)
では、どうぞ!
窓の外に花が見える。
赤、青、黄、中には黒だって。七色より豊富な色が揃ってる。
それらを見下ろしつつ、ひそかに溜息を吐きだす。
教室に思いのほか響いたけど、問題なんてない。だって、私以外の人はみんな帰ったから。
ガラスにふと目を移すと、そこには不服そうな顔でこっちを睨む女子高生がいた。
「ついてない」
私の口が動くのと同時に、彼女もそう言った。ふてくされているのは一目瞭然だ。
鏡のように映る姿から目を背け、再び意識を窓の外へと戻す。
本当ならあの中に混じってた。ついうっかり、傘を忘れてしまわなければ。
折りたたみ傘を常にカバンに忍ばせておくほど、用意がいいわけじゃない。でも、今朝見た天気予報は曇りで済むはずだったのに。
……6月という季節が悪い。
梅雨は嫌いだ。絞って水が出るほど靴下がぬれるし、制服だって透ける。もし口が開いてるタイプのバックを使ってたら、中が悲惨なことになる。髪の毛だってまとまらないし、あのジメッとしたまとわりつく空気も苦手。
いいことなんて一つもない。ジューンブライドに憧れる子もいるけど、どこに魅力があるんだろ?
窓の下の色彩がなくなって、雨で変色した地面しか見えない。壁にかかった時計を見れば、もう4時30分になろうとしてた。部活動なんかがない生徒は皆帰ってる。
「傘に入れて」と気軽に言える友人がいれば、こんな目にはならなかった。
……訂正。友人はいるにはいるんだけど、その相手には言えない。
ガラリと大きな音を立てて扉が開いた。見ると、そこにはその友人の顔があった。
「……佐上」
「あれ。瑞木?」
「やほ」なんて軽く手を上げると、彼の眉間にシワができた。
「また怖い顔になってるよ。ほら、スマイルスマイル」
「……元々。それと無理」
彼の端的な言葉は機嫌が悪いってわけじゃない。仕様だ。
瑞木はまっすぐ私のところまで来て、前の席に横向きに座った。
「部活中じゃなかったっけ?」
テニス部所属にしてて、運動部の性から日曜日以外は活動日だったはず。背が高いから、入学当時の2か月前なんてバレー部とかバスケ部にしつこく勧誘されてた。
本人は「面倒」って言ってその強面で睨んで(自覚なし)たけど。
「休み」
「あ、そっか。外で大体やってるのに、この天気じゃね」
「そう」
外はザーザーと音が聞こえるほど本降り。せいぜいが筋トレぐらいしかできないか。
瑞木は首を捻った。
「用事」
「ん?」
「佐上は用事があった?」
「んーん違うよ。帰れないだけ」
「?」
不思議そうな彼の顔を見上げながら、笑ってしまう。
うん。何度見ても、ギャップが激しい生き物だ。
見た目厳ついのに、しぐさが大型犬そのものなんて。
だけどきっと、クラスメイト達には言えない。そんなことを言った日には、物凄い顔で聞き返される。「クマの間違いじゃね?」って。
「きっと、シェパードだ」
「佐上?」
「ブッ! ちょ、首傾げるのやめて……!」
どうしてくれよう、まんまシェパードにしか見えなくなった。笑いが止まらない。
突然笑い出した私をキョトンとして観察してる瑞木に、余計に腹筋を刺激される。
「……ッハー。や、ごめん。ツボに入った」
「別にいい」
不機嫌にもならずそう返すなんて、瑞木は本当に心が広い。私なら拗ねて菓子の一つでもせびるのに。
怖いのは見た目だけだ。
***
二か月前の入学式の日。長ったらしい式後の教室待機で、彼は一人浮いていた。その図体と顔で、皆はなんとなく尻込みしてた。
「喧嘩売られるんじゃね?」
「堅気の空気じゃないよね」
「ほら睨んできたよ」
遠巻きで小声に交わされる会話。男も女も関係なく、恐怖で彼に近寄らなかった。
それに、私はイラッとした。
別段正義感が強いわけじゃない。ただ、このまま続くのは私にとって不快だった。第一、このまま傍観してたら、あの陰口を肯定してるみたいだったから。
うつむき気味に机をボウッと眺める彼に近づいた。周囲がざわついてるけど気になんてしない。
「――あのさ」
私の呼びかけに、男は顔を上げた。その瞳は黒くて、ツヤツヤしてる。
「名前、なんて言うの?」
問いに目を丸くして、ゆっくりと唇を動かした。男の口からなにが飛び出るのかと、周囲は身構えてる。そんなに警戒するほど?
「……瑞木。瑞木、陸」
「ふーん、そっか。じゃあ瑞木、一年間よろしく」
片手を彼の前に差し出す。って、私、名乗ってない。
「あ、私は佐上紘」
「佐上……」
「うん」
笑うと、突然瑞木が立ち上がった。え、ちょっと、どうしたの。後ろの机に椅子が勢いよくぶつかった大きな音が、教室に響いた。
「いい人!」
「え、ちょっ、はぁっ!? って、抱きつくな!」
なんで私、こんなギュウギュウに抱きしめられてるの!
***
これが私と瑞木のファーストコンタクト。
まさか、誰にも話しかけられないでへこんでて、必死に泣くのこらえてたから目つきひどかったなんて想像してなかった。
だからって感動で抱きしめる理由にはならないけど。
それからは誤解が解けて、彼はクラスにすぐに馴染めた。
ただ、瑞木はまるで刷り込みみたいに私のそばから離れない。「佐上が一番」なんて言う。その発言にクラスメイトの男子が冷やかすけど、絶対違う。
「佐上の笑顔好き」
「……そ、そっか」
「うん」
「……」
瑞木はいつも言葉が足りない。
でもそれで今はややこしいことになってる。
瑞木は女子からモテる。硬派なイケてる外見と、穏やかな内面が人気の秘訣だ。
そんな彼と友人の私にはやっかみが当然ながらきてしまった。直接的にはこないだけましかもしれない。でも影響でクラス内で同性の友人ができない。
そこまで困ってないからいい、と思っていたけど。今日の雨で気が変わるかもしれない。
どうしよう。雨、やむ気配ないんだけど。
「佐上」
「なに?」
元凶の瑞木が呼びかける。
彼の手には小さな傘が握られていた。
「一緒に帰ろう?」
「ブッ! だっ……から……首傾げないでって……」
普通はドキッとするかもしれない。でもやっぱり、シェパード犬がおねだりしてるようにしか見えない。
かろうじてもらした苦情は瑞木の耳には都合よく入らなかったみたいで、そのままの体勢で眉と口の端を下げた。
「……ダメ?」
「グハッハハハハハハハ! も、もうダメ、無理。勘弁してっ……っ」
もう末期だ。瑞木に頭と尻尾が見える。
***
笑い続ける私から返事をもらえないと結論付けた瑞木は、私のカバンと手をつかんで靴箱へ向かった。
ようやく笑いのスパイラルから解放された私は、その時目に入ったもので再発しそうになった。
「水玉……」
「気に入ってる」
「そ、そっか……!」
耐えろ、耐えるんだ私。男子高校生(強面)の折りたたみ傘が、黒地にカラフル水玉でもいいじゃないか。
「って、このまま流されてる場合じゃない」
「?」
「いや、あのさ、不思議そうな顔しても問題ありでしょ」
またシェパードになってるけど、我慢我慢。話題をずらしたら、このままズルズルいきそうだ。
「問題?」
まさか、まったくもって思いあたらない?
「瑞木、傘ってそれだけ?」
「? うん。水玉嫌い?」
「いやいや、別に好きでも嫌いでもないけど。そうじゃなくってさ」
これってつまり。
「相合傘になるよね」
「? そう」
「いや、『そう』じゃないって」
なんで平然としてるのかな。この人は。
だから私、瑞木に「傘入れて」って言えなかったんだけど。
「相合傘って、目立つでしょ。おまけに、うわさになるかもしれないから」
「……本望」
「は?」
「なんでも」
なんかボソッと瑞木が呟いてたけど、よく聞こえなかった。
ごまかすように傘をクルクル回してるけど、やめてほしい。見てると気持ち悪くなってくる。さっきの窓の下に広がってた傘の色みたいな色が、円を描いて宙を飛び交ってる。
私が渋い顔をしてのを見て、瑞木は口を開いた。
「雨」
「ん?」
「明日もこう」
止まないから入れってこと? たしかに、彼を逃したらびしょ濡れで帰るの確定か。
迷ったものの、私は頷いた。ただし、釘をさした上で。
「うわさになっても知らないから」
「いい。責任とる」
「ッブ! フックククク……せ、責任って……!」
相合傘で責任はない! 日本語おかしいから! 瑞木は私を笑い殺す気か!
なに親指を立ててるの。しかもドヤ顔って!
笑いつつ彼の隣に並ぶ。瑞木の手が動いて、開いたままの傘の生地が私達を覆った。
そのまま何も言わなくても、同時に歩き出してた。
「あーもう。瑞木のせいで笑ってばっかり」
ついさっきまで、教室で落ち込んでたり困ってたはずなんだけど。
「それでいい」
「は?」
ポツリと落ちてきた言葉は、雨音で聞こえた幻聴かと思った。
でも、その元を手繰った先にいた瑞木は、薄く微笑んでて。
「佐上を元気にするのは、俺」
「……」
「……」
「…………」
「……? 佐上?」
ああ、どうしよう。
「……ッ! アッハハハハハハハ!!」
「……」
胸をそらして得意げになってる犬にしか見えない。
「……佐上」
「ご、ごめ……ッ! ック……ッククク……」
「佐上ひどい」
ションボリとしてる瑞木に、ますます犬の面影を見つけて笑って。
すっかり拗ねてしまった彼に、機嫌を直してもらおうと必死になるのは数分後先の未来。
でもきっと、私はドキッとしてしまったことなんて言わない。
もしかしたら、さっき見た水玉みたいにすぐに変わる感情かもしれないから。
この続編は要望があれば書こうかな、なんて思ってます。
好意をするっと流すなんて……瑞木、ドンマイ。
読んでくださったあなたに、最大限の感謝を。