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王都到着、一安心

 ジン達一行の旅は順調に続き、魔道具が壊れてしまった夜から3日後には無事王都へ到着する事が出来た。

 ナサリア王国首都サウラス、それがこの都の名前だ。ただ単に王都と呼ばれる事も多いこの都は、リエンツの街の優に3倍以上の規模を誇る大都市だ。魔獣対策の為に周囲全体は城壁で囲まれており、中央にある王城から見て南東の端には、王都の特徴とも言える『祝福迷宮』の入り口が存在している。


 以前にも述べた事があるが、ここでもう一度祝福迷宮についておさらいしておく。

 祝福迷宮とは、簡単に言えば攻略された災害迷宮の事だ。攻略とは迷宮の核とも言える最深部にある巨大魔石ダンジョンコアが抜き取られる事を言い、そうする事で迷宮を維持する魔力が足りなくなるのか、元々50階層以上ある迷宮が時間をかけて徐々に縮小していき、最終的には一桁の階層で落ち着く。同時に全く攻略をしない場合でも迷宮外に魔獣を生み出す事がなくなり、最大の懸念である大暴走の心配がいらなくなる。しかも迷宮内に出現する魔獣まで弱体化する為、初心者でも比較的安全にレベルアップを図る事が可能だ。

 ただ良い事ばかりではなく、魔獣から得られるドロップアイテムは魔石のみとなり、レベルアップに必要な戦闘数も災害迷宮の時よりも大幅に増加する。特に問題なのは10レベル以降はほとんどレベルが上がらないという事で、ほぼ完全に初心者用の迷宮とも言える。

 しかし、それでも魔獣から得られる魔石は王都の生活と経済を支える貴重な資源だし、Dランク昇格の条件を満たす10レベルまで比較的安全にレベルアップ出来るのは、やはり迷宮に「祝福」の名を冠しても過言ではないだろう。


「え? 予約制なんですか?」


 王都の大通りを歩くジンが、予想外の情報に思わず声を上げる。馬車は王都の入り口側にあるガルディン商会の厩舎に預けており、今は全員徒歩でオルト達の実家へ向かっているところだ。その最中の雑談として、ジンはオルトと祝福迷宮について話している所だった。


「ええ。確か祝福迷宮はそこまで広くないそうで、混雑を避ける為に入場制限などがあるそうですよ」


 王都の元住民としての一般常識をオルトは語ったが、正確には広さだけでなく、魔獣の出現数も災害迷宮に比べると少なかった。何も対応しなければ迷宮内が混雑して魔獣と全く遭えないなどという状況にもなりかねない為、こうした入場制限をせざるを得なかったのだ。


「そうなんですね。一度祝福迷宮を体験しておくのも悪くないかと思ったんですが、そういう事なら難しそうですね」


 ジンはいささか残念そうだが、元々30レベル近いジン達に祝福迷宮に潜るメリットはなく、仮に希望したとしても許可が下りるのは難しかっただろう。


「口が悪い者の中には、初心者迷宮と呼ぶものもいるくらいですから」


 苦笑いするオルトだったが、実際リスク軽減の為にわざわざ王都に来てギルド登録する者も少なくなかった。


「はー。悪気はないのかもしれませんが、あまり良い言い方ではありませんね」


「全くです」


 意見の同意を得たところで二人は顔を見合わせて微笑むと、話題を変えてまた談笑を続けた。そんな楽しげに話す夫の様子にイリスは目を細めつつ、10歳以上の年の差を感じさせずに夫と対等に話すジンに感心する事しきりだった。これまでもジンの見た目の若さにそぐわない落ち着きや対応から感じていた事だったが、この旅を通じてその印象がもっと強くなったようだ。また、それがアリア達にとって不快なはずもなく、自然な事と思いつつも、どこか誇らしげにお互いの顔を見合わせるのだった。


 そして残るアイリスはどうしているかといえば、イリスに抱っこされた状態で嬉しそうに手に持った折鶴を眺めていた。ジンによって手直しされた折鶴は、新たに折鶴を追加しておもちゃとして生まれ変わっていた。綿を詰めて作った軟らかい棒には3つの折鶴が結び付けられており、その内一つだけ小さな折鶴がアイリスを、残る二つがオルトとイリスを表現していた。

 アイリス達家族を模したそのおもちゃは、小さなアイリスの宝物になったのだ。




「ここが私達の実家になります」


 リエンツ以上に賑やかな王都を堪能しつつ、ジン達一行は特にトラブルに巻き込まれる事もなく順調に目的地までたどり着いた。閑静な住宅地にあるオルトの実家は、お屋敷という言葉が相応しい立派で大きな邸宅だった。その敷地内には大きな本宅以外にもいくつか離れが建っており、おそらくは住み込みの使用人が使うのだろう。流石王都でも名の知れた商会主の住まいといったところだ。


「立派なお「アイリス!」……」


 ジンの感想を遮るように、大きな声がアイリスの名を呼んだ。こちらに向かって早歩きで近づいてくるその声の主は、オルトの父でありアイリスの祖父でもある『ガルディン商会』会長のシラクだった。

 王都に到着してすぐにガルディン商会の厩舎に馬車を預けたが、その際に本宅へオルト一行到着の知らせが走り、その事実を知ったシラクは彼らの到着を首を長くして待っていたのだ。

 外出中の母親が思っていた通り、シラクはすっかり元気を取り戻していた。

 

「おじいちゃん!」


 アイリスも久しぶりに会う祖父に笑顔で駆け寄り、その勢いのまま歩みを止めて待ち構えていたシラクの胸に飛び込んだ。


「おおー! 少し見ない間に大きくなったな、アイリス!」


 アイリスの突進を優しく受け止めたシラクは、満面の笑顔でアイリスを抱きしめる。そしてそのまま一頻ひとしきりアイリスを可愛がった後、彼女を抱えたまま立ち上がった。


「よく帰ったな、オルト。心配かけたようですまなかったな」


「いや、思っていたより元気そうで安心したよ」


 母親からの手紙では元気がなく塞ぎ込みがちだという話だったが、今の様子を見る限りは心配なさそうだ。苦笑しつつオルトは答えたが、元気そうな父の様子に心から安堵していた。

 家族水入らずを邪魔しまいとその様子を少し離れたところから見ていたジン達も、これなら一安心だなと胸を撫でおろした。


「イリスさんも長旅に付き合わせてすまんかったの」


「いえ、お義父とう様がお元気そうで何よりです」


 その後もシラク達家族の会話は続いているが、ジン達の仕事は目的地であるシラク邸に到着した事で終了した事になる。その上ジン達も心配していたシラクの元気そうな様子も確認できた。ジンは目的も達成した事だしこのままお邪魔し続けるのもなんだなと、そろそろおいとましようかとアリア達に視線を向ける。すると同じことを思ったのか、彼女達も静かに頷いた。

 既にこの後のスケジュールは打ち合わせ済みだったし、王都の宿はオルトから紹介された所なので何かあれば連絡は容易につくので問題ない。後はこの場を去る前に一声だけ掛ければいいだろうと、行動に移そうとした丁度その時にジン達を呼ぶ声がした。


「ジンさん達、父を紹介しますのでどうぞこちらへ」


 単なる冒険者としての付き合いならともかく、プライベートでも交流の深いジン達の事をオルトが忘れるはずもなかった。


「父さん、彼らが僕達の相談に乗ってくれて、急な依頼にもかかわらずここまで僕たちを護衛してくれたんだ。彼がリーダーのジンさん、そしてアリアさんにエルザさん、レイチェルさんだよ。ジンさん達には公私共にお世話になっているんだ。ジンさん、私の父シラクです」


 オルトから紹介を受け、続いてジンも挨拶する。


「私達の方こそオルトさんにはお世話になってます。あらためてご挨拶いたします。私はリエンツ所属のパーティ『フィーレンダンク』のリーダーを務めておりますジンと申します。こうしてお元気そうなシラクさんにお会いできて、私達も嬉しいです」


「おお、これはご丁寧に。息子がいつもお世話になっております。向こうは迷宮が見つかってお忙しいでしょうに、こうしてお付き合いいただきありがとうございます」


 そうして頭を下げるシラクには、成功者にしばしば見られる驕りは欠片も感じられない。また、お祖父ちゃんと呼ばれる身で実年齢も60を超えていたが、パッと見は40代後半か50代前半にしか見えなかった。体つきもがっしりしており、商人としてもまだまだ現役なのが見てとれた。


「おじいちゃん。これ、ジンおにいちゃんがつくってくれたの」


「ほう。どれどれ? んっ!」


「ねえ、すごいでしょう。アイリスのたからものなの!」


「おお!? おお、そうかそうか。良かったなー」


 自分もジンを紹介するつもりなのか、シラクの胸に抱かれたままのアイリスが嬉しそうに口を挟む。シラクはその手に握られた折鶴に一瞬目を見張ったが、続けて発せられたアイリスの台詞にすぐに相好を崩してしまう。……孫の笑顔に勝るものはないようだ。


「ふふっ。それじゃあオルトさん、私達はそろそろ失礼します。何かあれば宿にご連絡ください」


 頃合いと見たジンはオルトにそう告げた。事前の打ち合わせでは王都に最短で5日、最長で10日間の滞在予定だ。ジン達の用事は恐らく5日もあれば充分なので、6日目以降も王都に滞在するならば王都のギルドで依頼を受けてみるつもりだ。


「それではシラクさん、失礼します。アイリスもまたね」


 オルト夫妻に挨拶を済ませたジンは、最後に笑顔でじゃれあっているシラクとアイリスに声を掛ける。次に会うのはリエンツに帰る時だろうと、一旦の別れを告げるジンにアイリスは途端に顔を曇らせた。


「おにいちゃん、どこにいっちゃうの? いっしょにいてくれないの?」


 旅の間はずっと一緒だっただけに、当然あるべき別れが一層寂しくなったのだろう。アイリスは半分涙目だ。

 ジンはアイリスに近づくと、あえて笑顔で答えた。


「心配しなくてもすぐに会えるよ。リエンツに戻る時は一緒だしね」


「ずっといっしょはだめ?」


 小首をかしげて尋ねるその可愛さに一瞬負けそうになるが、ジンは心を鬼にしてちゃんと伝えた。


「ごめんね。お兄ちゃんもしなきゃいけない事があるんだ。でも、そうだな。ここに居る間に一日ぐらいはアイリスと遊ぶ時間も取れると思うから、アイリスがもしその時暇だったらお兄ちゃんと遊んでくれる?」


 心を鬼にしたわりに譲歩している所がジンの弱い所だが、実際王都にはジン個人の用事は少ないので、一日くらいは問題ないだろうという判断もあった。それにあくまでアイリスに時間があったらの話で、家族水入らずの時間を邪魔するつもりはジンになかった。

 しかし、アイリスにとってはそれで充分だったようだ。


「ジンおにいちゃん、ありがとう! じゃあ、ゆびきりしよ! おじいちゃん、おろして」


 病床で交わした指切り以来、二人の間ではお決まりの儀式あそびだ。ジンは腰を落とし、シラクの腕の中から地面に下りたアイリスに視線を合わせる。


「よし。じゃあ約束は王都にいる間に1回は遊びに誘いに来るでいいかな? でもお兄ちゃんが暇な時にアイリスが忙しいかもしれないから、その時は王都の代わりにリエンツに戻ってから遊ぼう」


 事前にオルトに都合を聞いてから行動すればシラクとの時間を邪魔しないで済むだろうし、この約束の内容ならアイリスに嘘を吐かないで済むだろうというジンの判断だ。


「ふふふっ。うん、いいよー。 それじゃあしよ! ……ゆびきりげんまん、うそついたらだめだ~めよ、ゆびきった!」


 すっかりご機嫌の直ったアイリスが小指を差出し、ジンも笑顔でそれに応える。そしてリズムに乗せてテンポよく絡めた指を上下に振り、最後に勢いよく離した。


「すいませんジンさん、またアイリスが我儘を言ってしまって」


 今度はオルトがアイリスを抱え上げると、そのまま申し訳なさそうにオルトが言った。


「いえ、こちらこそ勝手に約束をしてしまってすみません。ちゃんとオルトさんに確認してからにしますのでご了承ください。もし都合が合わない場合は、リエンツで埋め合わせする事でアイリスも納得してくれましたし」


 そう言ってジンはアイリスの頭を撫でる。撫でられたアイリスは嬉しそうだ。

 4歳児がどこまでジンの言葉を理解しているかはわからないが、ジンがちゃんと遊ぶという約束を守ってくれることは理解していたし、信じてもいた。


「ジンおにいちゃん、おねえちゃんたちも、バイバイ」


 その後の別れはスムーズで、二三の会話の後にジン達はアイリスに笑顔で見送られた。ただシラクの表情がいささか強張っていたようにも見えたのは、ジンの気のせいだろうか。そして、それはシラクだけではなかったようだ。


「お姉ちゃん達、か……」「名前は呼んでくれなかったな」「ジンさんはいいですよね」


 旅の間にアイリスは彼女達の事を名前で呼ぶようになっていただけに、ジンだけが名前で呼ばれ、自分達は「お姉ちゃん達」と一括りにされてしまったのがショックだったようだ。

 珍しくアリア達が、ため息と共にジンに若干の嫉妬の視線を向けてしまったのはご愛嬌だ。


 ともあれ、こうして王都に到着したその日に今回の旅の主目的は達成され、明日からは王都での休日が始まる事になる。

 それは様々な出会いの日々でもあり、彼らにとって一生忘れられないものとなる。

目標より投稿が少し遅くなってしまいました。

最後に風呂敷を広げちゃいましたが、マイナスな意味ではありませんのでご安心を。

ただ、それでも予定している展開を受け入れてもらえるか不安が残りますが…

ともあれ、続きを早くお届けできるように頑張ります。


ありがとうございました。

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