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旅路と魔法文字

「むす~んでひ~らい~て、て~をうってむ~すんで~」


 草原を進む馬車の中に、少し舌足らずなアイリスの歌声が響く。幼稚園のお遊戯などで良く歌われる童謡を、この他にも幾つかジンが教えたのだ。勿論振り付けもちゃんと教えているので、アイリスは母であるイリスや今は休憩時間のレイチェルと一緒になって歌い、踊っていた。その様子を少し離れたところで父親であるオルトが微笑みながら見守っており、魔獣の襲撃の危険性がある旅路の真っ最中でありながら、平和そのものという雰囲気だ。


「可愛い……」


 思わずといった感じでアリアがポツリと呟く。御車席でジンやエルザと共に周囲の警戒に当たっているはずのアリアだったが、その視線は馬車の中に向けられていた。


「ふふっ」


「あ、ごめんなさい」


 ジンの笑い声に、アリアは自分の役目を思い出す。今は休憩時間ではない。


「いや、気持ちはわかるよ」


 現在馬車を走らせているのは見晴らしもよく、進路の安全が確認しやすい場所だ。天気も快晴で頬を撫でる風も気持ちがよく、そこにアイリスの歌声というBGMが加われば、つい気が緩んでしまうのも無理はない。

 それに、ジンは以前より素直に感情を表すようになったアリアの変化が嬉しかった。


「でも気を抜きすぎないようにね。何度も言うけど、俺の『地図』も完璧じゃない可能性があるから」

 

 徹頭徹尾気を張り続けるなど、土台無理な話だ。ただ今回は気を抜きすぎたのだろう。アリア本人も理解しているだろうが、一応締めるべき所は締めとかなきゃと、ジンは苦笑しつつ付け加えた。


「……しっかし、本当にジンは懐かれているよな」


 エルザがそう言って話題を変える。それは彼女の気遣いであったが、同時に素直な感想でもあった。


 やはり最初に知り合ったのがジンだったというのも影響しているだろうが、それ以上に小さな子供に対する経験値がエルザ達より格段に多かった。弟妹の子や孫とはいえ、伊達に何人もの幼子の相手をしてきたわけではない。


「~♪」


 アイリスが歌っている童謡の他にも、ジンが教えたアイリスお気に入りの遊びはたくさんあった。馬車の中を照らす明かりの魔道具にはジンお手製の折り紙で作った鶴がぶら下がって揺れていたし、あや取りやお手玉なんかも旅の退屈を紛らわす良い暇つぶしになっていた。

特に折鶴はアイリスのお気に入りで、初めてジンが折鶴を折った時は目を輝かせて見入っていたし、今でもちょっとした時間にじっと眺めている事も多い。

 ちなみにこの世界に紙は普及しているが、今回ジンが折り紙に使用したような色紙は特に質の良いものが使用されている事もあり、結構いい値段がする高級品だ。ジンが厳選して購入したそれを態々わざわざ折り紙用に自分で正方形にカットしたのも、全てはアイリスが感じるであろう幼子にはつらい旅路の退屈を紛らわせる為だ。……爺馬鹿と言われても仕方がないかもしれない。


 ジン達がリエンツの街を出発して、既に6日が経過している。途中1回だけ街に寄って宿泊したが、それ以外は全て野営だ。小さな子供がいる事もあり、普通なら極力街で宿をとるのが普通だ。しかし大きめの馬車に交易品の代わりに布団や毛布を持ち込み、コンロや冷蔵庫の魔道具まで用意した今回の旅は、旅慣れたオルトでさえ初めて経験する快適なものになった。急ぐに越した事はないという事もあり、最初の野営でその事を実感した彼らは入浴以外で街に寄る意味が見いだせなかったのだ。

 勿論、密かにジンの無限収納が役立っていたのは言うまでもない。その中に仕舞われている豊富な調味料や食材は、持ち込んだもののカモフラージュにその力を存分に発揮した。

 

「出来たよ~」


 その夜も、とても野営とは思えないレベルの夕食が始まる。

 オルト達の目があるのでいつものダイニングテーブルや椅子こそ出していないが、ジンが鍛冶修行の過程で作った折り畳み式のテーブルは設置済みだ。さすがに此処に居る全員で囲めるほど大きくはないが、出来上がった料理を並べるのには充分だし、それに地面に直接置くよりずっと良かった。

 またメニューの方もいつものように一汁三菜ではなかったとはいえ、メインに作り置きの常備菜を何品か付け加えたりしていたし、食後のデザートも毎回つけていた。

 簡単な物やクッキー等の保存がきく物が多かったとはいえ、野営で毎回デザートが付くこと自体普通ではない。しかし、これがジンクオリティ(笑)だった。


「ジンお兄ちゃん。おいしいよ~」


 口のまわりにホワイトソースを付けながら、アイリスが幸せそうに笑う。本日のメニューはなんちゃってドリアだ。器に入れたご飯に少し濃いめに作った野菜たっぷりのシチューをかけ、さらに削ったチーズを上にのせて生活魔法の『ファイア』で焦がせば完成だ。

 オーソドックスにシチューでもよかったのだが、4歳児のアイリスの為にスプーン1本で食べられるこっちにしたのだ。

 

 ちなみに世の中にはホワイトシチューには絶対パン派の人もいるが、ジンはシチューにはご飯派だ。勿論パンも美味しいとは思うが、わざわざその為にパンを買う程ではなかった。

 また、シチューが残った翌日によくやるこのなんちゃってドリアだけでなく、鶏肉やソーセージ、ミートボール等の肉類を増量して作ったシチューをご飯にかけたシチュー丼は、彼が一人暮らしをしていた頃に作っていたごちそうメニューだ。……高カロリーなので病気になってからは滅多に食べられなかったが。


 少し脱線してしまったが、幸いこのメニューに拒否反応を示す者はおらず、夕食は和やかに進んだ。食後のデザートは軽くトーストした一口大のパンにクリームチーズを塗り、上から蜂蜜をかけたものだ。それにつける飲み物は冷えた水に蜂蜜を溶かし、柑橘類の果汁を絞ったジュースだ。


「美味しいわね。……しかも旅先で冷たい飲み物が飲めるなんて贅沢ね、いいのかしら?」


 横に座るオルトに妻のイリスがにこやかに話しかけているが、普通は旅先で冷たい物が味わえるなんて事はまずない。今回ジン達は冷蔵庫の魔道具を持ち込んでいるが、そもそもそんな事をする人は滅多にいない。積み荷や人で一杯で、そんな空間の余裕はないのが普通だ。

 しかも厳密に言うと、このジュースが冷たいのは保冷庫のおかげではない。ジンが生活魔法の「ウォータ」で、冷たい水を出したのだ。


「喜んでもらえたら何よりです」


 その事には触れずに何事でもないようにジンは対応するが、この「ウォータ」での温度調整もまた普通ではありえない事だ。

 それがジンが持つ『魔力操作 LVMAX』のおかげである事はもうお分かりかと思うが、実際魔法に長けたアリアでも同じことは出来ない。ジンが思い付きでやったこの試みは、温かくする事と同様に一応成功した。ただ沸騰させる程熱くする事も、凍る程冷たくする事も出来なかった。あくまで温かく、冷たく感じる程度の温度までしか調整できなかったのだ。

 それだけでも充分すごい事だったが、ジンの「魔法でキンキンに冷えた水とか氷を作って美味しい水割りを飲もう」という目論見は外れた事になる。


「(おや?)」


 ジンはその場にアイリスが居ない事に気づいて気配がする方を見ると、馬車の側でぴょんぴょんジャンプしている姿が見えた。何をしているのか気になったジンが目を凝らすと、馬車の軒先に掛けてあった明かりの魔道具に結び付けられた折鶴を取ろうとしているようだ。


「(あれじゃ取れないだろう)」


 折鶴にご執心のアイリスの様子を微笑ましく思いつつも、下手に手が届いたらかえって危ないかもしれないと、ジンはアイリスの元に向かう為にオルト達に一言断ってから立ち上がった。そして一歩足を踏み出したその瞬間、折鶴にアイリスの手が引っかかると同時に、結び付けられた明かりの魔道具も引っ張られてグラリと揺れた。


「危ない!」


 ジンは思わず叫びつつ、『急加速ダッシュ』でアイリスの元へ走る。バランスを崩した魔道具は落下を始め、驚いた様子のアイリスはその場から動かない。ランプ型の魔道具はそこまで大きくないが、アイリスに当れば痛いだけでは済まないかもしれない。

 必死にアイリスの元に向かうジンの手が、今にもアイリスの頭にぶつかりそうな魔道具を寸前で弾いた。


「っはー。間に合った。アイリス、怪我はないかい?」


「…… …… う、う、うゎーん」


 安心したのか、少しのタイムラグの後にアイリスが泣き出す。幸い怪我もない様子で一安心だ。すぐに気付いてやって来たオルト達に泣いているアイリスを預け、なだめてもらっている間にジンは弾き飛ばした魔道具を取りに行った。


「あちゃー、やっぱ壊れてるか」


 咄嗟にジンが弾き飛ばした魔道具は、バラバラに壊れて地面に散乱していた。その魔道具に結び付けていた折鶴は、少し汚れてたり折れたりしているものの何とか修正可能な状態だった。

 ジンは今度は高い所に結び付けたりしないようにしようと反省しつつ折鶴を懐に収めると、次いで魔道具の破片を拾い始めた。


「手伝います」


「ありがとう、アリア」


 エルザとレイチェルは万一に備えてオルト達の側に待機し、代表してアリアが手伝いに来た。そうして二人で拾い始めると破損している箇所は意外と少なく、パーツごとにバラバラになっているような状態だった。直ぐに拾い終わる。


「幸い基盤部分は無事なようですね。修理出来るといいのですが」


 アリアの言う基盤とは、魔法を発動させる仕組みの部分だ。この魔道具の場合は、明かりを生み出す魔法文字が記されていた。


「そうだね。……へ~、『明かり』に『発動』と『保持』か。この魔法文字をつなぐ線が配線みたいなものかな? なるほど、魔石の魔力が流れる間は明かりが灯る仕組みなんだな」


 ジンはアリアが持つ基盤を覗き込みながらそう分析した。以外と単純なのかもしれないなと、初めて見る魔道具の構造に興味津々だった。


「これなら大丈夫かもね。……どうかした?」


 あとは魔石との接続だけだから何とかなりそうかなとジンは呑気なものだったが、彼を驚きの目で見つめるアリアはそれどころではなかった。

  

「この文字が読めるんですか?」


「うん。魔法文字だよね? アリアに借りた本にも書いてあったと思うけど……」


「えっ!? あれも全部読めるのですか?!」


「え? 勿論読めるけど」


「…… ……」


 あっけらかんとしたジンに二の句が継げず、眼鏡を外したアリアがこめかみを揉む。そして小さなため息を一つ吐いて心を落ち着けると、努めて冷静に話し始めた。


「現在、魔法文字の知識はほとんど失われています。それが読める人などジンさんの他には誰もいません」


「いや、でも」


 驚きながらも反論しようとするジンを遮って、アリアは話を続ける。


「はい。確かに『ファイアアロー』のような魔法の意味は伝わっています。ですから私もあの文字列を『ファイアアロー』と認識していますが、ジンさんの様に文字一つ一つの意味はわかりません」


 アリアが言った『ファイアアロー』を例に少し詳しく説明すると、この魔法は5つの魔法文字で構成されている。その文字の一つ一つの意味は、「魔力」「火」「指向」「射出」「攻撃」だ。内容をあえて説明するとすれば、「火を追加した魔力を敵に向けて飛ばして攻撃する」という事になる。

 アリアは言葉全体としてその意味は把握しているものの、文字一つ一つの意味は理解していないと言っているのだ。正確に言うと火水風土の四属性と魔力を表す文字はそうではないかと推測されているが、その他についてはほとんど知られていない状態だ。


 ジンが魔法文字を読めるのは、勿論ゲームシステムだった『翻訳機能』のおかげだ。ジンも言葉として読む場合は「ファイアアロー」と認識するが、一つの文字に注目するとその文字毎の意味が理解出来たのだ。このおかげでジンの魔法の勉強がはかどったのは言うまでもないが、それ以上に大きな意味があった。


「文字の意味が分かれば魔法の研究が飛躍的に発展しますし、新しい魔法も生み出されるかもしれません。それに現在の魔法具もほとんどが発掘品を複製したもので、記された文字の意味も分からずに作っている物ばかりです。もし職人が魔法文字の意味を知る事になれば、今まで無かった道具がどんどん生み出される事でしょう」


 ここまで言われてジンもようやく理解した。


「ようするに、これもやばい情報って事か」


「はい」


 さっきアリアが言った事は一見良いようにも見えるが、同時に多くの危険性も孕んでいる。急激な変化は社会を大きく変えるだろうし、それに伴う混乱も大きいだろう。それにその知識が一人の人間からもたらされた事が知られた場合、その人間、つまりジンの立場も大きく変化する事は間違いない。


「毎度毎度ごめん。この知識の扱いをどうするかは、落ち着いたら皆に相談させてもらうよ」


「はい」


 悪びれるジンに対し、アリアは笑顔で答えた。

 隠し事をすることなくジンに頼られる今の状況は、彼女にとっても望むところなのだ。

アリアが眼鏡をかけているという設定を、何人の方が覚えておいででしょうか。

以前感想でご指摘を受けましたが、このあたりの描写がかなり弱いですね。


ようやく誤字修正とあらすじの追加も終わりましたし、次回も1週間以内を目標に頑張ります。


お読みいただき、ありがとうございました。

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