表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
91/207

出発前

「……という訳なんだが、どうかな?」


 夕食後の恒例行事となっているお茶の時間兼ミーティングタイムで、ジンはアリア達にある一つの提案をしていた。つい数時間前にジンが見た、「ガルディン商会」のオルトの一件だ。


 あの時オルトを悩ませていたものは、実家の母から送られてきた一通の手紙だ。

 味噌や醤油等の品々と共に送られてきたその手紙は、王都にある「ガルディン商会」本店の長でもあるオルトの父が倒れたという知らせだった。ただ早馬等ではなく商品と共に運ばれてきた事が示すように、発見が早かったのもあって幸い命に別状はないとの事だ。

 とまあ、不幸中の幸いでそれは良かったのだが、それからというもの父親がどこか塞ぎ込みがちで元気がないというのだ。恐らくこれまで風邪一つひいたことが無かった反動だろうし心配するほどじゃないとは思うが、出来れば顔を見せに帰ってこれないかとの内容だった。何人もいる孫達の中でも最も年少で可愛がっているアイリスの顔を見れば、きっと元気も出るはずだというのが母親の考えだ。


 ……だが、帰省すること自体は然程問題ではない。王都までは馬車を使えば十日も掛からないし、留守の間店を任せる事になる従業員も信頼できる相手だ。何より子として親の事が心配でない訳がない。時には衝突する事があるとは言え、命が関わるとなれば尚更だ。


「護衛依頼を受ける人が少ないなんて……。まさかこんな所にも迷宮ダンジョンの影響があるとは思っていませんでした」


 何で気付かなかったのだろうとアリアが嘆息するが、まさに問題はそこだった。

 街を結ぶ街道の多くは結界で守られているが、全てそうではないし、結界を無視して魔獣が現れる事もある。加えて滅多に無いとはいっても盗賊への警戒も必要という事もあり、街を移動する際は冒険者ギルドに護衛を依頼する事が多い。特に貴族や商人等の資産を多く持つ者であればほぼ必須だ。犯罪が容易に判明するシステムが抑止力となり、かつ実り豊かなこの世界でも、残念ながら誘拐等の犯罪行為に手を染める者は存在するのだ。

 だからこそ護衛として冒険者が求められるのだが、現在この街には迷宮ダンジョンがあるのだ。

 それが何を意味するかというと、この街に迷宮という魅力的な要素を求めて訪れる冒険者は多いが、だからこそここから離れる者は少ないという事だ。

 無論迷宮探索の厳しさに見切りをつけて依頼をメインに活動する者も少なくないが、わざわざ街を離れる護衛依頼を受ける冒険者の数は多くなかった。


「よく考えてみれば、無理をしなきゃ迷宮はレベルアップにはもってこいだからな。この街を離れたがらない奴が多いのは理解できるな」


 エルザが言うように、依頼をメインに活動する冒険者でも、たまには依頼の報酬を元手に採算度外視で迷宮探索を行っていた。出現する魔獣の強さが階層ごとにほぼ一定という特徴を持つ迷宮は、無理さえしなければ経験を積むのに最適の場所だからだ。


 その対応策として、ギルドは複数の商隊を纏めて護衛する事で依頼料を高額にしたり、時にはギルドからも報酬を追加する等の手を打って商人の行き来、つまり流通が滞らないように努めていた。そのおかげもあって現在の所はなんとかやっていけている状態だが、護衛依頼を出しても受注されるには以前より時間が掛かるようになっているのも事実だ。


「いつになったら出発できるか分からないのはお辛いでしょうね。アイリスちゃんも早くお祖父ちゃんに会いたいでしょうし、私は良いと思います」


 レイチェルが最初にジンの提案に同意を示した。その提案というのは勿論、オルト達の護衛を『フィーレンダンク』で受けないかというものだ。

 オルト達一家とは、迷子になったアイリスを保護してからの付き合いだ。この家を紹介してくれたのもオルトだし、今ではジン達全員の食卓に欠かせない味噌や醤油を初めて購入したのも彼の店だ。それに幼いアイリスはジン達によく懐いている可愛い妹(孫?)分だ。幸い自分達の仕事の範疇でもある事だし、公私共に付き合いのある彼らの悩みなら何とかしてやりたいというのが、ジンの考えだった。


「私も賛成です。幸い迷宮も落ち着いていますから問題ないでしょうし、王都にはリエンツに無い物もたくさんあるので勉強になると思いますしね」


 アリアの脳裏に浮かんでいたのは、王立図書館や美術館といった王都にしかない建物の数々だ。その中でも図書館が一番強くイメージされるのがアリアらしいところだが、そのアリアも王都に行ったことはなかった。


「……」


 ジンは黙ったまま二人に頷くと、最後に残ったエルザの発言を待った。パーティメンバー4人中3人が賛成している状況ではあったが、だからといって彼女の意見を聞かずにジンが判断を下すことは有り得なかった。

 しばしの沈黙の後、エルザが口を開く。


「正直に言うと、迷宮のあるこの街を離れるのには若干抵抗がある。オルトさん達の話は緊急ではないようだし、今はオズワルドさんやジンのおかげで、日毎に強くなっている事を実感している所だからな」


 エルザはそこで一旦区切ると、苦笑と共に続けた。


「とは言っても、アイリスの笑顔が曇る事を考えると賛成せざるを得ないな。強くなりたいという気持ちは変わらないが、何の為に強くなるのかも変えるつもりはないからな」


「そうか」


 エルザの言葉に、にっこりと満面の笑みを浮かべるジン。賛成してくれた事も嬉しかったが、それ以上に強くなる目的を忘れないでいてくれている事の方が嬉しかった。


「く、訓練には付き合ってくれよ!」


 不意打ち気味にジンの笑みをくらい、赤面したエルザがそっぽを向いて言い放つ。


「ああ、勿論」


 強さに対する想いを口にしたことが恥ずかしかったのかなと、何時もの如く斜め上の考えをしつつジンは頷いた。……ただまあ、エルザが照れている事に気づいただけ以前よりまだマシかもしれない。


「レイチェルもアリアもありがとう。確かレイチェルのご両親は王都の神殿に居られたよね。ご両親の都合が付けばの話だけど、皆であいさつに行くのもいいかもしれないな。アリアも王都でどこか気になる場所があるなら教えてくれ。面白そうだったら俺も行きたいし」


 エルザを赤面させたのが自分の笑顔だとは微塵も思わず、そのままジンは二人にも笑顔を向けた。エルザとジンの会話を少し羨ましく感じていた二人だったが、同様に自分たちの事も気に掛けてくれているのを感じて、そんな思いは吹き飛んだ様子だ。続けてジンが口を開く。


「せっかくの機会だし、王都では少し長めに休暇を取ろうか。オルトさん達も王都には最低でも4~5日は滞在するだろうし、俺たちが王都に行く機会は中々ないだろうからね」


 リエンツも気になるのでそこまで長居するつもりはなかったが、それでもジンは折角の機会なのだから有効活用するつもりだ。以前オルトから聞いたマヨネーズが有名なレストランも行ってみたかったし、王都は物流の中心でもあるのでまだ見ぬ新しい食材にも期待していた。


 全員から同意が得られたこともあり、ジンは少々浮かれ気味だったかもしれない。

 だが、王都へ行く事が決まった以上、それは皆も同じ気持ちだったようだ。


「「「賛成!」」」


 今度はほぼ同時に賛意が得られ、そのタイミングの良さに思わず皆が顔を見合わせる。そして同時に皆の笑い声が食卓を飾った。





 方針が決まれば、後は行動あるのみだ。メンバー全員の同意が取れた後すぐに、ジンはオルト宅に向かい護衛を引き受ける事を伝えた。

 メンバーの同意があればという前提でその事を提案してくれたジンに感謝していたオルトは勿論、「お兄ちゃんと一緒に行けるの?!」と、アイリスも大喜びだ。

 ただ幾ら急ぐとは言え準備も必要なので、出発は明後日の午前中という事になった。それでも約一ヶ月もの間店を留守にする事になるオルトとっては、後任の手配や段取りで大忙しだ。


 翌日、ジン達は手分けして旅の準備を進めた。本来ならその準備の大部分は雇い主であるオルトが行うものだが、今回は只でさえ時間がない彼の負担を軽減する為に、その多くをジン達が引き受けている。

 馬車は以前魔力草の一件で使用したギルド手配の物は借りることが出来ないので、自分達で手配する事になる。ただ幸い馬は同じのを借りることが出来た。あの後偶に遊びに行って可愛がっていた事もあり、馬は勿論その厩舎の管理人とも仲良くなっていた為、その伝手で馬車も問題なく用意できたのは幸いだった。

 また、食糧関係についてはジンの『無限倉庫』に充分過ぎるほどの量が準備されていたが、いくらオルト達でもまだ教えるわけにはいかない。緊急時ならジンも躊躇わないつもりだが、幸い今そんな状況ではなかった。カモフラージュの意味もあり、ジン達は大量の食糧を買い込んだ。

 その他にも用意する物はあったが、手分けして手際よく進める事が出来たので、夕方になる前には無事準備を終了できた。その後は一ヶ月近くリエンツを留守にする事になる為、各々その旨を伝えに親しい者達へ挨拶回りだ。


「ここらでは滅多に見ないが、王都には貴族がいる。基本的にはちゃんとした奴らなんだが、中には……」


 ジンはグレッグやガンツらに王都で気を付けるべき事をアドバイスされた。特に能力の秘匿と一部貴族への注意と対処法を念入りに教え込まれた。詳しい内容は此処では割愛するが、この世界に関する知識が偏っているジンにはありがたい話だった。

 また、オズワルドに話した際には、餞別代りにと模擬戦を申し込まれた。「全力を出す事をためらうな」というのが、模擬戦の後、別れ際に掛けられた彼の言葉だ。勿論ジンに手を抜いた覚えはない。オズワルドは全力を出さずに立ち向かえる相手ではない。

 そう思いつつも、ジンはその言葉に何故か初めて人を殺める事になったゲルドとの死闘が思い起こされた。

 ジンの胸中にある想いはどのようなものか、ただ彼は去っていくオズワルドの後ろ姿に深く一礼した。


 一方アリアは、挨拶に行った孤児院でヒルダから王都にいる友人へ届け物を頼まれた。ヒルダは遠慮していたが、大した手間ではないとアリアが自ら進んで請け負った。その後はようやく自ら壁を作ることなく話せるようになった子供達にもしばらく来れない事を告げると、しばらくぐずる子供達の相手をして過ごした。


 同じように神殿に赴いたレイチェルは、祖父のクラークに王都へ行く旨を伝えた。するとその場でしばらく待つように言われ、しばらく後にクラークが急いでしたためた両親宛の手紙を預かった。手紙を渡すクラークの笑みはいつも以上に深い。

 レイチェルは手紙の内容が少しだけ気になったものの、それよりもしばらく離れ離れになる寂しさを埋めるべく、大好きな祖父と会話を続けるのだった。


 そうしてジン達がそれぞれの形で一時の別れを惜しんでいた頃、一足先に挨拶を済ませて自宅に戻ったエルザは、自室で十日程前に届いた手紙を読み返していた。


「……ふふっ。久しぶりに会いに行ってみるか」


 その手紙の送り主はシーリン。現在は己が家の当主として王都に居を構える貴族で、かつてのエルザの相棒であり友人の名前である。


何とか週末前に投稿できました。

お読みいただきありがとうございます。


大分時間が経っている事もありますので、誰だっけという方も多いかもしれません。アイリス登場は36話、シーリンは40話です。


今週末は延び延びになっていた誤字修正の予定ですが、時間が取れれば続きを書くつもりです。投稿の期待は3割ほどでお願いします^^;


よろしければご感想をお聞かせください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ