成長
ジンが久々に18歳の若者らしい感情に振り回された夜から、約一ヶ月の時が過ぎた。
この頃になるとオズワルド戦後のジンの評価も定着し、もう彼を名前だけのリーダーと見る者はいない。彼が率いる「フィーレンダンク」は、Cランクでありながらリエンツの街でも有数の実力を持つパーティとして認識されている。
それは、彼らが迷宮探索において最も深い階層まで潜っている事が理由の一つだ。勿論それはジンが持つ『地図』のおかげである事は言うまでもないだろうが、同時に深い階層まで潜っても問題が無い実力を身に着けているという事でもあった。
未だBランクの基準であるレベル30までは届いていないものの、迷宮での効率の良い戦闘によって彼らは全員レベル30まであと少しというところまで成長していた。それに伴い各種スキルレベルも順調に上がっており、特に近接戦闘スキルの上昇が著しかった。それは迷宮での戦闘経験だけでなく、ギルドの臨時特別教官となったオズワルドの影響も大きい。彼は迷宮探索の傍ら、これと見込んだ者達に稽古をつけていたのだ。
実戦さながらの模擬戦を基本としたその稽古は、下手をすると命を失う事になりかねない厳しいものだ。特に実力が高くなっていくにつれ、その分オズワルドの手加減も少なくなっていくため尚更だ。
だが、だからこそ受ける恩恵は大きかった。
その日も早朝から、ギルドの練習場に剣戟の音が響いていた。
「ふっ。本当にやるようになったな、ジン!」
「いえっ! まだ! まだ! です!」
未だオズワルドには若干の余裕が感じられるが、対するジンはいっぱいいっぱいの様子だ。
しかし、現在彼らが使用している武器は共に鉄製の訓練用だ。ジンは『木剣』というアドバンテージがないにも拘らず、Aランク相手に渡り合っているのだ。さすがに互角とまではいかないが、それでも最初の模擬戦と比べると明らかな上達が見て取れた。
「時間です!」
そうしてしばらく打ち合いは続いたが、エルザの合図と共に稽古がいったん終了する。集中していたのでどっと疲れが押し寄せたが、その場に座り込みたい気持ちを抑え、ジンは剣を収めてオズワルドに礼を言った。
「ありがとうございました!」
きっちり姿勢を正して頭を下げるジンに、オズワルドは満足そうに微笑みながら頷いた。
「上達したな」
オズワルドはこの一言で済ませたが、本当ならそれだけで済む話ではない。やはり命が懸かった実戦と比べると、普通訓練などではスキルの成長は緩やかなものだ。いくらジンがやっているのが実戦さながらのものとは言え、それでも明らかに異常な成長速度と言える。
それはジンが転生した時にMAXレベルと変化した『武の才能』のおかげである事はこれまでにも何度か述べたが、その事実を知る者はアリア達『フィーレンダンク』の三人だけだ。
傍から見ると異常極まりない光景。しかし、今更それを気にするような人物はジンの周りにはいなかった。
「それでは五分の休憩後に、今度はエルザだな。その次のアリアは立会と見取り稽古、ジェイドとレイチェルはジンと順番に戦れ。わかっているだろうが、ジンに遠慮はいらん。全力でいけ」
「「「「はい!」」」」
オズワルドの指示に全員が勢いよく返事をする。この場にいる者達は皆、現役Aランクの指導を受けられるというチャンスを最大限に活かす事だけを考えていた。
それから数時間後、ジン達は早朝から行っていた訓練を終えた。今日は一日臨時教官を務めるというオズワルドとは、ここでお別れだ。
ちなみにオズワルドはこの後、初心者講習でお世話になったゲインを始めとした『風を求める者』の前衛メンバーを指導する予定だが、別日にはジンやレイチェルの同期であるシェリーやアルバート達も指導していた。その他にも指導している者が複数いる為、オズワルドは冒険者の活動をする時間がそれほど取れない状況だ。しかし、仲間の引退後は後輩の指導に注力してきた彼にとっては、現在の状況こそ望むところだ。そもそもリエンツに来た理由も、迷宮に挑む若き冒険者達に力を貸したいという想いからだ。実際、リエンツに来る前も似たようなことをしてきており、オズワルドの男気に惚れ込んで一緒にこの街に来たジェイドも、過去にそうやって指導を受けた一人だった。
今回は訓練に参加したジェイドだったが、いつもは臨時パーティを組んで迷宮探索を行っている。この街で自分の仲間を見つけられるといいなというのが、オズワルドの密かな願いだ。
こうした訓練でオズワルドが指導しているのはリエンツにいる冒険者のごく一部でしかなかったが、約一か月前のジンとオズワルドの模擬戦以降、リエンツの街には日頃の訓練に力を入れている冒険者がかなり増えていた。
オズワルドが来る前でも、その気になればグレッグやメリンダといった元Aランクの教官に稽古をつけてもらう事は可能だった。それが行われる機会が少なかったのは、「訓練は欲しいスキルを習得していない初心者が行うもの」という固定観念があった為だろう。
実際効率で言えば、実戦の方がスキルアップには有効である事も事実だ。しかし例え僅かなものであれ、比較的安全にスキルの成長を促せる訓練の利点も否定できるものではない。
ゆっくりとではあるが、リエンツにいる冒険者達の能力の底上げが行われつつあった。
訓練後、軽く汗を流したジン達は迷宮に向かった。
一時は冒険者のほとんどが迷宮にかまけてばかりでギルド依頼を受けるものが少なく問題だったが、ここしばらくはだいぶ落ち着いていた。だがレベル的にそろそろBランク昇格も見えてきた事もあり、条件の一つである依頼達成件数を確保する為にもジン達はギルド依頼と迷宮探索の配分は半々のまま変えていない。勿論、彼らにとっての基本方針とも言える「冒険者の本分」という理由もある。
迷宮探索に専念していない分ペースはゆっくりだったが、それでも他の冒険者達とは段違いのペースで彼らは成長していた。
「いやー、今日も順調だったな」
頭の後ろで腕を組み、上機嫌にエルザが口を開く。
少し早めに迷宮探索を終えたジン達は、徐々に赤く染まりつつある街を歩いていた。
「そうですね。強くなっているのが実感できて、何か嬉しいです」
その言葉通り嬉しそうに笑うレイチェルは確かに可愛らしいが、話している内容は魔獣退治なのでいささか物騒だ。しかし、それはオズワルドとの訓練や日々の実戦を通して皆が実感している事でもあった。
「魔法スキルの方は比べると伸びが今一つだけど、近接戦での安定感は以前の比ではないわね」
そうアリアが言うように、今では後衛のアリアやレイチェルも前衛としてやっていけるだけの実力を身に付けており、前衛としての実力だけでも並みのCランクを凌駕する程だ。
「うん。油断するつもりはないが、今の階層で負ける気がしないな」
そういうエルザは、この一ヶ月で一番の成長を見せた。元より前衛として頑張ってきた彼女だったが、オズワルドとの訓練以外にもほぼ毎日ジンと模擬戦をおこなっていた。それは『詠唱短縮』のレアスキルを持つアリアや『加護』を持つレイチェル、そして規格外ともいえるジンに対して自らの力不足を痛感していたからだろう。そして諦めないその心が、何よりも彼女を成長させた。
ジンの実力がオズワルドによって引き上げられたようにエルザもまたジンに引き上げられ、それが更に高度なオズワルドとの訓練にも繋がる。その繰り返しが彼女の才能を開花させたのだ。
勿論ジンの様にオズワルドと渡り合える段階までは至っていないが、それでも現在のエルザは前衛としてならそこらのBランクには負けないだけの実力を身に付けていた。
「…… ……」
「? どうかしたのですか? ジンさん」
いつものジンなら笑顔で見守るか話題に加わる所だが、今はどこか上の空でボーっとしているように見える。気になったレイチェルがジンに声をかけた。
「ああ、ごめんごめん。ちょっと考え事をしてた」
何でもないよと微笑むジンは、つい数日前にオズワルドやグレッグ達と迷宮について話した事を思い返していた所だった。
「この街にある迷宮の難易度は低い方だ」ーーオズワルドから聞いたその事実は、ジンにとっても納得がいくものだ。
十階毎に存在する転移門のおかげで移動や探索が格段に楽だし、出現する魔獣も近接型や遠距離型等といった様々なタイプが存在するとは言え、今のところゴブリンとオークの二種類だけだ。
迷宮の二十階を越えてから出現するようになったオークは、確かにゴブリンよりは手強くなったものの同じ人型で攻撃手段もほぼ変わらない。敵の種類が少ないというのは相手の攻撃パターンが少ないという事でもあるので、戦闘が楽になる要素でもあるのだ。
ちなみにダンジョンにはいくつかの種類があるが、難易度で言うと遺跡型>自然型>迷宮型の順と考えられているそうだ。
ただ、難易度が低いという事は別に悪い事ではない。それだけ探索が容易になり、ひいては魔獣の大量発生防止にもつながるのだから、別に気にする必要もないはずだ。……だが、ジンの心に何かが引っかかっていた。
「(いや、そもそも自然発生する迷宮なんてのが謎なんだから、考えても仕方ないな)」
ジンは頭を軽く振って余計な考えを振り払うと、続けて口を開く。
「うん。皆が言うように俺達は強くなってきているし、今の階層なら余裕があるのも事実だと思う。でもオズワルドさん達によるとそのうちもっと手強い魔獣や、今までは無かった罠なんかも出てくるそうだから、油断はしないようにしよう。……ま、言うまでもなく皆わかっているだろうけどね」
最後は苦笑いしつつまとめるジン。別に水を差すつもりではないが、一応のリーダーとしてはこういう事も言っておかなければならないという話だ。
「「「了解」」」
その辺りの事はアリア達も承知しているのだろう。それぞれが笑みを浮かべつつ答える。
いつも通りの光景と言えばそうなのだが、ジンには何故だか彼女達の笑顔が眩しく感じられた。
「まあ、そういう事で……」
照れ隠しに頭を掻くジンに、アリア達は笑みを深くするのだった。
その後、途中でアリア達と別れたジンは、帰宅する前に「ガルディン商会」へと向かっていた。
味噌と醤油の補充もしたかったし、アイリスともしばらく会っていなかったのでご機嫌伺いも兼ねての訪問だ。味噌と醤油は今日あたりに入荷予定と確認済みなので抜かりはない。アイリスが店にいない時用のお土産も『無限収納』に用意済みだ。
「こんにち…………どうかしましたか?」
店に入ったジンが目にしたのは、腕組みをして何か悩んでいる様子のアイリスの父、オルトの姿だった。
そしてこの二日後、ジン達はアイリス達一家と王都を目指すことになる。
お読みいただきありがとうございます。遅くなってすみません。
やはり「現在のステータス&スキル」みたいなものも必要ですよね。
「これまでのあらすじ」のページや誤字修正も、わかってはいるのですが……
その辺りもう少しお時間をいただきたく存じます。
基本返信はしていない分際で恐縮ですが、よろしければご意見やご感想をお聞かせください。
ありがとうございました。