異世界転生に感謝を
最終回っぽいサブタイトルですが、ちゃんと続きます。
途中人間の生理現象についての描写があります。 一応念のためですが、お食事時の方はご注意を。
バークと別れた後、ジンはこのままギルドに行ってみるつもりだった。しかしちょっと腰をすえて考えてみたいと思い、予定を変えてまずは宿をとる事にした。
食事を終えて気持ちが落ち着くと、ずっと後回しにしていたお金の事が気になってきたのだ。
都合のいい事にこの『旅人の憩い亭』は宿もやっている。というか宿がメインで、昼間だけ食堂として開放しているのだ。幸い空きもあったので、問題なく部屋を取ることが出来た。
案内されたのは2階の8畳ほどの広さがある鍵付きの部屋で、備え付けのベッドと机の他に固定された鏡もあって機能的には充分だ。
とりあえずジンは部屋の鍵を閉めると、ベッドに横たわった。体力的にはまったく疲れは感じていないが、ベッドの感触が気持ちよかった。
だがすぐにやる事を思い出し、気を取り直してベッドの上で胡坐をかく。座るのに邪魔になるので、一旦木剣はゲートに収納した。
そして元々持っていたゲーム内通貨であるGを1枚取り出してベッドの上に置く。チュートリアルの時は確認した事はなかったし、門でバークに渡した時も特に意識していなかったが、改めてみると確かに重量感のある大振りの金貨だ。表面には美しい女性の横顔のレリーフが、もう片面には天秤が浮き彫りされていて、周囲の細かい装飾も相まってまるで美術品のようだ。
そしてバークに両替してもらった小金貨と銀貨に銅貨も、それぞれ同じくベッドの上に置く。
これらの通貨はさすがに大きくないので装飾も簡略化されているが、それでも天秤らしきものは確認できる。硬貨に共通して言える事は天秤の図柄と、どれも綺麗な真円を描いており装飾も精緻ということだ。
「う~ん。武器や防具みたいなゲームで売り買いする品は高いから大金貨が最低取引単位。だから所持金の単位はG(大金貨)になっている? んで、それ以外の硬貨は普通ゲームに出てこない細々した生活用だから表示されていないだけで、実際は存在してるってことか?」
そういや鍋のふたの値段が宿の一泊より高いっていう価格設定のゲームがあったなと、ジンは思い返す。
(分かりやすさ優先でいくと矛盾がでるから、リアリティの為にこうしたってことかな。でもそれなら初めからそういう設定にしとけよという話だよな)
ジンは納得できる答えを探そうと理屈をこねくり回すが、そもそもの前提が間違っているのだ。 正解など出るはずもない。
「このまま考えてもしょうがない、まずは検証しよう」
ジンは答えの出ない考察に見切りをつけ、情報を整理する事にした。
まずはバークに両替してもらった時を思い出して、目の前の硬貨を指さし確認しながらレートを考える。
銅貨100枚→銀貨1枚。
銀貨10枚→小金貨1枚。
小金貨10枚→大金貨1枚=1G
銀貨以降は十進法なのでわかりやすい。しかしたった1Gが大金貨1枚と同じ価値だなんて、どう考えても異常なレートだ。
次にジンは現段階でわかっている、物の値段を整理する事にした。
自分の感覚とすり合わせる事で、お金の価値を予想しようとしたのだ。
保証金 小金貨1枚
宿泊費 銀貨1枚
特別定食 銅貨10枚
日替わり定食 銅貨5枚
日替わり定食は普通いくらくらいだろうか? 九州の一地方都市に住んでいたジンの感覚だと、昼の安い定食と言えばだいたい500円くらいだ。とりあえず価値が合っていると仮定すると、銅貨は1枚100円程度の価値と考えられる。そうなると特別定食は1000円になる。かなりお得だが大きく外れていないかなと、ジンは判断する。
次にさっきこの宿に支払った宿泊費は、朝食付きで1泊銀貨1枚だった。銅貨100枚で銀貨1枚だから、換算すると1万円となる。ビジネスホテルだともっと安いところもあるが、これもそう大きくは外れていない気がする。
それで銀貨10枚で小金貨1枚だから保証金は10万円。 安い気もするが、これは現実で比較するものが無く良くわからないから保留。一応あってるとして、その小金貨10枚で大金貨だから大金貨1枚100万円。
で、この大金貨1枚が1Gで100万円……どう考えても高い。ジンは考えるのが怖くなってきたが、一度軽く頭を振ると、覚悟を決めた。
大金貨1枚=100万円=1G、それが残り786枚。百万・千万・一億と、心の中で桁を数えつつ計算する。
(……間違えたかな。)
もう一度、今度は関係ない一の桁から始めて数え直す。もちろん結果は変わらない。
つまり7億8千6百万円だ。
「………………えええ!?」
少しは予想していたとは言え、それでも異常な額に動転してしまうジン。
「いやいやいや、そんな馬鹿な。バグかなんかか? ありえんだろう」
慌てふためくジン。落ち着きのある老人のイメージはまるでない。
ただ、よくよく考えてみればお金が異常に増えただけだ、バグだと思うのなら運営に報告すればいいだけの話だ。一人用ゲームでもちゃんとGMはいる。それなのにここまで混乱が続いたのも、この時本人も無意識に何かを感じていたのかもしれない。
「う、何かお腹痛くなってきた」
緊張でもよおしたのか、急激に感じる便意にお腹を押さえるジン。
ゲームの時は、もし現実の体が便意を感じた時は警告が鳴り、速やかに一旦ログアウトするようになっている。警告はなかったがそういう事なのかと、ジンはログアウトしようとメニューを開いた。
が、当然もうそんなボタンは存在しない。
「え? 何で? ログアウト! エスケープ! ログアウト! ゴーホーム!」
いくらジンが叫んでも結果は変わらない。しかし焦りとお腹の痛みと便意のトリプルパンチで、ジンの頭は働かない。そうこうしているうちに、本格的にお腹が限界に近づいてきた。
「もうだめだとりあえずトイレいく」
ジンはお腹を押さえながら鍵を開けて部屋を出ると、内股で急いで1階のトイレに向かった。
――しばらくしてジンは部屋へと戻ってきた。その顔は何処か神妙な面持ちだ。さすがに考える時間もあったのだろう。さっきまでの取り乱した様子は無い。
「出来たな。脱げたし。臭かった。」
ベッドに腰掛けると、ぽつぽつと確認するようにつぶやく。とりあえず緊急性のある問題が解決したおかげで、一時的なパニック状態から脱してようやく冷静になったようだ。
当たり前の話であるが、ゲーム上で排泄行為など出来ない。わざわざ不快な事をゲームで再現する必要はないのだ。そもそもジンがプレイしていた『ニューワールド&ニューライフ』の仕様では、ゲーム上の裸とはパンツ一枚の姿のことで、それ以上脱ぐ事は出来ない。なのにジンはパンツを脱ぎ、用を足す事まで出来た。パンツを脱いだ姿など存在しないデータのはずだが、普通にちゃんとついていた。
また、ゲーム上は味覚と共に匂いも感じられるようにはなっているが、その再現率はまだまだ発展途上だ。
よくよく考えると、先程の食事でジンが感じたような繊細な味の違いや、この街に来る前に感じた風の匂い等も現在のVR技術では再現不可能だ。ましてやトイレでジンが感じた悪臭など、再現する意味もない。
ジンは頭を振って立ち上がると鏡の前に立つ。その姿はゲーム開始前に設定したものと同じだ。いや、むしろより自然になっているかもしれない。本来の身長より10cm程高い身長と細身の筋肉質な体。ジンが設定したままの姿だ。しかし落ち着いて観察すると、肌の毛穴や手の平のシワ、さらには皮膚の下の血管も見て取れる。目をつぶって片手を胸に当てると、心臓の鼓動や全身をめぐる血液の流れを感じる。本当に仮想現実かと疑いたくなるようなリアリティだ。
さらにジンは思う。良く考えてみれば、丘の上で目覚めてから自分の心が何か落ち着かない。念願のVRゲームを楽しんでいる事は事実だが、ここまで心が揺れ動いただろうか? チュートリアルの時、最近の自分では考えられないほど興奮していたと思うが、丘の上で目が覚めてからはその比じゃないような気がする。人生も終盤に来て落ち着いていたはずの自分の心が、まるで本当に18歳の頃に戻ったかのような熱量を感じるのだ。
過去に精神年齢は肉体年齢に引きずられるといった説を聞いた事がある。見た目が若い人は心も若く、逆に見た目老けていれば心も老けるという説だ。その信憑性は別にしても、だからといって老人が若者の精神年齢になる事はないはずだ。だが、自分の精神年齢がこの18歳の肉体相応に若返ったと考えると、何故かしっくりと納得できてしまうのだ。
いまだ明確な答えを出せず、ジンは考え続ける。
『メニュー』
ジンはメニューを呼び出し、あらためてログアウトボタンを探すが、やはり本来あるべきところにそれは無い。続けて他の情報に変化が無いか確認する事にし、メニューから基本情報を呼び出した。
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名前:ジン
年齢:18
職業:自由人
称号:神々に祝福されしもの(New)
レベル:3
HP:49/49
MP:20/20
STR:23
VIT:20
INT:14
DEX:20
AGI:20
ユニークスキル:メニュー(New)
所持品:
HP回復ポーション(小)×5
MP回復ポーション(小)×3
一角ウサギの角
所持金:786.8830G
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「なんだこれ?」
見たことが無い情報が増えている。称号? ユニークスキル? すぐにそれぞれをタップして、詳細情報を表示させる。
〔称号:神々に祝福されしもの……貴方に感謝を。新たなる人生に幸多からんことを〕
〔ユニークスキル:メニュー……メニューを呼び出し、各種機能を利用できる〕
ジンは言葉が出ない。いったい何が起きている。イベントなのか? ユニークスキルって何だ。メニューは単なるシステムのはずだ。
ジン頭の中では、いくつもの考えが駆け巡る。
気持ちを落ち着かせる為、大きく一回深呼吸した。
そして思考を再開する。
まずメニューだが、何故ユニークスキルとなっているかは不明ではあるものの、今までどおり使えると考えれば問題ない。
一方称号は意味がわからない。ジンに神様に感謝をしてもらえるような事をした覚えは無い。ただその文言には好意しか感じないのが救いだった。
実は少し前からジンの心にまさかと思う可能性がちらついていた。ありえないとは否定しつつも捨てきれないその考え。
ジンは他の項目もチェックしようとして気付いた。もし異常があれば、ログに何らかの痕跡があるはずだと。
チュートリアルは確かに何の異常も無かった。大きく変わったのはその後本編に入ってから。何が起こったとすれば、それはチュートリアルステージで横になってから丘の上で目を覚ますまでのはずだ。
早速ジンはログを呼び出し確認する。
細かい情報が多すぎるので、ログ表示の重要度を中に設定する。見やすくなったログを最初の方まで戻す。
チュートリアル終了直前のクリスから指輪をもらったログの後に、そのシステムメッセージはあった。
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【精神と肉体の保全を完了 《神宮寺真一》の『地球』からの消滅を確認】
【精神と肉体の再構成を完了 《ジン》の『テッラ』への転生を確認】
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スッと頭が冷える。心のどこかで感じていた可能性。
チュートリアルから、がらりと変わった世界。その圧倒的なリアリティ。モンスターの変化、そしていつまでも残る死体。大きく変化した貨幣価値。美味すぎる食事。そしてログアウト不能。存在しないはずの機能。若返った精神。存在しないはずの称号とスキル。
そしてこのシステムメッセージ。
ジンは唐突に理解した。何の疑いも無く確信した。初めからそれが真実であったように納得した。
神宮寺真一は地球にはもういない。この地テッラに転生したのだと。これは現実だと。
理解に感情が追いついてきた。自分はもう元の世界の人々とは会えないのだ。寂しい。悲しい。
ジンはしばしそれらの感情をかみしめる。
……しかし考えてみれば、元々の年齢では別れは身近なものだった。両親や知人友人など、もう何人も見送ってきている。自分もつい1年前に生死の境をさまよったばかりだ。残りの寿命も決して長くはなかっただろう。別れが身近だからこそ後悔しないよう、日々を楽しく一生懸命生きてきた。
クリスとの別れは悲しかったが、出会えた事の方がもっともっと嬉しかったから引きずらなかった。
皆も自分との別れをそう感じてくれると信じよう。そうジンは思った。
そして忘れてはいけないのが称号だ。自分が何をしたかはわからないが、どうやら神様達に喜んでもらえるような事をしたらしい。そしてそのお礼に『ニューワールド&ニューライフ』に似たこの世界に転生させてくださったようだ。そこに感じるのは好意だけだ。
そう言えば寝転がってた時に、こんな世界で暮らしたいみたいな事を言った覚えがある。おそらくそれを願いとして叶えてくださったのではないだろうか。
スキルや所持金の変化も、ゲームの設定を極力そのまま此方で使えるようにという神様のご配慮だろう。Gという言葉の響きから金貨、しかも大金貨になったのはご愛嬌だ。
願いを叶え、さらには祝福の言葉まで贈ってくださったのだ。これに文句を言ったらばちが当たる。
ジンはゆっくり2回、大きな深呼吸をした。
そして最後に自分に問いかける。
元の世界の事を含め、この世界に生きる事になった事をどう思うのかと。
目をつぶり、ゆっくり考える。そして結論はすぐに出た。
「感謝しかないな」
別れを言えなかった事だけが残念と言えば残念だが、恨みつらみはまったくない。
冒険なんて今まではTVゲームの中でしか経験出来なかった。今日、夢だったVRゲームでファンタジーを体験でき、そして同じく今日、夢のファンタジー世界で生きていけるようになった。しかも若返って、もう一度新しい人生を過ごせるのだ 感謝しなきゃ嘘だろうと、ジンはそう思う。
そしてさらにジンは思う。この世界の事はまだよくわからないが、今後良いことも悪いこともおこるだろう。今までだってそうだった。山あり谷ありだった。
だからここで誓おう。たとえこれから辛い目に遭うことがあっても、この感謝の気持ちを忘れないと。
ジンは窓開けると空に向かって両手を合わせ、目をつぶる。そして静かな口調で感謝の気持ちを込めて言った。
「私を転生させてくださった皆様方。いただいたお言葉通り、私は精一杯この世界を楽しみます。本当にありがとうございます」
『この異世界転生に感謝を!』
目を開けると、ジンは笑顔でそう誓った。
完結じゃないですよ?^^
これで第1章が終わったとこです。 次からは異世界生活の地盤作りといったところでしょうか。 もしかしたら人物紹介的なものをはさむかもしれません。
次回というか次章は少しだけお時間をただくかもしれませんが、極力お待たせしないように頑張ります。
よろしければ今後ともお付き合いをお願い致します。