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おやすみなさい

「いやー、凄かったな!」


 とある酒場では、酒に酔った冒険者達がもう何度目になるかわからない話題で盛り上がっていた。


「ああ、まさかあの『爆斧』相手にあそこまで喰らい付くとはな」


「あの地面が爆発したやつな! あれ凄かったよなー。『木剣』もよく避けられたもんだぜ」


「だな。あの後も心折れずに打ち合っていたし、大したもんだぜ」


 彼らが話題としているのは、少し前に行われたジンとオズワルドの模擬戦だ。


「何でえ、ちょっと前までは『木剣』の事をボロクソ言ってたくせに」


 彼らの会話をニコニコと笑顔で聞いていた一人が、そう言って「大したもんだ」と発言していた男をからかう。それもそのはずで、その男は模擬戦前に「ボコボコにされちまえ」などと悪態をついていた者達の一人だ。

 しかし、そうからかわれた男は、一瞬言葉に詰まりつつも反論する。


「……あれを見ちまったら、認めねえわけにはいかないだろうが。あいつの実力は勿論だが、それ以上に格上相手にあそこまで喰らい付く根性を見せられちゃあ、何の文句も言えねえよ。さすがにそこまで腐っちゃいねえ」


 その台詞が全てなのかもしれない。同意して頷く者も多い。

 そもそも冒険者達は、良かれ悪しかれ実力主義だ。ランクという指標もそうだが、人でも魔獣でも強者には一目置く。それはそうしなければ一つしかない命を捨てる事になりかねないという、自らの経験則から来ているのだろう。それが出来ない者はいつか失敗し、結果として命を落とすことになる。


「だな。……あれならアリアさんのパーティメンバーとして認めてやらんでもない」


 ましてや此処リエンツの冒険者ギルドは、あのグレッグがギルドマスターを務める地だ。その辺りはきちんと教育済みだ。


「ああ。あれなら、あのエルザがパーティを組んだのも頷ける」

 

「そうだな。レイチェルちゃんが明るくなったのも、あいつのおかげだろう」


「「「…… …… …… ……」」」


 ……そのはずだったが、何だか雲行きが怪しくなってきた。


「アリアさんの笑顔も偶に見られるようになったな……」


「エルザも最近ちょっと女っぽくなってきた気がする……」


「レイチェルちゃんなんか、あいつの側にいると何時もニコニコしてるぜ……」


「「「…… …… …… ……」」」


 再びその場を沈黙が支配する。そして揃って不満を吐き出した。


「「「やっぱ、あいつ気に食わねえ!」」」


 そう合唱して騒ぐ独り身達と、それを見て苦笑するパートナー有りあじゅうと女性達。

 ある意味、これもリエンツの街ならではの一コマなのかもしれない。


 いずれにせよ彼らがジンを見る目が変わった事は事実で、今夜は酒場やレストランなど、街の至る所で似たような光景が見られた。




 そんな中、当事者達はとあるレストランの一室を借り切って酒を酌み交わしていた。

 格好の飲む理由があるのを呑兵衛達が見逃すはずもなく、模擬戦の後は当然の如く飲みにいく事になったのだ。ただ、観戦していた冒険者の盛り上がりを考えると、普通の酒場では周囲が気になって気軽に飲めないだろうからと、こうしてレストランの一室を借り切っていた。

 この場にいたのは当事者であるジンとオズワルドに、見守っていたガンツとジェイド、そして最後に立会人を務めたグレッグの五人だ。


「わはははは。どうだ、ジン。飲んでるか?」


 上機嫌なオズワルドが、バンバンとジンの肩を叩く。どちらかと言えば物静かな落ち着いたイメージがあったオズワルドだったが、酒が入ると一気に陽気になるタイプのようだ。


「ええ、飲んでますよ。やっぱり運動した後はビールが美味しいですね」


 このやり取りも既に何回か繰り返されているものだったが、別に酒を飲むことを強要されているわけではないので問題ない。逆にオズワルドが楽しんでいる雰囲気が伝わり、ジンもいい気分になって自然と笑顔で答えていた。


「オズも相変わらずだな。くくっ、ジェイドも苦労しているんじゃないか?」


「わはは。普段があれだから尚更な」


 グレッグが懐かしそうに目を細め、ガンツも同調して笑う。二人にとっては昔から見慣れていた光景だ。


「いえ、これだけ楽しそうなオズワルドさんも久しぶりです。グレッグさん達と一緒だからというのもあるんでしょうが、ジンとの模擬戦がよっぽど楽しかったんだと思います」


 大先輩(尊敬するオズワルドの先輩)であるグレッグやガンツを前に、流石にジェイドも若干緊張気味だ。だがこれでも酒が入っているだけマシになった方で、その視線は楽しそうに話しているオズワルドとジンに向けられ、口元には笑みが浮かんでいた。オズワルドを尊敬するジェイドにとって、彼の楽しげな様子は自分の喜びでもあった。

 それを引き出したのが自分ではなく、ジンである事に若干の嫉妬めいた感情が無いわけでもなかったが、それ以上に感謝の気持ちの方が大きかった。


「しかし、ジンは何者なんですか? 俺と一つしか違わないってのに、あんだけオズワルドさんと渡り合うなんて凄すぎですよ。あの木剣も訳が分からないし」


 ジェイドの年齢はジンの一つ上の19才だ。冒険者の先輩として昼間は似合わない忠告をしてしまったが、模擬戦で見せたその実力は自分の及ぶところではなかった。しかも模擬戦前に感じた冒険者らしくないスレていない印象は変わらず、今ではオズワルド達大先輩三人を相手にしても物怖じしない世慣れた印象まで加わっていた。

 ランクはCでも実力はそれ以上。冒険者になる前は何をしていたのだろうと、ジェイドは冒険者の詮索はするべきではないと承知していたにも拘らず、酔った勢いもあって思わず疑問を口にしてしまった。


「さあな。俺達も知らんよ」


 口にしてしまった事でたしなめられる事を覚悟していたジェイドだったが、気にする様子もなくあっけらかんとグレッグが答えた。それはジンの情報を隠す隠さない以前に、本当に知らないことが窺えるものだった。


「え?」


 思わず抜けた返事をしてしまうジェイド。教えてもらえるとも思っていなかったが、その返答も意外なものだった。

 勿論ギルドであっても、普通なら冒険者の過去を探る事はタブーとされている。だが、ジンほどの実力を持つ相手に対してはそれで済むはずもない。戦争など遠い昔の話ではあるが、国や団体からの干渉など、今でも一応スパイ等に対しての警戒は欠かせないのだ。

 無論ジェイドもジンがスパイだなどと思っているわけではない。ただ、ギルドならその辺りの情報は把握しているものと思い込んでいただけだ。


「そりゃあ、いくつかはあいつの情報は握っているがな。詳しい事は本当に知らんよ」


 そう言うグレッグの顔は、何を思い出しているのか楽しそうな笑顔だ。

 実際グレッグが知っているのは本人に教えられたいくつかのスキルや冒険者ギルドに来てからの実績だけで、ジンの氏素性など、この街に来る以前に関してはノータッチだ。

 またジェイドの勘違いとして、そもそもジンに前歴などない。この世界に転生という形でやってきたジンは、つい数か月前まではスキルを一つも持たない低レベルの一般人だったのだ。いや、ステータスこそ異様に高かったものの、スキルを持たないという意味では一般人以下だったとも言える。それがここまでの成長を遂げたのだ。


「くっくっく、確かに俺も詳しい事は知らんな」


 ガンツも思い出し笑いをしつつ、グレッグに同調する。ジンがこれまで成し遂げてきた実績と成長は目覚ましいものだが、それが彼を表す全てではない。

 グレッグと同様に、ガンツもローゼンの花の悪戯や飲み会など、ここ数か月で築き上げてきたジンとの友誼を思い返していた。


「あいつは良い奴だ。それが分かってて、他に何か知っておかなきゃならん事があるか?」


 そう邪気のない笑みを浮かべるグレッグに、ジェイドも変な事を気にしてしまった自分が可笑しくなる。


「ははっ、確かにそうですね」


 二人にならって笑みを浮かべるジェイドの視線の先には、楽しそうに会話をするジンとオズワルドの姿があった。






「何だかんだで、今日も良い休日になったな」


 自宅への帰り道、ジンは一人ほろ酔い気分で呟く。

 ビーンの調合修行とガンツによる鍛冶修行は休日の過ごし方の定番と言えるが、今日は加えてオズワルドやジェイドと知遇を得る事が出来た。しかもジェイドからはありがたい助言をもらい、その流れでオズワルドの提案を受けて模擬戦を行う事になった。一時はどうなる事かと思われたが、結果的に良い勉強をさせてもらった。


「あれがAランクなんだな……」


 思い返すのはオズワルドの妙技だ。

 ジンの木剣は、VRゲーム時の影響で『破壊不可』と『状態維持』の属性がついた特別製だ。しかも『状態維持』の効果が変に発揮され、ジンの筋力に合わせて重量が増すという特性も持っている。つまり、壊れず重いという打撃武器としては最高の性能を持つと言ってもいいだろう。

 それを鉄製の武器で相手するというのだから、普通に考えてすぐに鉄製の武器が壊れて終わりのはずだ。なのにオズワルドはそれを経験とステータス、そして技術で覆し、終始ジンを圧倒した。

 ただジンもよく耐え、終盤には『武の才能』の力で急成長した各種スキルと武器の性能差のおかげで、少しは喰らい付くことが出来るようになっていた。その粘りが、模擬戦終了直後にオズワルドの斧が壊れるという結果を呼び込んだのだろう。しかしそれはジンの力というよりも、それまで積み重なった損傷により限界を迎えたという方が正しい。

 そもそも今回の模擬戦は木剣を使うジンの実力を示す為に行われたが、もしこれが鉄製の武器同士だったらここまでジンが善戦する事は出来なかっただろう。


「ふふっ。しかし良い目標が出来たな」


 それでもジンは笑う。元より自分の実力不足は承知しているのだ。

 Aランクのオズワルドは最低でもレベル50以上、まだジンはその半分にも満たないレベルだ。それは逆に言うとそれだけ成長の余地があるという事でもあり、しかも若返ったジンは年もまだ18でしかない。未来には無限の可能性が広がっているのだ。


「楽しいな~♪」


 改めて転生させてもらった事や周囲の人々に感謝しつつ、ジンはいい気分で家路につくのであった。





 ……ただ、充実した休日はこれで終わりではなく、最後にもう一つ残っているものがあった。


 話は数時間前にさかのぼる。

 ジンがオズワルドとギルドの練習場で対峙していた丁度その頃、数分の誤差という出来すぎのタイミングで自宅へと戻ってきたアリア達三人が、それ・・を見つけた。


「オズワルドさんと模擬戦をする事になったので、夕食は先に三人でとって下さい。用意は済んでいるので、後は温めるだけです。急に決まったんで連絡が遅くなってごめんね」


 テーブルに置いてあったその伝言。一応の要点は押さえているものの、肝心のオズワルドと模擬戦をするに至った経緯を省いたそれを見て、三人が驚かないはずもない。

 まっさきに思いつくのは、ジンが何らかのトラブルに巻き込まれた結果、オズワルドと模擬戦を行う事になったというものだ。そうでもなければ、いくらジンの実力が規格外とは言っても、流石にAランク冒険者と模擬戦を行うなど考えられなかったのだ。

 ましてやオズワルド自身はともかく、一緒にいたジェイドの態度は褒められるものではなかったので、尚更悪い方へ考えが向かっていた。


 ジンを心配した三人は慌ててギルドへと向かうが、到着した時には既に模擬戦は終了しており、そこにジンの姿はなかった。

 ただ観戦していた知り合いの女性冒険者から話を聞くことが出来、ジンが怪我をする事もなく無事模擬戦を終えた事を知りほっと一息つく事が出来た。加えて立会人をしたグレッグ他数人と連れだって出て行った事を聞き、どうやら物騒な話ではなかった事も推測がついた。

 しかし人というのは不思議なもので、安心した一方でそれまで心配していた分、そうさせたジンに対して怒りの様なモヤモヤしたものが湧いてくる。それは自宅に戻ってからも続き、三人で食事をしながら話す話題も自然とジンに対する愚痴になった。途中からお酒が入った事もあり、それは今回の件だけでなく過去の出来事まで及んだ。ただ、愚痴と同時に惚気ともとれる話も出たのは救いだ。もし第三者、例えばサマンサがその様子を見ていたとしたら、「あら、皆可愛いわね」と微笑ましく思ったに違いない。

 ただ、それでもジンがオズワルド達との飲み会で遅くなればなるほど、完全に心配が晴れたわけではない彼女達のモヤモヤが膨らんでいったのは致し方ない事だろう。同時に酒量の方も……。

 ジンを心配するが故のその感情は、彼の帰宅を待って解放される事になる。


「ただい……」「「「おかえりなさい」」」


 帰宅したジンを出迎えたのは、玄関ホールで待ち構えていたアリア達三人だった。わざわざ三人揃って出迎えるなど、滅多にあることではない。


「(あれ? 俺なんかやらかしたか?)」


 本能が警鐘を鳴らすが、かといってジンが取れる手段は一つしかない。


「ジンさん、お話がありますのでこちらへ」


「はい……」


 そう、素直に言うことを聞くだけだ。


 こうして本日最後の試練となる、有難くも悩ましいお説教が始まった。

 だが、それも自分の事を心配したがゆえだという事を理解しているジンは、いつもの如くただ感謝して受け入れるだけだ。彼女達を厭う事もない。

 そもそも彼女達の話を聞けば悪いのは誰か一目瞭然だ。だからお説教自体は試練と言う程でもなかったが、お酒に酔ったせいで何時もより近い距離や、甘えにも似た言動の方が大変だった。

 しかし、それ以上に最後の方になって少し酔いも醒め、自分達の言動を省みて恥ずかしそうにする彼女達の姿の方がジンの心を揺さぶったのは秘密だ。

 そうしてお互いに若干の気恥ずかしさを抱えつつも、最終的には和やかにお説教は終わった。だが、いざジンがベッドで眠りにつく時に、何時もより少しだけ寝つきが悪かったのはご愛嬌だ。


 元老人だが現在は若者のジン、18歳。たまにはそんな夜もあるのだ。

少し遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。

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[一言] 心配してもらえるって幸せ
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