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他人から見た自分

 リエンツの街に帰ってきてから三日目、ジン達は昨日から二日間の休みをとっている。

 ただ昨日は掃除や洗濯に料理など、それぞれが溜まっている家事に追われたため、一日中フリーなのは今日だけだ。

 アリアは朝から孤児院へ、エルザは叔母さんの店に弓の調整に、レイチェルは治療院へと、それぞれが久しぶりの休日を過ごしていた。


 そもそも、休日の過ごし方は人それぞれだ。

 掃除や洗濯等の溜まった家事に追われる者もいれば、旅行やショッピング等の遊びを楽しむ者もいる。他にも習い事や勉強をして自分を高める者や、何もせずに寝て過ごすという者もいるだろう。だが、それがどのような使い方であれ、本人が選択した結果であれば何の問題もない。単に寝て過ごすという場合でさえ、体力回復の意味では有意義な休日の過ごし方なのだ。


 では、ジンはこの世界でどのような休日を過ごしているのだろうか。

 元の世界では老人であったジンにとって、退職した後は毎日が休日のようなものだった。日々の家事など、しなければならない事は勿論あったが、それでも毎日ゲームや読書を楽しんだものだ。

 しかし、当然この世界にジンが大好きだった所謂TVゲームのようなデジタルなゲームは存在しない。一応娯楽小説のようなものは存在するものの、比較的高価な事もあってかその数は極めて少ない。ましてや漫画に至っては皆無と言っていい。

 そんな元の世界を基準に考えると娯楽に乏しい世界での休日ではあったが、それでもジンは久しぶりの休日を心から楽しんでいた。


「今日も色々と教えていただき、ありがとうございました」


「いえいえ、こちらこそ貴重な薬草をいつもありがとうございます。またいつでも来てください」


 昼過ぎまでかかった調合修行を終え、ジンがビーンに深々と頭を下げると、ビーンも笑って答える。

 

 初めてビーンから調合を学んで数か月が経ったが、ジンは休日になるとこうしてビーンの元に来て調合を学ぶことを続けていた。

 元の世界では習い事などは子供の頃しかしたことが無かったジンだったが、今は段々と出来る事が増えていく過程が楽しくて仕方がない状態だ。

 それは精神が若返ったせいだけでなく、才能スキルや高いステータスのおかげで上達が速いという事もその理由の一つだろう。今では作る事の出来る薬の種類も増え、『調合』のスキルレベルも4に上昇している程だ。


 ちなみに相変わらずビーンは謝礼金を受け取らないので、ジンは依頼で街の外に出た時などに採取した珍しい薬草をお礼代わりに渡している。それでも最初は受け取りを渋っていたビーンだったが、今は何かあった時の為に備えとして受け取ってくれている。その為、滅多に使われないがある特定の病気に効くポーションなど、ビーンの店には普通なら置いていないような薬まで常備されるようになっていた。


 勿論ジンが自宅で作成する用の薬草はきちんと確保しているし、『無限収納』の中にはお手製のポーションもかなりの数が収められている。レイチェルの回復魔法があるのでポーションの出番は多くないが、複製したゲーム時代の『HP回復ポーション(小)』と共に、いざという時の為にちゃんと備えられ、日を追うごとに少しずつ増えていた。


「それでは失礼します」


 こうしてこの世界ならではの休日を過ごしつつ、ジンはビーンに別れを告げると、遅めの昼食を取った後にの修行先へと向かった。



 誰もが容易に想像がつくだろうが、やはりジンが向かったのはガンツの武器屋だ。

 ビーンの店での『調合』修行と同様に、ガンツから『鍛冶』を学ぶのもジンの休日の過ごし方としては定番だった。


「(おや? お客さんかな?)」


 近くまで来ると、ジンは『気配察知』によって店内に人の気配を二つ感じた。これまでも何度か同じような事はあったので、ジンは商売の邪魔にならないように何時もよりボリュームを落として挨拶する。


「こんにちは~」


 店の中にはやはり二人の先客がいたが、どちらも見たことがある顔だ。


「おお、ジン。良いところに来たな。いい機会だから紹介してやる。Aランクの『爆斧』オズワルドと、その連れでCランクのジェイドだ。んで、オズ。こいつがCランクのジンだ。まあ、ランクはCだが、こいつはなかなかやる・・ぞ?」


 上機嫌でガンツが紹介する。オズワルドを愛称で呼ぶことからも、二人の関係性がうかがえた。ただ、最後に少しだけ悪戯っぽくニヤリと笑って付け加えるのが、いかにもガンツらしい。


「ほう?」


 オズワルドの目が興味深そうにジンに向けられる。どちらかと言えば好意的な視線で特に威圧感を発しているわけではなかったが、何となくジンは値踏みをされているようで変な緊張感を覚えた。


「(ガンツさん、普通に紹介してくださいよ~)」


「(ふんっ)」


 戸惑うジンに向けられるもう一つの視線は、当然の如く不満そうなものだ。言葉にこそ出さないが、それはつい二日前にも向けられたものと同じものだった。


「あはは。ご紹介にあずかりました、ジンです。ガンツさんの言ったような大した者ではありませんが、どうぞよろしくお願いします」


 若干苦笑いしながらも、ジンはきちんと頭を下げて挨拶する。過分な紹介や興味は別にしても、現役のAランク冒険者であるオズワルドとこうして知り合えた事は嬉しかった。


「ああ、オズワルドだ。よろしくな。で、こっちが……」


「……ジェイドだ。よろしく」


 答えるオズワルドとそれに促されて挨拶を返すジェイドだったが、その視線からは先程より若干険がとれていた。


「よし、ちょっと俺はオズと話があるから、お前はそこのジェイドとしばらく待っててくれ。いつものはその後な」


 お互いの挨拶が済むのを見計らい、ガンツがそうジンに断りを入れて奥の作業場にオズワルドと共に消える。残されたのはジェイドとジンの二人だけだ。

 こちらにあまり好意的でない事がわかっている相手と二人きりにされ、ジンは若干の気まずさを感じながらも何を話そうかと投げかける話題を考える。


「(昨日の態度からすると、俺の第一印象は最悪だろうな~)」


 そう内心ぼやいてしまうのは仕方がないことだろう。ただ、ジンは人間関係において第一印象が重要である事は理解していたが、だからといって悪いままで良しとする選択は彼にはなかった。

 だがジンが話しかけるその前に、ジェイドが先に口を開いた。


「お前のその木剣」


 ジェイドの視線の先には、ジンの腰に下げられた木剣がある。今日のジンの格好は、普段着に木剣を腰に下げただけの簡単なものだ。


「それはどういうつもりだ?」


 問うその視線は厳しく、かつ真っ直ぐなものだ。ギルドでの出来事から彼に対して若干粗野なイメージをもっていたジンだったが、それは単なる思い込みだったのかもしれないなと、自分こそ第一印象で判断してしまっていたようだと彼を見直していた。

 ただ、彼が何を問おうとしているのかが理解できず、ジンはとっさには言葉を返せなかった。


「お前、二日前にギルドにいたよな? その時も腰にはそいつを下げてた。本来なら言うつもりもなかったんだが、お前はオズワルドさんの知り合いであるガンツさんとも関係あるみたいだし、こうして知り合ったからには言わせてもらう。……Cランクになっても尚その木剣を下げているという事は、お前は不殺でも気取っているつもりか?」


 少し非難するような口調ではあったが、ここでジンはようやく彼が何を言いたかったのか理解出来た。

 あの時の舌打ちもジンが女性に囲まれていたからではなく、木剣が原因だったのだ。


 一般的に考えると、木剣は練習用のイメージが強い。勿論木製でも作りがしっかりしていればちゃんと武器になるが、耐久性や殺傷力の面では金属製に一歩劣るのは事実だ。

 ましてや盗賊などの人間を相手にする事もあるCランクともなれば、わざわざ性能の劣る木剣を装備している者は皆無と言っていい。ジンの持つ木剣のすごさを知らない者からすれば、木剣を身に着けているジンは覚悟がないようにも見えるのだろう。


「いえ、この木剣は友人からもらった大切なもので、武器としても性能が高いので使っているだけです。私もCランクの意味は理解しているつもりです」


 以前にも述べたが、Dランクまでは隊商の護衛任務などの街を跨ぐような依頼は受注することが出来ず、基本的に所属する街の依頼しかできない。それは極めて稀な事ではあっても、盗賊などの人を相手にする可能性があるからだ。当然遭遇した際には命のやり取りになるので、そこに躊躇いなどがあっては命取りになりかねない。だから、人を殺すことを良しとしない者は、あえてDランクのままでいるのだ。

 つまり、Cランクになったという事は、人を殺す覚悟を持ったとも言える。


 そして実際に、ジンは既に一人の命を奪っていた。


「お前がどう思うかじゃあねえ、周囲がどう見るかだ」


 若干の苦みを伴ったジンの台詞だったが、それをジェイドはバッサリと切って捨てる。


「お前が覚悟を持っているって言うなら、それはそれでいい。だが、お前は俺達冒険者が腰に下げているもんが自分自身を表す看板だってことを自覚しているか? 駆け出しならともかく、Cランクにもなってもそんなもんを腰に下げているようじゃあ、自分は戦闘に自信がありませんと宣言しているようなもんだ。当然馬鹿にしている奴もいるだろうし、そういう奴等はお前の事を『木剣野郎』と呼んでいると思うぜ」


 けちょんけちょんである。だが、ジェイドの言う事もあながち間違いではなかった。


 実際、先だっての『魔力熱』の一件でジンの名は知られるようになったものの、その実力は未だに広くは知られていない。アリアは元ギルド職員の腕利き冒険者、エルザが若手のホープとして、レイチェルも『加護』の事は秘密なものの、治療院での実績がある『回復魔法』使いとして、それぞれがその実力を認められているのとは対照的だ。

 だからこそ、特にアリア加入直後の「何故あいつが」というジンに対するやっかみは凄まじかったのだ。

 勿論『魔力熱』解決の立役者である事が知られるにつれてそれは大分見直されたが、それでも評価が仲間の女性陣に及ばないのは、ジェイドが指摘する木剣が原因の一つと言えない事もない。

 実際、数は少ないが未だにジンの事を「たまたま上手くいっただけの運だけの奴」としか見ていない者がいるのも事実で、そうした者がジンをこき下ろす祭のネタの一つに木剣があるのも事実だった。

 普通に考えて木剣が鉄製どころか黒鉄製よりも高い性能を持つなどありえない為、そう思われてしまうのもある意味仕方がない事だった。


「お前が馬鹿にされるだけなら別に俺は構わないが、そのせいでお前の連れやお前に目をかけているガンツさん、更にその知り合いであるオズワルドさんにまでもし飛び火したらと考えると我慢ならねぇ。お前の木剣が大事だって事は分かったが、それでも俺は腰に下げるもんは換える事を薦めるぜ」


 結局ジェイドの思考の根幹にはオズワルドの事があるのだろう。だが、それはジンにとって決して不快なものではなかった。


「……何笑ってんだよ?」


 ちょっと怒りをにじませてジェイドが問う。視線の先にいるジンの口元は、嬉しそうにほころんでいた。


「ああっと、すいません。ちょっと嬉しくなってしまっただけで、他意はありません」


 悪い癖が出てしまったと、あわててジンは謝る。

 ジェイドの話し方は若干乱暴なところあるが、こうした事を言ってくれるのもジンの事を思っての事だ。大部分がオズワルドの為だとしても、そうした気持ちがあるのは間違いない。だから思わずジンは「ありがたいな」と嬉しくなってしまったのだ。

 だが、これは忠告をしている方からすれば気持ちがいい態度であるはずもない。実際ジンは何度かこれで失敗したことがあり、気を付けるようにしていたのだが、年が近い相手ということもあってつい気が緩んでしまったようだ。


「てめぇ、いい度胸だ……。こうなったら徹底的に指導してやるよ」


 案の定、ジェイドの導火線に火をつけてしまったようだ。ポキポキと指を鳴らしながら、ジェイドが凄む。


「ずっと気になってたんだが、大体お前のその話し方はなんだ。同じCランク相手に話すのに丁寧すぎて気持ちわりぃんだよ。そんなんだから舐められるんだ。いいか、そもそも冒険者ってもんは…………」


 指を鳴らしたからといって拳骨が伴う訳ではなかったが、こうして若干ヒートアップしたジェイドの指導がしばらく続いた。




「わかったか?」


「はい、いや、うん。色々と教えてくれてありがとう」


 指導を受けて早速タメ口で話すようにしたジンだったが、基本的に冒険者同士であればこうしてタメ口で話すことが普通だ。それは相手への親しみ故であったりもするのだが、明らかな年長者と年少者がタメ口で話す光景も珍しくない。

 逆にきちんと敬語を使う事も勿論あるが、それはAランク冒険者であるオズワルドに対するジェイドのように、相手を尊敬している場合や相手が自分より明らかに格上だと認めた場合だ。

 だから基本的に丁寧な口調でしゃべるジンは侮られやすいとも言えるが、これが誰に対してもそうであれば周知されていくと共に問題は無くなる。しかし、ジンの場合は友人や相手が望んだ場合は普通に話すが、この場合は相手の勘違いを助長してしまう事になって問題となる。

 わかりやすく言えば、ゲルドの一件で知り合ったBランク冒険者のザック達とはタメ口で話しておきながら、初対面のDランク冒険者に対しては敬語で話す光景を想像してもらえるといいだろう。

 これではジンが侮られるだけでなく、下手をすると普通に話す友人や仲間達が侮られる事にもなりかねないのだ。


「(ようは上下関係の緩い会社と考えればいいかな)」


 若干乱暴な表現のような気もするが、これがジンの結論だった。


「んで、木剣の方はどうするつもりだ?」


 ジンの気の緩みから言葉づかいに飛び火してしまったが、そもそもの本題はこちらだ。


「ごめん。忠告してもらっておいて悪いんだけど、この木剣を使うのを止める気はないんだ」


 今回の木剣やしゃべり方もそうだが、自分では気付かない見方を知る事は非常に重要な事だとジンは思う。

 自分にそのつもりがなくとも、周囲にこちらが意図していない印象を与えてしまっている事はままある事だ。図らずも先程ジェイドが言ったように「自分がどう思っているのではなく、周囲がどう見ているか」なのだ。

 だから今回ジェイドに教えてもらった喋り方については直していこうと思ったし、ありがたいなと彼に感謝した。ただ、だからといって全てを受け入れる事は出来ない。木剣はジンにとって思い出の品であると共に、サブ武器として、そして時には切り札として欠かせない物でもあるからだ。

 ただ、だからといってそうした見方があるという事を知っても尚、自分の行動や態度を見直さないという選択肢はジンにはなかった。


「ただ、ジェイドのおかげでこのままでは良くないと分かったからね。ガンツさんに木剣の鞘でも作ってもらおうかな……」


 続けてジンが発した台詞に、若干不満そうだったジェイドの顔も治まる。ただこれが解決法としてベストだという自信がジンには持てず、他にないか更に解決策を考えるジンに奥から声がかかる。


「良い方法を教えてやろうか?」


 そこには揃っていい笑顔で笑うガンツとオズワルドの姿があった。

読んでいただきありがとうございます。

次回更新は2週間以内で出来るだけ早くを心がけます。


話が続いているので評価しにくいかもしれませんが、よろしければご感想や評価をお願いします。


ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] この件については、ジェイドが全面的に正しいんだよなあ。自分の信念がこれこれで、だからこうしているなんて、くどくどと説明されない限り初めて会った人間にわかるはずもなし
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