久しぶりの……
お待たせしました。
「本当にありがとうございました。帰りもお気をつけてください」
「いえ、大きな被害が出る前に倒せてよかったです。それでは失礼します」
村の衆の笑顔に見送られ、ジン達は村を後にする。
これで今回の旅の最後になった討伐依頼を終え、予定していた七件の依頼を全て終わらせた事になる。
後はリエンツの街に戻るだけだ。
「迷宮もいいけど、やっぱり依頼もいいな」
村を離れて少し経った帰りの道中で、エルザがしみじみとつぶやく。
こうした感想は今回の旅の中で何度も話題に上がっていたが、それだけ直接受ける感謝の気持ちが印象深いのだろう。
これは迷宮探索では、なかなか得られない報酬だ。
「そうですね。直接お礼の言葉を言われるだけで、もっと頑張ろうと思えますしね」
「ふふっ、そうね」
レイチェルが帰り際に受けた子供達の感謝の言葉を思い返してそう言うと、アリアも優しい笑顔を見せて同意する。
「俺も今回の件は勉強になったよ。迷宮探索は魔獣の数を減らす事になるし、あそこで経験を積んで強くなれば守れるものが増えるから大事なんだけど、やっぱり冒険者たるもの、依頼もちゃんとやらないといけないよな」
そのジンの言葉に同意して、アリア達も頷く。
今回の旅は、ジン達に冒険者になった頃の初心を思い出させるものになった。
これまでの道中でジン達が話し合って決めた事だが、彼らは迷宮にかかりきりで依頼をほったらかしていた反省もあり、今後しばらくは迷宮探索と依頼受注を半々の割合で進めていくつもりだ。
これは依頼を受ける冒険者が少ないという現状を踏まえての判断だが、彼らとしては将来的には迷宮を3に対して、依頼を1の割合を目標にしている。
一見すると魔獣の大暴走を引き起こすと言われる災害迷宮に対して悠長な対応にも思えるが、幸いにも迷宮の発見が早かったおかげで迷宮内の魔獣討伐は順調に進んでおり、現在のところ迷宮から魔獣があふれる心配はない。
もし迷宮の発見が遅れていた場合は周辺のギルドに緊急の応援要請をする事もありえたが、現状はリエンツの街にいる冒険者達だけでも問題ない程だ。
勿論、冒険者の自発的な流入はあるので、リエンツの街に滞在する冒険者の数は増えてはいる。それもあって、迷宮に関しては一安心と言ってもよい状態だった。
「よし! 後はリエンツの街に帰るだけだ。最後まで気を抜かずに、もう一頑張りしよう!」
「「はい!」」「おう!」
全員の気力は充実しており、ジンの掛け声にアリア達が元気よく応える。
「ふふっ。ああ、そうそう。ささやかだけど、今晩は依頼達成のお祝いにデザートもつけるから。……新作だよ?」
笑みを浮かべつつそう言うジンを、先程に倍する歓声が包んだ。
アリア達が新作デザートに舌鼓を打った翌日、ジン達一行は十日振りにリエンツの街へと帰ってきた。
今回の旅でのレベルアップこそ無かったものの、出発前迄に行っていた迷宮探索ではいくつかレベルも上がっており、そのおかげでこの十日間の強行軍を健脚というレベルを超えるスピードで移動する事ができた。ただ流石に若干疲れも溜まっており、早く自宅に戻って一休みしたいところだったが、最後にもう一仕事残っている。
そのままジン達は、冒険者ギルドへと報告に向かう事にした。
久しぶりに訪れたギルドには、それなりの数の冒険者がいた。
ギルドにいる冒険者の数が増えているという事実が物語るように、つい十日前は掲示板から溢れそうだった依頼の数も減っており、少しずつ改善されつつあるようだ。
「おかえりなさい。本当に十日で帰ってくるなんてね。大変だったでしょう?」
早速受付へと報告に来たジン達を、サマンサが迎える。
ジン達は通常なら20日以上かかっても不思議でない七件もの依頼を、当初の宣言通り十日で済ませて帰ってきたのだ。サマンサは若干驚きつつも、どこか納得した思いを感じていた。
サマンサはジンの能力について詳細を知っているわけではないが、いい加減付き合いも長くなったので、その非常識さにも慣れてきた証拠なのだろう。
「ただいま帰りました。まあ、彼女達のおかげで何とかなりました」
ジンは笑顔でそう答えるが、実際その気持ちに嘘はない。どんなに便利なスキルや高いステータスを持っていたとしても、一人で出来る事には限りがあるものだ。
「まあ。……ですってよ。良かったわね、皆」
「「「……」」」
それは当然と言えば当然のことなのだが、認められると嬉しいのは誰もが同じだ。更に言えば、それが憎からず想う相手なら尚更だ。
サマンサのからかい交じりの台詞に、一人は照れ臭そうに頬を掻き、一人は満面の笑顔を浮かべ、そして最後の一人は隠しきれずに僅かに上がった口角が、彼女達それぞれの感情を表していた。
そうした彼女達の可愛いらしい反応こそジンが見るべきものなのだが、何時もの如くジンが後ろを振り向くことはなく、眼福にあずかれるのは、たまたまその場に居合わせた冒険者や職員などの関係のない人間のみだった。
「(やっぱり可愛いな。何であいつが……)」
「(くそっ。羨ましすぎるぜ)」
「(もげろ)」
ある意味恒例とも言える男達の怨嗟の声がそこかしこであがる。
ただ一つだけ違うのは、この場にいたのはジンへの嫉妬にある意味慣れっこになったリエンツ所属の冒険者達だけでなく、迷宮目当てに他の街から来た冒険者達もいたという事だ。
「……ちっ!」
隣の受付へと向かう二人組冒険者の片割れが、これ見よがしに舌打ちをして通り過ぎる。加えて、舌打ちに気付いて視線を向けたジンを睨み付けるというおまけ付きだ。
更に何か難癖をつけてくるのかとジンは若干身構えたが、結局舌打ちと一睨みしただけでそのままその冒険者は隣の受付へと向かった。
「(うわー、何か久しぶりだな。こういうの)」
ジンはこれまで直接的に難癖を付けられたことはないが、特にアリアが加入した直後はこうしたその一歩手前の態度を何度かとられた事があった。
しかし、それもしばらくすると落ち着いたものだから、今回は久しぶりすぎて逆に新鮮ささえ感じてしまった程だ。
「……そういえばサマンサさん、だいぶ依頼をする冒険者の数が増えたみたいですね」
他にも幾つかいつも以上に刺すような視線を感じつつ、ジンは依頼の達成処理を進めるサマンサに問いかける。ジンはさっきの舌打ちや嫉妬の視線などは仕方がない事だと、あまり意識しないようにしていた。いくら事実は違うとは言え、傍から見ればハーレムパーティにしか見えない事は重々承知しているからだ。
それにそうした視線を多く感じるほど、ギルドにいる(=依頼を受ける)冒険者の数が増えているという事は、十日前に比べると状況は確実に改善されているという証明でもある。
それはジンにとっても喜ばしい事だった。
「ええ、あなた達が出発してすぐにギルドから通達を出したのよ。迷宮探索だけでなく、依頼もちゃんとやれってね」
「それだけでこんなに効果が出たんですか。流石グレッグさんですね」
特に強制も罰則もない通達だけで効果が出るとは、ギルドマスターであるグレッグの統率力の高さが窺える。
「ふふっ」
サマンサが笑みだけで答えたのは、何を言っても惚気になると悟ったからだ。ギルドマスターの妻という立場なだけに、勤務中は公私のけじめをつけているという事なのだろう。
「ああ、それと……」
「どういう事だよ!」
何か話を続けようとしたサマンサの台詞を遮るように、隣の受付から大声が響く。声を荒げていたのは、さっきジンを睨み付けた冒険者だった。
「オズワルドさんはAランクだぞ!? それでも依頼を受けろって言うのかよ!?」
「確かにAクラス冒険者に対して申し訳ないですが、これは決まりですので」
「……! …………!!」
受付の男性は申し訳なさそうにしながらもはっきりと答えたが、納得できないその冒険者は再度受付に食って掛かっていた。
「サマンサさん。どういう事なんですか?」
彼らの言う依頼についての決まりが何の事かわからず、その様子を横目にジンがサマンサに小声で尋ねる。
「さっき言おうとしたところだったんだけど、迷宮を目的に他の街からもたくさんの冒険者が来てるじゃない? 彼らについては、迷宮探索をする前に依頼をいくつか受けてもらう事が条件になっているのよ」
そうした条件が課せられるようになったのには、いくつかの理由がある。
一つは、単純に依頼を受ける冒険者の数を増やす目的だ。迷宮目当てにリエンツの街にやってくる冒険者は少なくないので、その彼らが最初だけでも依頼を受ける事で、依頼の処理状況が随分改善される事になる。
また、そうした条件を設ける事で、冒険者の生存率を上げるという目的もある。
間に依頼という面倒ともとれる条件を挟むことで、ひやかしを排除し、同時に迷宮に逸る気持ちを一旦抑えて冷静にさせるという効果も持つ。
実際、戦闘回数が多い迷宮では、冷静さを失って引き際を間違えると大惨事になる可能性が高いのだ。
そして最後に、自分たちが何の為に迷宮に潜るのか、だれを守るのかという事を理解してもらうためだ。
迷宮目当てにリエンツの街に来たのだとしても、依頼を通して守るべき人々の顔を見て、そしてここを守るべき場所だという意識を持ってほしいという狙いだ。
これはともすれば綺麗事と言われる物ではあるが、この綺麗事の有無で人のやる気や正念場での行動が大きく違ってくるのも事実なのだ。
「なるほど。そういう事だったんですね」
また、リエンツの街に冒険者が集まるという事は、他の街の冒険者が減るという事でもある。しかも、そうして移動できるのはCランク以上の冒険者なので、リエンツ以外の街にしてみれば戦力の低下は著しい。その対応策の一つとして、今回こうした条件が課せられたとも考えられる。
今後も冒険者の流出に歯止めがかからない場合は、より厳しい条件や制約が課せられる可能性もあるだろう。
迷宮の早期発見のおかげで探索が順調なだけに、そうした他の街に対する配慮も必要なのだ。
などとジンは納得していたが、当事者はまだまだ怒りが収まらないようだ。
「俺はCランクだから大きな事は言えないが、オズワルドさんはAランクだぞ?! 何で依頼なんかをする必要が「ジェイド」……」
二十歳前に見えるその青年―ジェイド―の言葉を遮り、腕組みをしたまま沈黙していた三十歳代と思しき男―オズワルド―がその言葉を遮る。そしてその瞬間に、それまで目立たなかったのが嘘のようにその存在感が一気に増大する。
オズワルドの声は決して大きくはなかったが、ジェイドのみならず周辺を沈黙させるだけの重みがあった。
「依頼なんかではない」
「すみません!」
はっとしてすぐさま頭を下げるジェイド青年を片手で制し、オズワルドは受付に視線を移す。
「そちらの方針は了解した。改めて参る事にする。……いくぞ、ジェイド」
そう言うと踵を返し、掲示板ではなくギルドの外へと向かう。
「はい!」
ジェイドもすぐ後に続くが、最後に受付を睨むように見てしまったのは若さゆえか。と同時にジンとも視線が合ったが、何か捨て台詞をいう訳でもなく睨むだけで済ませ、オズワルドに続いてギルドから出ていった。
そして彼らが出ていくと同時に、周囲に音が戻ってきていた。
「凄い迫力だったな」
「さすがAランクといったところですね。確か『爆斧』や『剛腕』の字名を持つ戦士だったかと」
エルザが嘆息するように口を開くと、アリアもオズワルドについて補足する。
オズワルドは確かに大柄で筋骨隆々とした姿をしていたが、他者を圧倒する気を発していたかつての強敵であるゲルドとは違い、その気は静かで体も一回り小さい印象だ。だが、普段はそうした静かな雰囲気を持ちながらも、いざ言葉を発した時に受ける迫力はゲルドのそれに劣るものではない。
そこにいた者はほとんどがその存在感に圧倒されていたが、一人だけ違う感情を得ている者がいた。
「ジンさん?」
レイチェルが少しだけ怪訝そうにジンに声をかける。
「ん? どうかした?」
答えるジンの声色は、いつもと変わらないものだ。
「いえ。その……お顔が笑ってらしたので」
「え? そうだった? 気付かなかったよ」
レイチェルの指摘を受けてジンは頬に手をやって確認し、そこで自分は笑っていたのだと初めて実感する。
そして、視線をレイチェルからオズワルド達が去ったギルドの玄関へと戻してつぶやく。
「オズワルドさんか……。機会があったら話をしてみたい人だな」
ジンの脳裏には、依頼について「なんかではない」と、ジェイドをたしなめていたオズワルドの姿があった。
お待たせして本当に申し訳ありません。
今後もスローペースかもしれませんが、きちんと完結まで更新を続けますので、今後ともお付き合いいただければ幸いです。
活動報告も書いております。