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初めてのダンジョン

 グレッグに『迷宮ダンジョン』について知らされてから数時間後、ジン達は自宅ダイニングでミーティングを行っていた。

 すでに夕食は済ませており、テーブルの上にはいつものようにジンが用意したお茶が用意されていた。


「しかし『迷宮』とは驚いたな」


 グレッグとの話の影響がまだ残っているのか、エルザはどこか高揚した雰囲気だ。

 エルザが言ったように、『迷宮』が現れるのは滅多にあることではない。現在この国には王都に『祝福迷宮』が一つあるだけで、今回のような『災害迷宮』は他にない。一応この国にほど近い未開拓地になら『災害迷宮』が存在しているし、他国の領土内にも存在している例はあるが、珍しい事には変わり無い。少なくともジン達はグレッグから話を聞くまでは『迷宮』についてそれほど関心があるわけでもなかったので、これほど早く迷宮攻略に挑む事になるとは予想外の事態だ。


「そうですね。グレッグさんがおっしゃられたように、私達が頑張らないといけませんね」


「ええ。慣れない場所ですから慎重に、でも着実に攻略を進めていきましょう」


 レイチェルも握り締めた両手の拳が気合を示していたし、アリアも静かに燃えていた。

 確かに予想外ではあったが、それはやりがいのある仕事とも言える。そう感じているのは、勿論ジンも例外ではなかった。


「うん、そうだね。明日から実際にその『迷宮』に入るわけだけど、基本方針として安全重視で行こうと俺は思う。幸い発見が早かったおかげで、俺達冒険者が定期的に迷宮に入って攻略していけば今後魔獣があふれ出す危険性はかなり低いからね。焦る必要はないと思う」


 ジンの意見にアリア達も同意して頷く。実際この早期発見という点だけ見ても、リエンツの街はかなりの幸運に恵まれていると言ってよい。

 現在迷宮の存在はギルドで発表されており、その事はリエンツに住むものなら誰でも知っている事実となっている。普通なら街中がパニックになってもおかしくない重大発表だが、ある程度の騒ぎにはなっているものの比較的マシな状態だ。それは迷宮が早期発見されたおかげで緊急性や危険性が低い事や、先日の『魔力熱』解決を代表とするこれまで冒険者ギルドが積み上げてきた信頼の高さもあったのだろう。少なくとも急いで街を離れようという者はほとんど見られなかった。逆にこれはチャンスだと考える者の方が多いくらいだ。


 勿論チャンスであるのは冒険者達も同じで、迷宮は資金稼ぎやレベルアップの場所としても魅力的な場所である事は間違いない。夕方にギルドに集まったジン達以外の冒険者もグレッグから檄を飛ばされており、迷宮に入って街を守るんだと士気も高かった。ただ、彼らの全員がすぐに迷宮に入れるという訳ではない。少なくとも明日から五日間はCランク以上の冒険者しか迷宮に入れないようになっている。

 浅い階層は比較的弱い魔獣しか出ないとされているが、そうした魔獣の出現例や危険度を調べ、その結果で冒険者ランクによって進む事が許可される階を決めるのだ。例えばFランクは迷宮探索は禁止でEランクは三階まで、Dランクは五階までしか進んではいけないといった具合だ。

こうしてCランク未満は迷宮の攻略にかなりの制限がつくようになっているが、それも全ては冒険者の安全を守る為、もっとシビアに言えば損耗を抑える為だ。魔獣が多い迷宮の危険性が高いのは言うまでも無いが、実際に過去に存在した迷宮ではランクを問わず多くの冒険者が死んでいる。だが冒険者の数が減ったままでは、魔獣の増加に対応できずに迷宮外に魔獣が溢れたり、ひいては『暴走』を引き起こす危険性もある。そうした事態を引き起こさない為にも、低いランクの冒険者に無事成長してもらう必要があるのだ。つまりこうしたランクによる制限は低ランクの冒険者達を守るだけではなく、成長してある程度の実力を持つようになった彼らを補充する為というシビアな側面も持っていた。


「よし、俺達の基本方針はこれで決まったね。それじゃあこの方針を踏まえた上で、今後予想される問題とその対策を考えようか。アリア、もう一度『迷宮』についての説明をお願いできるかな?」


「はい。『迷宮』とは……」


 こうしてジン達のミーティングはこの後も続けられ、いくつかの事を決めて終了した。



 翌朝になり、ジン達は他のCランク以上の冒険者達と共に迷宮前に集合していた。ここにいる昨日昼過ぎにグレッグと話したジン達を含む四組のパーティが午前中から迷宮に潜り、その他のパーティは午後からの予定だ。解放されている階層が少ない現状では、混雑を避けるためにしばらくこうした制限がつく事になる。

 迷宮前には受付が設置されており、ここを通ってからでないと出入りが出来ないようになっている。これは冒険者達の安否確認の為である事は勿論だが、その際に行われる冒険者カードのチェックで『賞罰』欄を確認する事も目的の一つだ。

 この『賞罰』の欄には何らかの犯罪行為を行うとその事が表示されるようになっているが、ここだけは冒険者の任意で見えなくする事が出来ない仕様なので確認すれば犯罪行為をしたかどうか一目瞭然だ。

 そうした行為を見つけて取り締まる以外にも、『迷宮』という生死が懸かった極限状態で起こりやすい犯罪行為を心理的に抑制するという効果もあった。


「よし、じゃあ行こうか」


 他のパーティに順番を譲り、最後にジン達『フィーレンダンク』が迷宮へと潜る。若干不謹慎なのかもしれないが、ジンはゲーム好きの性としてダンジョンアタックという行為に心が躍るものを感じていた。


 「「はい」」「おう」


 答えるアリア達の顔には若干の緊張も見られたが、ジンと同様にその顔には薄く笑みを浮かべていた。「油断はしない。だけど心の余裕は持とう」というのが、昨日のミーティングで決めた追加方針の一つだ。言うは易しの典型かもしれないが、こうして決めておくだけでも意識はするので全くの無駄ではない。少なくとも現状では充分役に立っているようだった。




「(話には聞いていたけど、やっぱり不思議だよな)」


 地下迷宮に足を踏み入れたジンの目の前には、石造りの通路が広がっていた。壁や天井がうっすらと発光しており、それが照明代わりになっている。その光景はジンにアメリカで生まれた有名なダンジョンRPGを思い出させた。

 しかし『迷宮』が自然発生するという事も不思議だったが、そうでありながら人工的なものを感じさせるこの構造はもっと不思議だ。洞窟のような地下迷宮を想像していたジンは、アリアからこの事実を聞いた時には正直自分の耳を疑った。ジンがイメージするような迷宮も全くないわけではないらしいが、石造りの迷宮こそがこの世界における一般常識だった。

 この『迷宮』についてはファンタジーの一言では片付けがたいものがあったが、とりあえず今は置いておくしかない。


「それじゃあ、ちょっと試してみるよ。『地図』」


 他のパーティを先に行かせたのは、こうして気兼ねなくスキルを使う為だ。ジンがそう呟くと眼前にこの迷宮の地下一階MAPが表示され、検索して項目を追加すると魔獣や冒険者達が光点で表示された。


「やっぱり出来たね。これで迷う事もないし敵の位置も把握できるけど、『地図』に反応しない魔獣がいる可能性もあるから警戒を忘れないでね」


 今は『地図』をジン以外にも見れるように設定しているので、その様子はパーティメンバー全員が確認出来る状態だ。事前ミーティングで予想していたとは言え、アリア達は『地図』の力を間近で見て今更ながらにその有用性に驚かされていた。


「下へ続く階段の位置もわかるのか?」


「おっと、そうだった。検索してみるよ」


 エルザから指摘を受けて、階段の存在を忘れていた事に気付いたジンがすぐさま階段を検索すると、何の問題もなく階段が地図に表示された。さすがに迷宮全体の構造を見る事は出来なかったが、自分達がいる階は全て『地図』に映し出されるようだ。


「ほんとうに便利ですねえ」


 その様子を見てアリアが嘆息するように言ったが、それも無理はないだろう。面倒なマッピングをする必要はないし目的地も初めからわかっている。それに完璧かどうかはまだはっきりしていないにしろ、魔獣の存在も遭遇前に確認出来るのだ。これを便利と言わずして何を便利と言うのかという話だ。


「あー、うん反則だよね。ただ昨日のミーティングでも話したけど、『地図これ』に頼りきりになるのはまずいと思う。常時表示させたりはしないから、皆スキルや現在位置の事を意識して迷宮に挑もう。敵が強くない内にそうした感覚を掴んでおかないとまずいだろうからね」


 ジンのスキルが反則気味に便利なのは間違いないが、頼りきってしまっては己の成長を妨げる事にもなりかねない。そうならない為にも『地図』は必要な時だけ表示させるつもりだ。ただ、一方で万一に備えて『警報機能』を有効にしている。ジンが認識出来ていない危険が一定距離に存在する場合に、警告音と共に地図が自動表示されるようになっているのだ。

 今後迷宮の奥深くに潜る場合にはどうなるか分からないが、とりあえず今はこれでいくつもりだ。


「これで準備はいいかな。じゃあ、行こう!」


 ジン達は『地図』で他の冒険者パーティに出会わずに済みそうなルートを選び、気を引き締めて探索を始めることにした。




 その後ジン達は地下一階から地下五階までを探索した上で迷宮を出た。時刻は夕方五時といったところだが、本格的な探索開始は五日後なので、調査期間の今はどのパーティも夜八時までの帰還が義務づけられている。それでもジン達が迷宮を出たのは早めの時間だが、探索自体は他のどのパーティよりも進んでいた。階段の場所が初めからわかっているというのは、実際かなりのアドバンテージなのだ。

 今回ジン達が遭遇したのはどれもF~Eランクの魔獣ばかりだったので苦戦はしなかったが、特に戦闘を避ける事もしなかったので戦闘回数はそれなりに多かった。一箇所に五匹以上の魔獣が固まって待機しているところもあり、迷宮が出来たばかりだから魔獣が少ないという事もないようだ。

 迷宮を出てすぐにある受付はあくまでカードの確認をするだけなので、ジン達は今回の探索で得た情報を提出する為に街の中にあるギルドへと向かった。



「ところで、サマンサさん。グレッグさんと面会は可能でしょうか?」


 ギルドで受付のサマンサに迷宮素材の提出をした後、ジンは彼女にグレッグの都合を確認した。出来ればグレッグに直接相談をしたいことがあったのだ。

 ちなみにギルドに提出したのは地下三階までの素材だ。他のパーティで一番深く潜っていたのが地下三階までだったので、目立つのを避けるために残りの素材は『道具』に入れたままだ。


「さっき臨時会議から帰って来たところだから大丈夫だと思います。確認してみますね」


 先日の打ち上げでジンはサマンサとも親しくなっていたが、彼女が丁寧な口調なのはギルドの受付としてきちんと線引きしているからだろう。ただでさえ目立つ立場にいるジンとしては、サマンサの対応はありがたかった。

 すぐにグレッグの予定が確認され、許可をもらったジン達は早速二階の会議室へと移動した。


「おかえり、無事で何よりだ」


 ジン達を迎え入れたグレッグはいつもと変わらないように見える。しかし、恐らく今この街で一番忙しいのは彼のはずだ。手短に終わらせなければとジンは早速本題に入った。


「お忙しいところにすみません。私達は今日地下五階まで探索して来ました。遭遇した魔獣の種類などは後日まとめて報告書で提出しますが、本題は迷宮の地図についてです」


 グレッグは地下五階まで進んだ事に若干驚いた顔を見せたが、すぐに納得した顔つきに変わった。


「例の『地図』の話か」


「はい。今のところ地下五階までですが、今後はもっと深い階層まで正確な迷宮の地図を提出する事が出来ると思います」


 ジンの提案にグレッグは腕を組んで考え込む様子を見せたが、視線をジンの背後にいるアリア達に移した。


「ジン以外の皆も承知しているのか?」


「はい。昨夜話し合いましたが、人命には替えられないという結論でした。不安がないわけではないですが、グレッグさんに運用を任せるのであれば私達も安心できます」


 グレッグの問いにアリアが代表して答えた。昨日のミーティングでジンが地図の提供を言い出した際には反対していたが、話し合いを続けていくうちに全員が納得したのだ。秘密がばれる可能性が皆無ではないが、注意すればそのリスクは然程高いものではなく、地図がもたらすメリットの方がはるかに大きいのは確かだったからだ。

 アリアの返答に、エルザやレイチェルも頷いて同意を示した。


「そうか……。それではジンの気遣いをありがたく受けさせてもらう。ただ、提供して貰うのは浅い階層だけでいい」


 それだけでいいというのはジンにとって意外な発言だ。

 グレッグは続けてその真意を話し始めた。


「その浅い階層の地図も、恐らく一般に公開するのは地下一階か二階までになるだろう。そこはFかEランクの狩場となるだろうから、確かに正確な地図があった方が奴らの生存率が上がる。ただ、それ以上を公開してしまうと地図に頼り切ってしまい、マッピング能力がいつまで経っても身に付かなくなってしまうだろう。冒険者なら今後別の迷宮に挑戦する事もありうるから、そんな時にマッピングをおろそかにしているままだと致命的だ。それにある程度の実力を身に付けた奴らが調子に乗って地図を頼りに最短で進んでしまったら、階層が深くなる毎に強さを増す敵に自分の実力が追いつかなくなる可能性もある。そうなれば逆に危険性が高くなってしまうからな」


 実際グレッグが言うように自分の実力を過信して迷宮で命を落とす冒険者は少なくない。地図がある事でそれを助長するのであれば、確かにそれはジンの本意ではない。一方でFやEランクの場合は迷宮に慣れてない頃に迷って不要な戦闘をしてしまう事も多く、そうした実力が低い内の方が逆に地図は有効に使えるのだ。

 

「浅い階層のうちはギルドが出張る事もあるかもしれないが、中層以降はギルドでは対応できないからな。たとえ正確な地図があっても宝の持ち腐れだし、公開なんてした日には逆にお前のスキルがばれる可能性が上がってしまう。誰がこの地図を作ったのかってな。お前らの気持ちは嬉しいが、そこまでのリスクを負う必要は無い」


 確かに探索する人数が多い浅い階層ならともかく、それなりの実力者しか行けない中層以降の地図があるのは発見されて間もない迷宮では疑問に思われてしまう可能性が高い。グレッグの言う事に納得してジン達は頷いた。


「幸い迷宮は生まれたばかりだ。魔獣が溢れる可能性も低いんだから、お前達が別に迷宮にかかりきりになる必要は無いぞ? お前達は自分達のやりたいようにやればいい。自分に能力があるからといって、変に気負う必要はないからな」


 そう話すグレッグの口元には笑みが浮かんでいる。地図の提供という気遣いが嬉しかったのは勿論だが、グレッグ自身もジン達の事を気遣っていたのだ。


「はい。ありがとうございます」


 焦る必要は無いと分かっていたつもりだったが、確かに少し気負いすぎていたのかもしれない。ジンは言われて初めて気付いた。

 ジン達『フィーレンダンク』の基本方針は、「誰かの笑顔の為に」だ。

 今は迷宮の攻略を一番に考えるべきである事は変わらないが、それだけではない事を気付かせてくれたグレッグにジンは感謝していた。


「まあ、どうしようもなくなった時には遠慮なく頼らせてもらうから、そん時は覚悟しとけ」


「はい。その時は任せてください」


 そうしてグレッグとジンはお互い笑顔で約束を交わした。

 ジンはグレッグに請われれば秘密がばれることを気にせずに応えるだろうし、グレッグもそれが分かっているから安易に頼るような事はしないだろう。この二人の笑顔は、お互いを信用している証でもあった。

読んでいただきありがとうございました。感想やコメントへの返信はできておりませんが、いつもありがたく拝見させていただいております。疲れたり上手くいかない時にいつも励まされます。


最近おまたせしてばかりで申し訳ないのですが、もう少し忙しい日々が続きそうです。気長にお待ちいただけると嬉しいです。

出来ましたら今後とも宜しくお願いします。

ありがとうございました。

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