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美味い食事と新しい友人

 バークと共に広い大通りを進むジン。


 大通りには屋台が立ち並び、内容も生活雑貨や食べ物など様々だ。余裕を持って整理された屋台の配置はゆとりを感じさせ、屋根やのぼりにはカラフルな色が使われていて見た目にも美しい。行き交う人々も小奇麗な格好をしている人が多い。屋台で串焼きを頬張る作業員風の男達や、いすに座ってジュースを片手に談笑する揃いの衣装の女性達の姿も見られ、活気があって明るい雰囲気だ。一見人間族が多いように見受けられるのは帽子をかぶっている人も多いせいか。だが中には獣耳や尻尾の見える獣人や、耳の長いエルフもちらほら見え、欧風の町並みも相まってまさにこれこそファンタジーといった雰囲気だ。  


 おのぼりさん丸出しでジンが周囲をきょろきょろ見回していると、バークが話しかけてきた。


「お前さん、随分楽しそうに見ているな」


 普通田舎から出てきた者は恥ずかしいからと、おのぼりさん的な行動を気にする者が多い。実際出来るかどうかは別にして、一応はきょろきょろしないように気をつける。だがジンはそんな事は気にしない。

 おかまいなしに街並みに感嘆の声をあげ、待ち往く人を笑顔で見つめ、次々と目新しいものを見つけては目を奪われている。その顔は常に笑顔だ。


「ははっ。お恥ずかしながらこういう風景に凄く憧れていたんですよ。初めて見ることが出来ました」


 照れ笑いしながらジンが答える。恥ずかしそうというより、嬉しそうだ。


 実際ジンは外国といえば会社員の頃に社員旅行で行ったハワイと韓国しか知らず、ファンタジーの定番とされる欧風の街並みなどは写真やテレビでしか見た事がない。なのに今こうして古いヨーロッパを思わせるような街並みを体感できているのだ。それだけでも旅行気分で楽しいのに加えて、猫耳やエルフ耳等のファンタジー世界で定番の人々が実際に目の前を歩いているのだ。しかも可愛い子や美人が多い。ジンのテンションが上がらないわけがない。


 今ジンは先程までの疑問を全て忘れて、完全に楽しんでいた。


「ふふふっ。俺はこの街の出なもんでな。お前がこの街を気に入ってくれたようで何よりだよ」


 ジンのその様はバークにとって好感が持てるものだった。


「バークさんはずっとこの街の兵士をされているのですか?」


 バークがこの町出身という事を聞き、興味もあって話の流れでジンは尋ねてみた。


「いや、6年前くらいまでは冒険者をしていたんだがな…」


 答えるバークの顔は何故か少しつらそうだった。


「んでまあちょっと色々あってな、その少し前に子供が産まれた事もあって冒険者を辞め、この街の兵士になったというわけだ」 


 と、バークはごまかすように言葉を続けた。


「そうなんですね」


 もちろんジンはそれ以上突っ込んで聞くような真似はしない。誰だって人生には色々と辛い事も悲しい事もあるものだ。ただ、いつかバークとそうした話も出来るようになれればいいなとジンは漠然と思った。


 そうしてその後はたわいのない雑談をしながら歩いたが、中央の大広場らしきところでバークは少し立ち止まり、広場の周りを囲む道路沿いの大きな建物の一つを指差した。


「あれが、冒険者ギルドだ。飯食ったら今日の内に登録だけでもしとくといいぞ」


「あそこがそうですか。助かりました。ありがとうございます」


 ジンはギルドの場所も尋ねようと思っていたので、先にこうして教えてもらえて助かった。またわかりやすい場所にあって迷う事がなさそうなのも一安心だった。


 そうしてギルドから歩いて5分もかからないところで、目指す食堂『旅人の憩い亭』に到着した。

 ランチタイムも終わりに近い時間帯なせいか、お客の数はさほど多くない。ジン達は待ち時間なく座る事が出来た。


「さあて何にするかな」


 そう言ってバークは壁にかけてあるメニューを見る。ジンもバークの見ているメニューを見ると、壁には見たこともない字が書いてあった。

 少しあせってもう少し良く見ようと目を凝らすと、文字は変わらないものの意味は理解できてホッとする。

 ジンは確かにこういうところで日本語標記だと興ざめかもしれないなとは思いつつも、あせらせるなよと内心ぼやく。

 メニューは日替わり定食が3種類と、特別定食が1つの計4種類から選ぶ形だ。一番高い特別定食で銅貨10枚。日替わりは一律銅貨5枚だ。


「バークさん。今日のお礼に特別定食を奢らせてください」


 ふと思い立ってバークに申し出る。銅貨は50枚持っているので問題ない。バークにはお世話になりっぱなしだったので、ここらで感謝の気持ちを形で表したかったのだ。


「いや、いいよ別に。俺は何もしてないぞ」


 そう遠慮するバークだったが、再度お願いすると最後は笑顔で頷いてくれた。


「まあ、こんくらいなら神様もお許しくださるか。ありがとな」


 バークの承諾を得て、特別定食を2人前注文する。あまり待つことなく注文の品が次々とテーブルに並べられた。

 バターをたっぷり使った白身魚のムニエルに、肉とたまねぎを交互に串で挿して焼いたものが2本、さらにチーズと塩がかけられたシンプルなサラダとコーンスープ。おまけにお替り可能なハードタイプのパンがいくつもバスケットに入っている。ボリュームたっぷりの内容で、テーブルの上もいっぱいだ。


「美味そうだな。んじゃ食うか」


 そう言ってバークは肉串を片手で取って口に運ぶ。


「はい食べましょう」


 一方ジンは両手を合わせて。


「いただきます」


 そう言った。


 バークは奇妙なものを見る顔で眺めつつ、かぶりついた肉を咀嚼する。


「なんだそりゃ、お前の故郷の習慣か何かか?」


「はい。これは料理の材料となった命や作ってくれた人に感謝して、これから美味しくいただきますという意味なんですよ」


 バークに言われていつもの癖がでてしまったと苦笑しつつ、ジンは説明した。本来は宗教的意味もあるのだが、現在ではこうした考え方が主流だ。


「ほう。料理人や素材に礼を言うとは珍しいな。もしかして毎回やるのか?」


「はい。そして食事が終わると今度は、美味しくいただきましたありがとうという気持ちを込めて『ご馳走様』と言うんです」


 言いつつジンも串焼肉にかぶりつく。美味い。素材がいいのだろうか、塩と胡椒のみのシンプルな味付けだが旨みが凄い。ジンは夢中でかぶりつく。

 次は魚。あっさりした白身の魚にバターソースが絡まってこれも美味い。仮想現実って本当に凄いなと、勘違いのままジンは食事を楽しんだ。


 一方バークも食事を続けながら何やら考えている様子だ。


「なるほど、俺も祭りの食事の時は神様に感謝を捧げてから食うがな。確かに普段頑張ってくれているのは嫁さんだからな。今日にでも嫁さんに言ってみるか」


「良いと思いますよ。ただ『いただきます』なんて言い方にこだわらず、さっき言ってたみたいに普通に『いつも頑張ってくれてありがとう』とか『今回も美味かったありがとう』みたいな事を、奥さんにちゃんと伝えてたらそれで良いと思いますけどね」


 ちょっと偉そうですいませんと付け加えながらジンは話す。 食事をしつつも、器用に会話を成立させている二人であった。


「わかった。しかしお前は若いくせにちょっと所帯じみたところがあるな」


 用は年寄り臭いと言いたいのだろう。だがジンは年は食っていても、所帯を持った事はない。苦笑いで返す。そうしてジンはバークとのたわいのない話と美味しい食事を楽しんだ。


 ジンは糖尿病を20代で発症したこともあり、ずっと食事制限の日々だった。カロリーを考えずにこんなに美味しいものをたくさん食べたのは久しぶりで、なんて仮想現実は素晴らしいんだと、相変わらず見当違いの感動をしていた。


 あれだけの量があった料理を、パンで綺麗に皿のソースまで拭って平らげ、最後に出てきた紅茶のような飲み物を飲みながら、二人はのんびりと会話を続ける。


 バークは意外と話し好きで、ジンは基本的に聞き役に徹した。バークは現在34歳。奥さんと子供が1人。子煩悩な良いパパさんのようだ。夫婦仲もよろしいようで、のろけも聞かされてしまった。 

 ジンはこうして人の話を聞くのが好きだ。のろけ話も内心茶化したり羨ましく思ったりしつつ、楽しく聞く事が出来た。まだまだ話は尽きなかったが、バークの休憩時間も終わろうとしていた。


 そうして楽しくて美味しい食事を終え、バークは仕事場へと戻っていった。


「落ち着いたら今度は酒でも飲もうや。酒は別に良いとこ知ってるんでな。もちろん今度は割り勘だぞ」


 そう帰り際にバークから言われたときは嬉しかった。


「おっと忘れてた、最後にもう一つ。ようこそリエンツへ! 歓迎するぜ、ジン」


 また1人ジンに友人が増えたようだった。

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