パーティネーム
「そう言えば、お前達はパーティ名は決めたのか?」
宴も終盤になった頃、グレッグがそんな質問をしてきた。
「ああー、そう言えばまだでした。参ったな、私は完全に抜けていました」
ジンは失念していたと、ばつが悪そうに答える。トロンの街でリエンツに帰ったら正式に四人でパーティを組もうと約束したが、その時にジンも少しは考えた事があった。ただ、その時は良いのが思いつかずに後回しにして結局そのままだったのだ。
「あら、それは良くないですね。パーティ名は凄く大事ですよ?」
「サマンサさんのおっしゃるとおりですよ、ジンさん。パーティ名はそこに所属するメンバーの誇りとなる名前ですからね」
サマンサが軽く窘めると、クラークも優しい口調で続いた。
確かに彼らの言うとおりパーティネームは大事なものだ。ゲイン達の『風を求める者』、ゲルド達の『怒りの巨人』、ザック達の『巨人の両腕』など、それぞれがその名前にパーティの特徴や信念、もしくは理想などを込めているのだ。決して疎かにしていいものではない。
「面目ありません。……ごめん皆は考えてくれた?」
ジンは反省しつつ、パーティメンバーであるエルザ達に尋ねてみる。
「一応考えてはみたけど……」
エルザに続き、アリアやレイチェルも考えていると答えた。ただ、共通して言えるのは、少々自信なさげという所だ。
だが、そんな彼女達の様子を気にする事無く、「どんな名前なんだろう?」と皆は興味深々で彼女達が口を開くのを待っている。それは良識あるビーンやクラークでさえ同じで、皆とても楽しそうだ。
どうやらジン達は格好の話題を提供してしまったようだ。
「ふっふっふ。いいねえ。どうだ? せっかくだからここでお前達のパーティ名を決めないか?」
グレッグがそう言うとガンツやメリンダは即座に声をあげて賛成し、他の皆も言葉には出さないが期待に満ちた目でジン達を見つめた。
「ええと……」
ジンはこの流れに若干戸惑いつつも、アリア達と視線を交わして彼女達の意志を確認する。すると彼女達はジンと同じく苦笑して頷いたり肩をすくめるなどして意志を伝えた。
「……わかりました。でもせっかくなんだから皆さんも一緒に考えてくださいね?」
そのジンの発言と共に皆から歓声が上がる。想定外の流れではあったが、ジンはこういうのも自分達らしくて悪くないと感じていた。
「よし、じゃあまずはアリア達が考えた名前から聞こうじゃないか」
うきうきとした様子でグレッグが仕切り始め、ガンツやメリンダが待ってましたと囃し立てる。クラークたちも楽しそうにしているしジンには少し大げさな反応の様に思えたが、少し考えてみれば当然の反応だった。これは例えば産まれた子供に名前をつける場合に置き換えると分かりやすいだろう。
子供の名前をつける時には当事者である夫婦だけで考えて決めてしまう事が多いが、もしそれが第三者と一緒になって決めるとなるとどうだろうか? 少なくともその第三者は信頼されていなければその場にいる事は出来ないだろうし、仮にその第三者が提案した名前に決定したとなればその立場は名付け親となるのだ。それほど命名とは重要で、もしその場にいるという事が許されるならば信頼されている証とも言え、名誉である事なのは間違いない。
だからこの場に居た者は皆、ジン達がパーティ名を決めるこの場に立ち会えた事が嬉しかったのだ。
「私は『夜明け』という言葉が良いのではと」
指名されたアリアがまず口を開くが、それはパーティ名というよりその一部だった。
「私は『守護』とか『守り人』がイメージかな」
「私は『優しさ』や『癒し』とかが良いんじゃないかと思います」
そうして続いたエルザやレイチェルの意見も、単語の状態だった。これはいくつかの言葉を決め、『○○の○○』といった形に組み合わせて名前を決める手法だ。
と言うのも同じパーティ名は登録する事が出来ない事もあり、ダブった場合はこうしたキーワードを少し変化させる事で対応したりするのだ。例えば『夜明けの守り人』がダブった場合は『夜明けの守護者』に変えるといった具合だ。
勿論始めから決め打ちで通しの名前を考える事もあるのだが、一般的なのはこちらのキーワードを組み合わせる方だ。
「ほほう、良い感じのネーミングだな」
グレッグがニヤニヤ笑いを浮かべながらそう言うと、サマンサにわき腹をひじ打ちされて窘められる。言われたアリア達はどこか恥ずかしげだ。
彼女達が誰をイメージしてそのキーワードを決めたのか。残念な事にジンが思うのは「確かに良い感じの言葉だな~」という事だけである。
「それでは、僭越ながら私も参加させていただきますね」
そのクラークの言葉を皮切りに、『太陽』、『陽光』、『願い(ウィッシュ)』、『収穫』など、皆が思い思いのパーティ名を提案していった。
「(俺もちゃんと考えなきゃ。パーティで思うことは……そうだな、いい仲間にめぐり合えて嬉しいという事だな。『喜び』とか『感謝』になるのかな? でもこれをパーティ名に入れるのはイマイチな感じがするんだよな~。どうしよう)」
意見を出していないのはジンだけだ。ジンも必死に考えるが、これといった決め手が思いつかない。そんなジンを見てグレッグがアドバイスを送る。
「出ないなら考え方を変えるか? 他にも響きだけで決めると言う方法もあるぞ。特に意味はないみたいだが、『ブレイバーズ』や『ウエッジウッド』みたいな大昔の有名なパーティだっている事だしな」
「(ええっ!?)」
グレッグのアドバイスは、違った意味でジンに衝撃を与えていた。
「(おいおい、『ブレイバーズ』って『勇者達』とか『勇気ある者達』みたいな意味じゃないのか? それに『ウエッジウッド』って確かイギリスの有名な陶磁器メーカーの名前じゃなかったか?)」
過去にも自分のような転生者がいた証拠となりうるものを聞かされ、ジンは激しく動揺した。
「(いや、落ち着こう。元々この家だって他の家と違って日本式っぽい造りだったじゃないか。それにこの世界には味噌や醤油もあるし、酒だって色んな種類がある。食べ物一つとっても、過去に来た転生者が知識を伝えたと考えたら納得がいくじゃないか。今更驚く事じゃない。ただ、それがはっきりしただけの事だ)」
ジンは動揺を収め、大きく息を吐く。
実際のところジンが考えている事は間違いではない。それこそ世界が滅びの危機に瀕した『大暴走』の以前から、この世界には転生者が密かに現れる事があった。ただそれは最低でも百年以上、時には千年以上という間隔が空いており、転生者が存在しない期間の方が遥かに長かった。また、同時に二名以上の転生者が存在する事も無く、その転生者が成した事もまちまちだ。世界に大きな変革をもたらした者もいるが、そうでない者の方が圧倒的に多い。
ジンが何かを成す事を望まれてこの世界に来たのか、それともただこの世界に送られただけなのか。いずれにせよジンがとる行動に違いはない。
「(俺と同じ様な立場の人が昔いたって考えると、何か意外と嬉しいもんだな。おかげでこっちの世界でも味噌とか醤油も食べられるし、もしかしたら日本米も探せばあるのかも。うわー夢が広がるなー)」
老人だった経験のおかげで精神的に安定しているととるべきか、それとも心まで若返ったせいで……いや、みなまで言うまい。
「(実際、だからといって俺がやる事は変わらないしな。今までどおり日々を一生懸命に生きるだけだ)」
そう割り切ったジンは、すっかり後回しになっていた肝心のパーティ名について再度考え始める。
この世界に馴染んできたジンにとっては、過去の転生者もその程度の事実でしかなかった。
「(響きだけでいいなら、『喜び』とか『感謝』を英語とか外国語に直せばいけるかな? でも英語はイマイチかな。さすがに『サンキュー』じゃあんまりだし、他の言い方も詳しくないしな。イタリア語とかラテン語とかはかっこいいんだろうけど、英語よりもっと知らないし。ドイツ語は大学時代に第二外国語習ったけど、挨拶とか数字の123しか覚えてないしな。いや、英語のアイラブユーと同じ意味の『イヒ・リーベ・リヒ』は未だに覚えてるな。使う機会なんて勿論なかったけど)」
思考が脱線して、どうでも良い事も考えてしまうジン。
「(いっそ元々のゲームから『ニューワールド』ってのも悪くないか? いや、直訳すると『新世界』だ。ソースと串カツを思い浮かべてしまう。名前のジンは確か『精霊』っていう意味もあったよな。これは悪くないけど、パーティ名に自分の名前を入れるのもちょっと気が引けるな)」
ジンは首を振って別の考えに移る。
「(やっぱ俺の気持ち的には『感謝』がしっくり来るな。これに関連した言葉がドイツ語であったような記憶があるんだけど……)」
思い出そうと考え込んでいたジンの思考が、不意の呼びかけによって遮られる。
「おい。おい、ジン。大丈夫か?」
「え? ああ、すいません。どうかしましたか?」
ジンにとっては突然に感じられたが、声をかけたグレッグは勿論、周りの皆にとっては随分待った上での事だ。
「何か深刻そうな顔をして考え込んだかと思ったら、納得したように頷いてるし、そしたら今度はいきなりニヤっと笑ったり首を振ったりするからどうかしたのかと思ったぞ」
「ああ、心配かけて申し訳ありません。パーティ名が何となく思いつきそうで……」
ジンはホッとしたように微笑む皆の顔を見て、本当に自分は恵まれているな、ありがたいなと素直に感じた。そして、その瞬間に過去に印象に残っていた言葉を思い出した。
「フィーレンダンク……」
ジンの呟きに疑問符を浮かべるグレッグ達。すぐに我に返ったジンは言葉を続ける。
「『フィーレンダンク』。私が以前少しだけ学んだ言葉で、『たくさんの感謝』という意味です。やっぱり私はこの街で皆さんに出会い、こうして良くしていただいている事が嬉しいです。ここには居ない人達も含めて皆さんには感謝していますし、今こうしていられる事自体に対してもそうです。それにこんな自分とパーティを組んでくれるアリアさ……アリアやエルザ、レイチェルにも勿論感謝しています。パーティの名前としては良いのか分かりませんが、私が感じている事には一番しっくり来る言葉です」
ジンは口にしてみて、この『たくさんの感謝』という言葉が自分の心にぴったりと収まった気がした。意味を言うとパーティ名っぽくはないが、響きだけなら許容範囲だ。
この場に居ないアイリスやバーク達。ご近所さんに近くの商店街の人達。他にもジンがこの街(世界)に来て知り合ったたくさんの人々の顔がジンの脳裏に浮かんでいた。
「(明日神殿で神様にお参りしよう)」
そして改めてまたお礼を言おうとジンは思った。
「決まった……かな?」
ジンの発言の後しばらく誰も口を開かない時が過ぎ、その沈黙を破ってグレッグが皆に問いかける。
「『たくさんの感謝』、良いと思います」
「『フィーレンダンク』という響きも良いな」
「素敵な名前です。大賛成です」
先ず最初にアリア達が同意し、続いて他の皆も次々に賛成の意を表した。
「よし、ではジン達のパーティ名は『フィーレンダンク』だ。これなら間違いなくダブらないはずだから、決定だな」
グレッグの声と共に皆から拍手が送られる。ジンは急に決まった展開に戸惑いつつアリア達の顔を見るが、彼女達も笑顔で拍手をしていた。少し気恥ずかしさはあったが、安心したジンも笑顔でパーティ名が決まった事を喜んだ。
そして拍手が鳴り止んだ頃、ジンはアリア達を促して四人で椅子から立ち上がる。
「皆さん。私達はここにいるジン、アリア、エルザ、レイチェルの四人で『フィーレンダンク』として行動していく事になりました。恐らくこれから様々な試練が私達を待ち受けていると思いますし、時には自分達の力だけではどうにもならない事に遭遇するかもしれません。ですが私達は負けません。何故なら私達は四人だけではなく、ここに居る皆さんを始めとした頼れる先輩方や同輩達が居てくれるからです。まだまだ未熟な私達ですが、これからも時には皆さんのお力をお借りして一生懸命生きていきます。どうぞこれからもご指導ご鞭撻を宜しくお願いします」
「「「宜しくお願いします」」」
ジンの挨拶が終わると同時にアリア達も続き、揃って皆に頭を下げる。再びその場には拍手が鳴り響き、顔を上げたジン達は皆の笑顔に迎えられた。
これがジン達のパーティ、『フィーレンダンク』の始まりだった。
宴の後片付けも一段落し、すっかり寂しくなったテーブルを囲んでジン達四人が座っている。ジンは目の前に置いたお茶を一口すするが、対面に座っているアリア達三人はどこか緊張した面持ちだ。
正式にパーティを組んだ今日、しなければならない大事な話がジンにはあった。
「遅くなってごめんね。それじゃあ俺の話を聞いてくれるかな?」
そう。ペルグリューンから『魔力熱』の治療法のヒントを教えてもらったあの日、彼女達に約束した事があるのだ。
「それじゃあ、俺の秘密について全部話すよ」
ジンの心は落ち着いており、迷いなど何処にもなかった。
お待たせしました。
以前活動報告でパーティ名の募集をしておりましたが、結果自分で考えていたものに落ち着きました。参加していただいた皆様、ありがとうございました。
他にも今回でこれまで匂わせていた事も言い切りましたし、宜しければご感想や評価等をお聞かせください。
次回は少し短いと思いますが、続くので今日26日か、明日27日に更新します。
ありがとうございました。