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飲み会

「うん、美味いな」


 鍋に入ったホワイトシチューを味見し、ジンは満足気に呟いた。

 ガンツとの会合を終えたジンは自宅へと戻り、今日の夕食を作り終えたところだ。シチューの中には大きめに切った野菜とたっぷりの鶏肉やソーセージが入っており、ボリュームは満点だ。食事としてはシチュー以外にはサラダとパンしか用意していないのでいつもより品数が少ないが、酒のつまみとしてジンは別に何点か用意していたので、それで帳尻を合わせた形だ。


「それじゃあレイチェル、後は頼むね。シチューは食べる前に温めるだけで大丈夫だから。後、おつまみやお酒も準備しているから、レイチェル達も明日に影響が無い程度に楽しんでね」


 ジンは自分だけグレッグ達と呑みに行く事もあって、レイチェル達の為にいつもより少し良い酒を準備していた。

 エルザはまだ帰宅していないがもう間もなく帰ってくるだろうし、昨日に引き続き今日もアリアはここで夕食をとる予定なので今日は女性三人での夕食となる。男がいると話しづらい事もあるだろうし、たまには女性だけというのも悪くないだろうとジンは考えていた。


「はい、ありがとうございます。ジンさんもあまり羽目を外さない・・・・・・・でくださいね」


 にこやかにレイチェルは言うが、後半は少しだけぎこちなかったかもしれない。だが、その含むところにジンが気付くはずも無い。


「うん。酒は飲んでも飲まれるなだね。じゃあ、行って来ます」


 屈託のない笑顔でジンは答えると、約束の時間より少し早めにグレッグ達との待ち合わせ場所へと向かった。






「では、ジン達の無事の帰還に。……乾杯」


 グレッグの音頭と共に、三つ・・のグラスが軽く打ち合わされる。このレストランの一室にいるのはジンとグレッグ、そしてガンツの三人だ。

 当初の約束はグレッグとだけだったが、ジンがガンツを誘って三人で飲む事になったのだ。勿論、ジンがそうしたのには当然理由がある。


 だがそれが語られるのは今ではなく、しばらくは食事と酒を楽しみつつ、三人は男同士の他愛の無い話をして過ごした。

 そして食事が落ち着きだして酒の方に比重が偏るにつれ、話の内容も少しずつ真面目な内容へと変わっていった。


「……というわけで、情けないが相変わらず『魔力熱』の原因と思われる魔力異常は未だ見つかっていない。再発したものはいないが、新しく『魔力熱』にかかる子供が数人出ている事から考えて、未だ魔力異常は治まっていないという事だろう」


 グレッグが悔しそうに顔を歪め、グラスに1/3近く残っていた酒をあおる。

 ジンが以前クラークから聞いた過去の『魔力熱』の事例では、ある程度の期間の後に自然と魔力熱の発生は治まるという話だった。しかしそんないつになるか不確定な状況をただ待つ訳にもいかない。いくら『魔力熱』は治療法があるとは言え、魔力異常がそれ以外の災いをもたらさないという保証はないのだ。


「あせっても仕方あるまい。ほら……」


 そうガンツがグレッグに声を掛け、空いたグラスに酒を注いだ。


「わかっちゃいるんだがな。相手が見えていりゃあぶっ倒せば済むんだが、こんな見えない状況はどうも苦手だ」


 グレッグはそう言って酒に口をつけるが、今度は一気にあおるような真似はしない。


「何か変わったことはないんですか?」


 つまみの入った皿をグレッグの方にずらしつつ、ジンが尋ねた。


「お前達が出て行ってる間も、特に変わった事は無いな。変異種が出たって話は勿論、何か変わった魔獣が出たという話も聞かないな。少なくとも魔獣関係の異常は聞いていない」


「俺も街中で変わった噂でも流れてねえか気にかけてみたが、特に気になる話は聞かないな」


 どうやらグレッグとガンツが知る限りは、変わった事などは無いようだ。しかし、子供達に影響を及ぼすほど魔力が増えている現状を考えると、単純に魔獣の出現数が増えるなどの変化が見られてもおかしくないはずだ。だが、そんな兆候も見られないとなると、ますます不気味な状況と言える。

 話を聞いたジンは、腕組をして唸った。


「う~ん。ちょっとスッキリしませんが、こうなると何か起こってからじゃないと分からないかもしれませんね。私の『地図アレ』でも魔力異常は対象外なのか発見できませんでしたし、何があっても大丈夫なように準備だけはしておくしかないかな?」


「そうだな。一応、ギルドの備蓄をちょっと増やしとくか」


 ジンの発言は最後は独り言の様になってしまったが、そんなジンの言葉にグレッグも同意した。


「今度の会議の時にでも提案したらどうだ?」


 ここでガンツが言う『会議』とは、冒険者ギルド、商人ギルド、職人ギルドといった各分野の代表者と、国から派遣された役人が集まって開かれる会議の事で、毎月一回開催されているものだ。

 リエンツの街はこうした合議制で街を運営しており、国から派遣された役人は行政の細かいところを担当するが、あくまで方針決定の主体は各ギルドだ。

 他の街の中には国が直轄して政治を行う所もあるが、このような運営方式をとっているリエンツの街は比較的独立性が強い街と言える。


「提案してもいいが微妙なところだな。魔力異常に関しては根拠が弱いからな」


 グレッグが禿げ上がった頭をかきながらぼやく。

 会議ではどうしても各々が所属する組織の利害関係を無視する事は難しく、何か提案を通すには周囲を納得させるだけの明確な根拠が必要になるのだ。


 グレッグ達は『魔力熱』は魔力異常によって引き起こされたと理解しているが、その情報はジンの『鑑定』によってもたらされたものだ。その情報源を公開する事が出来ない以上、魔力異常に関してはあくまで予測にしか過ぎない。

 ちなみに「魔力異常は『魔力熱』の原因である」という事実は、神殿ではなくあくまでクラーク個人の見解・・・・・として発表されている。勿論これはジンの『鑑定』を表に出さない為で、ジンはこのクラークの見解を聞いて治療法を思いつき、結果としてその治療が成功したとなっている。なので事象としては魔力異常の存在を肯定しているのだが、だからと言って明確な根拠と言い切るには弱かった。


 グレッグから追加で説明され、ジンは少し申し訳ない気持ちになった。グレッグが自分ジンの秘密を守る為に、かえって事実を主張しづらくなっているように思えたのだ。

 確かに秘密にしている事で騒がれる事はごめんだが、別の形でなら力になれないかとジンは考えた。


「こういうのはあんまり良くないかもしれませんが、私の名前は利用できませんか?」


 頭上に疑問符を浮かべ、どういうことなのかとグレッグ達がジンの意見を聞く体勢をとる。


「魔力異常と『魔力熱』の関係は仕組みとして分かりやすいですし、事実としての裏付けもとれていますよね? 明確な根拠ではないですが、こうした事実に加えて、例えば私の名前で魔力異常に関しての考察を資料として提出するのはどうですかね。今回の件で私の名前が売れた事もありますし、嫌な言い方ですが恩に感じてくださっている方も多いので無視しにくいんじゃないでしょうか? 後は出来ればクラークさんとの共同だと、もっと信憑性は増すと思いますが……」


 グレッグとガンツの意外そうな顔に気付いたジンが、最後に少し小声になりつつも意見を述べた。


「いや、確かにそれは効果的かもしれんが、お前はいいのか? 目立っちまうぞ?」


 ガンツが心配してそう言うが、それはグレッグも同意見だった。また、彼らはジンに自分の名前を利用するような手段は好まない真っ正直なイメージを持っていた為、ジンが自らそういう事を申し出た事が意外に感じたのだ。


「もう既に目立っていますし、こういう目立ち方ならまだ大丈夫ですよ」


 そうしたグレッグ達の心配を余所に、ジンは明るく肯定する。このやり方なら秘密がばれるわけでもないし、グレッグ達のためにもなるのだからジンに忌避する理由は無い。見た目は若くとも実年齢は老人のジンは、若さゆえの潔癖症などとは無縁だった。


 だがここでジンは真剣な顔になり、そうまでしてグレッグ達に協力したいと思わせた内心の不安を口にする。


「それに、やっぱり魔獣が増えていない事が気にかかるんですよ。『魔力熱』の原因となるほど、魔力が増えているはずなのに」


 神獣ペルグリューンが語ったように、魔獣は余剰魔力が原因で産まれるはずだが、魔力異常で魔力が増大しているはずの今でも魔獣が増えたという報告は上がっていない。では、その魔獣を発生させる事で消費されるはずの魔力は何処へ行ったのか?


「魔力異常が何を引き起こすか分からない現状では、どうしても最悪の事を考えてしまって」


 ジンがクラークから聞いた神殿の記録にあった、過去に『魔力熱』が発生した街は今はもう存在しない。


「……暴走スタンピードか」


 グレッグがジンの言わんとした最悪の事態を口にし、それにジンが頷く。


「考えすぎだとは思うんですけどね。私はこの街が好きなんで、どうしても心配になっちゃって」


 深刻な雰囲気になってしまったのを誤魔化すようにジンが言う。


「ああ、考えすぎだ。だが、お言葉に甘えてお前には一筆書いてもらおう。クラーク神官長には、俺から頼みに行くよ」


 グレッグは不安を吹き飛ばすように断定すると、ジンのグラスに酒を注ぎつつ言った。

 さすがに『暴走』に備える程の大々的な準備は出来ないが、ジンの提案に乗れば食料や医薬品の備蓄を増やす程度の対策なら可能なはずだ。グレッグは会議の為に早急に資料を仕上げる事を決めた。


「はい、喜んで」


 ジンはにこやかに返事を返すが、ジンを含めたそこにいる全員がこうした準備が無駄になる事を願っていた。






 男同士の飲みの席は馬鹿話も勿論楽しいのだが、何故か仕事絡みの話になる事も多い。先程の魔力異常の話もそうだったが、それはもしかすると無意識にアドバイスでも求めているのかもしれない。


 レストランを出たジン達は、場所を静かなバーへと移した。そして話もジンの旅についてに移っていたが、そこには避けては通れない話題が存在した。


「……後悔しているか?」


 ジンの話を聞き終えたグレッグが、ジンにそう尋ねる。避けては通れない話題とは、勿論ゲルドを殺した事だ。


「いえ、あの時に私がとれる手段はあれしかありませんでした。ただ、だからと言って何も感じないわけじゃないですけどね」


 答えるジンの表情は苦かった。


「そうか。ならば次はどうする。今度は自分より弱く見え、だが人を襲う盗賊に遭った時は」


 グレッグが問う声は厳しい。グレッグは冒険者としての覚悟を問うていた。


「殺します。此方の命を奪おうとするのなら、私も同様に相手の命を奪います。殺さないという選択肢を持てるほど、私は強いわけではありませんので」


 ジンも逃げる事無く、真っ向から答える。その為にジンは強くなるとエルザ達と一緒に誓ったのだ。


「そうか」


 グレッグは頷き、そして満足そうに口元を緩めた。


「お前が今感じている事を忘れるんじゃないぞ。人を殺した辛さも、そのことで守った命もだ。それを忘れた瞬間に、お前は冒険者失格となる」


 魔獣と言えど命を狩る冒険者だからこそ、守るべき命を忘れる事は許されない。


「逆に言うと、それを忘れない事が一人前の冒険者の条件だって事だ」


 グレッグに続き、ガンツがジンの背中を叩いて言った。

 これはある程度のランクに至った冒険者の通過儀礼のようなものだ。自分達も通ってきた道であり、二人がジンを見る目は優しかった。


「はい!」


 ジンは尊敬できる先達の言葉を胸に刻む。これからも苦しい思いをする事もあるだろうが、それでもジンは前を向いて生きていくと決めたのだ。


 そんなジンの態度に笑顔で頷いた二人は、最後にジンに向かって深く頭を下げた。


「よくアリア達を守ってくれたな。ありがとう」


 ジンが守った命は、二人にとってもかけがえの無い命だった。







 楽しく、そして有意義だった宴もそろそろ終わろうとしていた。

 ジンは最後にグレッグとガンツに言っておかなければならない事があった。ジンは姿勢を正し、二人に向かって口を開く。


「グレッグさん。ガンツさん。既にお聞きになられたかと思いますが、アリアさんがギルドを辞め、私達と正式なパーティを組む事になりました。私達は一緒に成長し、お互いを守れるように全員で強くなります。どうぞこれからもご指導ご鞭撻を宜しくお願いします」


 そう言ってジンは深く頭を下げる。アリアの親代わりとも言える二人に、ジンはちゃんと挨拶をしておきたかったのだ。ちなみにもう一人の親代わりとも言える孤児院のヒルダには、今日しっかりと挨拶済みだ。


 また、ジンの心にはアリア、エルザ、レイチェルの三人を必ず守るという強い意志があるが、ここでグレッグ達に伝えたのはお互いに守る・・・・・・という意志だった。それは誰かが誰かを一方的に守るのではなく、お互いに守り合う事が出来る姿がジン達が理想とするパーティだったからだ。

 ジンはグレッグ達の前でそうなってみせると誓ったのだ。


「お前なら安心してアリアを任せられるよ」


 ガンツは心の底からジンに想いを伝えていた。

 思えばアリアに紹介されてジンが自分の店にやって来た時から、この日が来るのを待ち望んでいたのかもしれない。後でこってり絞られたが、ローゼンの花の悪戯も結果としては大満足だった。その時から確信に近いものを感じていたが、ようやくそれが現実のものになったのだ。ガンツは嬉しかった。


「そうだな。ギルドマスターとしては有能な職員が抜けるので残念だが、個人としてはアリアの決断を応援するぞ」


 グレッグもジンが初めてギルドに来た日を思い出していた。アリアはジンと初めて会ったその日の内に、僅かではあるが笑みを浮かべていた。そんなアリアの様子を見て、変わる切っ掛けにならないかとジンに期待をかけた。そんな事はジンは知る由もないだろうが、ジンと接触すればするほどアリアはどんどん変わっていった。いや、寧ろ今までに見たことの無いアリアの姿も見ることが出来た。その変化は鮮やかに色づき、ジンと会う前のアリアを知っているものからすれば、それは劇的な変化だった。グレッグはアリアが下した決断を心から喜んでいた。


「「頼んだぞ」」


 異口同音で発せられたその言葉には、ジンに対する信頼がこもっていた。

 例えアリアの事を抜きにしたとしても、二人にとってジンは18歳という年齢が信じられないほど対等に近い関係に感じられる存在だ。世慣れない若者と思えば、時には老練な大人に感じられる事もある。だが常に共通してあるのは、その人柄に対する好感だ。

 グレッグにとっても、ガンツにとっても、ジンはアリアを変えてくれた恩人であり、そしてかけがえのない年少の友人でもあった。


「はい!」


 二人に答えるジンの声は、二人の信頼に対する嬉しさと共に、これからに対する決意に満ちていた。

 逆がそうであるように、ジンが二人の信頼を裏切るような事もありえないのだ。

また少し遅れてしまいました。

話があまり進まないところですので出きるだけ早く更新すべきなのですが、ある意味いつもどおりで申し訳ありません。


次回は15日前後になる可能性が高いです。


ありがとうございました。

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