通信
ペルグリューンにより転移してもらったおかげで、まだ日が高い内にアポス村に到着する事が出来た。
ジン達は宿の女将と手短ではあるが名残を惜しみつつ、すぐさまアポス村を出発した。
向かうのはリエンツの街ではなく、ここから一番近い街である『トロン』だ。
何故わざわざトロンの街に寄るのか、それはギルドに設置してある魔道通信器を使用するためだ。
魔石を使用する事で遠方との通話を可能とするこの装置は、冒険者ギルドという国を跨いで存在する組織を維持する為には必須の設備だ。
通信可能距離はあまり長くなく、隣接する街同士くらいしか通話は出来ない。しかし、それでも馬車で1週間近く掛かる距離をゼロにして情報の伝達が可能となる。
これがさらに隣の街、そしてさらに隣の街と続く事で、冒険者ギルドという組織を形成する一大ネットワークを作っているのだ。
だが、通信可能距離以外にも、この装置に問題が無いわけではない。
まず第一に、その絶対数が少ない。
この通信装置の核となる部分は現在では再現不可能な技術で、そのコアは遺跡と呼ばれる古代文明の遺産からしか入手する事が出来ない。
恐らくこれがペルグリューンによって語られた、魔獣の暴走によって滅んだ文明の名残なのだろう。
しかし、その遺跡は滅多に発見されるものではない。
たまに発見されるのも、ほとんど全て未開拓地近辺と言う事もあり、その発見はもっぱら冒険者によってなされる。
こういう経緯もあって冒険者ギルドはほとんどの支部に通信機を保持しているが、残念な事に村々に設置するほど数に余裕はないのだ。
第二に、必要とされる魔石が最低でもBクラス以上で、しかも30分程度の通話でその魔石を1つ使いきってしまうほど燃費が悪い。
その為に気軽に通信する事は不可能で、その使用には各街の冒険者ギルド長の許可が必要となるほどだ。
他にもあるが、今回に関係する問題として大きいのはこの二つだろう。
だが、今回のトロン訪問の件自体がアリアの提案だ。ギルド職員であるアリアがいることから、これらも問題にならないだろうという判断だ。
通信器が使えれば、リエンツ到着までに掛かる日数を省略して情報を伝える事が出来る。
それは少しでも早く子供達を病の苦しみから解放したいという、ジン達全員に共通する想いだった。
だが、同時にもう一つ別の考えもある。それは、万一基本魔法習得でも病が治らなかった場合の話だ。
最悪の場合は速やかに引き返し、再びペルグリューンに会って『マドレンの花びら』を譲り受ける必要がある。
まず大丈夫だろうとジン達は考えているが、子供達の命が懸かっているので万一にも失敗は許されない。
そのため、保険のつもりでそうしているのだ。
こうしてジン達は、トロンの街を目指して馬車を走らせた。
ペルグリューンの転移のおかげで時間短縮は出来たものの、それでも出発した時刻が遅かった為に途中で一泊野営せざるを得なかった。
しかし、そうして極力急いだ甲斐があって、翌日の昼過ぎにはトロンの街へ着く事が出来たのだった。
「……以上となります。お手数ですが、早急に魔道通信器の使用許可をお願いします」
トロンの街の冒険者ギルドにおいて、アリアが魔道通信器の使用許可を取ろうと職員相手に話をしていた。
アリアが提示しているのは、旅の前にグレッグから預かった委任状だ。それはいざという時に連絡が可能なようにと、前もってグレッグが準備していたものだった。
「確かに承りました。しばらくお待ちください」
そう言って中年の男性職員が奥へと引っ込む。しばらくはここで待機するしかないようだ。
そう思っていると、ジンはふと背後に気配を感じた。
ジンが振り向いた先には、此方に声をかけようとしていたのか、片手を挙げたままで驚いた様子の男がいた。
「なんでい、急に振り向きやがって。驚くじゃねえか」
年のころは20代前半というところだろうか、酒臭い息をした獣人族の酔っ払いだ。元々そうなのか、それとも酒に酔っているせいなのか、頭上の獣耳は垂れた状態だ。
「けっ、まあいい。おい、お前。綺麗どころを三人も連れて、いいご身分じゃねえか。お前それでも冒険者か? だいたいお前みたいなやつがいるから……」
などと絡んできた男は酔っているわりには流暢に話すが、絶えず体をフラフラさせている事からも泥酔状態という事がわかる。
だが、男は女性陣に声をかけるのではなく、同性であるジンに絡んできたので状況としてはまだマシだ。
ジンは反応しようとしたエルザ達を手で軽く制止し、そのまま男の相手を一手に引き受けた。
何故こんなところに酔っ払いがいるか、それはこのギルドの中に酒場があるからだ。同じ建物の2/3を冒険者ギルドが占め、残りが食堂兼酒場という形だ。
リエンツの街はギルド機能のみだったが、数ある冒険者ギルドの建物には、このトロンのように酒場と併設されている所も少なくない。
元々は冒険者の福利厚生の一環という事で始められたが、トラブルも多く発生したので次第に少なくなっていった形式だ。
ここでもトラブル防止の目的で、一応人が多く集まる受付や掲示板付近と酒場のテーブル等は離れて配置してある。
しかし、運が悪い事にジン達が話をしていた場所が一般受付の場所とは離れていたこともあり、比較的近い位置にあったテーブルで男は飲んでいたようだ。
男がいたと思われるそのテーブルには他に男女2人ずつが座っており、此方を「また始まった」と言わんばかりの苦々しい顔で見ている。
しかし、だからと言って止めに入るわけでもなく、変わらず酒を飲みながら席に座ったままだ。
「……おい、てめえ聞いてんのか、ああ?!」
酔っ払いに絡まれた場合は、相手にせずに速やかにその場を立ち去るのが一番だ。しかし、今回のように取次ぎを待っているような状況では、そういうわけにもいかない。
「はい。聞いてますよ」
次善の策としては、適度に相手をしつつ立ち去る機会を待つ事だ。
こうして絡んでくる者のその多くは、ただ文句を言いたいだけの者だ。とりあえず相手の話す事を聞くだけでも、自然と場が治まる事もある。
過去の経験でそう感じているジンだったが、元々時間さえあれば相手の話す事を聞くのは嫌じゃないタイプだ。
あと少しで子供達を苦しみから救えるかもしれないという今でなければ、もうちょっとちゃんと相手をしたかもしれない。
しかし、今はそうする事が出来なかった。
「いいか、お前「ザックさん!」……ちっ」
男がさらに声を荒げようとしていた所を遮って、戻ってきたギルド職員が男の名を呼んだ。
それを聞いて絡んできた酔っ払い、ザックはジンを一睨みすると、舌打ちしてその場を去った。
「申し訳ありません。普段は頼りになる冒険者なのですが、ザックさんはお酒を飲むと人が変わるところがあって……。つい最近ショックな出来事があったので、特に今日は荒れているみたいです」
男性職員が申し訳なさそうに謝るが、特に実害があったわけではないのでジンは構わない。
思うところが無いわけでもないが、正直今はどうでもいい。
「いえ、ところでもう準備は出来たのでしょうか?」
むしろジンは、魔道通信器の使用許可の方が気になっていた。
「はい、そうでした。大丈夫です。今からご案内しますね」
「「はい、お願いします!」」
先程までの事は一瞬で忘れ、いよいよその時が来たとジン達全員の顔は明るい。
逸る気持ちを抑えつつ、ジン達は男性職員の後に続いた。
そうして案内された場所は、6畳ほどの狭い部屋だ。
その壁には直径30cmほどの円盤が一つ掛けられ、そこに向かって話をするようだ。他にもボタンやスイッチのようなものも見られた。
その壁を挟んで反対側にある隣の部屋には、魔道通話器の本体部分が置かれている。だが、貴重なものと言う事もあって、ジン達がそこに立ち入る事は出来ないようになっているのだ。
「使い方はお分かりになりますか?」
「はい、大丈夫です」
男性職員の質問にアリアが答える。リエンツのギルドで何度か通信器を扱った事があるのだ。
まず最初に壁にあるボタンをアリアが押すと、「ブー」とブザー音が鳴った。
今回の様に少し長めに一回だけ鳴らした場合は、通信相手にギルド長を希望する意味を持つ。
この他にも緊急時の呼び出しなど、呼び出し音の回数や音の長短でその意味が変わってくるのだ。
「このまま向こうの準備が整うのを待ちます。準備が出来たら今度は向こうからブザー音を送ってきますので、そうしたら今度は上のスイッチを入れて喋ってください。終わったら最後に『以上』と言ってスイッチを切ってください。今度は向こうが喋る番です。向こうも話し終わったら『以上』と言いますので、再びスイッチを入れて話してください。後はこれの繰り返しです」
魔石の消費量は会話を送るときの方が圧倒的に多く、受ける時の消費量は少ない。出来るだけ消費量を少なくする為、通話方式はトランシーバーのように交互に繰り返す形になるのだ。
今回話すのはジンの役目だ。防犯上の理由で男性職員が同席している為、うかつな事は話せない。
しかし、ジンは少し緊張しつつも、間近に迫った期待感からその表情は明るい。
ブザーが鳴るのを、今か今かと待ち続けた。
そうして長いようで短いその時間も終わり、向こうの準備が整ったという事を知らせるブザー音が鳴った。
ジンは一つ深呼吸をすると、スイッチを入れて喋り出す。
「こちらはジンです。状況が変化しましたが、『魔力熱』の根本治療の方法が分かりました。すぐさま子供達に『基本魔法』を習得させてください。そうする事で体内の余剰魔力が放出されるようになり、体内の魔力異常が治まって発熱しなくなります。併せてファイア以外の危険度の低い魔法を使わせると、より魔力が抜け易くなるかも知れません。ただし、魔法を習得するには未だ早い子供達が多いのも事実ですので、魔法の使い方や心得などのレクチャーが必要になると思います。病が治った後のフォローもご検討ください。以上」
話した内容に『魔力熱』という単語は入っているが、当初考えていた治療法や『滅魔薬』などのNGワードは入れていないので問題ないだろう。
ジンは向こうからの返信を待つ。
「こちらグレッグだ。了解した。クラーク神官長と協力してすぐに手配する。此方は子供達に重篤なものは出ていない。よくやった。以上」
グレッグの返信を聞き、ジンは安堵のあまり涙が出そうになった。
もともと予定していた期限よりかなり短縮出来ていた為、子供達に何かある可能性は低いと考えていた。だが、それでもこうして直接子供達の無事を伝えられ、ジンは心より安堵したのだ。
そしてそれは、ジン以外の三人にとっても同様だった。
エルザはジンと同様に涙を堪え、レイチェルは堪えきれずに数滴の涙をこぼしている。最近少しずつ感情を表に出すようになってきたアリアも、心なしか目が潤んでいるようだ。
ジンは涙をグッと堪え、再び通信を開始する。
「こちらジンです。それを聞けて何よりです。一応念のため、我々は明日の昼までトロンの街に滞在する予定です。明日午前11時半ごろに再び通信させていただきますので、その時に子供達の経過を教えてください。それにより今後の対応を決めます。以上」
万一の場合は、再び『マドレンの花びら』を求めて戻らなければならない。そんな事にはならないと思っているが、ジン達はきちんと子供達の状況を確認してから、リエンツの街への帰路につくつもりなのだ。
「こちらグレッグ。了解した。とりあえず今日はゆっくりと体を休めろ。お疲れ様。以上」
「こちらジン。ありがとうございます。これで通信を終了します。以上」
ジンはスイッチを切ると、そのままの姿勢で目を瞑った。そうしないと泣いてしまいそうだったからだ。
こうしてジン達はやり遂げた。まだ結果は出ていないとは言え、ジン達は一つの達成感を味わっていた。
明日午前中の内にすぐさま結果が出るとは限らないが、少なくとも何らかの変化はでるだろう。
ジン達は大きな期待と僅かな不安を感じつつ、しばしそのまま喜びに浸るのだった。
またまた遅くなりました。
次回は13日か14日の予定ですが、今回のように1~2日遅れる可能性もあります。
ご容赦ください。
ありがとうございました。