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山登り

 次の日は、何とか日が落ちきってしまう前にポピン村に到着した。

 ジン達は久しぶりの入浴で旅の汗を流し、ベッドでの睡眠でリフレッシュする事が出来た。

 勿論その翌日も、いつも通り早朝からの出発だ。


 道中では魔獣にこそ遭遇するものの、恐れていた盗賊の襲撃はまだ無い。

 ジンが出発前日にグレッグと話した事にも関係するが、もともとこの世界に存在する盗賊の数は少ない。


 神の存在が近いこの世界は、基本的に豊かだ。魔力の存在が影響しているかは不明だが、大地だけでなく海や川にも恵みがあふれている。

 魔獣の存在は確かに脅威で、そのせいで未だ未開拓の土地も多い。だが、そこから得られる魔石や素材は人間社会の発展に大きく寄与しており、決してマイナスな事ばかりではない。

 また、人はレベルアップによる能力の底上げが可能で、レベルさえ上げれば一人で複数人前の仕事量をこなす事も可能になる。もちろん冒険者でない者にとってレベルアップは簡単な事ではなく、その上昇値も個人差があるのは事実だ。しかし同時に、努力が結果に現れるという事も、紛れも無い事実なのだ。

 更にその上がった能力があれば、特に農業や漁業等の一次産業においては職に困る事は無く、他の職業につく際にも有利に働く。


 言い方を変えると、この世界ではレベルさえ上げれば働く場所に困る事は無く、飢える事もないのだ。


 では、盗賊とはどういう存在なのだろうか?


 一般的に考えて、その多くは食い詰め者の乱暴者だ。仕事がなくて食べられなくなった者が、暴力で他人から奪おうとするのが盗賊だ。

 しかし、暴力で奪おうとするなら力が要るが、先にあげたように力があるなら(レベルが高いなら)真っ当にお金を稼ぐ方法はいくらでもある。返り討ちにあう可能性がある以上、わざわざリスクが高い盗賊を選ぶメリットは少ないのだ。

 しかも、盗賊になるためには力が必要であるという前提条件から、盗賊は元冒険者や元兵士といった魔獣との戦闘経験が豊富な者がなる事が多い。だが、もし冒険者からドロップアウトして盗賊になった者には、冒険者ギルドから討伐依頼が出され、高額の賞金が掛けられる事になるのだ。

 これは冒険者ギルドの評判を守るためであり、ギルドを盗賊の苗床にしない為におこなわれる当然の措置だ。そして、これは兵士や他の組織に所属する者の場合でも同じなのだ。


 では、そんな厳しい状況でも盗賊に身を堕とすのは、一体どういった者なのか?


 それは己の強さに驕って血を求める者であったり、他人から奪うことに快感を覚える者。つまり、それは何処か壊れてしまった実力者、凶人きょうじんだ。


 だから、もし盗賊に遭遇した場合には、逃げるか殺すかの二択しかない。相手はそれなりの実力を持った凶人なのだ。勝てない場合には逃げて命と情報を持ち帰るか、もし立ち向かうならば殺すつもりで全力を出さないと足元をすくわれかねないという事だ。仮に殺さず捕らえた場合でも、どうせ待っているのは死刑だ。


 つまりこの世界での盗賊とは、人として壊れてしまった実力者である凶人や、その力に惹かれた者達の事を言う。

 それは数こそ少ないものの、とびっきり危険な存在だという事だ。


 現段階でジン達がそんな盗賊に遭遇していないのは、盗賊の絶対数から考えれば当然でもあると同時に、幸運であった事も事実だろう。


 そうしてジン達は特に問題もなく旅を進め、当初6日かかる予定だったのを5日に縮めて、当初の目的地であるアポス村へと無事に到着する事が出来た。




「それじゃあ、村の人は山に入る事はないんですね」


 ジンがそう問いかけた相手は、アポス村にある宿屋の女将だ。

 此処はその宿屋の食堂で、夕方過ぎにこの村に到着したジン達四人は、夕食がてら彼女から情報収集をしていたのだ。


「そうだね。うちの村では『お山』って呼んでるけど、昔っからあそこを登る事は禁止されているね」


 此処で言う山とはアポス村の近くに存在する『ダズール山脈』を構成する山々の一つで、その中では標準的な高さの山だ。ジンの『地図』で見た場合、その山頂近くに目的の『マドレンの花』があるようなのだ。


「何か理由でもあるのでしょうか?」


 女将にアリアが問いかける。


「それが理由は分からないんだよ。ただ、たぶん強い魔獣が出るからじゃないかね? 行ったまま帰ってこない冒険者も多いからね」


 女将は、最後の一言は少し悲しげに言った。


 山に入る事を禁じている理由は代々の村長に口伝で伝えられて来たが、途中でそれが途絶えてしまった現在では、その理由を知るものがいないという事らしい。


「それじゃあ、山に詳しい人もいないんでしょうか?」


「そうだね。冒険者の土産話で聞く事が多い分、もしかしたらあたしが一番詳しいかもね」


 レイチェルの問いに答え、最後に先程まで存在した暗い雰囲気をかき消すように女将が快活に笑う。そして女将は自分が知る限りの事を、ジン達に話して聞かせた。


 冒険者達は中腹までしか行かないらしく、得られた情報は限られていた。しかし、それでもジン達にとって貴重な情報に違いは無い。

 そこまでに出る魔獣やルートの情報など、全てを聞き終えたジン達は心から女将に感謝の気持ちを伝えた。


「まあ、無事で帰っておいで。あんた達みたいな若いのが死ぬのは、御免だからね」


 ジン達は女将に再度感謝すると、彼女に無事の帰還を約束するのだった。



 夜が明けて翌日。この日もジン達は早朝から出発した。

 決して焦らず、しかし可能な限り早く行動するのが、この旅に出てからずっと変わらないジン達の行動方針だ。

 この山にいる魔獣は強力なものもいるが、数が多いというわけではない。ジンは『MAP』を使って魔獣の位置を確認しつつ、極力戦闘を避けて進み続けた。


「ふう、これでこの付近に魔獣はいないよ。休憩しようか」


 ジンは剥ぎ取りを終えた魔獣を背にして、アリア達にそう声をかけた。

 既にこの山に入って二日が経ち、早ければ今日の夕方にでも目的地に到着する距離まで近づいた。

 ジンは『無限収納』から出来合いのサンドイッチを取り出すと、野菜ジュースと共に各自に配った。そして自らもサンドイッチにかぶりつきながら、展開した『地図』のある一点を見つめる。

 そこに点滅する赤い光点は魔獣を表し、初めて確認した入山初日から現在まで、その点が移動する事はなかった。


「ジン、どうかしたか?」


 ジンの真剣な顔に気付いたエルザが、ジンにそう声を掛ける。

 ここに来るまでに数回の戦闘をしてきたが、どの場合でも危なげなく魔獣を倒す事が出来ている。その全てがCクラスの魔獣ではあるが、登山ペースを含めてここまでは順調といっても良い結果だ。

 そんな状況でジンが浮かべる厳しい表情は、油断しないようにと気を引き締めているにしても少し過大なものに感じられる。そこに自分達が知らない何らかの理由を感じ、こうしてエルザは尋ねたのだった。


「まずは食事を済ませてくれ。それから話すよ」


 そう言ってジンは残りのサンドイッチを口に押し込むと、野菜ジュースをあおった。


 そうして全員が食事を終えるのを待ち、ジンは『地図』を初めて皆にも見えるように展開した。それは丁度ジン達が、テーブルに置かれた『地図』を囲んで見ているような形だ。

 突然目の前に中に浮かぶ地図が出現し、驚きの声をあげる三人だったが、ジンはそれに構わず説明を始めた。


「これがこの近辺の地図になるが、ここが俺達の現在地で、ここが目的地になる」


 ジンは『地図』の上で光る二つの青い点を指差して説明したが、やはり平面では分かりにくい。ジンは三人が理解したのを見計らい、さらに地図を変化させる。

 平面から立体へ。そこにあるのは、まるで精巧に作られた山の模型だ。

 確かに分かりやすくはなったが、三人は驚きでそれどころではない。それは三人のスキルの概念を超えており、落ち着くには時間を必要とした。


「ちょ、ちょっと待ってください。少しだけ時間をください」


 さすがのアリアも動揺をすぐに抑えることが出来ず、慌ててジンを止める。そこでようやくジンも己の失態に気付いた。


「あ。すいません! ちょっと急ぎすぎました」


 ジンは考え事に集中するあまり、いかにして伝えるかばかりを考えてしまっていた。だから分かりやすいように『地図』を使ったのだが、その特殊性についてや、それが彼女達にどう見られるか等には考えが及んでいなかったのだ。

 それはジンが完全にアリア達三人を信用しているという事の裏返しでもあるのだが、だからといって彼女達に配慮しなくて良いというわけではない。


「(そりゃ驚くよな)」


 ジンは反省し、そのままアリア達が落ち着くのを待った。


「お待たせしました。もう大丈夫です」


 それからしばらくして、落ち着いた三人を代表してアリアが言った。アリアより長くジンと一緒にいて、いくらかはその規格外には慣れていたはずのエルザやレイチェルだったが、今回はアリアと同じくらい復帰に時間がかかった。

 それだけ今回ジンが見せた・・・『地図』が衝撃だったという事だ。三人は顔を見合わせると、軽く頷きあってお互いの意思を確認する。何故かそれだけで三人は、お互いが考えている事が同じである事が分かった。


 「「「(全てが終わったらお説教です)」」」


 念の為に言っておくと、これは三人がジンの為にしなければならないと考えているがゆえの判断だ。

 これまでとは違い、今回ジンが見せた『地図』は完全にスキルの範疇を超えている。それはアリア達は理解している事だが、ジンがその事を理解しているとは思えなかった。無論、ジンが此方を信用しているから見せたのも理解しているし、それはとても嬉しいことではある。しかし最近秘密を守るたがが外れている感のあるジンには、一度しっかりと釘を刺しておかなければならないと思ったのだ。

 これもまた、ある意味ジンの為であった。


 一方、ジンはアリア達の心を知るはずもなく、失敗したなと思いつつ今は話を進めることを優先した。

 後で謝ろうと思ってはいたが、時既に遅しといったところだ。


「すいません。では話を進めさせていただきますね。さっきも言いましたが、ここが目的地になります。ですがその為には、この比較的緩やかな崖を通るしか方法はありません」


 ジンはアリアと話すときは敬語なのだが、こうしてパーティ全体に話すときは普通の口調で話していた。

 しかし、何故か今は無意識に敬語を使っている。その事自体はもちろん、その理由にも気付かないまま、ジンは説明を続けた。


 ジンが指差す目的地は切り立った崖の上の広場になるが、そこに行く為に崖をロッククライミングするわけにもいかない。その反対側に道というほどしっかりしたものではないが、比較的登りやすい所は存在するのだが、その開始地点となるところに問題があった。

 この話をする前にジンが見つめていた、立体的な『地図』の上で点滅する赤い光点。


 それが示すのは、魔獣だ。


「此処にいる魔獣は、山に入って初日に気付いた時から現在まで一切移動していません。動かないのか、それとも動けないのかは分かりませんが、いずれにせよここを突破しない事には先に進めません」


 そこでジンは一旦言葉を切るが、此処で自分が敬語で喋っている事に気付いた。

 ジンは軽く咳払いをすると、口調を元に戻して問題の核心を話す。


「問題は、こいつが少なくともBクラス以上の魔獣であるという事なんだ」


 これまでは『地図』で位置を確認して避けてきたBクラスの魔獣だったが、丸二日経ってもその場所から動かない以上、今度の戦いは避けられないというのがジンの考えだ。


「エルザやレイチェルは以前戦ったマッドボア変異種を覚えていると思うが、あれが確かBクラス以上の強さを持っていたはずだ。あれから俺達は強くなったし、今はアリアさんも仲間にいる。今回の敵も決して勝てない敵ではないと思うが、俺達にとって格上の相手である事は間違いない。だからさっきは悩んでいたんだ」


 以前マッドボア変異種を倒す事が出来たのは、たまたま罠が上手くはまって運が良かったからだ。自分達のレベルも実力もBクラスに届かない以上、もし戦えば厳しいものになるだろう。だからジンは戦いという選択肢を選ぶ前に、他に戦わずして広場に到達できる方法はないか等を考えていたのだ。


「悩んでも仕方ないだろう。戦わないと進めないのならば、戦うまでだ」


 エルザが一瞬で決断する。


「ですね。ジンさんは私達の事を心配しているのでしょう? そのお気持ちは嬉しいですが、戦う以上は私達も命を張る覚悟は出来ています」


 レイチェルは微笑を浮かべたまま、そう言いきる。


「お二人のおっしゃるとおりですね。戦いを辞さない覚悟で臨む。その前提で話し合いをしましょう」


 最後はアリアがそうまとめ、皆でジンの答えを待った。


 ジンは僅かな沈黙のあと、おもむろに顔に手を当てて隠すと、肩を小刻みに震わせて笑う。


「くっ、ふふふふっ。あー、ほんとみんな良い女だよな」


 ジンはそうして短く笑い、本音をこぼす。と同時に、それに比べて自分は情けないなと、ジンは再び反省した。

 覚悟なんてとうの昔に決まっていると思っていたが、全然足りていなかったようだ。むしろ、女性陣の方が腹が据わっているではないか。

 言ってみれば、ここでジンは三人に惚れ直したという事だろう。それは色っぽい意味ではないが、同じくらい強く相手を尊敬する気持ちだ。


 そして反省したならば、後はそこを改善して進むだけだ。


「皆の言うとおりだな。戦う事前提で準備しよう」


 ジンはおもむろに顔に当てていた手を外すと、何処か吹っ切れた様子でそう言った。アリア達を見つめるジンのその顔は、いつも以上に力のある笑顔だ。


 こうしてジンは若干の動揺を残していた三人と共に、今後の対策を話し合ったのである。

次回は26日か27日になると思います。


直接の返信は出来ておらず大変恐縮ですが、宜しければご感想やご意見等もお待ちしております。


ありがとうございました。

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[一言] レベルさえ上げれば一人で複数人前の仕事量をこなす ↓ レベルさえ上げれば一人で複数人分の仕事量を熟す
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