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最初の一歩

 帰りを急いだおかげで、昼の三時過ぎにはギルドに着く事が出来た。

 ジン達は早速受付にて依頼の完了処理をお願いしようとしたが、そこにアリアの姿はなかった。


「こんにちは、サマンサさん。依頼の完了処理をお願いします。あと、アリアさんはお休みなのですか?」


 なのでジンはアリアの次に馴染みのあるサマンサに声を掛け、書類を提出する。


「こんにちは、ジンさん。ちょっと孤児院の方で手が足りなくてね。アリアは応援に行ってるのよ」


「え? どうかしたんですか?」


 ジンは初めて孤児院を訪ねた後も、アリアとバーク達の関係改善の報告などで二度ほど訪問している。子供達とも仲良くなっており、決して他人事ではない。


「ちょっと熱を出している子が増えてね。比較的暇なこの時間帯は向こうに手伝いに行ってるのよ」


 サマンサは完了処理をしつつ答えるが、心配そうではあるもののそこまで深刻そうではない。

 とは言え子供で熱が出るとなると、現在流行している原因不明の熱病の可能性が高い。あれは一日経てば熱は治まるという話だったが、人手が足りないほど多くの子供達が熱を出しているとなれば何か変化があったのかもしれないと、ジンは不安に駆られる。


 しかし現段階ではジンが出来ることはない。そんな状況を内心歯がゆく思いながらもサマンサの処理が完了するのを待ち、それが終わるとすぐさま残りの手続きを済ませてギルドを後にした。


 そしてギルドを出るとすぐにジンはエルザ達に相談した。


「何か嫌な感じがする。俺はビーンさんの所へ行って薬草を渡すついでに話を聞いて来ようと思ってるんだが、レイチェルはエルザと一緒に治療院で何か新しい情報がないか聞いてきてくれないか? 出来ればクラークさんに話を聞けたら良いんだが」


 ジンのその不安は、エルザ達も同様に感じているものだ。二人もすぐさまジンの提案に同意した。


「わかった。終わったら自宅でミーティングだな」


 エルザの言葉にジンは頷き、そこで一旦心を落ち着かせる。


「ふーっ。……うん、まだ悪い状況と決まったわけじゃない。落ち着こう」


 大きく息を吐き、そう自分に言い聞かせるようにジンは言った。


「エルザ達は帰ったら家の掃除を頼む。丸二日以上留守にしてたからね。俺も今晩の夕食の材料を買って帰るからさ」


 あせっても何もいい事は無い。こういう時こそ平常心だ。

 ジンの顔はさっきまでの深刻そうな顔とは違い、無理やりな感じはあるものの口元には笑みを浮かべている。


「了解」「それでは、また後で」


 そんなジンにエルザ達もならい、少しだけ笑みを浮かべて答えた。

 そして二人はそのまま神殿へ向かい、ジンもビーンの元へと急いだ。



「いらっしゃい、ジンさん」


「こんにちは、マギーさん。ビーンさんは中ですか?」


「ええ、どうぞ中へ入ってくださいな」


 ジンはビーンの薬屋に到着すると、店番をしていたマギーの許可を得て奥の作業場へと足を踏み入れた。

 作業場ではそこにいる全員が調合作業に追われていた。弟子達と一緒に大きな釜の前で作業していたビーンがジンに気付き、作業を弟子に任せてその場を離れた。


「ジンさん、よくいらしてくださいました。お願いしていた薬草はお持ちでしょうか?」


「こんにちは、ビーンさん。勿論持ってきました」


 開口一番に依頼の話とは、ビーンにしては珍しい事だ。やはり何かが起こっているのだろうとジンは思わざるを得ない。

 ジンは、事前にまとめておいた薬草が入った袋をビーンに渡す。


 通常はギルドを通しての依頼なのだが、今回はジンの方から申し出て個人間での依頼と言う事にしている。

 ギルドを通すと割高になるのは仕方の無い事だが、その分薬の価格が上がってしまうのも事実だ。今回は子供達の為に熱冷まし薬が大量に必要とされているので、親御さんが少しでも買いやすいように薬の価格を下げたいという考えからこのようにしたのだ。


「これほどたくさん集めていただけるとは、これで何とかなりそうです。本当に助かります」


 今回ジンが集めた薬草は、熱冷まし薬の材料に使われるものだけではない。外に出ていた期間も丸二日以上あった上、さらには村も三つ回ったので道中に点在していた薬草を相当数採取する事が出来た。結果ジン達は熱冷まし薬の材料だけ見ても、頼まれていた数の約二倍を採取している。

 元々の予定分だけでもかなりの数だったのに、それが二倍近くあってようやく目処が立ったと言わんばかりのビーンの態度は、やはり普通ではない。


「何かあったのですか?」


 ジンのその問い掛けに不安の色が混じるのも無理は無いだろう。そしてその問いに対するビーンの答えも、やはり良い内容ではなかった。


 ビーンが言うには、数日程前から原因不明の熱病にかかった子供達の様子に変化が見られるそうだ。具体的にはこれまで長くても一日しか続かなかった熱が、二日近く続く者が出てきている。しかも高熱が下がった後も微熱が続いており、今後もっと酷くなるのではと懸念されているのだ。

 もしこれが二日、三日と高熱で寝込む日数が増えれば増えるほど熱冷まし薬の需要は増える為、最悪を想定して今のうちに充分な数を揃えたかったというのがビーンの考えだった。


 ビーンはこの街に居る他の薬師や他の街にいる同門の仲間達に連絡を取って色々と相談しているのだが、まだその成果は出ていない。ただ、この病気は今の所このリエンツの街周辺だけに見られており、原因が恐らくこの街周辺の何処かにあるのは間違いないだろう。

 しかし今回〔MAP〕で検索しようにも、『病気の原因』では抽象的過ぎて不可能だった。せめて〔鑑定〕で病名だけでもはっきりさせなければと、改めて思うジンだった。




 ビーンとの話を終えた後、予定通り買い物を済ませてジンは自宅へと戻っていた。


「そうか、治療院でも原因はまだわかっていないんだね」


 ジンは夕食の準備をする前にレイチェル達とテーブルを囲み、お互いの情報交換をしていた。


「はい、お爺様も過去の文献等を調べているのですが、なにぶん高熱というのは良くある症状ですので該当するものも多く、絞り込めていないそうです」


 レイチェルは何処かもどかしそうにジンに話す。


 回復魔法には『診断』という中位の魔法があり、これを使うと体に異常があるところが光って術者に教えてくれる。これは一応レイチェルも使えるのだが、彼女が使っても今回の子供達は体全体が淡く光るだけでそれ以上のことがわからなかった。それはよりレベルが高いクラークでも同じで、ただ強いて言えばへその少し下あたりが少し強く光っているように感じられたそうだ。


「後はあれだな。子供といっても、6歳から12歳くらいまでの年代が多いようだな」


 エルザがお茶のおかわりを注ぎながら補足する。

 この病気が体力の無い乳幼児にまで蔓延しているようであれば最悪だったが、今のところそれは避けられているようだ。しかし4歳でこの病気にかかっているアイリスの存在も身近に有り、決して楽観できるような話ではない。


「6歳未満の子供でこの病気にかかっているのは何人くらいいるのかな?」


 現段階で一番危険なのは、そうした体力も低い幼児達だろう。


「確かアイリスちゃんと孤児院の4歳と5歳の子の三人だけだったと思います」


 レイチェルの言うその数は多いのか少ないのか。いずれにせよジンがする事は変わらない。


「ちょっと俺は明日、アイリス達を見舞ってくるよ。あと、今日は遅くまで何かごそごそするかもしれないけど、勘弁してね」


「ん? ああ、私は午前中は近場の薬草採取でもやるよ。今後の事を考えると多いに越した事はないからな」


 エルザは既に『採取』スキルを習得しているので一人でも充分だ。ジンの言い方に少し疑問を感じたが、エルザはそのまま自らの予定を話した。


「私は終日治療院の手伝いをするつもりですので、何かあったら治療院へご連絡ください」


 現状を考えると、レイチェルの選択はこれ以外ないだろう。こうしてジン達は明日の行動指針を決定した。


「よし、それじゃあ今日は体力をつけるためにも焼肉だ。たくさん食べて元気出して、俺達に出来る事を精一杯やろう!」


「ああ!」「はい!」


 先が見えない現状だからこそ、せめて気持ちだけでも元気を出す事が大事だ。

 三人はジン特製のニンニクたっぷりの焼肉ソースで肉や野菜をたらふく食べ、その後は各自風呂で汗を流した。そして明日に備えてエルザとレイチェルは早めに就寝したが、ジンは深夜遅くまで起きて〔鑑定〕のスキル上げに励むのだった。



 次の日の朝、ジンはレベルアップ時特有の空腹感を手早く作った朝食で満たした。昨日半ば無理やり詰め込んだ夕食もあって、いつもより量は少なめで済んだ。

 そして朝食後に別行動をとるエルザ達と別れ、ジンは昨日とうとう上げる事が出来なかった〔鑑定〕のスキル上げに再度励む事にした。


 朝市で名前を知らない野菜や調味料等を対象に、手当たり次第に〔鑑定〕を使いまくるジン。切れたMPは自然回復を待たず、時間短縮のために回復薬で満たす。その回復薬は市販のMP回復薬だけを使い、チュートリアル報酬のポーションを使って複製したものは使用していない。


 この複製ポーションについては以前のマッドボア変異種との戦いで判明した、ゲーム時代のチュートリアル報酬であるHP回復ポーションとMP回復ポーションが使っても時間経過で再充填される事を利用したものだ。

 後にそのサイクルは10日程だと判明したのだが、ジンは中身だけを別のビンに移してポーションを複製している。もちろん複製されたのは中身だけで、再充填が可能なのもこの世界に来たときに所持していたHP回復が5本とMP回復が3本だけだ。

 複製されたポーションの効果が変わらないのも確認済みで、現在ジンは複製されたHP回復ポーションを19本にMP回復ポーションは11本を所持している。


 ただ、その回復量はHPとMP共に20と固定なので、特に200を超えたHPに関しては20%回復する市販の回復薬(小)の方が回復量は多い。また、今日のレベルアップでジンのMPの最大値は100となったのでMPにおいてもその効果は変わらず、今後のレベルアップを考えるとその差は開くばかりだ。

 しかしそれならそれで使い道もある。そう考えたジンはポーションの複製を行っているのだ。


 そうして市販のMP回復ポーションを使い切り、さらに複製MP回復ポーションを1本消費したところでようやくジンの〔鑑定〕レベルが5にあがった。


「ふう。よし、アイリスのところへ行こう」


 ようやくスキルレベルが上がって一息ついたジンは、お見舞いの果物と絵本を購入してアイリスの元へ向かうことにした。




 数十分後、アイリスが心配で様子を見に帰ったオルトと共に、ジンはアイリスの部屋に居た。数日前にまた発熱したアイリスは、今も微熱が続いているのでベッドで安静にしている状態だ。


「あ、おにいちゃん」


 ジンに気付いたアイリスが、ベッドに寝たまま嬉しそうに笑う。しかし微熱とは言え、小さな体に負担は大きいのだろう。やはりアイリスにいつものような元気は無い。


「こんにちは、アイリス。お見舞いに来たよ」


 ジンはアイリスのベッドの枕元に跪くと、お見舞いに持ってきた絵本を見せた。


「ありがとう、おにいちゃん。ひまだったからうれしい」


「うん、後で読んであげるね」


 そう言いつつジンはアイリスの頭を軽く撫でる。そしてアイリスに一つのお願いをした。


「ねえ、アイリス。今からお兄ちゃんはアイリスが熱を出したのは何故かを調べようと思っているんだ。そこでアイリスにお願いなんだけど、俺に『何でも見ていいよー』、『何でも教えちゃうよー』って思ってくれる? 心の中で思うだけでいいんだ」


 ジンはアイリスの頭を撫でながら、優しく微笑みかける。


 ジンはしばらく前に治療院に来ていた子供に〔鑑定〕を使った事があるが、病名は勿論の事その他にも分からない項目がいくつもあった。その時は〔鑑定〕レベルが低いからだと判断したのだが、後日それだけでは無いのではないかと思い始めた。

 〔鑑定〕で詳しい情報が調べられないのは、対象が物体とは違って意志がある人間だからではないかと。その無意識の抵抗が〔鑑定〕による情報開示を拒むのではないかと。

 だからジンは〔鑑定〕レベルを上げた事に加えて、自分と親しいアイリスに心を開いてくれるようお願いしているのだ。

 それは何よりアイリス達の為に、その病気の詳細をはっきりさせるためにだ。


「ふふふっ。いいよー」


 何かの遊びと思ったのか、アイリスが楽しそうに了解した。


「ありがとう。それじゃあ目をつぶって。そして何でも見せちゃうよと心の中で思って?」


 ジンの言うとおり目を瞑るアイリス。そこにいるのはジンとアイリスだけでは無い。オルトとイリスいう第三者も見守る中、ジンは精神を集中して呟いた。


「じゃあいくよ。〔鑑定〕」


 そしてアイリスの信頼の元、全MPを消費してレベル5の〔鑑定〕を行った結果、これまで『???』としか表示されなかったそこに初めて『魔力熱(魔力過多症)』の文字が表れた。

 ようやく、アリアを初めとした子供達を苦しめている病の正体が暴かれた瞬間だった。


「ありがとう。アイリスのおかげでちゃんと分かったよ」


「ほんとう、よかったー」


 何も分からないであろうが、褒められてアイリスは嬉しそうに笑う。


 この笑顔を守るために、そして皆の笑顔を守る為に、自分の持つ全てを使って守り抜く。

 ジンはその覚悟をとうの昔に決めている。オルト達の前で〔鑑定〕を使ったのもその現れだ。


 ジンは優しくアイリスに語りかける。


「ねえ、アイリス。お兄ちゃんはこの後探し物や調べ物で忙しくなって、もしかするとしばらくアイリスに会いに来れなくなっちゃうかもしれない。でもちゃんとアイリスの病気を治す方法を探してまた会いに来るから、しばらく我慢できるかな?」


「うーん。……わかった。アイリスがまんする」


 その顔に寂しさや不満はあったが、最後にはアイリスはその感情を抑えて了承した。


「ありがとう、アイリス。それじゃあちゃんと戻ってくるって約束するよ。指切りしようか?」


「うん」


 ジンは前回の食事の約束に続き、二度目の指切りをアイリスと交わす。


「「ゆびきりげんまん、うそついたらだめ、だ~めよ。ゆびきった!」」 


 そうしてジンはアイリスに誓った。


 その後ジンはアイリスに絵本を読んで聞かせ、そのままアイリスが眠ったのを確認してオルト達と共にアイリスの部屋を出た。


「オルトさん。今後アイリスがどうしても辛そうな時は、このポーションを1/5程度飲ませてあげてください。それで一定量の体力は回復しますので、アイリスが飲めば体力がほぼ全快します」


 部屋を出てすぐに、ジンはそう言ってオルトに複製したHP回復ポーションを3本渡した。


 使う複製ポーションの量にHP回復量が比例するのは、既に自分で確認済みだ。アイリスの現在の最大HPは6なので1/5飲んだらHPは4回復するのでほぼ全快となり、これで高熱で体力が奪われ尽くすという最悪の可能性も回避できる。一応念のためではあるが、小さな子供ゆえに用心しすぎるという事はないだろうとジンは判断したのだ。


 しかし魔法ならともかく、割合で体力を回復する薬はあっても、ジンの言うようなHPを一定量回復するような薬は存在しない。少なくともオルト達はそんな薬の存在など聞いた事がなかった。


「ジンさん、貴方は一体……」


 アイリスとのやり取りだけでなく、このポーションについてもオルトが疑問に思うのももっともだ、しかし最後まで言わないのはオルトの信頼の表れとも言えるだろう。


「オルトさん、イリスさん。私は必ずアイリスの病気を治す方法を探します。それまでアイリスと一緒に頑張ってください」


 ジンは二人を真剣な顔で見詰めて気持ちを伝え、すぐにオルト達は何もかもを全てを飲み込んでジンに深く頭を下げる。


「「宜しくお願いします」」


 ジンにその信頼を裏切るつもりなど微塵も無い。

こういう話なので次回は7日迄には何とかお届けしたいと考えております。


それでは次回も宜しくお願いします。

ありがとうございました。

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