孤児院とアリアの想い
ペンネームを古河正次に変更しました。
ジン達が共同生活を始めて数日が経った。
エルザ達の親族への挨拶も済み、グレッグやガンツ等の親しい人達の多くにも共同生活の事は報告済みだ。また、きちんとルールを定めているおかげか、初めての共同生活は特にトラブルもなく上手くいっている。
その決めたルールの一つとして、パーティとして活動する場合は勿論、個人行動の時も基本的には朝夕は三人一緒に食事をとるというものがある。食事は全てジンが責任を持って作っており、栄養バランス等も考えてメニューを考えている。
ジンが糖尿病だった頃はカロリー計算だけではなく、たんぱく質や糖質に脂質などの総合的な栄養バランスを考えた食事をしなければならなかったのだ。独り身だったジンにとっては、ある意味悲しいことに慣れた作業だ。まだまだこの世界の食材や調味料の把握も出来ていないのでレパートリーは少ないが、味の方も概ね二人には好評だ。こうして自分の作ったものを誰かが喜んで食べてくれるというのは、ジンにとっても思いのほか嬉しいものだ。
半ばなし崩し的に始まったこの共同生活だが、何だかんだでこの共同生活を楽しみ始めているジンであった。
そして今日もジンが作った朝食を三人一緒に食べ終えたところで、食後のお茶が入ったカップを手にジンが言った。
「昨日言ってたように、今日は夕方から用事があるので夕食を一緒にとる事が出来ないんだ。二人の夕食は作り置きしておいても良いけど、どうする?」
そう言ってジンはお茶を口にする。
「それじゃあ今晩は外食でもするか。レイチェル、以前私とジンが世話になっていた宿は上手い飯を出してくれるぞ。いかないか?」
「わあ、良いですね。行ってみたいです」
エルザの誘いにレイチェルも乗り、こうして二人の今晩の食事先が決まった。
このように何らかの用事で一緒に食事が出来なかったり遅れる場合などは、事前に全員に言っておくのもルールの一つだ。当たり前といえば当たり前の話だが、以前の意思疎通不足の反省もあり、こういう細かい所からきちんとするようにしているのだ。
この他にもお風呂やトイレを使用する際には必ず『使用中』の札を表示するとか、一人で集中したい時には部屋に『集中しています』の札を表示し、その際は部屋への訪問はしないなどの細かいルールもある。それらの多くは、共同生活で一番大事な各々のプライバシーを確保する為だ。
こうした男女間のシェアハウスは西洋では珍しくもないが、日本ではあまり一般的ではない。ジンもTVなどでその存在は知っていたが、残念ながら詳しい話は聞いてなかった。だからジンはグレッグを始めとした男の知り合いに相談し、彼らの経験談や共同生活においての注意点等を聞き取りしてルールに反映させたのだ。また同時にパーティメンバーの同居が普通である事実や、安全性確保や連携強化等といった、何故同居が普通であるかの理由も聞いた。だから今では、ジンは共同生活をして良かったとさえ考えている。
そしてその後三人はしばらくお茶をしながら談笑した後、それぞれの予定通りに個人行動を開始した。
午前中はビーンの元で調合修行に精を出し、昼食後にジンが向かったのはアリアやバーク達が過ごしたという孤児院だ。
何故ジンは孤児院を訪ねようとしているのか、その理由は二つある。一つはアリアやバーク達が過ごしたと言う孤児院を見ておきたかったという理由。これはジンが考えているある事を実現させる為に必要だと思ったからだ。そしてもう一つの理由は、同じ冒険者として志半ばで倒れた仲間達の遺児が暮らす場所を見ておくべきだと思ったからだ。
先日アリアから孤児院の場所を聞き、〔MAP〕にマーキングしたその場所へと向かうジン。ほどなくして孤児院へと到着した。
そこは大きな二階建ての建物で、開け放たれた扉の向こうにはたくさんのテーブルと椅子が見える。建物の前はちょっとした広場になっており、小学生くらい迄の様々な年代の子供達が楽しそうに遊んでいる。そして恐らくは職員であろう中年女性が、少し離れて子供達を見守っていた。
特にアポイントをとっているという訳でもないのでジンは孤児院の外からその様子を眺めていたが、ふと誰かの視線を感じた。視線の方を見ると、子供達を見ていた中年女性がジンを手招きしていた。
自分の他にそれらしき人はいない為、ジンは呼ばれるままに孤児院の敷地をまたぎ、その女性の元へと向かった。
「こんにちは。お呼びでしたでしょうか?」
ジンが話しかけた女性は、近くで見るともう少し年齢が上である事がわかる。彼女はにこやかな顔でジンを見つめていた。
「ええ、あなたがあそこから眺めてらっしゃったから、何かご用事でもあるのかなと思って」
穏やかで、どことなく上品さを感じさせる喋り方だ。
「はい。用事と言うほどでは有りませんが、友人がこの孤児院の出身なのでどんな所かを知っておきたかったので参りました」
ジンも自然と居住まいを正して話していた。
「あら、どの子の事でしょう?」
「アリアさんや、バークさん達です」
ジンの答えを聞いて彼女はすぐに納得がいったようだ。個人個人ならばともかく、その名前の組み合わせなら答えは一つしかない。
「なるほど、ヒースの事でいらしたのね」
「ヒース?」
ジンには聞き覚えの無い名前だ。
「アリア達が仲良くしてた男の子の事よ」
ジンはそう言われて初めて分かった。アリアの年少の友人で、バーク達のパーティメンバーであった彼の名前だ。
「はい。余計なお世話である事は承知しているのですが、すれ違ったままのアリアさん達を何とか出来ないかと思いまして」
躊躇無く本心を語るジン。別に隠す必要も無いし、感覚でこの女性を信用したのだ。
「そう、私はヒルダと言うの。貴方のお名前は?」
「申し遅れました。冒険者をやっております、ジンと申します」
やや唐突な自己紹介だったが、慌てずジンも返す。そしてヒルダは笑みを深くして、大きく頷いた。
「ありがとう、ジンさん。あの子達を宜しくお願いします」
ヒルダは笑顔の後、頭を下げた。そしてジンに全面的に協力する事を約束したのだった。
そしてその後はアリア達の孤児院での暮らしやヒースとアリアの関係性等、様々な事をヒルダはジンに話して聞かせた。ヒルダはバーク達が子供だった頃より前から此処に勤めており、彼女を慕って孤児院を訪れる者も多い。だからヒースの死を発端としたアリア達の関係を誰よりもよく知っており、時にはアリア達の相談に乗る事もあったそうだ。ただ、これまではヒルダの助言も効果は薄く、関係に変化は見られなかった。その事でヒルダも心を痛めていたのだ。
ところが先日アリアが孤児院を訪れた際は、何かこれまでとは違う変化を感じられた。ゆっくり話をする時間はなかったが、今ならもしかして大丈夫なのではとヒルダは感じていたところだった。
そしてそこにジンが現れ、そこにアリアの変化の要因を感じた彼女も直感的にジンを信用したのだ。
そうしてヒルダとの様々な話を通して、ジンはアリアもバーク達との関係修復を望んでいると確信した。
「ありがとうございます。おかげでアリアさん達を会わせる決心がつきました」
そう言ってジンはヒルダに頭を下げる。
「いえ、こちらこそお役に立てたのなら嬉しいわ。どうか、あの子達の事をお願いね」
「はい!」
ヒルダの願いに力強く返事をするジンだった。そうして思っていた以上の収穫を得たジンだったが、ズボンを引っ張る子供の存在に気付いた。
「こんにちは。お話終わった? お兄ちゃんはアリアお姉ちゃんのお友達なの?」
そう話しかけてきたのは、小学校低学年くらいの女の子だ。どうやらヒルダとジンの会話にアリアの名前が出たのを聞いて、二人の話が終わるまで待っていたらしい。その律儀さを微笑ましく思ったジンは、しゃがんで姿勢を低くして彼女の質問に答えた。
「こんにちは。うん、アリアお姉ちゃんの友達のジンだよ」
「私ミント! ねえ、アリアお姉ちゃんは次いつ来るかな? お話したいのにいつもすぐにいなくなっちゃうの」
ジンが詳しくミントの話を聞くと、アリアは孤児院に来てもいつもお菓子を職員に渡すとすぐに帰ってしまうらしい。ただ、一度だけ泣いてたミントを慰めてくれたらしく、その時にミントはアリアの事が大好きになったそうだ。その時もあまり長くは話せなかった事もあり、また遊んで欲しいという希望のようだ。
「アリアお姉ちゃんみたいなカッコいい大人になりたいの」
そう目を輝かせて話すミントにジンは微笑み、アリアにちゃんと伝えておく事を約束した。
その後ミントや他の集まってきた子供達に誘われ、ジンはヒルダに見守られつつ子供達と遊んだ。
はしゃぎすぎて転んで怪我をした子供達には〔ウォータ〕で傷口の泥を洗い流し、手持ちの清潔なタオルで軽く拭いた後に〔ウィンド〕と〔ファイア〕の合わせ技で温風を送って乾かした。
「怪我したところに土や泥なんかをつけちゃ駄目だよ? 病気になっちゃうかもしれないからね」
ジンが気にしているのは破傷風だ。ジンのおぼろげな記憶では、確か土中に含まれる細菌が傷口から入り込む事でおこる病気だったはずだ。アルコールは良い菌も悪い菌も一緒くたに殺してしまうので、こうした小さな怪我には向かない事も多い。ジンは悪い菌だけを殺す『消毒』のような魔法がないものかと考えつつ、他にも怪我をしたまま泥だらけでほったらかしだった子供達の手当てをした。
そしてその後ジンはあまり走り回らずに済む『だるまさんが転んだ』を皆に教え、一緒になって楽しく遊んだ。
「「お兄ちゃん、さよなら。また来てね」」
そして数時間後、ジンは子供達やヒルダに見送られて孤児院を去った。夕方頃になると、商店などに下働きに出ていた年長組が帰って来るらしい。ジンはその子達の分もと、〔道具袋〕に買い置きしていた焼き菓子をヒルダに渡している。
図らずも今日は午後から休日となってしまったが、ジンはリフレッシュした気分だった。
その後ジンは一旦家に戻って風呂に入り、汗や泥を流した後に着替えて再び家を出た。
風呂は〔ウォータ〕と〔ファイア〕の合わせ技で沸かし、風呂を出た後に再度温度を高めにして湯を張りなおしている。勿論その旨を伝言板に書き残しておくのも忘れない。
伝言板とは言ってみれば黒板の小型版のようなものだ。壁に掛けられたそれに、何か伝達事項が有る場合には書くようにしているのだ。
そしてジンは約束の10分前には待ち合わせの場所に到着した。そのまま少し待つと、待ち人が現れた。
「お待たせしました、ジンさん」
「いえ、私も今来たところですよ、アリアさん」
そう、待ち人とはアリアの事で、今日は約束していた食事の日なのだ。
今回ジンが食事の場所として選んだのは、ギルドから少し離れたレストランだ。食事をメインとしたここなら他の冒険者に見つかる事もなく、アリアに気まずい思いをさせる事もないだろうというジンの判断だ。あまり高い店ではないが、結果として酒場を選ばなかったジンの判断は間違っていなかった。
「「乾杯」」
そう言ってジンとアリアはグラスを掲げる。この店は比較的庶民的なレストランで、ジン達や他の客の格好もラフなものだ。ジンはいつもの格好に鎧等が無い状態なだけで、アリアも先日見た休日の格好と変わらないようにジンには見える。無論アリアも気張って見られない程度にお洒落をしているのだが、朴念仁なところがあるジンに気付けと言う方が無理がある。だがそんな鈍いジンであっても、普段着のアリアを意識してそれなりの緊張をしていたのは事実だ。
こうして総合的には悪くない雰囲気で、二人はゆったりと食事と会話を楽しんだ。
「ところでアリアさん、今日私は孤児院に行ってヒルダさんやミントちゃん達に会って来ました」
メインの食事が終わり、酒が入ったグラスを傾けながらジンは今日の出来事を話し始めた。
ミントがアリアに憧れている事や自分が子供達と一緒に遊んだ事。ヒルダから聞いたアリアの小さな頃の話や、ヒースやバークの事。そしてヒースの死にまつわるアリアの過去の話等、軽い話から徐々に真剣な話へとシフトしていった。
本人から聞いたわけでもない話をアリアにする事に迷いはあったが、この話をしないと始まらないと、ジンは思い切って言った。
「私の勝手な想いですが、私はアリアさんを大切な友人だと思っています。そしてバークさん達もそうです。そんな貴方達が悲しいままでは私も辛いのです。これは私の勝手な感情ですが、出来たらアリアさん達にはまた笑って欲しいのです」
ジンはこの感情がある意味では自分のエゴであると自覚していた。しかし、アリアとバーク夫婦に知り合った以上、どうしても何かせずにはいられなかったのだ。
それは長い人生を生きてきた者としての老婆心的な感情だけでなく、同じ時を生きる友人としてのものが大きかった。
アリアはジンの話を黙って最後まで聞き、そして重い口を開いた。
「勝手ではありません。ジンさん、ありがとうございます」
そう言ってアリアは頭を下げ、そして自分の口から過去を話し始めた。
9歳の時に冒険者だった両親と死別し、孤児院に入ったアリアは孤立していた。両親の死後、自分の感情が上手く表に出せなくなっていた為だ。そして両親が残した魔道書を一人で読みふける日々が続いていた頃、同じく両親と死別したヒースが孤児院にやってきた。一つ年下の彼も本が好きで、自然と姉弟のように仲良くなった。
屈託なく笑う彼の存在に救われたと、懐かしむようにアリアは言った。
そうしてアリアは13歳になると、冒険者としての活動を始めた。通常は冒険者になる為に必要なスキルを身に付けるのに時間がかかり、早くても16歳で成人してからが普通だ。そう考えるとかなり早いスタートだが、アリア本人の才能と日々の努力で身に付けた魔法スキルの存在がそれを後押しした。勿論グレッグ達大人もアリアの事を気にかけ、基本的に成人するまでは同伴なしの討伐依頼は禁止だと制限をかけた。アリアは大人たちの指示に従い、討伐依頼ではなく採取依頼や訓練等を主にして着実に経験を重ねた。そして16歳になって成人した頃には既にDランクに達しており、制限も無くなったその後は着実にレベルも上げていった。
ただ、既に習い性となった無表情のせいか一つのパーティに落ち着く事は出来ず、アリアは自然とソロで動く事が多かった。そしてアリアがCランクの試験を受けたのは17歳になる前だ。その時はバーク達のパーティの世話になり、Cランク昇格後は再びソロに戻った。そして少し遅れて16歳となったヒースが冒険者となり、バークが彼の面倒を見るようになった。たまに会うヒースは少し生意気になり、でもアリアにとっては可愛い弟だった。
「(恐らくは彼は弟から抜け出したかったのだろうな)」
アリアの話を聞きつつ、少し生意気になったという所でジンはそう推測した。
そしてその後はヒースの死とアリアの嘆き、グレッグの配慮とギルド職員としての新しい生活。そして止まったままのバーク達との関係と、それらはジンも知っているとおりだ。
全てを語り終えたアリアは、どこかスッキリとした顔をしていた。
「話してくれてありがとうございます」
バーク達との関係を修復するだけなら、そこまで詳しく過去を語る必要はない。後はこれから行う予定のジンの提案に乗るかどうかだけの話だ。
しかしあえて自分の過去や想いを語ってくれたアリアに、ジンは感謝していた。
「いえ、最近ようやく昔の事を落ち着いて思い出せるようになりました」
そう言ってアリアは笑みを浮かべ、ジンと出会ってからの事を思い出す。
思えば何故最初からジンが気になっていたのか、それは素直なジンの反応や態度がどこかヒースを思い出させたからかもしれない。最初はそんな小さな切っ掛けだったが、どんどんジンから目が離せなくなっていった。
そして最初にジンを男性として意識し始めている事を自覚したのは、名前を聞かれた時だ。あの時は上手く感情が整理できていなかったが、今考えればそうだったのだろう。
ジンと上手く話せなくて落ち込む事もあったが、初めて「行ってらっしゃい」を言えた時は嬉しかった。マッドアントとの戦いについて聞いた時は、心配で胸が張り裂けそうだった。ただの習慣だった自主訓練が、違う意味を持ち始めたのはこの頃からだろう。
ガンツの悪戯ではあったが、ジンから赤いローゼンの花を貰った時も嬉しかった。からかわれた怒りはあったが、お礼にガンツへの仕返しはかなり控えめにしておいた。それにガンツからの悪戯も久しぶりだった。ジンを使って悪戯を仕掛けたという事は、ガンツも何らかの変化を感じたのだろう。
そしてガンツに限らず、今まで周囲の人達に心配をかけていたのだろうと思い、それらの気遣いに感謝した。
ジンと出会ってから、段々と世界が色づいてきた。色々とやきもきする事もあったが、それもまた楽しかった。サマンサに言われるまでもなく、自分はジンの事が好きなのだろう。肝心のジンはまだ誰にも恋していないように見えるが、これからも彼の周囲には男女を問わず魅力的な人が集まるだろう。
その立場が恋人かどうかは別にしても、いつかは自分もエルザやレイチェルの様にジンの隣に立ちたいとアリアは思っているのだ。
「ジンさん、ありがとうございます。そしてこれからも宜しくお願いします」
アリアは色々な思いを込めて、ジンに伝えた。
「もちろんです。此方こそこれからも宜しくお願いします」
そしてジンもアリアと同じく、満面の笑みで答えるのだった。
いつも読んでいただきありがとうございます。
前回は色々なご意見をいただきました。気になられる方は、宜しければ活動報告をご参照ください。
次回は26日の更新予定です。
以上、ありがとうございました。