鎧の完成と、新しい依頼
前回は色々なご意見をいただきありがとうございました。
悩みましたが、今回このような形で投稿させていただきました。
どうぞ宜しくお願いします。
「うん。良い出来だな」
満足げに言うガンツの視線の先には、マッドアントクイーンの軽鎧を身に付けたジンの姿がある。
その軽鎧は濃い茶色の革をベースに、大きさも形も様々な艶消しの黒い装甲が覆っている形だ。頭の兜から足元の脛当てまで、それら同じ仕様で統一された防具をジンが身に纏っている。そのジンの姿は、一つの機能美といったものを感じさせる程だ。
当然の事だが、ジンは満面の笑顔だ。屈伸したり肩を回したりと、嬉しさをかみ締めながら装着具合を確かめている。
「ジンさん、かっこいいです」
「うむ、確かに大したものだ」
目を輝かせながらジンを見つめるレイチェルと、どちらかというと軽鎧の方に目を奪われているエルザが、それぞれ感嘆の声をあげる。
「ははっ、ありがとう。ガンツさん、本当にありがとうございます!素晴らしいです」
これが普段のジンなら照れるところであるが、最高に気分の良い今は別だ。
ジンは女性陣の反応に笑顔で答え、さらに素晴らしい防具を仕上げてくれたガンツにも礼を言った。
この軽鎧は裏打ちにマッドブルの革を使い、それをマッドアントクイーンの甲殻を加工した装甲板が覆っている。その装甲板も大小様々なパーツに分かれ、防御性能と柔軟性を両立させている。動きの少ない胸部等は大きな装甲板を使い、腹部等の動きが大きい部分は比較的柔らかい革と細かく分かれた装甲板を使う事で、より柔軟性のある動きを可能としている。どちらかと言えば防御力よりも動きやすさを重視した鎧だ。
とは言え使用している素材が軽くて硬いマッドアントクイーンの甲殻という事もあり、軽鎧でありながらその防御力は極めて高い。今回頭部、胴体部、腰周り、腕、脛の各パーツが、マッドアントクイーンの素材製で新しくなっている。
「左腕の小手は装甲を厚くして緩衝材も入れているから、ちょっとした盾代わりになるはずだ」
これは以前ガンツがジンに提案して時間を貰うといっていた部分の話だ。本来ガンツはジンが盾を装備したままでも両手持ちで木剣をスムーズに使えるようと、左腕にスライドする小型の盾を仕込むつもりだった。盾を使う時は上にスライドして手の甲まで覆う様にして使い、武器を両手持ちする時は逆に下にスライドして元の位置に戻す事で手首を自由にする。切り替えや着脱は手首の返し等で可能になるようにギミックを仕込めば、それは木剣をメイン武器に考えていたジンにとっては最適のものになるはずだった。
しかしその後すぐに、ジンは攻撃よりも守る事を強く意識するようになった。自分の傷つかない体という特性や今後のパーティ戦闘での役割を考えた時に、むしろ防御を優先した大型の盾を使用する事を考えるようになったのだ。そこでジンはすぐに戦闘スタイルの変更をガンツに相談し、そこでスモールシールド用のギミックは取り止めとなったのだ。
すぐに相談したのでガンツに迷惑こそ掛ける事は無かったが、ジンはせっかくの厚意を無にすることになってしまったと気にした。しかしそんなジンの心配を余所に、ガンツは逆によくぞ相談してくれたと快く受け入れた。さらに最悪の場合の備えとして、小手の強化を提案したのだ。ジンが深く頭を下げて感謝したのは言うまでも無い。
「あー、ほんと最高です!ありがとうございます」
ジンは少しはしゃいだ様子で、目の前に掲げた左手の手首を返したり捻ったりして防具の具合を確かめている。両腕の小手はどちらも肘から手の甲までを保護しているのは同じだが、左手の装甲の方が少しだけサイズが大きくて厚みがある。さすがに普通の盾の様にはいかないだろうが、魔獣の牙や爪であれば充分防ぐ事は可能だろう。また、手の甲の部分はパーツとしては独立しているので手首の動きが制限される事は無く、武器や盾の取り回しも自由自在だ。ジンはこの小手の出来も含め、軽鎧全ての仕上がりに大満足だった。
これまでも何度もガンツの元に通って微調整をしていたが、やはり完成品を装備する喜びは格別だ。ジンの顔はニヤニヤしっぱなしで、さっきからずっと笑顔が止まらない状態だ。
「わはは、喜んでもらえて何よりだ。残った素材は二人の方に使って良いんだよな?」
「はい。二人とも心臓を守る胸甲を基本として、残りは前衛であるエルザの方を優先して使ってください」
満足そうに笑うガンツの確認に、ジンも笑顔のままで答える。
ガンツからは残りのマッドアントクイーンの甲殻で大盾を作ってはどうかという提案もあったが、それよりはエルザ達のマッドボア変異種の革鎧を強化する方に使うようにしたのだ。特に前衛であるエルザは攻撃をその身に受ける機会も多いと予想されるので、いくら変異種の革製の鎧と言えども強化しておくに越した事は無いという判断だ。
「しかし、これは私達の鎧も完成するのが楽しみだ」
エルザが笑顔でそう言い、レイチェルも笑顔で頷く。
三人で変異種を倒したあの日、一人頭おおよそ大金貨2枚の報酬を得たジン達は、その日の内にガンツの下を訪れた。そしてガンツに変異種の皮を渡し、二人の防具の作成を依頼したのだ。レイチェルはもちろん、エルザもオーダーメイドは初めてだ。こうしてジンの軽鎧の出来の良さを目の当たりにすると、当然二人の期待も高まるというものだ。
「くくく、やっぱこれが職人の醍醐味だよな。まあ、任せとけ」
ガンツも期待されて悪い気がするはずも無い。頼もしい返事だ。
そしてエルザ達の防具作成依頼も済み、防具に関してはこれで一先ず安心したジンは別の相談をガンツに持ちかける。
「ガンツさん。こないだある商会で黒鉄製やミスリル製の武器を見たのですが、ガンツさんの所では扱わないのですか?」
ジンが相談したかったのは武器の件だ。変異種との戦いで鋼鉄製の武器では刃が通らなかった事実に、ジンは武器のレベルアップの必要性を感じていたのだ。
「俺の店には初級冒険者向けしか置いてないからな。鉱石や素材の持込があれば今回みたいにオーダーで作るが、そうでなければ滅多に扱わないな」
冒険者の引退を機に正式に武器防具の店を始めたガンツは、基本的にF~Dランクの初級冒険者向けに店を経営している。何故なら比較的材料が入手しやすい鉄や鋼鉄の武器を交易で入手すると、運送費の分どうしても割高になってしまう。そうなった場合は、価格的に初心者には優しくなくなってしまうのだ。だが、ガンツがこのランクの武器を自ら作って売る事で、高品質な武器が初心者でも買える値段になるのだ。新人の頃に苦労した経験を持つガンツは、だからあえて初級冒険者向けの店にしているのだ。
「そうですか。どうせならガンツさんのところで揃えたかったんですが、残念です」
材料を持ち込もうにも、鉱山に掘りに行くわけにもいかない。ジンは顔を暗くする。
「まあ、出来ない事もないがな」
「え?!」
だから、ジンはガンツの返事を聞いて驚いた。
「伝があるから黒鉄なら材料を入手する事は出来る。だから一応俺が作ることは可能だな」
元より丈夫な黒鉄製の武器の方が、ミスリル製のものよりジンの好みだ。
ガンツの言葉に表情が明るくなるジン。だがガンツは釘を刺すように言う。
「ただ最低でも二~三週間は見てもらわんといかんし、多分その店で売っている値段より高くなるぞ? オーダーメイドになる分品質は保証するが、時間も金もかかるのは事実だ。まあ黒鉄製の槍なら大金貨2枚まではしないだろうがな」
「是非お願いします!」
間髪いれずにジンは言った。幸い報奨金があるので、お金は大丈夫だ。ジンの勢いに今度は逆にガンツが驚く。
「それで槍の穂先を剣の様にして欲しいんです」
ジンがイメージしているのは、両刃にした薙刀だ。これまでの槍は貫く事を主とした造りで、斬る性能は低かったのがジンにとっての不満点だった。オーダーメイドなら自分好みの武器に出来るので、それはジンにとって望むところだったのだ。
この世界では西洋で言うグレイブ、日本で言うところの薙刀の様な、剣や槍等の機能を複数併せ持つ武器は一般的ではない。これは複合的な武器を効果的に扱うには、それら複数のスキルを所持する事が必要となるからであろう。当然ジンの注文するような形の武器は、一般の店頭に並ぶような品ではない。もし欲しいのならばオーダーメイドするしかないのだ。
「面白いな。それはこんな感じか……」
「ええ。そしてこれが……」
珍しい仕様に鍛冶屋魂に火がついたガンツと、大好きな武器の話で目を輝かせているジンは、そのまま二人で武器の話に熱中する。存在を忘れられ、苦笑しながら見つめるエルザとレイチェルには気付いていない。
「何かこういうところを見ると逆にホッとするな」
本来こういうシチュエーションならば、エルザ達は不機嫌になったり怒ったりしても良いはずだ。しかしいつもの落ち着いた感じとは違うジンのどこか子供っぽい様子に、エルザは何故か安心感を覚えてしまうのだ。
「ふふふ、何か可愛いですね」
レイチェルもこんなジンを見るのは初めてで新鮮だ。今でこそ違うとは言え、以前ジンに崇拝に近い感情を持っていたこともあるレイチェルにとっては、逆にぐっと身近に感じる程だ。レイチェルにとってジンが同い年である事を初めて意識した瞬間かもしれない。
しかし二人がこう好意的に思えるのも、二人の根底にジンに対する好意があるからこそだろう。
「……よし、じゃあこうなったジンは放っておいて、私達も何処か買い物にでも行くか」
「良いですね、その後にでも美味しいお菓子のお店にでも行きませんか? この間治療院に来られた方から聞いたんですよ」
「ふふっ。たまにはそういうのもいいな。じゃあ行くか」
「はい」
そして二人は笑った後、連れ立って年頃の女の子らしい楽しみに出かけたのだった。
後日女性二人を放ってしまった事に気付いたジンが、二人に平謝りしたのは言うまでも無い。
読んでいただきありがとうございます。
今回読んでいただいてお分かりのとおり、一ヶ月を一気に飛ばす事は止めました。
ただ話の中の進行スピードを速め、今後作中の1ヶ月の期間を数回(恐らく4~5回)に分けて語ることにしました。閑話という形も考えたのですが、おそらくこの形が一番すっきりすると判断しました。
このような形になってしまいましたが、どうかご了承ください。
ただ、お詫びとしてしばらくの間は、出来るだけ2日に1回のペースで更新していくつもりです。少し遅れることがあるかもしれませんが、極力頑張ります。
詳しくは活動報告に書くことにします。
それでは、今後ともどうぞ宜しくお願いします。ありがとうございました。