覚悟の戦いと決着
魔獣とは何か。一応の定義としては、大気中に漂う魔素が集まって発生する、獣の形をとった擬似生物とされる。白目まで真っ赤な血の色をした瞳が特徴で、毛皮や体皮の色も赤みがかっている事が多い。基本的に生物全般に対して、特に魔素を魔法として使える人間種族に対して強い攻撃性を持つ。
その体を動かすのは魔石から生み出される魔力と考えられているが、普通の生物と同じ様に呼吸し、傷つけば黒い血を流す。ただその生態には不明な事が多く、詳しい事はわかっていない。しかし魔獣が人にとっての脅威であると共に、その身に持つ魔石が様々な形で社会を支えている事も否定できない事実だ。
では変異種とは何か。魔獣が何らかの要因、多くはごく稀に発生する魔素溜まりと呼ばれる魔素が濃い場所に存在する膨大な魔素を、その身に取り込むことで変異したものと考えられている。一般的にそうした魔素溜まりは未開拓地で発生する事が多いとされ、元々の発生率が極めて低い事もあって人里近くで変異種を見ることはほとんど無い。
その姿はベースとなった魔獣の1.5倍~3倍の大きさになり、体表をいくつもの曲がりくねった黒い線が覆う。それはまるで禍々しい模様のように見え、その巨体と共に変異種の特徴として知られる。また、変異種はベースとなった魔獣より、二つ以上ランクが上の強さを持つと考えられる。つまり以前ジンが倒したマッドウルフの変異種は、元がFランクなので最低Dランク以上の強さを持つ事になり、実際あのマッドウルフの変異種はCランク相当の強さだった。
そして今回ジン達は、人里近いこの場所で変異種に遭遇した。初心者講習時に引き続き、二回目の遭遇だ。この遭遇自体は偶然としても、変異種が発見された場所が人里に近すぎる。また一ヶ月も経たないうちに二度の遭遇と、その発生率もありえない程高い。何が原因なのか、またこの地域に何が起こっているのか、まだジン達はその事を知らない。
「一旦下がるぞ」
ジンは小声で囁きながら後方の二人に合図する。そして充分に距離を取ったところで、ようやく大きく息を吐き出した。
「変異種って、こんなに頻繁に遭うもんじゃないだろう」
思わずぼやきが口に出てしまうジン。
「ああ、確かに異常だ。マッドボアの変異種となれば、Bランク以上の強さを持つはずだ。現在の私達では分が悪すぎるな」
「同感です。ギルドに報告して応援を呼びましょう」
エルザやレイチェルも、さすがに変異種と戦う気は無い様だ。そしてそれはジンも同じだった。ジンは〔MAP〕で敵の現在位置を確認しつつ、今後の対策を話し合う事にした。
「まずこのまま変異種と戦う事はしない、という事で良いよな?」
ジンの発言に頷く二人。その反応を確認してジンは話を続ける。
「それじゃあ、ます一旦村に戻って村長に現状を報告しよう。そしてギルドには村から早馬を出してもらって、俺達は万一に備えて村に待機しようと思うんだがどうかな?」
「ジンが変異種の位置がわかるのなら万一戦闘になった場合も対策が早く打てるし、その方が良いだろうな」
「私も同感です。怪我人が出た場合はお役に立てると思いますし、私達は村に残るべきだと思います」
二人の同意を受けてジンは深く頷く。そして皆の緊張をほぐす為にあえて力を抜くと、笑顔になって言った。
「ありがとう。それじゃあ念の為に少し迂回しつつ村に戻ろう。気は焦るけどこういう時ほど慎重にいかないとね」
そのジンの笑顔につられ、二人も笑みを浮かべて頷いた。そしてジン達は慎重に、かつ速やかにキタン村へと戻る事にした。
ジンは〔MAP〕を確認しながら歩みを進めた。だが密かに恐れていた可能性が、時が経つほど段々濃厚になっていく。そしてとうとう間違いないだろうと判断したジンは、二人に相談する事にした。
「歩きながら聞いてくれ、まずい事になった。どうやら変異種はキタン村を目指しているらしく、どんどん村に近づいている」
変異種が村を襲うとなると、それはほぼ確実に人的損害を出す事を意味する。村で戦うとなると村人を守りつつ戦う事になり、警備の兵士も戦力として増えるとは言え守りきる事は至難の業だろう。
ジンの発言に動揺する二人。そしてエルザがジンに尋ねる。
「奴は村までどれくらいで着く?」
「このままのペースなら、俺達が村について一時間も経たないうちだろうね。もし奴が走り出したらもっと早くなるけど」
エルザの問いに答えるジンの顔は厳しい。エルザとレイチェルも、その事実を飲み込んで決断しようとしていた。
「俺は戦おうと思っている。真正面から勝つのが難しいのなら、罠を張ってでも勝つつもりだ」
充分な間を置き、立ち止まったジンは自分の意見を二人にそう伝えた。そして無言のまま視線で二人の判断を問う。
「やろう」「やります」
異口同音に二人からも立ち向かう決断の言葉が出た。ジンはその言葉を聞き、笑顔で頷く。
「よし、それじゃあ、俺と正式にパーティを組んでくれないか?」
ジンは笑顔のまま二人にそう言った。
「こんな分の悪い賭けに付き合ってくれるんだ。今更臨時もないだろう。二人と是非正式なパーティを組みたいんだ」
あっけにとられた二人に向け、少し悪戯っぽくジンは言う。
「しょうがないな、だが喜んでパーティを組もう」
「はい! 宜しくお願いします」
ジンのその言葉の意味が浸透した二人も笑顔で答える。
「ありがとう。これからもよろしく頼むよ」
ジンも笑顔でお礼を言い、そして二人を促して再び歩き始めた。そうして三人で変異種との戦いについての具体的な方策を話し合いながら歩く。
その中でジンは自分の秘密のいくつかを明かす。さらには、まだ話していない秘密があることも正直に言った。そしてジンの信頼は裏切られる事無く、エルザとレイチェルはそれを笑顔で受け入れた。ジンが二人に感謝した事は言うまでもないだろう。
ジン達は歩みを早め、時間を短縮してキタン村へと到着した。そしてジン達はそのまま村長宅を訪問し、変異種の接近について説明する。驚く村長だったが、ジン達を信用して素早く対応を進める。倒した二頭のマッドボアのドロップ品が、その説得力を増していた。
村人達にはすぐに各自の家で待機してもらい、常駐している兵士は村を離れる事が出来ないので、最後の砦として村の守りを固めてもらう。村長からは応援の申し出もあったが、気持ちだけを受け取るに留めた。そして最後に早馬をギルドへと出し、万一の備えとした。
そうして村でできる準備を終えたジン達は、変異種を迎え撃つ地点に移動する。それは村から少し離れた、見晴らしの良い平原だ。ジンは迎え撃つ予定地の周辺を歩き回り、時には地面に手を当てて小声で何かを呟く。そうして何度も何度も繰り返しながらギリギリまで罠を準備し、打ち合わせどおりジンが一人で平原に立ち、エルザとレイチェルは近くに伏せて身を隠して変異種を待つ。
そして奴が現れた。
黒い模様が描かれた巨体が悠然と歩いてくる。そして数十メートルの距離まで近づくと、大きく一声鳴いて威嚇し、勢いをつけて突進してきた。
そしてその間もずっと何かを呟き続けていたジンは、武器を構えて身構える。
「来い! 俺が相手だ!」
ジンは〔気合〕を入れると共に、再度〔威圧〕を変異種に向けて飛ばす。同時にポーンとシステム音が鳴り、新規スキルの取得を知らせた。
変異種は真っ直ぐジン目掛けて突進してくる。ここまではほぼ予定通りで、修正も出来ている。ジンは慎重にタイミングを見計らう。そしてあらかじめ設置していた目印を越えようとする所で、ジンは大きく叫んだ。
「アース!」「アース!」「アース!」
ジンのその呪文は、一見何かの効果が発揮されたようには見えない。しかしジンの手前数メートルのところで、突然変異種が足をとられ、そのまま地面に沈み込んだ。
これはマッドボアの目標目掛けて突進してくる習性を利用した罠で、生活魔法とも呼ばれる土を動かす基本魔法の一つ、『アース』を利用した落とし穴だ。
事前に地表近くの土はそのままに土中の土を動かして空間を作り、最後に地表近くの土を移動させる事で落とし穴としたのだ。これはアリアに人前で使わないように禁じられていた使い方だが、事前にエルザとレイチェルの二人にはこの事を話している。そしてこの罠の存在もあって、村の警備兵の応援は断らざるを得なかったのだ。
そして充分に勢いがついたまま落とし穴に前脚からはまり込んでいく変異種だが、その勢いは止まらない。落とし穴に前足をとられて前傾姿勢になった変異種は、その体重と加速度もあってそのまま器械体操の前転のように大きく一回転する。そして縦長に掘られた落とし穴にゆっくりと、そして勢い良く背中から落ちて地響きを立てた。
「プィギュァアアア!」
その衝撃に堪らず悲鳴を上げる変異種。これが3m以上の深さの落とし穴であればこれで身動きが取れない変異種はチェックメイトだったろうが、魔法の有効範囲の関係で実際の深さは2mもない。じきに体勢を立て直すだろうが、今ならまだ弱点である柔らかい腹が丸出しだ。
「今だ!! マナライフル!」
ジンの無属性魔法の『マナライフル』が変異種の腹に突き刺さる。既に手持ちのMP回復薬は飲みきってしまっており、100回以上も繰り返した『アース』のせいで残りMPは少ない。ジンの叫びに合わせて伏せて隠れていた場所から飛び出てきたエルザやレイチェルも、落とし穴の縁ギリギリの所で大剣や戦槌を振るう。そしてもう一発マナライフルで攻撃した後、ジンは槍を手にとってさらに攻撃を加える。ジン達の攻撃により変異種の腹は破れ、落とし穴によるダメージもあってHPは危険領域だ。このまま削りきれればと期待するが、変異種は内臓を撒き散らしながらも激しく身をよじり、そして反動をつけて立ち上がった。
「下がれ!」
変異種のその動きに巻き込まれないように、素早くジンは指示を出す。そして自らは前に出て盾と槍を構える。ついさっき覚えたスキル〔挑発〕を使いターゲットを自分に集め、槍で牽制して盾で防御する。変異種の激しい攻撃に防御しても削られるHPはレイチェルが回復し、エルザは隙を見て攻撃を加える。〔挑発〕を覚えたのは想定外の幸運だったが、事前に決めた手はずどおりにジン達はマッドボアの変異種へと立ち向かった。
「あと少しだ、踏ん張れ!」
ジンは声を張り上げて皆を激励する。ジンの目に映る変異種のHPバーは残り1/10程度まで減っているが、エルザの大剣によるダメージで減る量は極僅かだ。これはエルザの能力が足りないのではなく、使用している鋼鉄製の大剣では純粋に攻撃力が足りないのであろう。変異種の硬い毛皮の前に傷をつける事が出来ず、ほとんど打撃武器としての役割しか果たしていない。
いっそ盾を捨てて木剣で自分も攻撃に参加すべきかと考えるジンだったが、その場合確実に何発か攻撃を喰らう事になり、さらには後衛のジン達よりレベルが低いレイチェルが危険になる。もし行うにしても、その場合は短期決戦が絶対条件だ。だが今のままでは決定力に欠けるので踏み切れない。
無いことは承知のうえで、つい〔装具袋〕でMP回復薬を思い浮かべてしまうジン。当然さっき使ってしまったビーンの店で購入したポーションは空だったが、何故かマッドアントクイーンとの戦いで空になったはずのMP回復ポーションが満タンで存在した。
「?!」
驚きながらも、反射でMP回復ポーションを使用するジン。確かに自らのMPが回復した。ジンは考えるのは後にして、まず決着をつけることにした。
「エルザ! 勝負を掛ける! 奴のバランスを崩してくれ! レイチェル! ちょっと無茶をする。回復を頼んだぞ!」
「任せろ!」「わかりました!」
ジンの呼びかけに各自が応える。エルザは変異種の隙をうかがい、レイチェルは詠唱を開始する。
「ふんっ!!」
ジンを鋭い牙で突き刺そうと前足で踏ん張った変異種の左前足の膝裏から、エルザがすくい上げるように大剣の一撃を入れる。その一撃で踏ん張っていた前足が浮き、バランスが崩れて傾く変異種。落とし穴で前脚にダメージが残っていたのが幸いした形だ。
「うぉおおおおお!!」
間髪いれず槍を捨てて飛び込んだジンが、暴れる変異種に攻撃を受けながらも盾を使い、その傾く方向に渾身の力で体ごとぶつかって変異種を押し出す。再びポーンというシステム音が鳴り〔怪力〕の習得を知らせた。そして、それと共に力を増したジンが見事に変異種の巨体を横倒しにした。
地響きを立てて横たわる変異種。ジンのすぐ前には無防備の腹が丸出しだ。
「マナライフル!」「マナライフル!」「マナライフル!!」
受けたダメージを癒すレイチェルの回復魔法を受けながら、ジンは無防備なその腹目掛け三発連続で魔法を撃ち込んだ。
そしてその攻撃で変異種のHPはゼロになり、やっと厳しい戦いが終わりを告げた。
残心して気配を探るジンだが、反応は感じられない。近づいてきたエルザとレイチェルを振り返り、笑った。
「勝ったぞ!」「やったな!」「やりましたね!」
そうして運にも助けられた三人は辛くも変異種との戦いに勝利を収め、そしてお互いの無事と勝利を喜び合った。
ジンはこのかけがえのない二人と一緒に戦って勝利出来た事を、そして何よりも無事守れた事に心より安堵し、感謝していた。
何とか出来ました。続きだったので急ぎましたが、楽しんでいただけると嬉しいです。
次回もこの流れですので早めに頑張ります。
予定としては13日前後のつもりです。
宜しければ次回もお付き合いください。ありがとうございました。




