パーティ戦闘開始
早朝のギルドは、やはり少し混雑している。既に受付にはいくつかのグループが順番待ちをしており、掲示板の前にも今日の依頼を探す冒険者の姿が見られる。
ギルドに到着したジンとエルザの二人だが、ギルドに入ってすぐに声を掛けられた。
「ジンさん、エルザさん、おはようございます」
小走りに駆け寄り、笑顔でそう挨拶してくるのはレイチェルだ。
「おはよう、レイチェル。随分早いね」
昨日ジンが待ち合わせの時間として約束したのは、あと一時間以上後の話だ。たまたまエルザが予定より早起きしたのでこの時間になったので良かったが、そうでなければ一時間以上待たせてしまうところだ。
「朝早くに起きてしまったので、来ちゃいました」
笑顔のままそう言うレイチェル。ジンもレイチェルが初依頼を楽しみにする気持ちはわかるし、エルザも過去の自分を思い出す。だから二人も笑顔で答えた。
「はははっ、今日は宜しく頼むよ、レイチェル。一緒に頑張ろうな」
「うんうん、私も楽しみだ。宜しくな、レイチェル」
ジンが、そしてエルザがそれぞれレイチェルに声を掛ける。
「はい、宜しくお願いします。頑張ります!」
レイチェルは「むん」と言わんばかりに拳を胸の前で握り、気合充分だ。そんな様子は二人にとっても覚えがあるもので、思わず笑みも深くなる。そして三人は掲示板の前に移動し、早速討伐依頼を探す事にした。
「D級の討伐依頼か、ちょっとドキドキするな」
ジンはEランク、レイチェルはFランクなので、本来自分のランクより上の依頼は受ける事が出来ない。しかしパーティの場合は一番ランクの高い者、つまりエルザのDランクに合わせて依頼を受ける事が可能だ。
これまでずっと安全策をとってきたジンとしては大冒険だ。ジンはそんな小心者の自分に苦笑してしまう。また、一方で討伐依頼自体が初めてなレイチェルは、うんうんと同調して頷く。
「対象が群になったり、少し強くなる程度で基本は変わらないさ。それにジンなら問題ないだろう」
エルザのジンに対する評価は高い。一人でマッドウルフの変異種を相手にしたやつが、何を今更という心境だ。
「ああ、頑張るよ。レイチェルもランク以上の実力がある事だし、何とかなるか」
「私もジンも弓が使えるし、遠近両方いけるからな。レイチェルの回復魔法があるから安定するだろうし、パーティのバランスは悪くないと思うぞ。まあ出来れば魔術師が一人欲しいところではあるがな」
そう言うエルザに、昨日の別れを引きずる様子は見受けられない。思わずジンは笑みを浮かべた。
そうしてしばらく掲示板を眺めていた三人だったが、その中でジンは一つの依頼を候補にあげた。
「なあ、これなんてどうだ?」
それは『マッドボア退治』の依頼だ。マッドボアはジンの鎧の材料にもなっている猪型の魔獣だ。通常の猪の倍近いサイズで、ちょっとした子牛ぐらいの大きさはある。その巨体から繰り出される突進と牙が厄介な魔獣だ。キタン村の近くで目撃されたらしく、被害が出る前に退治して欲しいとの事だ。
「マッドボアか……何故その依頼を選んだか聞いても良いか?」
マッドボアはDランク魔獣の中でも、難易度が高い魔獣だ。ドロップ品は人気があるとは言え、他にもっとコストパフォーマンスが良い依頼はあるのだ。今後の為にも、エルザは何故あえてジンがその依頼を選んだのかが知りたかった。
「D級討伐依頼の中では、これが一番困ってそうだったからね」
ジンの答えはシンプルだ。判断基準は依頼料や討伐対象ではなく、どれだけ困っているかや緊急性があるかだ。確かに他にも金銭面では良さそうな依頼はあったのだが、それらは魔獣のドロップ品を何個か集めるといったものだ。それはそれで必要なものであろうし大事なのは承知しているのだが、他に人や生活に被害を及ぼしそうな依頼があれば、そちらを優先したいというのがジンの考えだ。
「ふっ、そうか。私は良いぞ。私達なら倒せる相手だし、リーダーのジンの方針だしな。レイチェルはどうだ?」
「私も良いと思います。困っている人を助けるのは素晴らしい事ですので」
そうして二人は賛成したが、ジンにとっては無視できない言葉が混じっていた。
「エルザ、リーダーってエルザだろう?一番ランク高いんだし」
「いや、私はジンがリーダーに相応しいと思う。レイチェルだってお前が誘ったんだし、私達はお前を中心にして集まったんだからな」
エルザの言葉に頷くレイチェル。ジンは一瞬言葉に詰まるが、軽くため息をつくと腹を括った。
「分かった。リーダーの件は引き受けた。それを前提にして聞くが本当にこの依頼で良いんだな?もっとお金が稼げる依頼が無いわけじゃないぞ?」
「問題ない。ジンがさっき言った方針は冒険者の基本だからな。正直忘れがちだったからいい機会だった」
「私もそう思います。というか、それでこそジンさんだと思います」
「分かった。だけど意見がある場合は必ず言ってくれよ?そうじゃなきゃパーティじゃないからな」
それぞれ同意を受け、ジンは『マッドボアの討伐依頼』を受ける事にした。臨時パーティとは言え責任重大だ。ジンは気を引き締める。
「(というか、何か既に臨時という雰囲気じゃ無い気もするが……)」
ジンは浮かんだ考えを振り払い、受付に並ぶ事にした。
依頼の受付は報告の時と比べると、査定もないのでスムーズに進む。ほどなくしてジン達の番となった。
「おはようございます、アリアさん。『マッドボアの討伐依頼』をお願いします」
「おはようございます、ジンさん。パーティでの受付で宜しいですね?」
「はい。お願いします」
ジンに続き、エルザとレイチェルも冒険者カードをアリアに渡す。受け取ったアリアは手早く受付処理を済ませた。
「はい、受付完了しました。ジンさん、レイチェルさん。エルザさんが居るとは言え、ご自分のランクより上の相手ですので気をつけてくださいね」
笑顔がないせいか、ジンにはアリアがいつもより固い雰囲気に感じられる。アリアが言うとおり油断しないよう頑張ろうと、ジンは改めて思った。
「はい、ありがとうございます。では、行ってきます!」
「行ってらっしゃい。お気をつけて」
ジンの笑顔での出発の挨拶に、ようやくアリアも笑顔で返した。アリアの笑顔の見送りを受ける事が出来てジンは嬉しい。足取りも軽くギルドを出て行った。
ただ一方では、アリアの笑顔を初めて見たエルザは驚いていた。プロポーズまがいの騒ぎは聞いていたし漠然と仲が良いのだろうと思っていたが、まさかアリアが笑顔を見せる程ジンに心を許しているとは、エルザにとって意外な事実だった。
「ジンはアリアさんと仲が良いんだな」
ギルドを出て少ししたところで、何となく焦りを感じていたエルザが歩きながらジンに問いかける。
「ん?ああ、冒険者登録の時から、アリアさんにはお世話になっているよ。でもエルザだってそうじゃないのか?」
「確かにそうだが、特に親しい訳ではないな。笑った顔なんて初めて見た」
エルザはもっぱら相談事はメリンダ教官にしていた事もあり、アリアとの付き合いは受付のみだったのだ。
「私も初めて見ました。アリアさんって大人の女性って感じで素敵ですよね」
ギルドに来るようになってまだ日が浅いレイチェルは、アリアの笑顔の希少価値も知らないので屈託が無い。
「ふふふっ。レイチェルは俺達が居ない時に何か相談事があったら、アリアさんを頼っても良いと思うよ。アリアさんは面倒見が良いからね」
自分の経験を踏まえてジンはそう言ったが、どうしてもエルザには意外に感じてしまう。
「そうなのか……」
そう言って考え込むエルザに、ジンは微笑む。
「まあ、機会があったら色々と話してみると良いよ。受付が忙しくない時じゃないと駄目だけどね」
ここでこの会話を切り上げたジンは、話題を『マッドボアについて』に替えた。ジンは自分の鎧の素材がそうだった事もあり、マッドボアについてはギルド書庫で調べた事があった。それに加えてエルザの経験談等を聞き取りし、マッドボアについて分かっている情報を全員で共有したのだ。
そして持物の確認等の準備を整えた後に、一行はキタン村へと向かった。
キタン村はリエンツの街から徒歩で2時間程度の距離にある村だ。以前ジンが討伐依頼で向かったマグナ村もそうだが、魔獣の脅威が大きいこの世界ではリエンツのような城塞都市を中心にして、周辺にいくつかの村が存在するのが一般的だ。各村々には中心となる街から警備の兵士を出し、さらに村の緊急時には応援を出したり、逆に村人達の避難場所となる事もある。その代わり村には基本的に農業等の一次産業を担当してもらい、その生産物は街が消費する食料としたり加工して付加価値を高めた上で交易に使用したりもするのだ。もちろん農村の暮らしを守る為に買い取り価格は高めに管理されており、そうした各村をふくめて大きなリエンツの街を構成しているとも言えるのだ。
村へと向かうジン達はわざと街道を外れて移動し、二度ほど魔獣と戦って連携を確認した。戦闘等に若干の時間はとられたが、街道を外れる事でショートカットにもなったので所要時間はさほど変わらない。基本はジンとエルザが前に出て、レイチェルは回復魔法でのサポートだ。そうして連携を確認しつつキタン村に到着したジン達は、早速村長宅にてマッドボアの情報を収集する事にした。
「……以上がマッドボアの情報の全てという事で宜しいですね?」
「はい。宜しくお願いします」
「確かに承りました。では行って来ます」
村長から詳しい話を聞いたジン達は最後の確認に対する村長の答えを受け、早速出発する事にした。発見されたマッドボアは一頭で、ジンは今日中に討伐してリエンツの街に帰るつもりだ。通常は対象の発見に時間がかかり、依頼達成まで数日に亘る事もよくある話だ。しかしジンの場合は、少なくとも発見までに時間が掛かる事はない。
村長宅を出たジンは、発見場所の方向に足を進めながら〔MAP〕を使って『マッドボア』を検索する。もちろんばれない様に念じるだけだ。だがそこで余裕を感じていたジンの考えが甘い事が判明する。一頭だけと思われたマッドボアだったが、〔MAP〕には三点もの反応があったのだ。
とりあえず比較的固まっている二点の方角へと進むジン達。そしてある程度進み、周囲に他に人が居ない事を確認したところで、ジンは二人に向き直って言った。
「聞いてくれ。マッドボアの数だが、一頭ではなく三頭のようだ。何故分かったかは俺のスキルだと思ってくれ」
二人が驚くであろう事を承知した上で、ジンはマッドボアの数を二人に教えた。詳細は言わないが、スキルのおかげで分かった事もちゃんと伝える。今はまだ自分の秘密を全て明かす事は出来ないとジンは考えている。しかし、だからと言って避ける事が可能な危険に、準備もなしに二人を飛び込ませるような真似をする気もないのだ。
「それは本当……なのだろうな。それで、その数に間違いはないんだな?」
予想通り驚く二人だったが、一足早く復帰したエルザがジンに尋ねる。こんな事でジンが嘘を言うはずも無いので、それは数の確認だけだ。
「最低でも三頭と思ってくれ。俺のスキルで〔隠密〕スキルで潜伏している奴を発見できるかは、未だ検証できてないからね」
「三頭は固まっているのでしょうか?」
遅れて復帰したレイチェルも、三頭いる事を前提に話を進める。
「いや、二頭は比較的近くに固まっているけど、一頭は結構離れているな。固まっている二頭も各個撃破は可能だと思う。ただ、長引けば連戦になる可能性はあるね」
そこでジンは二人の顔を見つめ、一呼吸置いてから話を進める。
「さっきも言ったけど、このスキルで〔隠密〕持ちまで発見できるかは自信がない。あくまでの目安と考えてくれ。頼りは自分達の感覚だ。油断はしないで欲しい」
「わかった」「わかりました」
「よし、じゃあ各自敵の気配に注意しながら、これから音を立てないように気をつけながら進もう。俺が先導するよ」
そう言ってジンは姿勢を低くしながら進む。そしてしばらくしたところでジンの〔気配察知〕に反応があった。
ジンは振り向いて二人に合図する。そしてそのまま慎重に目標に近づき、目視できる位置に到着した。
まずジンとエルザが弓を引く。充分に狙いをつけたところで二人はそれぞれ軽く頷き、それを確認したレイチェルが二人に合図を出す。タイミングを合わせて同時に放たれた矢はマッドボアに突き刺さり、大きくHPを削る。そしてマッドボアが此方に気付いて突進してくる前にジンとエルザは続けて二の矢を放ち、その後すぐにそれぞれが近接用の武器を取り出して迎撃の準備を整えた。
「プギュアアア!!」
痛みに対する怒りか、大きく鳴いたマッドボアが此方に突進してくる。魔獣特有の白目のない全て血の赤色をした眼球で此方を睨みつけ、巨体を震わせながら突進してくるその迫力は凄まじい。しかしジンは自分に〔気合〕を入れると、あえて前に飛び出して正面に立つ。エルザの武器は両手剣で、ジンは盾と木剣装備だ。いざという時の回避手段があるジンの役目が、今回の盾役だからだ。
マッドボアは正面のジンに狙いを定め、スピードを増して突進してくる。いくらジンと言えど、真正面から受け止められる気はしない。
「かああっつ!」
直前で大きく一声咆えて〔威圧〕を飛ばす。そして渾身の力を込めてマッドボアの鼻先に左手の盾を叩き付け、その勢いまま素早く右に身をかわした。
ジンの一撃でマッドボアは勢いを落とすが、倒れこむまでは至らない。しかしスピードが落ちたその隙を狙い、エルザの大剣がマッドボアに叩き込まれる。そして最後にレイチェルの戦槌が、動きが遅くなったマッドボアの脳天を砕いた。
「ふう、お疲れ」
周囲を警戒しながらも、ジンは二人に声を掛ける。
「やはり三人だと決着も早いな。ジンは怪我は無いか?」
「ああ、俺は大丈夫。レイチェルもお疲れ様」
エルザの気遣いに笑顔で答えると、戦闘の緊張からかまだ表情が固いレイチェルに声を掛ける。
「はい、お疲れ様です。凄い迫力でしたが、何とかやれました」
レイチェルの顔がようやくほぐれる。
「なかなかどうして最後の一撃は大したものだったぞ」
レイチェルをエルザも褒める。
「うん、今回の依頼では基本的にレイチェルは身を守る事を第一に考えて欲しいけど、さっきみたいにチャンスがあったら狙ってくれ。あと、近くにいる一頭が少しずつこっちに近づいてきているみたいだ。隠れて待ち構えよう。さっきと同じ要領でいくよ」
「「了解」」
そしてジン達はマッドボアが向かってくる正面を避け、側面に隠れて待機する。そして同様の手順で危なげなく二頭目も仕留める事が出来た。
二頭のマッドボアの素材を回収しつつ、ジン達は二度の戦闘を振り返る。
「ジンのおかげで先手を取れたから、後の戦闘が大分楽になったな」
エルザが笑顔で言う。それにレイチェルも同調した。
「そうですね、おかげで誰も怪我をしなくて良かったです」
「まあ、今回は一番上手くいったパターンじゃないかな。油断せず次も頑張ろう。もし何か想定外の事態に遭遇した場合は、各々の行動の基本に戻ろう。俺は防御、エルザは攻撃、レイチェルは回復って具合にね」
苦笑しつつジンが言う。上手くいっている時ほどより注意深く行動するべきだと、ジンは長い人生経験の中で実感しているのだ。
「そうだな、例えば先制攻撃に失敗するだけでも危険度は上がるからな。幸い残すは一頭だけだから、少々時間がかかっても大丈夫だ。慎重に行こう」
「はい、わかりました。回復は任せてください」
心配性ともとられかねないジンの発言だったが、二人共素直に受け入れて同意した。そうして小休止をとった三人は、これまでと同様に身を潜めながら最後の一頭を目指して移動する。そしてこれまでと同様に対象を発見する事が出来たが、肝心の対象がこれまでとは大きく異なっていた。
「嘘だろ」
思わず目を見張るジン達の視線の先には、巨大なマッドボアの姿があった。
通常のマッドボアの倍近いサイズに、特徴的な黒い禍々しい模様。そこに存在したのはマッドボアの変異種の姿だった。
遅くなってしまいました。
次回は11日か12日に投稿できるように頑張ります。
先日はコメントや評価をありがとうございます。
これまでと同様に、これからも頑張ります。ありがとうございました。




