嬉しい贈り物
「よし いよいよゲームスタートだ!」
全ての準備を終えた老人は、ベッドに横たわると興奮で僅かに震える指でヘッドセットのスイッチを入れた。
そしてカウントダウンを聞きながら目を瞑り10秒後、一瞬気が遠くなる感覚を覚えた次の瞬間、老人は仮想現実の世界に居た。
「これが仮想現実か」
男は、目の前に広がる草原にしばし見とれる。
「よろしいでしょうか?」
そしてそのまま見とれること数分後、背後から遠慮がちにそう声をかけられた。
声をかけられた事にちょっと驚きつつ男が背後を振り返ると、そこには全身金属鎧で顔まで隠した騎士のような人物が立っていた。
「こんにちは」
「は、はい、こんにちは」
人間関係の基本は挨拶から。男が挨拶すると、甲冑騎士もちゃんと挨拶を返してきた。見た目のごつさとは裏腹にやさしげな声だ。
男か女か見た目ではわからないが、ちゃんとした挨拶も出来るし良い人みたいだと男は判断した。
「んんっ。改めましてようこそ『ニューワールド&ニューライフ』の世界へ。 私はこれから始まるチュートリアルをサポートさせていただく案内人のクリスと申します。貴方のお名前をお聞かせ願えますでしょうか?」
軽い咳払いで気を取り直したのか、クリスは最初の遠慮がちな声とは違ってはっきりした口調で男に話しかけてきた。
クリスとは男女どちらでもある名前だ。性別不詳で全身金属鎧とは、狙ってるのかなと男は内心可笑しく思う。
「はじめまして、私はジンといいます。よろしくお願いします」
男は事前に考えていた名前を告げる。主人公に元々の名前がないゲームの場合はほとんどこの名前で遊ぶ、当人にとってお馴染みの名前だ。
ちなみに口調が丁寧なのは性格である。例外はあるが、相手の年齢は関係無しに丁寧な口調で話すのが男の基本的な対応なのだ。特に初対面の時や店員さんと話す時などはまずこうなる。
すると空中に『ジン』とカタカナで表記された確認ウィンドウが出現した。
【名前の確認 ジン YES・NO】
問題ないのでYESのボタンに指先で軽く触れると、ウィンドウは光が解けるように消えた。仮想現実らしい演出にジンの心も浮き立つ。
そうしてジンの確認が終わったのを見計らい、再度クリスが話しかけてきた。
「ご確認ありがとうございます。それではジンさんにはこれから行われますチュートリアルで、この世界で生活する上で必要になる道具やスキルの使い方等を学んでいただきます。またチュートリアルの最後には戦闘がございます。あと注意点ですが、既存所持スキルの経験値は入手可能ですが、新規にスキルを習得する事はありません。そこだけが違うところですがご了承ください。チュートリアルは基本的にクエスト形式で進めさせていただきますが、何かご不明な点などあれば随時私にお尋ねください。」
そう一気に言ってクリスが一歩後ろに下がると、またジンの目の前にウィンドウが現れた。
【チュートリアル① 持ち物を確認しよう】…道具メニューを開いて、持ち物を確認してください。
「持ち物を確認する事を意識して『道具メニュー』と言うか、もしくは持ち物を見る事を強く心の中で考えてください」
クリスのアドバイスに従って試してみると、問題なく道具メニューのウィンドウが出た。メニューにはデフォルメした薬瓶のアイコンが色違いで2種類入っている。
ジンが思わずタップするとアイテム名が、さらに効果を知りたいと思いながらタップすると説明も出た。
【HP回復ポーション(小)…HPを20回復する】
【MP回復ポーション(小)…MPを20回復する】
「ウィンドウを閉じる時は、同じように『閉じる』と口に出すか強く念じてください。実際に品物を出し入れしたい場合、そのように念じていただければ白い円盤状のゲートが現れますのでそこから出し入れしてください。円盤の直径より大きいものでも、ちゃんと出し入れ出来ますのでご安心を。持ち物を確認するには道具メニューを開くしかありませんが、物の出し入れはゲートだけで出来ますので使い分けてください」
クリスの言葉どおりに強く念じてみると、目の前に白い円盤のようなものが現れた。それに手を突っ込むとポーションを取り出す事が出来た。ジンは「収納魔法とか空間魔法みたいで格好いいな」とご満悦である。
【チュートリアル①持ち物を確認しよう …クリア 報酬:HP回復ポーション(小)】
チュートリアルクリア時には報酬がもらえるようだ。
「おめでとうございます。このようにチュートリアルをクリアされる毎に報酬をお渡しできるので頑張って下さい。では此方が報酬になります」
「ありがとうございます いただきます」
ジンはクリスからクリア報酬を受け取りゲートに収納すると、道具メニューを閉じてチュートリアルを次に進める。
【チュートリアル② 装備を確認しよう】 …装備ウィンドウを開いて、装備品を確認してください。
ジンが深く考えずにさっきと同じように装備の確認を意識すると、今度は装備メニューが現れた。
現在の装備を確認してみると。
【丈夫な服…丈夫な生地で出来た高品質の服 防御力1】
【丈夫なズボン…丈夫な生地で出来た高品質のズボン 防御力1】
【丈夫な靴…丈夫な革で出来た高品質の靴 特殊効果無し】
【丈夫な鞄…丈夫な革で出来た高品質の鞄 特殊効果無し】
鎧も武器もなく、ちょっと寂しい気持ちになるジン。
「ジンさんは職技スキルをお持ちでないので、武器も鎧も無しなんですよ。もしお持ちなら、職技スキルに合わせた武器防具をお渡しできたのですが」
初耳の言葉が出てきて戸惑うジン。
それに気付いたのか、クリスが言葉を重ねる。
「ご存知なかったですか? 能力スキルの中には職技スキルというものがありまして、それらは実際に武器や魔法そして生産を行うにはほぼ必須の技能です。簡単に言えば〔剣術〕といった語尾に~術とつく物理攻撃系と、〔火魔法〕のような~魔法とつく魔法攻撃系、そして〔鍛冶〕や〔裁縫〕等の生産系の大まかに分けて3種類があります。スキルの詳細説明を見ていただけたら、書いてあったのですが……」
ジンが考えていた技術系のスキルというのが職技スキルのことだったのだろう。だが実質1Pしか選択の余地がなかった為、また何となく想像も付くので、ジンはそれらのスキルの詳細は確認していなかった。
「ただ、ご安心ください。職技スキルをお持ちでなくとも、通常攻撃は問題なく可能です。また、救済装備として此方はお渡しできますので」
と、どこか申し訳なさそうな声で励ますクリスが渡してくれたのは……。
【木剣…丈夫な木で作られた剣 攻撃力+5】
「通常この段階で所持できる武器の攻撃力は+8はあるので性能は若干劣りますが、そこはご容赦ください」
「……」
「……どうかなさいましたか?」
渡された武器をじっと見つめるジンに不安を感じたのか、クリスが恐る恐るといった感じで尋ねる。
木剣は京都のお土産で良く見る木刀の反りを無くし、二本背中合わせにくっつけたような形状だ。剣身は1m程の長さで、柄は通常の片手剣より長くなっており両手持ちも可能になっている。
また刀身は木製だが柄や鍔の部分は金属製で、柄には滑り止めで革のようなものが巻かれている。剣身の中央には幅広の溝が彫られ、厚みの軽減とともにデザインのアクセントになっており、鍔や柄頭の部分にもシンプルだが装飾が施されている。
決して派手ではないが、木の剣という名前のチープさとは正反対のしっかりした造りだ。
そんな剣を見てジンが固まっていた理由は一つだ。
感動していたのである。
「……ちょっと振ってみても良いですか?」
「えっ、ええ。 もちろんどうぞ」
許可をもらうと、ジンは高校生の頃に授業で受けた剣道を思い出しながら軽く素振りをしてみる。
高校生の頃に剣道の授業で竹刀を振った事はあったが、木製とは言えちゃんとした剣(武器)を振るのは初めてだ。
剣を構え、そして振る度に武器の重みを実感する。
また、VRの世界では18歳の肉体設定だ。
現実ではすぐに息切れしてしまう老人の体でありながら、この仮想世界ではこうして自由に体を動かす事が出来る。年齢ゆえの落ち着きで喜びの表現は控えめであったが、もしあと少しでも若かったらはしゃぎ回っていただろう。いくつになっても武器というのは男心を強くくすぐるものなのだ。
ただ満面の笑顔で剣を振る青年の姿が、そこにはあった。
「時間をとらせてしまってすみません。この剣は大事に使わせていただきます。ありがとうございます」
「いえいえお気になさらず。 こちらこそ喜んでいただけたようで嬉しいです」
素振りを終え、あらためてクリスにお詫びと礼を言うジン。
クリスの顔はフルフェイスの兜で見えないが、何となく笑顔でいてくれるように感じられる。
ふとクリスという存在がAIなのか、それとも人が対応しているのかと今更な疑問がジンの頭をよぎった。
「それでは進めますね。 先程の装備欄をご覧になってください」
疑問を頭から振り払い、言われたように見てみると既に剣は装備欄に登録してあった。確かに今までさんざん剣を振り回していたのだから、装備していなかったら逆におかしな話になる。
「今回ジンさんは自然と剣を装備しておられました。道具の時もそうでしたが、イメージすれば基本自動的に登録は行われます。慣れればさっきのように簡単に装備する事も、道具も使う事も出来ます。武器やアイテムはイメージが簡単ですので、すぐに慣れると思います」
「武器は」と限定すると言う事は、防具なんかは難しいのだろうかとジンは疑問に思った。確かクリスが着ているような全身金属鎧は、装備に時間がかかるという話を聞いた覚えがあったのでなおさらだ。
「防具の場合は私の着ている全身金属鎧のように装備に時間も手間もかかるものがあります。もちろん一から身に着ける事も可能ですが実際大変な手間ですので、装備オプションの事前登録機能を利用される事で一瞬で装備が可能になりお勧めです」
ジンは言われて装備メニューを確認すると、そこに事前登録装備という項目を見つけた。そこには既に、木剣を除く服やズボン等の装備が登録されていた。
「それでは『チェンジ』と口に出してみてください」
ジンが言われたとおりに口に出すと、手に持っていた剣が消えてしまう。
一瞬あせるジンだったが、すぐに道具メニューを呼び出してそこに木剣がある事を確認して息をつく。
「今のは事前登録してある装備に変更したので、事前登録していなかった木剣が道具メニューに戻ったわけです。今度は道具袋にある木剣を事前登録装備Aに登録すると意識するか、ドラッグ&ドロップしてみてください」
今度は念じるのではなくドラッグ&ドロップを試してみるが、これも問題なく登録できた。そしてもう一度『チェンジ』と口に出すと、今度は腰に木剣が下げられた状態に変わった。
「事前登録された武器は、特に意識しなければ持ち運びする位置に装備しますが、剣を持っている状態をイメージすればそのように装備する事が可能です。 現在は事前登録はAの1つのみですが、もっと増やす事も可能です。例えば一つは何も身に着けていない状態で登録しておくと、すぐに着替えが終了するので宿屋で休む時等に便利だと思いますよ。他にも使い方は色々あると思いますので活用してください」
確かに便利だとジンは思う。
手間暇かかる現実の部分とゲーム性とのバランスでこういう仕様にしたのだろうと思うが、使い方によっては凶悪だ。例えば魔術師装備で遠距離攻撃で牽制し、敵が近づいてきたら戦士装備で近接戦といった戦い方も可能だ。
ゲーム的にはこのチェンジはどんどん利用したほうが強くなれると思うが、VR世界をロールプレイすると考えるなら単なる着替えレベルの利用だけにとどめて置いたほうが良いだろう。
まあ使い方はそのうち考えようと、一旦ジンは判断を保留する事にした。
【チュートリアル② 装備を確認しよう クリア 報酬:MP回復ポーション(小)】
「おめでとうございます。もうお分かりかもしれませんが、ジンさんのイメージさえはっきりしていれば、キーワードの変更もメニューやゲートの位置変更も自由です。もっと細かい変更、例えばアイテムを種類別でフォルダ分けして登録するとか、良く使うアイテムを集めて新規にウィンドウを作成するとかも問題なくできます。ようはジンさんのイメージ次第という事です」
あくまでゲームとして便利に効率よく進めたい人もいれば、極力リアリティを追求して仮想世界を楽しみたいという人もいる。一人用のゲームであるからこそ、そのあたりの判断をプレイヤーに任せてくれるのであろう。
VR世界を楽しむ事が最優先のジンにとっては、臨機応変な対応が可能なこのシステムはありがたかった。