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変化した生活

 アリア、エルザ、レイチェルの順でおめでたい話が続いたが、中でも一番最初に妊娠が発覚したアリアは妊娠七カ月目に入っており、そのお腹もだいぶ大きくなってきている。

 今の体型では鎧が合わないのはもちろんだが、そもそも冒険者の活動は妊婦に適した適度な運動量からはかけ離れている。

 そのため彼女達は妊娠が発覚した直後から冒険者活動を休止し、もっぱら家のことに専念するようになっていた。


「うん。全問正解ね。それに魔法文字も綺麗に書けてるわ。……頑張っているわね」


「えへへ。そう? 嬉しいな」


 アリアが微笑みとねぎらいを受け、トウカもその心のままに笑顔を浮かべる。

 家のことに専念するようになった彼女達が最も力を入れるようになったのが、娘であるトウカの教育だ。常に誰かが家にいるようになったのでトウカを孤児院に預ける必要がなくなり、トウカは母親達から密度の濃い指導を受けられるようになっている。

 今も午前中の日課となった魔法文字の書き取りを終え、仕上げとしてアリアお手製の小テストを終えたところだった。


「ちゃんと自習もしているみたいね。感心感心」


 アリアが目を細めながらトウカの頭を撫でる。トウカの教育により力を入れるようになったとはいえ、彼女達がスパルタな詰め込み教育を良しとするはずもなく、休憩時間はたっぷり取っているし、夕方以降は完全に自由時間としている。だがそれでも自主的に努力を惜しまない愛娘の姿勢は、アリアの目を細めさせるには充分だった。


「だってお父さんとも約束したし。それに……」


 冒険者になりたいというトウカの夢を応援しているものの、ジンは親心からいくつかの条件を出している。こうして勉強している魔法の習得もその一つだが、トウカ自身もそれを納得し、彼との大事な約束として捉えていた。

 アリアの手の感触にくすぐったそうに微笑みながら、トウカは続ける。


「もうすぐお姉ちゃんになるんだし、お姉ちゃん凄いって言われたいの」


 弟か妹かはまだわからないが、尊敬される姉でいたい。それはトウカの素直な気持ちだった。


「うふふ。トウカは良いお姉ちゃんになりそうね」


 より一層の愛情を込め、アリアはトウカの頭を優しくなで続けるのだった。



 ひとまず午前中の魔法の勉強を終え、トウカは昼食と休憩を済ませてから庭へと向かう。


「よーし、今日も一緒にがんばるぞ」


「はい!」


 そこに待っていたのは母の一人であるエルザだ。これから剣術や体術の稽古が始まるのだが、この場にはもう一人指導を受ける者がいた。


「よろしくお願いします!」


 額から出た小さな二本の角を持つ少女――ミュゼもまたトウカと共にエルザから指導を受けている一人だ。牛系有角族である彼女も冒険者を志しており、リエンツで再会して以降、彼女にとってもこうして毎日トウカと共に稽古をするのが日課となっていた。


「うんうん。それじゃあまずは軽く素振りからだな」


「「はい!」」


 準備運動を済ませ、それぞれ専用の木剣を手にした二人がエルザの前に立って剣を構える。ちなみにミュゼが持つそれも、ジンがトウカの親友のために作り上げたものだった。

 気合い十分な二人の様子に、エルザは満足そうに微笑む。


「それじゃあいくぞ! 1!」


「「1!」


「2!」


「「2!」」


 エルザのかけ声に続いてトウカとミュゼが木剣を振るう。大きく振りかぶり、真っ直ぐに振り下ろす。ただそれだけから始まった素振りは、斜めや横、そしてそれぞれに相応しい足捌きまで加わり、次第に複雑に変化していく。


「ほら、重心の移動も意識して!」


「「はい!」」


 凄腕の戦士であるエルザという見本を目に焼き付けるように、二人は真剣に稽古に取り組んでいた。


「――よし! それじゃあ休憩だ。汗を拭いて水分もしっかりとるんだぞ」


 まだ体力が充分ではない二人のために休憩はこまめに取るようにしていたが、同時にそれは二人のためだけではない。妊婦に必要な適度な運動の範囲で収めるためにも、エルザにこそ休憩は必要なものだった。


「エルザお母さんも休憩しなきゃ駄目だよ。はい、タオルとお水。椅子にも座って」


 妊娠五カ月の妊婦にとって素振りが適当な運動量かどうかは意見が分かれるだろうが、いずれにせよトウカにとっては心配するなという方が無理がある。自分の休憩もそこそこに、トウカは甲斐甲斐しくエルザの世話を始める。


「軽くしかやってないから、心配しなくても大丈夫だって」


 こうして気遣われるのは嬉しくはあるものの、エルザにとっては大した運動量ではない。あくまでジン達との訓練と比べればの話ではあったが、そう思う彼女の顔からは大げさだと苦笑が漏れてしまっていた。


「駄目ですよ、師匠。また怒られちゃいますよ?」


 そんなエルザにミュゼも釘を刺す。

 一応エルザにも妊婦の自覚はあったものの、数カ月前にたまたまその訓練を目にしたジンにとっては明らかに妊婦に適当な運動量の範疇を超えており、結果として苦言を呈さずにはいられなかった。それは怒られると言うほど一方的でも語気が強くもなかったが、なにより心配そうに見つめるジンの目がエルザには堪えた出来事だった。


「……わかった。私の訓練はこれくらいにしとく」


 やはりエルザにとって一番の薬はジンなのだろう。この後エルザはトウカ達に言われるがままに体を休めつつ適度に体を動かすにとどめたが、それでも指導を受けるトウカたちにとっては有意義な時間であることに変わりはない。


「「――ありがとうございました!」」


 そしてエルザに少しだけ不完全燃焼なモヤモヤを残しつつも、この日も無事稽古を終えるのであった。



 自宅へと替えるミュゼに別れを告げると、トウカは夕食作りのお手伝いを始める。これもまたトウカにとってのルーチンワークだ。


「――うん、いい味だよ。トウカちゃん」


「えへへー」


 自らが味付けしたお味噌汁スープをレイチェルに褒められ、トウカが照れくさそうに微笑む。

 妊娠が発覚した以降、冒険者としての活動を休止しているのはレイチェルも一緒だが、彼女は代わりに神殿付属の治療院に勤務することが多くなっている。そして毎日の食事についてもジンの代わりに一手に請け負うようになっており、トウカへの料理指導もまた彼女が担当していた。


「うふふっ。お野菜の切り方も上手になったし、今度はお魚の捌き方を教えましょうか」


「うん! よろしくお願いします、レイチェルお母さん」


 料理技能については全ての冒険者に必須というわけではないものの、少なくとも快適な冒険者活動が出来るかどうかはこの技能に懸かっているのは間違いない。数日にも及ぶ依頼の場合など、この技能がなければ貴重な食料を無駄にするだけでなく、まずい飯はやる気も大きく削ぐことになるからだ。

 ましてやトウカは『料理』スキルを持つジンやレイチェルの作る美味しい料理を毎日食べ、これまで経験したことがある野営も『無限収納』を持つジンがいてこそ可能なものだけだ。自分が冒険者になった後のことを考えると、食事に関して無頓着でいられるはずもない。

 料理についてはジンとの約束には入っていなかったが、なにより自分の為、トウカは積極的に取り組んでいた。

 

「今度ジンさんがお休みの時は、一緒にお料理を作ってビックリさせてあげましょうね」


「うん。頑張る!」


 もちろん『料理』スキルの習得にはまだまだ遠いし歩みも遅いが、トウカの成長は着実に目に見えている。その上達をジンが喜ばないはずもない。


「うふふ、頑張りましょうね」


 とりあえず今日のところはこのスープはトウカが作ったと伝えましょうかと、おそらくは感動するであろうジンの顔を思い浮かべ、満面に笑みを浮かべるレイチェルであった。




「「『ただいまー』」」


「おかえりなさーい。お風呂湧いてるよ」


 世界が夕闇に染まろうとする頃、ファリスやシリウスを伴って帰宅したジンをトウカが玄関で迎える。

 既に『迷宮』はこのリエンツの地から消え、次に『迷宮』を必要とする場所へ移動している。そのため現在の彼らは冒険者の本道とも言うべき依頼を地道にこなしていた。


「お、ありがとうトウカ。ファリス先に入っちゃって」


「それじゃあ先にいただくよ。いつもありがとうな」


「ははっ、いいって」


 戦闘が激しい『迷宮』ほどではなくとも、可能な限り日帰りで依頼を終わらせる彼らの運動量はそれなりに多く、帰ってからのお風呂は楽しみの一つとなっている。

 ただ、こうしてジンがファリスに冒険後の一番風呂を譲るのはいつものことなので、ファリスも礼を言うだけで遠慮はしない。未だ彼女が望むような関係は遠いが、それでも仲間、そして友人としては確かな関係を築いていた。

 そのまま二人は笑顔で玄関横の荷物置き場に向かう。


『ただいま。姉上』


「シリウスもおかえりー。はい、足ふき用のお水だよ」


 一方少し遅れてシリウスも改めてトウカに帰宅の挨拶をする。聖獣たるシリウスは己の成長の為、基本的にジン達二人の冒険に同行していた。

 トウカは覚え立ての生活魔法『ウォータ』でシリウス専用の桶に水を出すと、足を洗い終えたシリウスの足を雑巾でぬぐう。


「うん、綺麗になった。行こう、シリウス」


『ありがとう、姉上』


「どういたしまして。それで今日はどうだった?」


『今日は……』


 種族は違えども仲の良い姉弟は、おしゃべりをしながらリビングへと向かう。この後は楽しい夕食の、そして団欒の時間が待っている。

 彼らの生活自体はアリア達三人の妊娠発覚を機に以前とは大きく変化したが、それでもこの笑顔溢れる団欒の時間は変わることはない。


 もちろん現在の生活に課題や問題点が皆無というわけではなかったが、それでもジン達七人は今の何でもない日々に幸せを感じていた。

お読みいただきありがとうございます。


どうもここしばらく上手くいかない日々が続いており、更新や新作の発表が遅れております。申し訳ありません。


次回は書籍七巻の発売日である11月5日頃に、お知らせの意味も込めて更新したいと考えております。


どうぞよろしくお願いします。


ありがとうございました。

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