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新婚さんと迷宮

遅くなって申し訳ありません。

 予想外に多くの祝福を受けた結婚式も終わり、既に一週間が経過している。式の後二日ほどは王都や村に戻るミリアやバーン、シーリンといった者達を見送ったりと何かと忙しかったが、その後五日間、ジンは妻達と共に前世を含めて初めてとなる新婚生活を満喫している。

 一応ジン達もトウカやシリウスの手前幾分抑えてはいるつもりのようだったが、それでもなお糖分過多の毎日を過ごしていた。

 

「――いかんな。そろそろ気を引き締めないと」


 ここ数日締まりのない顔をしていたジンが、そう言うと自らの頬をパンパンと軽く二度叩く。

 魔獣に襲われる危険性があるこの世界に新婚旅行という慣習はないし、ジンもそこにこだわるつもりはなかったので、ここしばらく買い物やトウカの送り迎えで外に出る事はあっても、基本的には自宅で過ごしていた。おかげでのんびりと新婚生活は満喫できたものの、この期間は依頼はおろか訓練もかなり控えめなものとなっている。


「確かに。朝に少し体を動かすだけで、後はトウカの訓練を見ていたくらいだったからな」


 自分もジンと同類だった自覚があるのだろう。エルザは明後日の方向を見ながら頬をかく。


「一応予定通りだったとはいえ、ファリスも待たせちゃったし、確かに気合いを入れ直さないといけないわね」


 元々結婚式後七日間は休暇の予定ではあったのだが、アリアとしても特にこの数日は幸せな毎日に浸りすぎていた自覚はある。

 その間ファリスは『迷宮』にも行けず、ずっとギルドの訓練嬢でオズワルドの指導を受けていた。それはそれで貴重な経験ではあるのだが、『迷宮』を目の前にして行けないというのは、ファリスにとって生殺し以外の何ものでもないだろう。


「はい。『迷宮』があるのもそれほど長くはないでしょうしね」


 レイチェルが言うように、そもそも『暴走』で魔素を大量に消費したあの日から三カ月以上が経過している。過去の転生者によって造られたこの『迷宮』が持つ魔素が薄い場所から濃い場所へと移動する特性を考えると、いまだにその前兆が見られない現状の方が意外なほどだ。


「だな。せっかくなら、あと半年くらい『迷宮』が存在していてくれるとありがたいんだけど、こればっかりはなるようにしかならならないな」


 できるだけ『迷宮』がここから移動しないでくれると助かるのは事実だが、世界には魔素を消費する『迷宮』を必要とする場所が他にもあるのも間違いないだろう。そう考えると、ちょっとだけ自分が我が儘を言っている気分にもなり、ジンは決まり悪げにボリボリと後ろ頭を掻く。


 ただ、数カ月前まで比較的近くに二つの『迷宮』が発生するほど魔素が溢れていたことを考えると、大量の魔獣を討伐した今でも魔素異常は完全には治まっていないのかもしれない。しかし、それでも『暴走』を撃退したことで大量の魔素を消費した以上、半年どころかその半分の三カ月後ですら『迷宮』がこのまま存在し続けてくれる可能性は低いとジンは考えていた。


「ふふっ。せっかくの訓練施設なんだから、ここにあるうちは存分に使わせていただきましょう」


 そんなジンの葛藤に気付いたのか、アリアが思わず笑みを漏らす。ジンのこんな変な真面目さも、彼女にとっては魅力の一つだった。


「そうですね。せっかくジンさんの先輩が遺した『迷宮』なんですから、ファリスさんはもちろん、私達もどんどん成長レベルアップしましょう」


 名も知らぬ過去の転生者が作り上げたこの『迷宮』は、攻略する冒険者達の成長を第一に考えた造りになっている。過去自分達がそうしたように、ファリスもこの『迷宮』を有効活用することによってレベルもスキルもどんどん上がるはずだ。

 そしてジン達にとっても、この『迷宮』で鍛えていくことができればAランク冒険者の条件であるレベル50もそう遠くはないだろう。


「できれば迷宮最下層のボスに再挑戦したいな。前回はジンに頼り切りで良いとこなしだったから、今度はリベンジしたい」


 何とか倒すことはできたが、迷宮最深部を守っていたボスはかなりの強敵だった。あれから少しはレベルアップしたものの、まだエルザには対等に渡り合える自信はない。

 だからこそこれから『迷宮』で自らを鍛え上げるつもりなのだが、それも『迷宮』がこの地にあとどれくらい存在してくれるかにかかっていた。


「あ~。確かにエルザの気持ちもわかるけど、当面はファリスの訓練が優先だよ? 二手に分かれるというのも選択肢としてはあると思うけど」


 ジンは確かにあの戦いはギリギリの綱渡りだったと苦い顔で思い返す。再挑戦したいというエルザの気持ちは理解できるが、前提としてレベルとスキルの更なる向上が必要になる。ファリスの育成を第一に考えなければならない現状では、両立するのはいささか難しいと思わざるを得なかった。


「まあ、そのあたりはファリスの成長と相談しながらやっていくしかないでしょう。……ただ、できれば私はジンさんと一緒に行動したいけど」


 もし二手に分かれるとなるとしても、おそらくジンはファリスと共に行動し続けるだろう。ジンが最も成長しなければならないファリスを放っておいて、自らの成長を優先させるわけがない。そう思うアリアは、やや顔を赤らめながらもボソッと要望を伝える。


「私も別に嫌なわけではないのですが、できればジンさんと一緒がいいです……」


「あ! ずるいぞ、二人とも。私だってジンと一緒がいいに決まってるだろ」


 照れくさそうにアリアに続くレイチェルを見て、エルザが焦ったように声を上げる。そして自分を見つめるジンと目が合い、更には自分が言った台詞を思い返したエルザの顔が一瞬で真っ赤に染まった。


「あ、う、その……。とにかく別行動はなし! 皆で一緒に行動! いいね!」


 どもりながらもエルザはそう言い切る。

 なんと言ってもまだ結婚して一週間しか経っていないのだ。その間にジン達の関係は一段と深くなっていたが、ここでそれを掘り下げるのは野暮の極みだろう。

 そんな新婚ホヤホヤの彼女達が、好き好んでジンと離れたいはずもない。


「ふふっ。ああ、そうだね。皆で一緒に頑張ろっか」


 そしてそれはジンも同じ気持ちだったし、顔を赤くするとまではいかないものの、照れくさそうな笑みを浮かべながら応える。


「はい、一緒に頑張りましょう」


「はい、一緒です」


「うん、一緒にだな!」


 そう言ってアリア、レイチェル、エルザの三人は、それぞれ照れくさそうに、嬉しそうに、そしてこの上なく幸せそうに微笑むのであった。




 翌日以降、ジン達はファリスとシリウスも加えた五人プラスワンで『迷宮』へと潜り始める。過去に自分達がしたように、安全マージンギリギリのところでファリスを鍛え、着実かつ驚異的なスピードでファリスは成長していくことになる。

 そして『迷宮』は、ジン達が潜り始めてから約半年もの間リエンツに存在し続けた。それは図らずもジンが希望的観測として口にしたものとほぼ同じ期間だったし、それだけあれば彼らがボスと対等に戦えるレベルまで己を鍛え上げるのも不可能ではないはずだった。


 ――だが、結果としてジン達が最深部のボスと再戦することはついになかった。それはファリスの成長が充分ではなかったという理由もないわけではなかったが、それでも再挑戦自体は不可能ではなかっただろう。

 それでもなおジン達が再挑戦しなかった理由。それは約三カ月後に判明したある出来事――それはアリア妊娠の発覚だ。


 そしてこのおめでたい出来事は、その後数カ月の間隔を空けて、エルザ、そしてレイチェルと続くことになる。


 このことにより、残念ながら目標としていたボスへの再挑戦ができないことになったが、彼女達から一切の不満が出なかったのは当然であろう。

お読みいただきありがとうございます。

次回は遅くとも二週間以内に更新したいと考えております。


またお知らせですが、『異世界転生に感謝を』の最終巻となる七巻が11月5日に発売となります。

かなり前からamazonや角川のホームページなどで告知されていたので、既にご存じの方も多いかもしれません。こちらもお知らせするのが遅くなって申し訳ありませんでした。


できましたら応援をよろしくお願いします。


ありがとうございました。

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