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千客万来

 ジン達がリエンツへと戻って五日ほど経つ頃には、慌ただしい日々も大分落ち着き、結婚式に伴う各種手配もほとんど終了している。


 式への参列予定者の都合も確認が終わり、それぞれの親族はもちろん、ガンツやグレッグ一家の承諾もとれた。また、打ち上げ場所として『旅の憩い亭』を貸し切ることもできたし、オルトやビーンといった親しい人達への連絡もほとんど終わり、ほぼ全員が式の後の打ち上げに参加してくれることになった。あと二~三日もあれば指輪も完成する予定だし、式の時に着るドレスやスーツも問題ない。


 一般的な結婚式において、新郎新婦はめかし込みはするものの普段使いできないようなドレスを新調することはほとんどない。ドレスを新調することは奥さん達が綺麗に着飾った姿を見たいというジンの個人的な希望で決定したものだったが、結果的には貴族らしい装いになったと言えるだろう。


 そして唯一連絡がつかなかった『風を求める者』の面々が、ようやく有角族と共にリエンツに帰ってきた。


「やあ、ジン君! 久しぶり!」


 到着の知らせを聞いてトウカと共に出迎えに出たジンだったが、そこには『風を求める者』の他にも意外な人物がいた。


「なにしてるんですか。ミリアさん。マキシムさんまで」


 ジンは彼女達が来た理由が自分達の結婚式以外にないとなんとなく理解はしていたが、あまりにも想定外過ぎただけに思わず呆れたような声を出してしまう。そもそもミリア達が式に参加する予定はなかったし、ジャルダ村を出発する際にもそんなそぶりは一切感じられなかった。


「おばあちゃん!」


「おう、トウカ! 良い子にしてたかい?」


「うん!」


 ただトウカにとっては嬉しいサプライズだ。ジャルダ村での別れに寂しい思いをしていただけに、満面の笑顔でミリアの懐に飛び込んでいた。


「おどろかせただろ。ごめんよジン君。いきなり結婚式に参加するっていいだしてね」


 マキシムが笑顔でジンに話しかける。


「ほら、ジン君達が出発する時にミリアは見送りに来なかっただろ? あれって付いていきそうになるのを我慢するためだったみたいでさ」


 ハッキリとは口にしないものの、どうやらミリアはトウカとの別れも寂しかったらしく、ジン達が村を離れてすぐにミリアが結婚式に参加すると言いだしたのだそうだ。ただ結婚式に出るとなれば一カ月以上村を空けなくてはならないため、ミリアはジン達と一緒に行くわけには行かないと自制していたのだろう。その後ミリアはすぐに自分達が村を離れても大丈夫なように手配を始め、後顧の憂いを無くしてからリエンツに向かう有角族達に同行したのだそうだ。


「なんというか、ミリアさんらしいというか……。ただ驚きはしましたが、マキシムさん達がこうして来てくれたのは嬉しいです」


 結婚式に出席すると決めてからの行動は早かったが、逆に言うとジンが旅立つ朝まで迷っていたのは即断即決のミリアらしくなかったのかもしれない。だが、それだけ責任感の強いミリアが、悩んだ上で自分達の結婚式に出席することを選んでくれたのだ。

 元々ミリア達の移動の苦労や仕事の都合等を気遣って諦めていただけなので、こうして出席してくれることになってジンが嬉しくないはずがない。

 ジンはマキシムに対し苦笑交じりで応えながらも、隠しきれない嬉しさが後半はダダ漏れだった。


「さあ、宿を取ったらギルドに行くよ。メリンダに会って家に連れて行ってもらわなきゃ」


 そしてミリアのもう一つの目的として、グレッグやメリンダというかつて仲間達が長年待ち望んでいた赤ちゃんを見たいというものがある。


「トウカも明日からなら稽古を見てあげられるからね」


「うん! お願いします!」


 どうやらミリアの中では今日中にグレッグ宅を訪問することは確定した未来のようだ。

 嬉しそうに返事をするトウカに目を細めながらも、先にギルドに行って知らせておこうかと考えるジンであった。


 ――タイミングというものは不思議なもので、時には立て続きにハプニングが起こることがある。この日に入った意外な知らせは一つではない。


「両親が王都から来たみたいで……」


 ミリア達に続き、なんとレイチェルの両親であるマクスウェルとクラウディアもリエンツにやってきた。

 ジン達はミリア達と同じ理由で彼らの結婚式への出席を諦めていたが、王都の神殿長が気を利かせ、ジン達が結婚式を挙げるまではリエンツへの出向という形をとってくれたのだそうだ。


「もう! 手紙くらいは出せたはずなのに」


 ジン達は王都からジャルダ村を経由してリエンツに帰ってきたので、確かにその余裕はあっただろう。レイチェルは手紙があれば心の準備が出来たのにとぼやくが、隠しきれない頬の緩みが全てを物語っていた。


「ふふっ。いいことじゃない。でも、こうなると早めに結婚式を挙げることになってて良かったのかもしれないわね」


 素直になれないレイチェルにアリアが微笑みかける。

 バーン達の希望により式を挙げる日取りは早まったが、そのおかげでミリアやマクスウェル達への負担は最小限に抑えられるだろう。

 実際二組とも思いのほか早く結婚式が挙げられることに驚いていたし、それは仕事を休んで来ているも同然の彼等にとっても喜ばしいことだった。


「そういえば両親はミリアさんやバーンさん達とも会ったみたいです」


 マクスウェル夫妻はたまたまギルドに来ていたバーンやミリア達と初対面を済ませ、そこで夫妻はジン達の結婚式に参加した後は王都へと帰るバーン達に同行させてもらうことになったそうだ。


「ああ、私も聞いたよ。どうやら母さん達は親族だけで食事会をするつもりらしい。クラークさんやヒルダさんも誘ってな」


 レイチェルの両親との初対面を済ませたミリアは、これ幸いと親族だけで親睦を図るようだ。お互いの親族達が仲良くなるのは喜ばしいことではあったが、立て続けに増えた参列者達にジンは戸惑いもあった。


「なんというか、嬉しいんだけど予想外すぎて……」


 参列者が増えたところで、それほど手間が増えるわけではないし、祝ってもらえる人が増えるのは嬉しいことなのは間違いない。ただジンが行った両親への挨拶回りは、彼等が式に来られないからこそ絶対しなければならないと決めてやり遂げたという側面もある。いずれにせよ挨拶には行っただろうが、それでも少しだけ脱力感を覚えるジンであった。


 そして翌日、最後の予想外がやってきた。


「まったくもう! 水くさいわよ!」


 最後に現れたのはエルザの元相棒で子爵位を持つ貴族、シーリンだ。


「とりあえずまだ式をあげてなくてほっどしたわ。ジンも貴族になったことだし、一応一家くらい貴族が式に参加した方がいいと思ってね」


 任地で仕事中だった彼女とは先日の王都滞在中には会うことは出来なかった。だが、ジンが貴族になったことやエルザが置き手紙で残しておいた結婚の予定などを聞いて、慌てて時間を作ってやって来たのだそうだ。


「ありがとう。気を遣ってもらったんだな」


 シーリンは子爵なので名目上子爵のジンとは一応同格となる。箔付けには足りないかもしれないが、それでも親交をアピールすることはできるだろう。


「もしタイミング合わなかったとしても、こうして私が来た事実が残るからね。今後貴族づきあいをするつもりはないでしょうけど、侮られる要素はできる限り減らしておいた方がいいわ」


 シーリンもそれほど長期間リエンツに滞在することはできない。今回はたまたまタイミングが合ったのでよかったが、結婚式が終わった後に来たり、式が始まる前に帰らなければならない可能性もあった。それでも彼女がリエンツに来たのは、貴族になったばかりで知り合いもいないであろうジン達のためであった。


「――それがまさかバスティアン王子達がいるなんてね……」


 一時間後、私は必要なかったのではとシーリンはがっくりと肩を落としていた。まさかジン達が王子達と深い親交を結んでいると考えるはずもない。


「いや、こうして来てくれるだけでも本当にありがたいよ。バーン達はたまたま結婚式を行われる時期に居合わせたというスタンスだから、シーリンのようにわざわざ足を運んでくれた人がいるという事実は大きいからね」


 ジンがシーリンをフォローするが、実際それは間違いではない。王子であるバーンはともかく、クルトやフェル、ヴィーナもあくまで貴族の子女であって当主ではない。シーリンのような当主がわざわざ足を運んだという事実は決して小さいものではなかった。


「うん、まあいいわ。たとえ無駄だったとしても、エルザ達の結婚式に参加できるんだからよしとしましょう」


 シーリンは意識を切り替える。いずれにせよ親友であるエルザはもちろん、シーリンはアリアやレイチェルのことも友人だと思っている。それはジンに対しても同じなので、友人達の結婚を直接祝えるだけでもシーリンにとっては喜ばしいことだった。


「ところでジン、あなた装飾品なんか用意してないわよね?」


 ジン達の助けになるために来たシーリンが、その本領を発揮し始める。


「え? 一応指輪くらいは……」


「やっぱりそうか。よかったわ準備していて。アリア、エルザ、レイチェル。ネックレスやイヤリングみたいな装飾品もいくつか持ってきたから、後で見せるわね。気に入った物があったら結婚式でつけなさい。貸すから」


 女性を輝かせるものとして服だけというのは寂しい。装飾品の輝きは女性を寄り魅力的に見せるものだし、貴族であれば必須と言ってもよかった。

 今回の結婚式にそんなところまでうるさく言う者はいないだろうが、友人としてシーリンは万一にもジン達に恥をかかせるつもりはなかった。


「そっか。ごめんシーリン。助かったよ」


「いいのよ。ジンみたいな男の冒険者にとっては、綺麗なだけの装飾品には興味ないでしょうしね。でも冒険者であっても女は宝石って嫌いじゃないのよ? 気が向いたらプレゼントしてあげなさいよね」


「心します!」


 貴重な忠告をしてくれたシーリンに対し、心からの感謝を捧げるジンであった。

お読みいただきありがとうございます。

次回更新は一週間後あたりを考えていますが、次々回はその1~2日後に更新するつもりです。


どうぞよろしくお願いします。


ありがとうございました。


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