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準備

 そして数日後にはジン達は予定通りにリエンツに到着した。


「ここがリエンツの街か。……活気があっていい街だな」


 街ゆく人々の笑顔につられるように、思わずファリスの顔がほころぶ。ジン達が旅立つ前はまだリエンツの街に地震の被害が色濃く残っていたが、三カ月近く経った今ではすっかり元の街並みを取り戻している。

 更には『暴走』という大きな危機を乗り越えた自信からか、リエンツの街はより一層活気が増しているようにも見えた。


「……ああ。本当にいい街なんだよ、このリエンツは」


 ジンは誇らしげに、そして噛みしめるようにファリスに応える。久しぶりに見るリエンツの街の様子に、ジンはようやく帰ってきたんだとわき上がる喜びを抑えきれないでいた。


 せっかくなのでバーンやファリス達にリエンツの街を案内したいところだったが、ジン達の護衛任務はこのリエンツでお役御免となる。そのためジン達はまず冒険者ギルドに向かい、そこでバーン達の護衛任務の終了と引き継ぎを行う。新たに担当するのはバーン達の同窓生であるコーリンが率いる『セーラムの棘』とAランク冒険者であるオズワルドだ。

 ジン達はここで一旦バーン達とは別れることになるが、この時点で既に彼らは後日ジン達の自宅に遊びに行く約束をしていたし、彼らとの付き合いが終わったわけではない。

 また護衛につくコーリン達はCランクながら『暴走』以後も『迷宮』で鍛え続けている実力者だったし、そこに現役のAランクであるオズワルドまで加わるのだからバーン達の安全は確保されたも同然だろう。


 こうして久しぶりに完全にフリーになったジン達は、このすぐ後から自宅の掃除やご近所への挨拶回りなど、各所への帰還の報告とファリスを加えた新しい生活のための準備に追われることになる。

 そして翌日の午後になると、そんな忙しい時間の合間を縫ってジンは一人である場所を尋ねていた。


「――指輪か」


「はい。四人分の指輪を作りたいんですよ」


 この日、ジンが訪れていたのはガンツの武器屋だ。ジンが物作りで困った時に相談するのはいつもここだった。


「指輪は専門外だからな。細工屋でも紹介すればいいのか?」


「いえ。店にあったのはちょっと派手で。『鍛冶魔法』でシンプルなものを作りたいなと」


 四つの指輪とはもちろん結婚指輪のことだが、ジンが考えていたのは宝石をあしらった豪華なものではなく、シンプルなリングだ。事前にアリア達に希望を聞いたところ、普段も身に付けられるようなものがいいという希望だったのだ。

ただジンとしては材料にはミスリルを使うつもりなので、価値としては宝石にも劣らないだろう。


「木剣と同じか……お前も物好きだよな」


 そんなアリア達も、まさかジンが手作りするとは考えていない。

 トウカの為に木剣を作った時もそうだったが、いくら前世より器用になったとはいえ、どうせなら手作りでと考えるジンは確かに物好きといえるだろう。


「ははは」


「まあ、いいだろう。いつでもここで作業して構わんし、専門外だが、それでもよければ見てやろう」


「ありがとうございます」


 これで用件の一つは終わったと、ジンは新たな頼み事をすることにした。


「それで式なんですが、ガンツさんも参加してもらえますか?」


「ああ、呑み会だな。もちろん行くつもりだぞ」


「いえ、式に参列して欲しいんです」


「は?!」


 親族でもない自分が参加するわけにはいかないと最初は渋るガンツだったが、こうして式への出席を請われるのは信頼の証でもある。グレッグ達が参加するならという条件付ではあったが、最終的には式への参加を承諾した。


 また、別の日になると、ジンはアリア達三人と共に街の仕立屋を訪れていた。


「わあ、素敵です」


「スカートは慣れてないから、ちょっと恥ずかしいな」


 赤いドレスを身に纏ったエルザを見てレイチェルが顔を輝かせる。


 この仕立屋ではリエンツを旅立つ前にオーダーメイドでドレスを発注しており、今日は三カ月ほどの期間を経てほぼ完成したそのドレスの調整に訪れていた。


「ふふっ、似合っているわよ、エルザ」


 エルザのドレスは首元や肩が大きく見えており、足下もロングスカートながら前面が膝上まで大胆に開いているので露出している部分は一番広い。エルザの行動的な部分を表現しながらも、全体ではエレガントな美しさが感じられる。

 その艶姿を褒めるアリアだったが、もちろんドレスを着ているのはエルザだけでない。


「アリアこそ似合っているじゃないか。レイチェルも可愛いし」


 アリアが着ている空色のドレスは、エルザと同じく肩は露出しているものの、胸元から首までがレースで飾られており、彼女のスタイルの良さを際立たせると共に清楚さも感じられた。


「そうですか? うふふ。嬉しいですー」


 レイチェルのドレスは明るい黄色で、スカートの丈は膝下あたりと三人の中では一番短かったが、可愛らしいフリルの数々や腰元の大きな花飾りが彼女の成長途中の美を見事に表現していた。


 ジンとしてはこれらのドレスはもちろんウェディングドレスのつもりだったが、色は各人の好みに合わせたので白色ではなかったし、作りもどちらかといえばシンプルではある。現代人の感覚で見るとウェディングドレスというよりもパーティドレスやワンピースの方が近いかもしれない。


 だが、それでも彼女達の魅力を引き出すという意味では何の問題もなかった。


「皆きれいだよ。ちょっと感動しちゃった」


 ジンが率直な感想を口にする。照れはあったが、それでも自然と口から出ていた。


「……っ」


 ジンから絶賛されたのは嬉しかったが、三人は恥ずかしさのあまり上手く言葉を返せないでいる。最近ではこうしたジンの発言でアリア達が身もだえする事も増えてきた。


「……ジンさんも素敵ですよ」


 一応この仕立屋でジンも結婚式用のスーツを頼んでいたが、特にこだわって注文をつけたわけではなく、その仕上がりはアリア達三人のそれとは比べものにならない。


「そう? 嬉しいな、ありがとう」


 負けじとアリアがジンを褒めるが、ジンは結婚式においては自分はあくまで引き立て役だと心得ている。なので褒められて嬉しくはあったが、それほど照れずに済んでいた。


 ……ただ、自分達ほど照れてくれないジンの態度は、最近負けっぱなしの女性陣の心に火をつけることになる。近い将来ジンが照れまくる未来が確定したが、それはそれで幸せな未来だった。


 そんな色々な意味で充実した数日間だったが、その中でも最も大きなイベントだったのは、グレッグの娘との初対面だろう。

 この日はファリスの紹介も兼ねてジン達は全員でグレッグ宅を訪問していた。


「かわいいよー」


「ぷくぷくしてるな」


 柔らかな産着に包まれて眠っている赤ちゃんを前に、トウカとエルザがとろけそうな笑みを浮かべている。眠っている赤ちゃんを起こさないように小声で話してはいるが、有り体に言ってメロメロだ。


「ふふっ、眉のところがサマンサさんに似てますね」


「やっぱりそう思う? 目元はグレッグに似ているのよ」


 レイチェルの指摘にメリンダが嬉しそうに応える。彼女にとっても、この赤ちゃんは可愛い我が子同然だった。


「ほんと可愛いわ……」


 アリアもうっとりとした顔で赤ちゃんを見つめる。そこに少しだけ自分の将来を投影しているようだ。


「うふふっ。大変なこともあるけど、やっぱり可愛いわよー。アリア達ももうすぐなんじゃない?」


 夜泣きや授乳などでゆっくり眠れない日々が続くなど、お母さんは大変だ。グレッグやサマンサのフォローもあってなんとかやっていけているところもある。そして何より、こうしてすやすやと眠る我が子の寝顔を見ることが何よりの幸せであり、励みだった。


「私達は……どうなんでしょう? 子供が出来たら嬉しいんですけど」


 現在のアリア達は、グレッグ達Aランクほどではないにしろ充分高レベルの範疇に入っていると言えるだろう。子供が出来るに越したことはないが、そう簡単にはいかないであろうことは覚悟していた。


「あら、心配性ね。私は何とかなりそうな気がしてるんだけど?」


 サマンサはそんなアリアをからかうように微笑む。疑問符を浮かべるアリアに、まるで当たり前であるかのようにサマンサは続ける。


「だってあのジンさんが貴方達の旦那なのよ? あの(・・)ジンさんが常識になんてとらわれる存在かしら?」 


 高レベル同士ほど子供が出来にくい。これはこの世界の常識であったが、何故かサマンサのいう事も否定できない気がアリアにはしていた。


「そう言われると……」


「うふふっ。まあ頑張りなさい。もし出来なかったとしても、もうあんた達にはトウカちゃんがいるんだし」


 自分の腹を痛めて産んだ子供という存在に憧れはあるが、たとえ血は繋がっていなくともトウカが自分達の子供であることに変わりはない。


「そうですね」


 サマンサの言葉に気が楽になるアリアであった。


「そういえばファリスちゃんも良い子みたいね。あの子もジンさんの妻の座を狙っているんでしょう?」


 サマンサの視線の先にはジンと共にグレッグと話してるファリスの姿がある。


「そうなんです。色々な意味で将来が楽しみな子ですよ」


 アリアもファリス達に視線を向けて微笑む。それはアリアだけでなく、エルザやレイチェルにも共通する掛け値無しの本音だった。



「――いよいよ明日か明後日くらいにリエンツに移住する奴らが到着する予定だ。……お前が暇なら初心者講習を手伝ってもらうんだがな」


 アリア達から少し離れたところでは、グレッグとジン、そしてファリスが仕事の話をしていた。

 既にファリスは冒険者登録を終わらせているが、数日後には有角族の冒険者が一気に増えることになる。一部本当の意味での初心者も数人いるが、そのほとんどが元兵士で即戦力の期待のルーキーだ。指導するにもそれなりの者が必要だった。


「オズさんは……バーン達の護衛でしたね。でもグレッグさんがいるなら大丈夫じゃないですか?」


「いや人数が人数だからな。目が届かないのが嫌なんだよ」


 今回冒険者になる有角族は十六名。ジャルダ村で警備兵になった者がいるので人数は少し減ったが、それでもジンが受けた初心者講習の時の二倍以上の人数だ。


「彼等と一緒に『風を求める者』が帰ってきますから、エイブ達に頼んだらどうです? ハードスケジュールかもしれませんが、彼等なら問題ないでしょう」


「それしかないか……。あ、ファリスも初心者講習には参加だ。普段なら任意なんだが、お前等はすぐに上に上がっていくだろうから、そうなると下積み期間が短すぎる。ジャルダ村で見た感じお前等なら問題ないとは思うが、一応ちゃんと指導しておきたい」


 この世界における冒険者の立ち位置は場所によって大きく違う。だからこそグレッグは近い将来にこの街を旅立って行くであろう有角族に、先達としてちゃんと理想と現実、そして冒険者の心得を教えておきたかった。


「初心者講習についてはジンからも話は聞いている。こちらこそ是非お願いしたい。我々は兵士としての訓練は積んでいたが、冒険者としては初心者だからな」


 ただでさえ常識に違いがあるかもしれないので、ファリスとしては自分に足りないものを補える初心者講習は望むところだった。


「それじゃあそろそろ我々もリーファちゃんの顔を見に行きましょうか」


 グレッグとサマンサの間に出来た子は、リーファと名付けられている。いくつか名前の候補はあったが、最終的にはメリンダが提案したこの名前になった。彼女がことのほか喜んだのは言うまでもないだろう。


「まあ好きにすれば良い」


 グレッグ本人としては素っ気ない態度を装っているつもりなのだろうが、口ではぶっきらぼうな言い方をしつつも、真っ先にその腰は浮いている。娘に対してデレデレを通り越してデロデロ状態のグレッグなので、早くその顔を見たくなったのだろう。


 クスクスと笑いながら腰を上げるジンにファリスが声をかける。


「やはり子供はいいものだ。……ジンも欲しくなったら私にいつでも言ってくれ」


「はいはい。なったらねー」


 すっかりお馴染みとなった軽口を交わしながら、グレッグの後を追っていそいそとリーファちゃんの元へと移動するジンとファリスであった。

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