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素直な自分

「それじゃあ行くよ。後を頼む」


 ジャルダ村を旅立つ朝、見送りに来てくれた『風を求める者』の皆にジンは声をかける。


「おう、任せとけ。俺達も四、五日遅れるくらいで帰れるだろうから、リエンツに戻ったらまた呑もうぜ」


「はは、その時はおごるよ。ムースにも改めてお礼をしたかったしな」


 長期間に渡ってジャルダ村を守ってくれているエイブ達だったが、数日後に到着予定の馬車に同行している冒険者に役目を引き継ぐことになっている。

 ジンは長期間に渡って尽力してくれた彼等に感謝していたし、ムースには父親であるサントスへ取りなしの手紙を送ってくれた件でも世話になっている。おごるくらいはむしろ望むところだった。


 今日移住組に先行してリエンツに向かうのはジン達一家とバーン達四人、そしてバーンの補佐をすることになったシェスティとその部下としてデオンとティア、最後にジン達の新しい仲間となったファリスの十四名だ。

 エイブ達以外にも見送りには多くの村人が押し寄せ、そこかしこで別れを惜しんでいたが、ここにミリアの姿はない。今朝もトウカに稽古をつけたミリアは、その後に今日は用事があるからと運動場で別れを告げていた。


「たぶん泣いちゃいそうだから行かないんだと思うよ」


 後でマキシムが笑顔でこっそりとその理由を教えてくれたが、ジンはちょっと意外なような、でも納得が出来るような気もしていた。

 また、トウカはミリアに加えて仲良くなった村の子供達の多くともお別れすることになる。

 そうした別れが寂しくて少し前まですっと泣いていたが、エルザ達の慰めもあってようやく落ち着いている。ジンもまたジャルダ村に来ようとトウカに約束していたし、最も仲良くなった牛系有角族の女の子がリエンツに移住予定なのが救いだった。


「では行ってきます!」


「いってらっしゃい!」


「ありがとうなー!」


 村に残る人々から別れの言葉が次々にかけられる。彼等にとっても、そしてジン達にとっても、彼等がこの世界に来たことをきっかけに生まれた様々な形の絆はかけがえのないものとなっている。そしてその絆はきっとこれからも繋がり続けることだろう。


(ほんとうに良かった……)


 ジンは大きな役目を果たしたかのような満足感と共に、笑顔でジャルダ村を旅立つのだった。


 ジャルダ村を旅立ったジン達は途中の村に寄ることもなく、最短距離でリエンツを目指す。

 ジン達が初めてこの道なき道を通った時はCランクになる前だったが、今ではAランク昇格もそう遠くはないBランクでも有数の力を持つまでになった。今更この道中で出る魔獣が問題になるはずもなく、旅は順調に進んだ。

 ただ、デオンが今まで知らなかった『無限収納』などのジンの力やシリウスの正体を目にして驚く場面はあったが、それも大した出来事ではない。

 ただ、一つだけ厄介なことを言い出す者がいた。


「――それで結婚式はいつするつもりだ?」


 ジャルダ村を出発して三日目の夜、バーンがワクワクしながらジンに質問する。

 バーン達はギルドとの打ち合わせなどのためにしばらくリエンツに滞在する予定だが、王都へ戻る前にジン達の結婚式に出席したいと言い出したのだ。

 だが、ジン達はまだ結婚式の具体的な日取りなどは決めておらず。全てはリエンツの街に帰った後に決める予定だった。


「ジンには色々と世話になったし、友人でもあるからな。友人の結婚式に参加できるなんて、こんな機会は滅多にないんだよ」


 貴族や王族が誰かの結婚式に参加する際には、必ず政治が絡んでくる。特に王族はあいつの結婚式に参加したのにうちの式には参加しないのかと、参加の有無で関係が悪化する可能性もあるため、本来ならバーンは軽々しく友人の結婚式に参加はできない立場だ。


「すまん、ジン。よかったら頼めないか? その、俺もバーンと同じ気持ちだからさ」


 だが、今回はたまたまタイミングが合ったなど、他にもいくつか結婚式に参加する建前となりうるものがある。いつもはブレーキ役のクルトも、今回はバーンに同調した。


「でもなー」


 だが、バーン達のリエンツ滞在がそれほど長期間になるとは思えない。もしバーン達が式に参加するとなれば、式の準備を急ぐ必要があるだろう。

 ジンは友人としてその気持ちは嬉しかったが、素直にうなずけないでいた。


「最初に結婚式の話をしたのはジンだからね。私達がしがらみなしに祝えるなんて滅多にないんだから」


 笑顔で楽しみだと語るフェルにジンも苦笑で返すしかない。ジンが結婚式の話題を出したのは、一応とはいえ貴族になったこともあり、何か貴族ならではの決まり事がないか聞きたかっただけだった。


「いや、俺達は別に箔を付ける必要はないんだけど……」


 そもそもこの世界では結婚式は当事者以外にはその親族くらいしか参列しないもので、友人知人の出番は式の後の披露宴のみかいとなるのが一般的だ。このあたりは日本のそれと似ている。

 ただ貴族の場合は少し事情が異なり、やはり家同士の結びつきという側面もあるからか、普段から親しくしている貴族が参列することは珍しくない。


 そしてこの時、もし結婚する当事者の家より高い爵位を持つ貴族が参列したならば、これだけの人物にこの結婚は祝福されているのだと、その結婚に箔がつくことになるのだそうだ。

 だが、貴族としての立場向上など求めていないジンとしては、式の後の呑み会ひろうえんに参加してもらえるだけでも充分だった。


「そんなつれないことを言うなよ。こんなタイミングが良いことは滅多にないんだよ。俺達がいても別に邪魔にならないだろう?」


 たまたまジンが結婚式をするタイミングにかち合ったから参加した。友人であり、将来妻となる人の恩人でもあるので当然だろう。などといった言い訳でバーンは偶然と例外感を出すつもりらしい。


「準備もあるし、間に合うかわからんぞ」


 ジンが結婚の前準備として考えていることは、リエンツ帰ってから相談してみないと具体的にかかる時間はわからない。だが、そもそもジン達は結婚式といってもそれほど大仰なものにするつもりはないので、式への参列をお願いしようと考えている人達の予定の確認、そして打ち上げ場所の手配と出席者への連絡ができればほとんどの準備は終わる。


「……だけど、もしタイミングが合えばいいぞ」


 そして何より、私もお祝いしたいとすがるような目をしたシェスティや、期待に満ちたバーン達の視線に耐えきれず、条件付で承諾するジンであった。

 喜ぶバーン達を横目に、アリアが微笑と共に口を開く。


「ふふっ、彼等が式に参列することで牽制にもなると思いますし、いいんじゃないでしょうか」


 アリアが言うように、この国の王位継承者であるバーンとの親密さをアピールすることは決して悪いことではない。


「まあ、俺も早く皆と結婚したかったから、いいんだけどさ」


 ジンは照れながらもアリア達三人の目を見てちゃんと言葉にした。

 それぞれの両親や親代わりに挨拶を終えてけじめをつけた今、結婚の前にクリアすべき障害はもうない。ジンとしても早く本当の意味での家族、夫婦になりたかった。


「もう、ジンさんったら!」


 この積極的なジンの発言を受け、両手で顔を隠したレイチェルはいやいやと顔を振り、そしてアリアは軽く俯き、エルザは明後日の方向を見て頬をかく。照れる仕草は違えど、レイチェルもアリアもエルザも全員が顔を真っ赤に染めていた。


「あ、そうだ。こうなったらもう呼びたい人は全員呼んじゃう? ヒルダさんとシーマさん、クラークさんは確定だと思ってたんだけど、他に呼びたい人はいない?」


 赤面する三人を目の前にして照れくささが耐えられなくなったのか、ジンが少し慌てたように口を開く。

 現在考えている参列者は三人。アリアの親代わりとして孤児院の院長であるヒルダ、エルザの親族として叔母であるシーマ、そして最後にレイチェルの親族として祖父のクラークにそれぞれの両親の代わりとして参列してもらう予定だ。こうして比べてみるとバーン達よりも人数が少ないので、もう少し参列者を増やしてもよさそうだ。


「んんっ。私達より、ジンの方こそ誰か呼びたい人はいないのか?」


 照れくささを咳払いで誤魔化し、逆にエルザがジンに尋ねる。出自を考えると仕方がないとはいえ、ジンの親族だけが一人もいなかった。


「俺? んー」


 親代わりとまではいかなくとも、この世界に来てから世話になった人。少し考えると、ジンはすぐにその人物が頭に浮かんだ。


「やっぱグレッグさんとガンツさんかな。二人には公私共にお世話になっているからね」


 時には厳しく、時には優しく。二人はジンにとって尊敬できる年長者であり、友人でもある。その付き合いはジンがこの世界に来てすぐから始まり、ジンがアリア達に対する気持ちで悩んだ時にも相談に乗ってくれた。ビーンやオルト、バークにオズワルドなど、他にも親しくしている人はたくさんいるが、ジンが最も付き合いが深いのはグレッグとガンツの二人になるだろう。


「二人には私もお世話になりましたから、賛成です」


「ならメリンダ教官やサマンサさんも呼ぶか?」


「いいですね。娘さんを含め、グレッグさん一家は全員来て欲しいです」


 アリアの亡くなった両親と親交があった二人は、アリアが孤児院で生活するようになってからもずっと彼女を気にかけてきた。また、エルザも母の友人であるメリンダには公私共にお世話になったし、レイチェルもアリアやエルザと共にメリンダやサマンサに恋愛相談に乗ってもらったことがあった。こうして考えてみると、ジン達全員がガンツやグレッグ達と関係が深いといえる。


「俺はもう大丈夫だけど、皆は? 他にはいない?」


「私はもう充分です。エルザとレイチェルはどう?」


「んー、強いて言えばシーリンだけど、結局王都では会えなかったし、今からわざわざ連絡してリエンツまで来てもらうのもちょっとな」


「私も大丈夫です。治療院で働いている友人はいますが、エルザさんと同じく式に参加してもらうのはちょっと違う気がしますので」


 エルザもレイチェルも両親は離れたところに住んでいるので、両親の結婚式への参加は最初から考えていない。それぞれに親しい友人はいてもリエンツには住んでいなかったし、二人共やはり友人が参加するのは式の後という考えのようだ。


「それならガンツさんとグレッグさん達には帰ったらお願いしようか。丁度ガンツさんには相談したいことがあったから俺から頼んでおくよ。グレッグさんとこはどうせ生まれた赤ちゃんを見に行くつもりだったから、その時に頼もうか」


「わかりました。赤ちゃん楽しみですねー」


 後の手配はリエンツに戻ってからでないとできないが、可能な限り早めに式を挙げるようにすると方針は決まった。


「知らない名前がたくさんでてきたが、皆いい人なのだろうな」


 話が一段落ついたと見て、ようやくファリスが口を挟む。彼女が知らない名前ばかり出てきたが、ジン達の笑顔を見ればその人達がどのような人なのか推測することができた。


「ああ、それは保証するよ。もちろんファリスも紹介するつもりだから、楽しみにしていてくれ」


「ああ。よろしく頼む」


 ファリスは満面の笑みでジンに応える。こうしてジン達の世界に自分も関わっていけることが嬉しかった。


「あ! もちろん、ファリスも結婚式には参列してくれるのよね?」


「ああ、確かにそうだな。忘れてた。もちろんファリスも参加だ」


 アリアに続き、ジンも式の参列予定者が一人抜けていたことに気付く。

 リエンツに戻った後、ファリスは自宅の二階にある空き部屋で暮らす予定だ。彼女は母でも妻でもないが、ジンは共に暮らす仲間である彼女のことを家族として考えている。である以上、ファリスは始めから式への参列者だった。


「お? ようやく妻にしてくれるのか?」


 嬉しくて、でも正面から言うのがちょっと照れくさくて。ファリスは冗談交じりのアピールをしてみたようだ。


「そんなわけあるか」


 そんなおちゃらけてみせるファリスに対し、ジンは苦笑しながらその冗談を一蹴する。まるで男友達に対するような態度のジンたったが、こうした冗談を言えるくらい気心が知れてきたということなのだろう。

 ただ同時に。ファリスから毎日のように口説かれ、段々とおざなりな態度になっていったという側面も否定できない。


 団長の重圧から解放されて少し弾け過ぎのような気もしないではないが、ある意味で年相応の女性らしさを取り戻したファリス二十一歳であった。

活発なご意見、ご感想をありがとうございます。

大変参考になります。


次回は4~5日後に。


ありがとうございました。

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