ファリスの決断
バーンがシェスティからOKをもらってから三日後、有角族を集めて今後の支援体制が発表された。
資金面での支援としては住居費を全額一年間免除と、シェスティの私物売却に国からの補填も加えた小金貨一枚を個人ごとに支給する二段構えのものになった。そして継続的な支援として、王都、リエンツの街、ジャルダ村の三カ所に相談窓口を設け、更にジャルダ村には警備兵を置くことが伝えられた。
ただ魔道通信機については国の判断を待たねばならなかったので発表しなかったが、有角族が現れてからずっと親身に対応してきたジャルダ村への国からの褒美という意味で、実現する可能性は高かった。
また、まだ正式なものではないという前提ではあるが、改めてシェスティとバーンの婚約についても発表し、概ね好意的に受け止められた。
一部の男性、特に年若い者の中には複雑な想いを感じた者もいたようだが、なんと言っても相手が王位継承者であり、ここまでの仕事ぶりも誠実だった。この婚姻が政略的に強制されたものであればこうはいかなかっただろうが、そうでないことは幸せそうなシェスティの顔を見ていればわかる。シェスティの意志で決めたことであればと、強く反対する者はいなかった。
そしてこの日、併せて各拠点への移動計画も発表された。数日後、護衛の冒険者と共にリエンツより派遣される予定の五台の馬車。これに分乗してまずリエンツの街に移住予定の者を運び、後日再びジャルダ村を訪れる馬車で今度は王都への移住組が運ばれる予定だ。
こうして全ての話は終わったが、いよいよ近くなってきた別れを惜しんだのか、有角族の多くがその場に残ったままだった。
「ガッシュ……いや、ガッシュさん。後のことは頼みます」
護衛団は正式に解散となり、これからは各々の道を歩むことになった。ファリスは既に自分は団長ではないと、名ばかりの団長だった自分を支えてくれた副官であるガッシュに頭を下げる。
「いえ、私が望んだことですのでお気遣いなく」
ガッシュは年嵩の兵士五人と共にこの村の警備兵として残ることになっているが、彼は元兵士達の中でも冒険者でいうならBランク相当する実力者の一人だ。年齢も三十代とその気になれば冒険者としても充分やっていけるし、実際村の警備兵が必要となるまでは冒険者志望だった。
村にいる有角族を守る役目を志願してくれた彼に、この村を離れるつもりのファリスは頭が上がらなかった。
「それよりお嬢はどうするんで? ホープあたりと組んでリエンツで冒険者になるんですか?」
ファリスの父親から後を頼まれたガッシュにとっては、自分のことよりもファリスの去就の方が重要だ。変わらぬお嬢呼びにファリスも苦笑が漏れた。
「まだ決まったわけではないけど、私も考えていることはあります。……ちょっとバーン殿を見習おうかと」
少し照れくさそうなファリスの表情に、ガッシュは面白いものを見たかのように微笑む。
「ほう! そいつはいいですな。で、いつ頃ハッキリさせるおつもりで?」
ガッシュは詳細は知らなかったが、己の恋心を叶えたバーンの名が出た以上はファリスが何をするつもりなのかは想像出来る。
「この後会いに行って約束をとろうと思っているんですが、勝負は明日の朝のつもりです」
「ほうほう! それなら私も協力しましょうか」
この世界にはいない彼女の父親の代わりにと、笑顔で協力を申し出るガッシュであった。
そして翌日の早朝、ジンはファリスから話があると呼び出しを受けることになる。
「やあ、ファリス。もしかして模擬戦かなにかかい?」
ジンが呼び出されたのはいつも訓練に使用している空き地だ。この時間ならこの場所を訓練に使っている者がいても不思議ではないのだが、そこにはファリスとジン達以外の姿はなかった。
また、この場所に呼び出されたのはジンだけでなく、アリアやエルザ、レイチェルにトウカ、そして最後にシリウスと、ジン達家族全員だった。
「朝早くからすまない。模擬戦は後で時間があるならお願いしたいが、今回来てもらったのは話しておきたいことがあったからだ」
やや緊張気味ではあったが、ファリスは笑顔でジン達を迎えいれ、そして軽い咳払いと共に姿勢を正す。
「ジン殿。いや、ジンと呼んでも構わないだろうか?」
王都への旅の間に友人として接するようになったジンに対し、頑なに敬称をつけることを止めなかったファリスがここに来て初めて敬称を外した。見る人が見ればその意味は明らかだったが、ジンはそれほど察しがいいわけではない。
「そんなのいいに決まっているよ」
緊張気味のファリスに比べ、ジンはあっけらかんとしたものだ。むしろようやくこれで対等な関係になれると喜んでいた。
「それではジン、そして皆にも聞いて欲しいことがある」
だが、もちろんそんなことを言いたくてファリスはジン達を呼び出したのではない。ファリスの緊張は最高潮に達し、真剣な顔で口を開く。
「……私はジンが好きだ。私も妻の一人として、そしてトウカとシリウスの母親として受け入れて貰えないだろうか?」
それはジンにとっては寝耳に水の話だったが、アリア達三人にとってはああやっぱりと納得がいくものであった。
《母上が増える?》
「今はしーっだよ、シリウス」
嬉しそうな思念と共に尻尾を振るシリウスだったが、大事な話をしているところだからとトウカが窘める。シリウスもトウカもこの一カ月ほどの間にファリスと親しくなっていたが、さすがにまだアリア達に対するほどの想いの強さではない。それでも拒否感があるわけではなかったが、受け入れるも受け入れないも全ては父であるジン次第だと考えていた。
「……その、ありがとう」
こうして正面から想いを伝えてきてくれたファリスの勇気に、自然とジンの頭が下がる。家族全員を受け入れている前提でされたその告白は、ジンにとって嬉しいものだった。
だが……。
「でも、ごめん。俺はファリスを妻として受け入れることはできない」
ジンはハッキリ否と伝える。以前アリア達三人に告白されたときは悩んだジンだったが、今回は悩むまでもなく結論が出る。ジンにとってファリスは仕事仲間、もしくは庇護対象でしかなく、愛情の種類が明らかに違うと確信できていた。
「……そうだろうな。悲しいがその答えは私も覚悟していた」
だが、ファリスもどうやら断られるのは織り込み済みだったようだ。ファリスは悲しみつつもどこか晴れ晴れとした顔を見せていた。
「だが、どうやら私もバーン殿と同じく諦めが悪いようだ。一向にジンに対する気持ちが収まる気配がない」
こうして断られても尚、ファリスの中からジンが好きだという気持ちは消えなかった。むしろ収まるどころかそれでこそ自分が見込んだ男だと、一層燃え上がっていたと言って良いかもしれない。
「いや、俺の……」
「言いたいことはわかっている。どれだけ私が想い続けてもジンに私を娶る気はないし、諦めろっていいたいんだろう? だが断る!」
恋する乙女は強いということなのだろう。フラれたことで開き直ることができたファリスは、逆にイキイキと輝いていた。
「アリア、エルザ、レイチェル。どうだろうか。ジンの気持ちは別にして、将来的に私は貴女達の家族として迎えられる見込みはないか?」
ファリスの問いに、ほとんど悩むことなく三人は答える。
「ジンさん次第だけど、私は見込みはあると思うわよ」
「そうだな。このまま鍛えていけば強くなりそうだし、そっちの意味でもかなり見込みはあるな」
「ふふっ。私達だってジンさんに受け入れてもらうのに時間がかかりましたしね。私もファリスさんが諦めない限りは見込みがあると思いますよ」
ここまでファリスがわかりやすく恋心を表に出したことはなかったが、ジンはともかくアリア達にはそれでも丸わかりだった。アリア達三人は友人として、そして将来の仲間候補としてずっとファリスを見てきていたのだ。
「ありがとう。ではトウカとシリウスはどうだろうか? あくまで将来の話だが、私を母親の一人として受け入れられそうか?」
「お父さん次第だけど、私はファリスさんも好きだよ」
《シリウスもファリス好き》
トウカとシリウスはアリア達ほど察しが良くなかったが、真面目で格好いいお姉さんとしてファリスのことを見ていた。積極的賛成とまではいかないが、それでもちゃんとファリスのことを好意的に見ていた。
「ありがとう」
アリアやトウカ達から充分な返答をもらえたファリスは、笑顔のままジンに向き直る。
「それでどうだろうか。今はまだまだ力が足りていないが、必ず役に立ってみせる。嫁としては無理でも、パーティメンバーの一員として私を受け入れてくれないだろうか?」
これがファリスの本命の願いだ。時間が足りないのであれば、これから一緒の時間を過ごせば良い。それでもジンが受け入れてくれる可能性は少ないかもしれないが、ファリスとしては諦めきれないのだから仕方がない。せめて一緒にいたかった。
「それは……」
ジンはその後の言葉が続かない。何かに葛藤しているかのように黙ったままだ。
「――ジンさん。もしかして受け入れるつもりはないのに一緒のパーティで活動するのは残酷だって思っているんじゃない?」
思わずジンが目を見張る。見事にアリアに内心を当てられていた。
「ファリスはそれを承知した上でジンさんと一緒にいたいと願っているんだから、断った方が残酷だと思うわよ」
「それに純粋な戦力として考えてみればいい。ファリスは私達『フィーレンダンク』の仲間として相応しくないか? 私はファリスが入ることで『フィーレンダンク』が更に強化されると思うぞ」
アリアに続いてエルザも意見を述べるが、確かにそれがジンが悩んだ理由でもある。ファリスの将来性はジンも感じていたことだった。
「私もファリスさんをパーティメンバーとして受け入れるべきだと思います」
レイチェルも積極的な賛意を示す。珍しく強い口調だったのがジンは意外だった。
「だって私達は結婚するんですよ? 自分以外は夫婦という疎外感を感じるであろうパーティに、ファリスさん以外の誰が参加したいと思うんですか。エルザさんの言うように、パーティの戦力としてファリスさんは必要です」
将来的に、ジン達は未開拓地へと拠点を移す可能性もある。もしそこにあるという『遺跡型迷宮』に挑むなら、現在の四名体勢では戦力が足りない可能性もあった。
それに単純に考えれば、将来有望で積極的にジン達に溶け込もうとするファリスは新しいパーティメンバーとして最適だ。しかも最大の関門であるジンの秘密についても既にある程度知られているのだ。その意味でもファリスは条件を満たしていると言える。
それでも悩むジンたったが、じっくり考えた上で決断を下す。
「――わかった。だがもう一度言うが、いくら今後一緒に活動したとしても、俺はファリスを妻として受け入れるつもりはない。それでも本当にいいんだな?」
「ああ、もちろんだ。どんな結果になろうと私がこの決断を後悔することはない。どんなに可能性が低かろうと、私は諦めるつもりはないからな」
ジンに妻として迎える可能性はないと言われてもなお、それでも諦めないとファリスは反論する。とうに覚悟はできていた。
そしてジンにも断る理由がなくなった。
「では、ようこそ『フィーレンダンク』へ。俺達はファリスを歓迎するよ」
「ありがとう!」
ファリスは満面の笑顔で喜びを表現し、そして新たな仲間の誕生に喜ぶアリア達に囲まれるのであった。
こうして今後ファリスは『フィーレンダンク』の一員として活動していくことになるが、それは戦士として己を鍛え上げたいという意味でも彼女にとって最高の職場だ。まずは仲間として恥ずかしくない力を身に付けることが先だが、同時にジンの嫁になることを諦めるつもりはない。
(ファリスは絶対諦めないわよね)
(いつまで拒絶できるかな?)
(ジンさんは優しいですからね~)
婚約者達からは意味ありげな視線が向けられていたが、ジンはそれを無視する。
ジンが彼女達三人を受け入れることを決めた際も、悩みに悩んだ上で結論を出した。それはジンも彼女達に惚れていたからだが、ファリスに対する感情は彼女達に対するそれとは明らかに違う。ジンはこれ以妻を増やすつもりはなかったし、そしてこの気持ちは今後も変わらないと断言できた。……少なくともこの時点では。
果たしてジンの嫁が増える日が来るのか?
それを知るのは未来に生きる者だけだが、この時点で明確に否と断言できたのはジンだけであったことをここに記録として残しておく。
前回の反響は半分予想はしていましたが、やっぱりちょっと堪えました。
ですが、おかげで大変参考になったというのも私の正直な感想です。どう手直しをしていくかはまだこれからの話ですが、もっと良いものにするチャンスをいただけました。本当にありがとうございます。
今回はファリスについての話でしたが、よろしければまたご意見ご感想などお聞かせください。
ありがとうございました。




