区切り
「――今のところリエンツには『迷宮』が残ってるから景気は良いけど、この好景気もいつまで続くかはわからないだろ? 受け入れ先が多いほど希望の職にも就きやすいだろうし、リエンツ以外にもう一つくらい移住先を増やすのも悪くないと俺は思うんだが」
この日も色んな議題が話し合われてきたが、今はクルトからの提案である移住先を増やすのはどうかという議題が話し合われていた。
「んー、確かに就職面ではメリットはあるけど、リエンツほど統制が取れた街は滅多にないでしょう? 有角族の安全面を考えるとあまり同意したくないかな」
頭の中で検討した上でヴィーナが反対意見を述べる。リエンツの街では冒険者達のお行儀も良いし、住民との関係も良好だ。特に先の『暴走』を退けてからは街の雰囲気は前以上によくなっている。有角族の安全や暮らしやすさを考えると、リエンツ以上の街はなかった。
「確かに暮らしやすさでいうとそうなるか。全員の職が決まるまで時間がかかるかもしれないが、安全には変えられないな」
冒険者希望をのぞいても、三十人以上がリエンツで職探しをすることになる。それを心配してのクルトの提案だったが、自身もヴィーナの意見に納得していた。
「最終的には各個人の判断に任せるしかないが、できれば落ち着くまではジャルダ村かリエンツの街にいて欲しいな。安全面もそうだが、ただでさえ王都とは距離が離れているんだ。いざという時の対応を考えると、当面は二カ所だけにしておく方が無難だろうね」
バーンは立場的にも王都を年単位で離れていることはできないため、いずれ王都を拠点に報告書のやりとりをすることになる。一応最終手段として魔道通信機があるが、やはり口頭では細かい情報は伝わらない。通信機は基本的に緊急の場合にしか使わないだろう。
「その辺りの仕組み作りも大事だよな。ジャルダ村とリエンツの街には窓口を置くのだろう?」
責任者であるバーンが王都にいる以上、現地で実務を担当する者が必ず必要となる。緊急時の対応など、連絡体制はしっかり決めておくべきだろう。
「俺はリエンツの街だけでいいと思ってたんだが、やっぱりジャルダ村にも窓口を作った方がいいかな?」
ジンから当然のように言われたこともあり、バーンも考えを見直さざるを得ない。
「リエンツの街ほど問題はでないかもしれないが、やっぱジャルダ村にも窓口はあった方が有角族の皆は安心はするんじゃないか? それこそリエンツとジャルダ村も距離が離れているんだし」
「そうですね。できれば窓口はジャルダ村にあった方がいいと思います。もしかしたら村に直接やって来る方がおられるかもしれませんし、その方がもめ事にはなりにくいかと」
ジンに続いてシェスティもジャルダ村に窓口を置くことに賛成意見を出したが、更にクルトもそれに続く。
「確かに個別に交渉しようと考える奴がいると厄介だな。……窓口もだが、念のために警備兵も常駐させるべきじゃないか?」
リエンツの街と違い、ジャルダ村には防衛用の戦力はない。戦闘力の高い者としてはミリアがいるが、彼女はあくまでただの村人だ。ジャルダ村に住む有角族の安全を考えると、有事が起こった際には専門で動ける警備兵の必要性は確かに高いだろう。
「さすがに有角族目当ての犯罪が起こる可能性は低いと思うが、確かに備えはしておくべきかもしれないな」
ナサリア王国として有角族の安全を守ると宣言したのだから、ここは念には念を入れておくべきだろう。バーンはもう一度根本から見直すことを決めた。
「バーン殿、ジャルダ村の警備に有角族を雇うわけにはいかないのか?」
王族の護衛を務めていただけに兵士達のほとんどはCランク以上の力を持ち、中にはBランクに相当する力を持つ者も数名いる。村の警備兵として申し分ない実力といえた。
「なるほど。確かに有角族自身に任せるのも一つの手だな」
有角族自身に警備させるというファリスの考えは、バーンの意識の外にあった考えだ。
だがいざ考えてみると確かに有角族に任せた方が雇用を生み出すことにも繋がるし、警備される方も同族の方が安心なのは間違いない。
「警備だけじゃなく、ジャルダ村の窓口業務も一緒に頼むか」
サポートとして王都から文官を送る必要はあるかもしれないが、リエンツの街と比べるとジャルダ村の業務はそこまで忙しくないと思われるので、兼業は充分可能なはずだ。
「ジャルダ村はそれでいいとして、リエンツの街はどうするの? 私は冒険者ギルドに一括して任せるのも一つの手だとおもうんだけど」
広く人口も多いリエンツの街で、仕事や行動範囲が異なる五十名もの有角族を常に護衛するのは不可能だと、フェルはジャルダ村に関してはバーンの方針に賛成だったが、リエンツの街に関しては同じ方法は使えないと考えていた。
「業務内容にもよるけど、ギルドの職員で窓口業務を兼任するのは可能だと思うわ。もし委託が難しいなら、文官をギルドに出向させる形もとれるんじゃない?」
元冒険者ギルド職員であるアリアは、実際に業務委託の相談を受けたこともあった。
「それに冒険者ギルドには魔道通信機があるから緊急時の連絡はスムーズにいくだろうし、なによりトップがグレッグさんだから万一の時も心強いと思うぞ」
緊急時のことを考えると、ジンもフェルの意見に賛成だった。
「……確かに緊急時には魔道通信機の有無は重要か。ジャルダ村に設置できないか親父にかけ合ってみるか」
最速の連絡手段が馬車しかない今のジャルダ村の状態では、緊急時の対応が後手に回りすぎてしまう。魔道通信機は希少だが、ジャルダ村に設置する意義は充分あった。
「おお、それはいいな。それこそ今後百年以上はジャルダ村が最も有角族が多く住んでいる場所になるだろうし、彼らにとってはこの世界での故郷のようなものだからな。連絡手段があるのは良いと思うぞ」
リエンツ街に行く予定の者達は冒険者志望も多いので将来的に各地へと散っていくことは充分有り得る話だったが、ジャルダ村の場合はその可能性は低い。出て行くとすれば子や孫の代になるだろう。ジンが言ったように必然的に有角族の数が一番多い村となるはずだ。
「そうか……確かにそうだな」
だがその当たり前の話にバーンは大きく何度も頷く。そして顎に手を当てると、軽く俯いたまま考え込み始めた。
「……バーン、何か気になることでもあるのか?」
「ん? ああ、すまん。今後のこととか、ちょっと色々考えてた」
しばらく待ってもバーンの状態は変わらず、気になったクルトが声をかけると、バーンはすぐに我に返ったが、返したのがあまりにも漠然とした内容だったことに気付き、そのまま自分の考えを話し始めた。
「有角族が何処でも見られる普通の種族になるまで、この国でも百年は見ておかなければならないだろうし、世界で考えたらそれこそ一千年かかるかもしれない。その最初の礎になる大事な仕事を俺達はしているんだって改めて実感してさ。……今更だけど、俺達は歴史に残ることをしているんだよな」
このバーンの話を聞いていた他の者達も一様に頷く。この仕事の重要性は理解していたつもりだったが、こうして言葉にすることで尚のこと実感できたのだろう。
だが、バーンが考えていたのはこのことだけではない。
「俺は大事なのはここ数年、長くても五年くらいだろうと思っていたんだけど、それは違うんだよ。これから生まれるであろう子供が成人してまた子供が生まれるくらい。世界へと広がっていく彼等が成人するまでのせめて今後五十年は国として有角族を支援していくべきなんだと俺は思う」
もちろん資金援助などの直接的な支援はそれほど長く続ける必要はないだろうし、最終的には見守っていくだけの形になるのかもしれない。だが支援の形は変わっても、本当の意味で彼等がこの世界に根付くまで見守り続ける体制を整えるのが国として、そして将来の国王として責任を持つということなのだとバーンは感じていた。
「皆もそのつもりで考えて欲しい」
このバーンの意向に対し、全員が力強く頷く。だが、他にも今後五十年を考えた場合にどうしても避けられない問題があった。
「――それでシェスティさんにお願いがある」
苦みを含んだ表情で、バーンはシェスティを真っ直ぐ見つめる。
「ようやくこれから自由になる貴女にこのお願いをすることは酷かもしれない。だが、それを押しても貴女以上の適任者が思い浮かばなかった。……王都に来て俺の補佐として有角族のために働いてくれないか? そして何年後になるかわからないが、俺の責任者の役目を引き継いで欲しい」
バーンはつい先ほどまでは有角族を保護対象として見ており、彼等自身に窓口などの役目を与えるという考えはなかった。しかし彼等は保護するのではなく、支援する対象なのだと気付いた今、有角族の支援業務に彼等自身を使うことに躊躇はない。
そして今後長きにわたって有角族を支援していくならば、将来王位を継ぐ予定のバーンでは責任者としての長期に渡る役目は果たせない。その代わりの責任者として、バーンはシェスティが相応しいと判断したのだ。
ただ、自らも市井に憧れを持つ身であるバーンは、王族のしがらみから解放されたシェスティを巻き込むことには躊躇いがあった。ここまで彼女が有角族のためにしたことだけでも、王族としての役目は充分果たしていると言え、この上さらに有角族のために働けというのは酷かもしれない。それがバーンが躊躇した理由だった。
「喜んでそのお役目を担わせていただきます。王都に行くことは考えていませんでしたが、私もジャルダ村かリエンツのどちらかで業務に携われないか相談しようと思っていましたから」
だが、シェスティにとっては無用な心配だった。当事者が支援組織に加わるのは問題ではないかと自粛していただけに、バーンの方針転換は有り難かった。しかもバーンの補佐という大役を任され、将来的に責任者として働くことが出来るのだ。文句などあろうはずもない。
「……すまない。ありがとう」
「いえ、私にとっては嬉しいお役目ですから」
僅かながら残る罪悪感のせいで謝罪からスタートしてしまうバーンだったが、シェスティは満面の笑みで返している。その笑みに救われ、バーンも笑顔でシェスティを見つめ返していた。
これで一段落と場に穏やかな空気が流れたが、少しすると不意にバーンの顔が真剣なものへと変わる。その瞳は真っ直ぐシェスティに向けられていた。
「……これは言うべきか悩んだが、やはり言わせて欲しい」
シェスティと今後共に仕事をするためにも、バーンにはけじめをつけておかなければならないことがあった。
「これから一緒に仕事をしていくことになるが、この感情を仕事に持ち込まないためにも言っておきたいことがある」
ガチガチに強張ったバーンの顔からは、彼が緊張の極みにあることが見て取れる。周囲も固唾を呑んで見守っていた。
「まず初めにいっておくが、返事は一切の遠慮なく本音で言って欲しい。私、バスティアンはどんな返事だろうと今後の仕事に一切の私情を持ち込まないことを誓う。……ただ振った男とすぐ近くで仕事をするのは気分的には良くないと思うが、それは申し訳ない。私は諦めが悪いので想い続けるだろうが、貴女を煩わせないように貴女に私の気持ちを伝えるのは一年に一度だけにするので、それは許して欲しい」
ここで断られたとしてもバーンに諦めるつもりはなかったが、一応はシェスティにできるだけ迷惑をかけないようにと考えてはいるようだ。そしてこの恋心ゆえに、バーンはシェスティと仕事仲間になる前に自分の気持ちに決着をつけておかなければならなかったようだ。
(このタイミングで言うのか)
ただ、ジンもこのバーンのどこかズレた真面目さが理解できないわけではなかったが、今は会議の真っ最中だ。相応しい場所とは思えなかったし、既にバーンは一度シェスティに告白を断られた身でもある。
バーンが次の言葉を吐くその一瞬の沈黙に、誰かがゴクリとつばを呑む音がジンの耳に届いた。
「……私と結婚を前提にお付き合いして欲しい」
「はい」
だが、緊張に強ばったバーンとは対照的に、シェスティは穏やかに微笑んでいた。
「……え?!」
「ですからお返事は『はい』です。私も貴方のことをお慕いしています」
バーンにとっては、期待はしていても予想外の展開だ。だがこうして有角族のことを真剣に考えてくれて、そして初めて会った時からずっと諦めずに想い続けてくれているバーンに対し、自然とシェスティは尊敬と愛情を抱くようになっていた。
初めてバーンと出会ってから約一カ月。それはシェスティがバーンのことを知り、そして異性として好きになるのに充分な時間だったようだ。
「……貴方のことをシェスティと呼んでも構わないだろうか?」
「はい。バーン」
「シェスティ……愛している」
「はい。私もですよ。バーン」
少しずつ実感出来るようになったのだろう。バーンは蕩けるような笑みを浮かべていた。
「おめでとう!」
「おめでとうございます、姫様」
「やったわね、バーン」
「シェスティ、今後ともよろしくね」
そんな二人をいくつもの祝福の声が包む。友人として、同胞として、そして同じ男に愛される者として。立場はそれぞれだが、心から祝福しているのは皆同じだ。
しばらくこの幸福に満ちた時間が続いたが、ここに集まっている本来の目的を忘れてはいけない。
「あ。シェスティの王都行きが決定したから、付いていきたいと言ってた人達も王都にいくことになるね
」
「ああ、もう一度最初からやり直しだな」
シェスティに付いていきたいと希望していた二十名前後は、リエンツではなく王都に行くことになるだろう。フェルやクルトが言うように最初からという程ではないが、計画は大きく変更せざるをえない。王都、リエンツの街、ジャルダ村、三つの窓口やそれに関わる有角族の選定など、決めなければならないことは山積みだ。
「さあて、バーンとシェスティのためにも気合いを入れますか!」
「「おう!」」
「「「はい!」」」
だが誰もが笑顔を浮かべ、この後も嬉々として会議を進めていくのだった。
バーンとシェスティに関して結果はこうなりましたが、いかがでしたでしょうか。
これまでいただいた感想を拝見するとなるほどと思うことも多く、表現の難しさを実感しております。
いただいたご意見ご感想を私なりに吸収し、書籍化作業で見直す際に参考にさせていただくつもりです。
現段階でも大変参考になっておりますが、ご意見ご感想、アドバイスなどいただければありがたいです。
ありがとうございました。