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顔合わせ

「おお! 姫様、皆さん。お帰りなさい!」


 ジャルダ村に帰ってきたジン達一行を、留守を預かっていたデオンが笑顔で迎える。

 既に有角族が国と神殿の名の下にこの世界の一員として認められたことはこのジャルダ村にも伝えられており、シェスティ達が無事目的を果たしたことは彼等全員が知っていた。そしてその帰りを今か今かと待ち望んでいたため、彼女達の帰還は熱狂的な歓声で迎えられた。


「お帰りなさい」


「お疲れさん! お前達がいない間も何も問題なかったぞ」


 有角族の人達に熱烈な歓迎を受けるシェスティ達を少し離れて見守っていたジン達に、ミリアとマキシム夫婦が近づく。そこにジン達が留守の間、護衛として残っていてくれたエイブを始めとする『風を求める者』の皆も同行していた。


「ただいま帰りました。エイブも皆もありがとう」


 ひとしきりミリアやエイブ達と互いの無事を喜び合うジン達だったが、落ち着いた頃にミリアが一つの質問をしてきた。


「それで、おめでとう……でいいのよね?」


 有角族の件と同時にジンの叙爵じょしゃくについても情報は伝わっていたが、それが名誉子爵という聞き慣れないものだったため、ミリアもどう判断していいものか今ひとつ理解できていなかった。


「はい。義務も権利もありませんが、国の保護はしっかり貰えましたんで」


 名前だけで何の見返りもないようにも見えるが、国王直々に必要とあれば全力で守ると言ってもらっているのだ。少なくともこの国においてこれ以上の保証はないだろう。


「そっか。それなら良かったわ。……っと、トウカ、シリウスもお帰り。あんた達はちょっとこっちに来なさい」


 それに笑顔で応えるミリアだったが、唐突にトウカとシリウスを連れてジン達の側から離れる。


「おっと、また後でな」


 それにエイブ達も追従してそそくさと退散していった。


「なにが……」


「ジン殿!」


 彼らの行動の意味がわからず戸惑うジンだったが、すぐにその理由がわかった。ひとしきりシェスティ達を歓迎した有角族の皆が、今度はジン達を歓迎すべくやってきたのだ。


「本当にありがとうございました。これもすべて皆さんのおかげです!」


 数え切れないほどの感謝の言葉がジン達を包む。それは確かに嬉しいものではあったが、その熱量の高さに圧倒され、すぐにミリアがトウカとシリウスを連れ出した理由も実感した。

 その熱狂振りを安全地帯から見守るミリア達、そして不遇な蚊帳の外状態であるはずのバーン達に、ちょっとだけ理不尽な怒りを抱いてしまうジンであった。


「すみません、あまりにもうれしくて」


「いえ、お気持ちはわかりますから」


 デオンがジンに頭を下げる。声明が出た時も嬉しかったが、シェスティ達が無事帰ってきた姿を見たときはその比ではなかった。嬉しさと喜びと感謝が入り混じった感情が爆発し、さきほどの熱狂ぶりへと繋がったようだ。


「それでは皆さんも落ち着いたことですし、シェスティ……さんから伝えていただきましょうか」


 しばらく敬語を使っていなかったので若干まごついたが、シェスティに紹介を促すジンの視線の先にはバーン達四人がいる。有角族全員が集まっている今は、彼らを紹介する絶好の機会だった。


「はい。既に皆さんもご存じのように、私達有角族はこの世界の一員として、そしてこのナサリア王国の国民として認められました。それは本当に喜ばしいことですが、まだ私達には片付けなければならない課題がたくさん残っています。その課題を解決するために来てくださったのがこの方達です」


 ここでシェスティの視線を受けたバーンが後を引き継ぐ。


「ここからは自分の口で伝えましょう。私の名はバスティアン。ナサリア王国国王ザンスティンの長子であり、国王より有角族の皆さんがこの世界で確かな基盤を作るためのサポート役を命ぜられた者です。ここにいる者達と共に私が責任をもって皆さんのお手伝いをしますので、どうかご安心してください」


 いつもとは違い、バーンからは自信に満ちた落ち着いた雰囲気が感じられる。そしてそれはこの国の王位継承者としての名に恥じないものだった。


「早速皆さんからお話を聞いていきたいところですが、今日は久しぶりに会うシェスティさん達と積もる話もあるでしょう。今日のところはこれで私の話は終わりますので、この後はどうぞ皆さんで楽しんでください」


 ここまでのバーンの態度は誠実さを感じさせるものだったが、有角族の人々にしてみればそれ以前の問題で、まさかいきなりこの国の王子であるバーンがやってくるなどと思ってすらいなかったのだ。当然混乱もしていたし、バーンの王子という身分に気圧されてもいる。

 バーンは穏やかに笑顔で話しているのだが、逆に有角族の人々は戸惑いと緊張でガチガチだった。


「ありゃ、ちゃんと真面目なところを見せないと駄目だと思ったけど、逆効果だったかな? ちょっとジン、見てないで助けてよ」


「あー、ははは。緊張しなくても大丈夫ですよ皆さん。こう見えてバーンは気さくで良いやつですから」


 これは良くないと思ったバーンは雰囲気をいつもの朗らかなものに変え、話を振られたジンもそれに乗る。


「確かに気さくな人物ではある。会ってすぐにいきなり姫にプロポーズしたくらいだしな」


 それにファリスも加わるが、話題がいささかぶっ込みすぎだ。だが、どういうことだと理解が追いつかない人々にはかまわず、ファリスは一番大事な話を続ける。


「ただこのようにバーン殿は気さく過ぎるところがある御仁だが、会った当初から協力的で、私達がこの世界で認められるために国王や各所に働きかけてくれた恩人でもある。彼が信用できる人物であることはこのファリスが保証しよう」


「悔しいですが、私もバーンさんが恩人であることも、身分にこだわらない気さくな人物であることも認めざるを得ませんね」


 ファリスに続きティアもバーンをフォローする。彼女もバーンのことを認めるところは認め、感謝するところはちゃんと感謝していた。


「おお……」


 ここまでずっとシェスティの件でバーンに少なくない警戒心を抱き続けてきた二人だけに、彼女達から自分を認めているという趣旨の発言をされ、バーンの顔が喜色に染まる。


「……まあ、だからといって姫様の件は話が別ですが」


 そして続いたティアのこの発言に目に見えてシュンとした。


「ぷっ」


 その素直な反応を目にし、あちこちから吹き出す声が漏れる。

 バーンが自分達にとって恩人であることがわかり、その上で気さくさの証明のような素直な表情の変化を見せられたのだ。バーンに対する好感度の上昇も相まって、場の雰囲気が一気に柔らかいものへと変わっていった。


「ジンさん達と同じく、私もバーンさん達とはお友達なんですよ」


 遅ればせながらシェスティもフォローするが、当のバーンにとっては微妙な評価だ。ここはよくぞここまで持ち直したと喜ぶべきか、友達でしかないのかと悲しむべきか。

 その内心を表しているのか、バークは泣き笑いに近い微妙な表情を浮かべていた。


 この後は有角族やジン達だけでなく、『風を求める者』の面々やジャルダ村の村人達も加わって宴会が催されたが、もちろんそれにはバーン達も参加していた。


「初対面だっていうのに、挨拶すらすっ飛ばしていきなりプロポーズだからね。あの時は私達も頭を抱えたよ」


「そうよね。路上で色んな人が見てるっていうのにお構いなしだったから。あれは恥ずかしかったわー」


 既にバーンがシェスティにプロポーズしたことがバレてしまっている以上、その経緯などが酒の肴になる流れは避けられないだろう。ジンもここは変な誤解をされる前に真実を知らしめた方が無難だろうと、フェルやヴィーナが話すのを止めようとはしなかった。


「普段はそこまで考え無しじゃないんですが、それだけシェスティさんに本気で惹かれたということなのでしょう。本人もいきなりすぎたのは反省していますし、そこはご容赦ください」


 元が付くとはいえ、有角族の人々にとって王族のシェスティが大事な存在であることに変わりはない。そんな存在にバーンが懸想しているのは彼らにとって面白くないかもしれないと、幼馴染みであるクルトは必死で周りの人々にフォローしていた。


(悪くない雰囲気かな?)


 ただ嬉々として語っているフェル達が作り上げた場の雰囲気は明るく、クルトのフォローはおおむね好意的に受け止められているようにジンは感じた。

 そして事の顛末が語り尽くされた頃には、バーンは多くの人から生暖かい目で見られるようになっていた。


「――あきらめが悪くてもいいじゃないですか。そうでしょう?」


「そうですな。バーン殿がそれだけ真剣だということなのでしょうし、姫様に迷惑をかけないのであれば個人的には応援したいですが」


 絡み酒というほどではないが、先ほどからバーンは人生の先輩であるデオンに愚痴を聞いてもらっていた。そしてそれに応えるデオンの方も、王子相手というより一人の若人に対するかのように親身だ。

 悪い雰囲気ではないなと、ジンもバーンを慰めようと口を開く。


「バーンは反省してから一度もシェスティを口説いていないだろ? 仕事にも私情を持ち込まずに真面目に取り組んでいるし、俺はちゃんとしてると思うぞ」


 初めての会食以降、バーンはシェスティの気持ちを最優先し、有角族の未来のことだけを考えているように見える。自分の恋心を抑えたその誠実な対応にはジンも感心していた。


「そんなの当たり前じゃないか。嫌われることなんかしたくないよ」


 恋愛において押して押して押しまくる人もいれば、静かにアピールを続けて振り向いてもらおうとする人もいる。何が当たり前と思うかはその人次第だが、どちらが相手を尊重しているかといえばそれは明らかだろう。


「やはりバーン殿ならば私は反対しません。具体的なことは何もできませんが、姫様への恋心が実るといいですな」


 そんなバーンだからこそ、デオンも応援したくなるというものだ。

 そして周囲でそれとなく話を聞いていた有角族の中にはバーンに対し内心でエールを送っていた者も一定数いたし、少なくとも彼に強い敵対心を抱く者が出なかったのは幸いだと言えるだろう。


 こうしてバーンは有角族の今後を担うこの国の王子という印象よりも強く、姫様に懸想する王子という印象を有角族に与えることになる。


 だが、これもまた決して悪いものではなかった。

 

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