すりあわせ
「王が直接話を聞きたいと、ジンとの面談を望んでいるんだ」
そう言われてジンが緊張しないはずもなかったが、考えてみれば国のトップと直接話ができるのはチャンスでもある。バーンからも悪い話ではないと後押しされたこともあり、翌日ジンはバーンと共に王城へと向かうことにした。
ジン一人だけが呼び出された理由は、一人であれば内密に会うことが可能だからなのだそうだ。事実、翌日になってジンが実際に城を訪れた際も、バーンと共にいるためかすんなりと彼の私室まで通された。
「俺がジンを招いたところにたまたま親父が俺を訪ねてくるという形を取る。王以外にも数人来ると思うが、信頼できる人達だから気負わなくていいからな」
部屋にいるのはバーン以外にはフェルとヴィーナ、そしてクルトという馴染みのメンバーだけだ。しばらく彼らと談笑しながら待つと、先触れが王の訪問を知らせてきた。
「――親子の語らいをしにきたぞ。可愛い我が息子よ」
「我が敬愛する父上の……いや、面倒くさい。とっとと座りなよ」
先触れもあったので全員が立って王の来訪を受けていたが、バーンの投げやりな対応でそんな形式張った雰囲気は一瞬で消える。王以外に二人の側近と思われる者達が同行していたが、その彼らも苦笑で済ませていた。
「まあ、まて。こちらが噂の英雄殿かな。初めてお目にかかる。この国で王を務めているザンスティンだ。よろしく頼む」
立って出迎えていたジンに近づき、王はにこやかに片手を差し出す。
「リエンツの街の冒険者、ジンと申します。こちらこそよろしくお願いします」
英雄などという不穏なワードが引っかからないではなかったが、元々ジンはこの国で安心して暮らしていけるのはこの王のおかげでもあると考えているため、その立場と行動の両面に敬意を抱いている。気がつけばその気さくな雰囲気に包まれ、ジンも自然と笑みを浮かべながら握手を交わしていた。
「こいつらはサントスとアンドリューだ。ジン殿のことはこいつらからも相談を受けていたのでな。ついでに連れてきた」
「やれやれ、王よ、もう少しちゃんと紹介してくだされ。ジン殿、我が末息子ムースが世話になっている。貴族議会で議長を務めておるサントスだ。よろしく頼む」
「私はこの国の公爵アンドリューだ。そなたと直接の繋がりはないが、方々からお主に便宜を図って欲しいと頼まれていてな。係累が世話になった。感謝する」
王のぞんざいな紹介に軽く眉をひそめつつも、ジンに対し丁寧な挨拶をする二人。それは議長や公爵という立場に相応しいものであったが、それが不満な者もいた。
「固いぞ、お前ら。小うるさい奴らはここにはいないんだから、もうちょい砕けて砕けて」
肝心の王様がこの調子なのだ。二人もやれやれと苦笑すると、対応を柔らかいものに変える。
「そりゃそうですけど、最初くらい格好つけさせてください。ジン殿のおかげでムースも命を拾ったと聞いているよ。本当にありがとう」
「ほんと『暴走』の話を聞いたときは焦ったよ。私はコロナやクリスの大叔父でね。あの子らのことは小さい頃から知っているんだ」
それぞれ『風を求める者』ムースの父である議長と、コロナやクリス達とは家ぐるみで付き合いのある公爵。この国でも有数の大物達のはずだが、今は気の良いおじさん達の雰囲気を醸し出していた。
彼らはムースやクリスなどの親類から手紙をもらった後に、それぞれが王にジンへの対応を相談していた。元々王と個人的に友誼を結んでいたこともあって相談はスムーズに進み、そこで敵対の危険性を訴え、穏やかな囲い込みを提案していた。
ムース達はジンがしたことはぼかしてしか伝えていないが、敵対してはいけないことを理解するにはそれだけでも十分過ぎるほどだったからだ。
「さてジン殿。一応バーンから聞いてはいるが、そなたの口からもう一度説明してもらえるか? 二度手間ですまないが、一度バーンと話しているので上手く話せるだろう?」
少し回りくどいこの言い方からすると、バーンと話し合ったシリウスや殲滅級の『古代魔法』を誤魔化した対外的な説明をしろということなのだろう。そう判断したジンはバーンの方へチラリと視線を向けると、彼が軽く頷くのを確認してから話し始めた。
――だが、いくつかのことを誤魔化してもなお、その事実は議長と公爵にかなりの衝撃を与える。『迷宮』や『聖獣』、そして『暴走』と、話が進むにつれて徐々に彼らの顔が引きつっていく。
そしてジンの話が終わる頃には、やはり絶対に敵対はできないと、改めてよく知らせてくれたと息子や係累に感謝していた。
「ありがとう。これでサントスもアンドリューもジン殿のことが理解できただろう」
早速国王が口を開く。彼は事前にバーンから聞いていたのでサントス達のように動揺はしていない。ただ改めて敵対は出来ないなと心していた。
「それで今日ジン殿に来てもらったのは他でもない。どうだ、我が国の貴族にならないか? 子爵あたりまでなら何とかするが」
余計な前置きはいらないだろうと、国王は早速本題に入る。正式な謁見の前に直接ジンを勧誘する。これが王の目的の一つだ。正式な謁見の場で断られると国としての面子が潰れてしまうため、こうして前もって意志を確認する必要があった。
「子爵とは了見が狭いですぞ。ジン殿のお力ならば伯爵以上でも問題はないかと」
「一時的とはいえ聖獣の力を借り、それを多くの人が知っているのです。確実に伯爵以上で勧誘してくる国があるでしょうな」
聖獣や『古代魔法』については一部誤魔化した説明でさえ、国の重鎮たる二人のジンに対する評価は極めて高い。
ジンが使った殲滅級魔法が聖獣の力だという方便を信じているかは別にしても、リエンツの人々は実際にジンが聖獣に守護者と認められていると宣言した演説を聞いていたし、それを裏付けるほどの奇跡をいくつも目の当たりにしている。それは既に終わった出来事ではあるが、事実として聖獣と関わりがあったジンを手元に置くことが出来れば、それだけで国として大きなメリットとなる。
それに単純な戦力として見た場合でもAAランクの魔獣に止めを刺せるほどの規格外となれば、公爵の推測は決して的外れではなかった。
(まさか子爵を打診されるとは……)
一方でジンも即答できないでいた。
ジン達は王都に来る前から今後ありうる展開について何度も話し合ってきたが、その際に貴族になることを打診される可能性も考えたことがある。この国の貴族となれば他国からの勧誘を牽制することができると確かにメリットはあるのだが、この場合は貴族の義務が面倒だ。また、そもそもジンはステータスやスキルに大きな秘密を抱えている。やはり冒険者にとって貴族の義務である毎年のステータス公開にはデメリットしかない。
ただ今回一代爵である男爵ではなく、永代爵である子爵を提案してきたのは予想外としか言いようがなかった。
沈黙するジンに王は更に言葉をかける。
「実際の爵位はこれから相談して決めるが、最低でも子爵は保証する。聞けばジン殿は家族を守る後ろ盾を欲しているとか。貴族となれば所属がハッキリするし、他国からの勧誘は防げるだろう」
今回提案した子爵位は正式なものではなく、あくまで国王であるザンスティンの判断だ。ジンの功績を考えれば議会の承認も得られるだろうという考えだったが、サントスやアンドリューの反応を考えると、伯爵以上でも議会の承認を得られる可能性は充分あった。
「ありがたいお話だと思いますが……」
だが問題は爵位の高さだけではない。貴族になることで確かにメリットは生まれるが、やはり冒険者であるジンにはデメリットも大きい。
ジンの話し出しを聞いただけで、やはり断られるかと周囲は思う。
家族の安全を考えれば、あえてこの国にこだわることはない。噂が届かない遠い国へ行くこともできるし、より好条件を出す国へ行くという選択肢もある。だが、それはこの国にとって損失でしかないのも事実。
もっと好条件を引き出さねばと公爵や議長は思ったが、その判断は少し早すぎる。
話は最後まで聞いてみないとわからないものだ。
「――子爵以上の爵位については遠慮させていただきます。一代爵の男爵で充分です」
「「「え?」」」
そのジンの応えは完全に想定外だった。
爵位によって貴族手当の額は大きく違うし、何より男爵では貴族の権利を後代に引き継げない。子爵は駄目で男爵ならいいという理由をジン以外は理解できなかった。
「権利には義務がつきものです。私は当分冒険者を辞めるつもりはありませんし、国政に携わるつもりもありません。子供に貴族の義務を背負わせたくもありませんし、子爵では過大なんですよ」
ジンは大真面目に語る。子爵を提示するほど評価してくれたことは嬉しかったが、ジンとしてはそんなものよりも現在の自由な立場が大事だった。
「できれば男爵も名目上だけのものにしていただけたら助かります。もちろん貴族手当は必要ありませんし、それならステータスの公開をしなくても他から文句は出ないんじゃないでしょうか?」
家族のためには我慢するしかないと覚悟しているものの、やはりジンにはステータスの公開には抵抗があった。おそらくこれまで通りステータスの隠蔽は可能だと思われたが、このステータスを公開するという貴族の義務がこの国の健全性を保っていることからも、ジンはできれば不誠実なことはしたくなかったのだ。
「私達はこの国が好きなんで、他の国で暮らすことは考えていません。他国から勧誘されても行くつもりはありませんので、そこを国に守ってもらえるだけで充分なんですよ。名前だけの貴族位でも充分過ぎるほどです」
ジンは家族以外にもかけがえのない人々が暮らしているこの国を捨てて他国に行くつもりはなかったし、どうしても貴族の義務であるステータスの公開をしなければならないのなら、したくはないが嘘を吐いて隠蔽する事も覚悟している。だが、できることならば義務も権利もない名目だけの貴族。これがジンの正直な希望だった。
「それではステータスの公開などの貴族の義務を果たさない代わりに、貴族手当などの権利も放棄すると?」
改めて王がジンの意志を確認する。それを果たして貴族と言えるのか疑問は残るが、それでもそれがジン達家族の総意だ。
「はい。他に他国の勧誘を退ける理由が思いつかなくて……。申し訳ないのですが、できればお願いできたらと」
不遜かもしれないと、ジンは自信なさげに答える。
「くくっ」
だが、王から返ってきたのは堪えきれず漏れる愉快そうな笑い声だった。
「ふふっ。私なんぞは、子爵位をもらえるものなら喜んでもらうのですがな」
欲の無い事よとサントスも笑みを見せる。平民出身である彼は長期にわたって議員を務めているため既に男爵位を持っているが、それはあくまで一代限りの爵位だ。
「ははっ、まったく。しかし確かに冒険者にとっては貴族の義務は面倒と聞くからな。ジン殿は自由を選んだということなのだろう」
まさに公爵の指摘通りなのだが、下手をすれば貴族そのものを否定していると取られかねないと考えていただけに、ジンは愉快そうに笑う公爵の態度にホッと胸を撫で下ろしていた。
「なあ、ジン。本当にいいのか? このままだとうちの国はただ単にお前に名目上の爵位を与えるだけで、他は何の負担もせずにお前をこの国に縛り付けることになるぞ? 確かに国として後ろ盾にはなれるが、メリットはそれだけだ。お前の実力なら子爵なり伯爵なりの権利はそのままで、義務を放棄する条件をつけても通ると思うぞ?」
このままでは国が得するだけだと、その国の王子たるバーンが忠告する。友人であるだけに、ジンが損しそうなこの状況を黙ってみていることが出来なかったのだろう。
だが、その提案は到底ジンに受け入れられるものではなかった。
「心配してくれてありがとう。でも、俺は義務も果たさずに権利を主張するような恥知らずにはなりたくないんだ」
義務や権利という大仰なものではなくとも、自分がすべきことを他人に要求する人々と言い換えることが出来るかもしれない。自分がすべき子供の躾を教師に丸投げして文句を言うだけの親や、自らが望んで迎え入れたはずのペットを捨てたり保健所に持って行ったりする無責任な輩など、そういう恥ずかしい人々の話を耳にするたびにジンは情けない気持ちになったものだ。
そんな唾棄すべき者達の同類にジンがなりたいはずもない。
「まあ確かにそうだな。義務も果たさずに権利を主張するなんて、国としても認められないか。……でも残念だな。ジンが王都で暮らすようになるなら、楽しくなると思ったんだけど」
「いや、王都にはたまに来るつもりだから、それで勘弁してくれ」
いささか言い過ぎたと反省するバーンに、ジンは苦笑しつつ応える。ジンにあるのは目の届く人々を守りたいという想いだけだ。学校を作りたいという、シーリンのような貴族でしかできない夢もない。本当は名声すら必要なく、男爵位を受け入れるのも苦肉の策だった。
「この国を好きでいてくれてありがとう。褒美の件はそのように取り図ろう。有角族のお披露目と併せ、近日中に授与式を行うことになるが、それには出席してくれ」
「ご高配に感謝します。ご迷惑をおかけしてしまうかもしれませんが、よろしくお願いします」
この王の最終判断で、ジンが名目だけの貴族となることが決まった。
この後は有角族の話を交えながら、ジンの業績をどこまで発表するかという話になったが、このあたりは冒険者ギルドと神殿と足並みを合わせた方がいいと、これに国を足した三者で相談した上で足並みを揃えることになった。
こうして王との面談は特に問題が起こることもなく、双方に満足がいく形で終わる。王国としてはジンをこの国の所属とすることができるし、ジン達としても強固な後ろ盾ができた。後は正式な場を待つだけとなる。
そして少し間が空いて八日後、いよいよその時が来た。
ありがとうございました。