正体
「――まさか今日挨拶が終わったばかりだとは思わなかったよ。おつかれさん」
「ありがとう。やっと肩の荷が下りた気分だよ」
バーンのねぎらいにジンは微笑む。王都の神殿でも結婚を誓うことは可能だが、どうせなら住み慣れたリエンツの街で結婚を誓いたいとジン達は考えていた。
「その気持ちはよくわかるぞ。俺もまだ結婚してるわけじゃないけど、フェルとヴィーナの両親への挨拶は終わらせてる。あの時はほんと緊張したよ」
「ふふっ」
「ガッチガチだったよね」
顔を歪めるバーンにフェルとヴィーナが笑いかける。
「やっぱり二人はそうなんだ。どっちかがクルトの相手って可能性も考えたけど」
そう口にしたのはジンだったが、他の者達ももしかしたらとは考えていた。
「勘弁してくれ」
心外だとばかりにジンに応えるクルトだったが、それがフェル達にとって面白いはずがない。
「へー、そういうことを言うんだ」
「これはユリアに伝えないと」
「勘弁してくれ!」
クルトが叫ぶが、同じ台詞でも二度目に含まれたそれは切実なものだ。フェル達とクルト、そしてクルトの恋人か伴侶と思われるユリアとクルトの力関係がよくわかるやりとりだった。
そのコミカルなやりとりに警戒していたファリスとティアまでクスクスと笑いをこぼしてしまうが、一人だけ反対に暗い顔をしている者がいた。
「あ、違うんだシェスティ。確かに私はこの二人を愛しているが、君のことも心から愛しているんだ。まだ出会って間もないの派承知しているが、君に結婚を申し込んだのは間違いなく本気だ。信じて欲しい!」
王族として妻を数人持つことには免疫があるはずなのだが、自分でも意外なほどシェスティはショックを受けていた。目に見えて落ち込むシェスティに、バーンは必死に弁解する。だがその顔はなかなか晴れなかった。
「だからあんたはもうちょっと相手のことを考えなさいって言ってるでしょ!」
段々と口説きが入ってきたバーンをフェルの一喝が止める。
「あんただってシェスティが王都にわざわざ来た理由くらい察しているでしょう? それ以外にもシェスティがやりたいことがあるかもしれない。それはあんただってコーリンの時に学んだはずよ?」
そもそもバーン達がシェスティ達に会おうとしたのも、彼女達の目的をある程度推測していたからだ。それが終わらないうちにプロポーズなど、自分の行動をバーンは反省していた。
「確かに人には譲れない想いがあるんだった。……シェスティ、私の気持ちを押しつけてしまってすまなかった」
バーンは真摯に謝罪する。だが、シェスティにもバーンの言葉を聞いて想うことがあった。
「いえ、確かに私には譲れない想いがあります。それが成るまでは……」
この世界に一緒にやってきた者達が生きるための基盤を整えること、それがシェスティが王都に来た目的であり、彼女の譲れない想いだ。フェルの気遣いには感謝するが、それ以外に彼女が果たしたいと思うことはない。
シェスティはこの世界に来たことで王族のしがらみから解放されたが、それでもなお王族として果たすべき責務を放棄しようとはしなかった。しかし、確実にその心は自由になり、バーンから人生で初めての告白を受けた時も普通の少女の様に心を弾ませてしまった。それを責めることはできないだろう。
それは一時己の責務を忘れさせるほどだったが、同時にその責務を思い出させてくれたのもバーンだ。己の想いを再確認したことでシェスティの心から浮ついた気持ちは消えてしまったが、それでも新たな気持ちがその心に芽生えたのかもしれない。
シェスティが謝罪を受け入れてくれたことにバーンはホッとした様子で微笑み、シェスティもまた笑顔で応えていた。
(とりあえず良かったのかな?)
聞き覚えのある名前が出たような気もしたが、ジンは場の雰囲気にのまれて聞けずにいた。
「ごめんね、シェスティ。もし貴女の想いが果たされたら、こいつのことを思い出して欲しい。もちろん気に入らないならキッパリ振っていいの。結果がどうであれ、私達がすることは変わらないから」
「私もフェルと同じ気持ちよ。シェスティなら大歓迎だけど、絶対に流されちゃ駄目よ?」
「ありがとうございます。フェルさん、ヴィーナさん」
二人の気遣いにシェスティは笑顔で応える。ファリス達もホッとした様子で見守っていた。
「まあ、こいつが告白したのは今までに四人いたが、どれも納得の女性達だったからな」
これは言外にクルトもシェスティのことも認めていると意思表示していることになる。そして四人の中には当然フェルやヴィーナも含まれている。
「あら、クルト。珍しく褒めてくれるじゃない」
「まあ、たまにはな」
肩をすくめてヴィーナに返すクルト。その気心の知れた様子にシェスティ達の顔にも自然と笑顔が浮かんだ。
「ふふっ。仲がいいんだな」
この雰囲気を壊さないようにと、ジンがバーンにからかい交じりの言葉を投げかける。
「まあ、クルトとは幼い頃の付き合いだし、フェルとヴィーナは貴族学校からずっと一緒だからな」
バーンは照れくさそうに頭をかきながら応える。
青春時代を貴族学校で一緒に過ごしてきただけに、お互い良いことも悪いことも全部知っている。
この後バーンが率先して当時の失敗談などを面白おかしく語ってくれたおかげで更に場が和んだが、そこでコーリンという名前が再度出てきた。
「もしかしてコーリンって『セーラムの棘』のコーリンじゃないよな? 俺も同じ名前の貴族学校に通っていた知り合いがいるんだけど」
ここでジンはようやくこの質問をすることができた。
前回王都に来た際に友人となったコロナやクリスも参加している『セーラムの棘』とは、リエンツを襲った『暴走』を撃退するために共に戦った仲だ。彼女達はメンバー全員が貴族学校の出身だと聞いたことがあったので、もしかしたらという予感がジンにはあった。
「え? うそ。もしかしてジンって『フィーレンダンク』のジン?」
少し前からジンの名前に引っかかりを覚えていたフェルが真っ先に気付く。
「ちょっと、それってコーリンの手紙に書いてあったあれ?」
ヴィーナの言う手紙とは、コーリンがジン達が旅立った後に出したもののことで、その内容は簡単に言うとジン達のフォローを頼むものだった。そこにはジンの力については詳しく書かれてはおらず、ただ『暴走』撃退にジンが多大な貢献をしたことや、その凄まじい力を自分達自身の目で確認したこと、そして温厚な人柄だが絶対に敵に回してはいけないなど、彼らに味方するよう強く推奨すると大真面目に記してあった。
「いや、確かに俺達は『フィーレンダンク』だけどさ」
バーン達がコーリンと知り合いだったのは予想通りだったが、フェル達が自分達のことを知っていた事実にジンは少し混乱していた。また、手紙を出したのはコーリンだけではなかったが、ジン達が旅立った後のことなのでその事実をジンはまだ知らない。
「まさか『フィーレンダンク』が王都に来ていたとは。失態だな」
ジャルダ村でシェスティ達の出会った影響で、ジン達が王都を訪れたのはコーリンの手紙で予想されていた時期から軽く一カ月以上過ぎている。クルトも定期的に冒険者ギルドをチェックしているのだが、今回は有角族の方に気をとられるあまり冒険者ギルドの方は確認が遅れていたようだ。手紙に従い、無闇にジン達を刺激しないようにこっそり行動していたのが仇になった形だ。
「まあ、ここは喜んでおこうよ。結果としては良いことなんだからさ」
そう言ってバーンが軽く落ち込むクルトを慰める。今回は有角族であるシェスティ達と会うことが目的だったが、元々いつかジン達とも会いたいと思っていたのだから手間が省けたというものだった。
「まさかとは思っていたけど、こんなことってあるのねー。ふふっ、噂の人に出会えて光栄よ」
ちょっとからかうようにフェルがウィンクしてきたが、ジンは嫌な予感しかしない。
「えっと、噂って?」
あの激戦から三カ月以上経った今、どのような噂が伝わってきているかジンも気になっていた。
「無傷で『暴走』を撃退した英雄」
「神獣の加護を受けた奇跡を起こす聖人」
「見たこともない大魔法を使いこなす賢者」
フェル達それぞれの評を聞いているうちに、ジンの顔がゲンナリしてきた。
「まあ、一言で言えば勇者だな」
「それはない」
最後にバーンがまとめたが、ジンは間髪入れずにそれを否定する。微妙に真実を含みつつも事実とかけ離れた過大評価に、力ないため息を吐くジンであった。
「ははは。それじゃあジン達が噂のフィーレンダンクと判明したところで、そろそろ本題に入ろうか。……俺達がシェスティ達に会いに来た理由だ」
ジン達はジン達で別に話があると前置きした上で、一転して真剣な表情へと変わったバーンが語り始める。
「俺達がシェスティ達有角族を探していた理由は、見たこともない種族が王都に現れたという話を聞いたからだ。興味本位じゃなく、必要であれば力を貸したいと思って会いに来たんだ」
「なんでバーンがそんなことを?」
この問いは当然あってしかるべきものだろう。わざわざ新種族を探して力を貸す理由がわからない。
バーンは人好きのする笑顔で微笑むと、再び元の軽い調子に戻る。
「いやー、俺の一族には伝承があってさ。常識とは違う者、例えばシェスティみたいなこれまで見たこともない種族とか、ジンみたいに常識では考えられない力を持った者が困っていた場合、相手が望むのであればちゃんと助けろって言われているんだよ。元々自分達の祖先がそうだったからという話なんだけどな」
「一族?」
もしかして過去の転生者で、この国の貴族となった者がいるのだろうか? そう思いながらつぶやくジン。だが、その問いかけ未満のつぶやきにバーンが答える。
「そ。俺ってこの国の王子様なの」
「「「え?」」」
驚きで固まるジン達と、言っちゃったよと天を仰ぐクルト達であった。
ありがとうございました。