バーンという男
とぼけた事を言う男性に対し、お仲間は一斉に頭を手に当てて天を仰いだ。
「あの、えっと……」
「姫様、私の後ろへ」
動揺するシェスティを背後にかばい、フェリスが男を睨みつける。だが、肝心のシェスティはそこまで悪い気がしていないようにジンには見えた。
「ちょっとバーン、いいかげんにしなさい! 驚いたでしょう。いきなりこめんなさいね」
女性の一人が男――バーンを叱責し、シェスティ達にも頭を下げる。
「おい、フェル。俺は本気だぞ!」
不本意だとバーンは反論するが、本気だったら何でも許されるわけではない。
「はいはい。それはわかっているから、一旦落ち着きなさい。初対面でそんなことを言われても相手を困らせるだけよ」
「むう……。確かにそうか。すまない。さっきのは本気だが、もう少しお互いを知ってから改めて申し込ませてもらうとするよ」
案外素直に受け入れるんだなと、ジンはちょっと意外に感じる。
これはバーンに限ったことではないが、彼ら四人はシンプルだが仕立ての良さそうな衣服を身に纏っていおり、男性二人が腰に差した剣も華美ではないが高そうな雰囲気がある。
裕福な商人の子息という線もあるが、どこか初めて出会った頃のクリスを連想させられ、ジンはおそらくは彼らは貴族であろうと感じていた。
「あらためて自己紹介をさせてもらう。私はバーティ……いや、バーンと呼んで欲しい。どうかよろしくお見知りおきいただきたい」
その態度に先ほどまでの軽薄さはなく、バーンはきびきびとした動作で胸に手を当て、見事な貴族の礼を見せていた。だが、明らかにシェスティにだけ向けているのが何ともしまらない。
「はい。シェスティと申します」
ただシェスティは元王族であるだけに、儀礼に違いはあれど馴染み深くもある。シェスティは落ち着きを取り戻し、スカートの裾を少しつままんで貴族の礼を返していた。
「おお! なんと麗しいお名前か」
「だからいい加減にしろ!」
再び興奮するバーンの頭をフェルと名乗った女性が遠慮なく叩く。
ここまでくるとジンは彼らは貴族だと確信していたが、そのやりとりは飾りのないお互いへの気安さが感じられる。自然と空気が和み、シェスティからはクスッと笑い声さえ漏れた。
「騒がせてしまって申し訳ない。こいつに悪気はないんだが、いつも唐突でな」
やや置いてけぼりの感があるジン達に、精悍な男性が声をかけてきた。その振る舞いに隙はなく、それなりに腕も立ちそうだ。
「いえ、驚きはしましたが、シェスティ達も大丈夫みたいですしね。ああ、私は彼女達の友人でジンと申します」
「申し遅れた。私はクルトだ。バーンとは腐れ縁の幼馴染みでもある。後はさっきバーンを叩いたのがフェルで、あいつがヴィーナだ」
クルトの紹介を受け、ヴィーナもジン達に向けて頭を下げる。ジンは穏やかに応えていたが、ファリスとティアはシェスティを守るように前に出たまま、まだ警戒を解いていない。
「まったく。あんたのせいで警戒されちゃったじゃない」
悪気はなさそうではあるものの、いきなり求婚してくる相手にシェスティを守る役目を持つファリスや侍女のティアが警戒しないわけがない。これはバーンの自業自得だろう。
「すまん。まさかここでも運命の出会いがあるとは思わなくてな」
「はいはい。それはもっと仲良くなった後にしなさい。それよりこのまま立ち話をする雰囲気じゃなくなったわね」
反省はしているものの後悔はなさそうなバーンをフェルは軽くあしらう。元々目立つ集団だが、往来で騒いだので尚更注目を集めていた。
「どうでしょう。迷惑をかけてしまったお詫びを兼ねて、今晩皆さんを食事に招待させていただけないでしょうか?」
ここまで黙っていたヴィーナが一つの提案をしてきた。
「念のために今晩レストランを抑えていてね。『ベルベル』って聞いたことない? マヨネーズの元祖のお店なんだけど。もちろん迷惑をかけたお詫びにおごるわよ」
それにフェルも茶目っ気たっぷりに続いた。
提案されたのは王都でも有名だというレストラン――以前ジンもきたことがあるケントの経営するそれだ。
「俺はいいと思うけど、どうする?」
あそこなら何かの罠が待ち構えているという可能性も低いだろう。プロポーズまがいの騒動で話が逸れてしまったが、元々は有角族に会いに彼らは来ている。貴族である彼等がわざわざ会いに来た目的を知るためにもジンは賛意を示し、それにシェスティも頷いたことで今晩の予定が決定した。
ただ安全上のためにもトウカやシリウスを含む全員でという条件をつけ、それも問題なく受け入れられる。加えて帰りが遅くならないようにと、開始時刻も夕方六時からということになった。
それでは今晩改めてと彼らが去り、残されたジン達はギリギリまで散策を続けようと場所を移動する。
自然と話題はバーン達のことになったが、気をつけるべき貴族の典型からは大きく外れており、ジン達としてはそこまで悪い印象はない。ホープもそれに近かったが、ファリスとティアは低評価の嵐だった。
では肝心のシェスティはというと……
「悪い方ではないかなと」
「「姫様?!」
予想外の反応に不安になるファリスとティアであった。
待ち合わせ時間が近くなってきたので、ジン達はレストランに移動する。約束より早めに到着したが、既にバーンら四人は部屋で待っていた。
「やあ、わざわざ足を運んでもらってすまないな」
「いえ、こちらこそご馳走になります」
椅子から立ち上がって迎えてくれたバーン達に簡単な挨拶を済ませた後、ジン達はシェスティ達やトウカを挟むように席に着く。あくまで念のためではあるが、シェスティ達の安全を託されている身としては当然の配慮だろう。ただ別の意味で姫様をお守りしなければと、シェスティの両脇に座ったファリスとティアは警戒心丸出しだった。
「いきなり信用しろってのは無理があるよな。詳しい自己紹介は後にしようか」
やらかした自覚もあるためか、バーンも苦笑を隠せない。
「そうしてもらえると助かります。私達は彼女達の護衛をしている冒険者で、私がジン、そして端にいる三人が左からエルザ、レイチェル、アリア。子供はトウカで、だっこしているのがシリウスです」
言い終わったジンが視線をシェスティに向けると、彼女も軽く頷いた後に口を開く。
「改めまして、私はシェスティと申します。両隣の彼女達がファリスとティア、そしてホープ。ご覧の通り皆有角族で、私が今回の代表を務めております」
いつもは普通の少女と変わらない雰囲気のシェスティだが、今の振る舞いには気品が感じられる。やはり王族。その気になれば違うということなのだろう。
「……あっ、すまない。その、よろしくお願いします」
その姿に見とれていたのか、隣に座るフェルからつつかれてからようやくバーンは再起動を果たす。とはいえ、その返答はいささか締まらないものになっていた。
(本気で好きなんだな)
どうやら何かの策というわけではなさそうだと、ジンは微笑みながらバーンを見つめる。そう思うのはジンだけではなかったが、さすがにファリスやティアの考えを変えるほどではない。微笑、もしくは苦笑で済ませられるのは、ジン達のようなある程度客観的に見ることが出来る者達に限られているようだった。
「――失礼します」
そうこうしているうちに、ノックの音と共に部屋に前菜が運ばれてきた。
「んんっ。固い話は後にしようか。まずは食事を楽しもう」
そのバーンの提案に否があるはずもなく、早速お食事会が開始された。
やはり食事は偉大だ。時が経つにつれて徐々に会話も増えていく。
「ここはマヨネーズが絶品なんだよ。最近はマヨネーズを出す店も増えたけど、やっぱりここが一番だね」
「そうなんですか。やっぱり元祖は違いますね~」
「この店は無料で作り方の講習も開いていてね。そんな太っ腹なところも……」
気に入っているんだと楽しそうに話すバーンだったが、ジンはジンで友人であるケントの店を褒められて嬉しい。 些細なことではあるが、本音のところが通じ合うことで一気に距離が縮まることは確かにあるものだ。その後もお互いに笑顔で会話が続く。
ちなみにケントがわざわざ講習を開いているのは、マヨネーズの作製には食中毒の防止のために衛生管理の徹底が必要不可欠だからだ。ジンもこの辺りはつい先日ケントから直接話を聞いたばかりだった。
一方で、それ以外のメンバーも交流を深める。シェスティを守ろうとするファリスとティアは未だやや警戒気味だったが、それなりに話は弾んでいる。その中心となるのはトウカとシリウスだ。
「お利口さんだし、可愛いわー。本当にシリウス君にはご飯を用意しなくていいの?」
大人しくトウカの膝に抱かれているシリウスの姿に、ヴィーナはメロメロだ。
元々食事をする必要が無いシリウスは嗜好品として普段からジン達と同じものを食べているが、それをバーン達の目の前で見せるのは問題がある。また、普通の犬用の味付けでは確実に物足りないことも予測できるので、美味しく食べられなければ意味が無いと、今回シリウスはお預けとなっていた。
「大丈夫だよねー、シリウス?」
トウカの問いかけに無言で顔をすりつけることで応えるシリウス。実際はトウカに『念話』で大丈夫と応えていたが、そんなことは見ただけではわかるはずもない。
「シリウス君もそうだけど、トウカちゃんも可愛いわね。……誰かの妹なの?」
フェルがそう思うのも無理はない。トウカの親というには誰もが若すぎた。
「トウカはお父さんの娘なのです」
胸をはり、どこか誇らしそうにトウカが応える。シリウスもその膝の上で尻尾をぶんぶん振っていた。
「ふふっ。そうなんだ。トウカちゃんはジンさんの娘なんだね~」
どう見ても二十歳そこそこのジンがトウカの父親というのは無理がある。そこに何らかの事情があるのはヴィーナ達にも推測できたが、同時にトウカがあんな風に答えることができるくらい今は幸せなのだということも理解できた。
「私達自慢の娘でもあるよな、トウカ」
「うん!」
エルザの問いかけに全開の笑顔でトウカは応える。やはり見る人が見ればわかるものなのだろう。フェルにとってその意味するところは明確だった。
「あ、やっぱりそうなんだ。それじゃあもしかしてアリアさんやレイチェルさんも?」
「「はい」」
照れくさそうな笑みで応えるアリアとレイチェル。特に両親への挨拶を終えたばかりのレイチェルの反応が顕著だった。
「ほう。三人もの妻を娶るとは、やはりジン殿はかなりの実力者なのだな」
クルトがキラリと眼を光らせる。多夫多妻制のこの世界ではあるが、それでも周囲を納得させるだけの実力か理由がなければ、嫁もしくは婿を複数持つことはできない。
「まあ、今はまだBランクですけど、それなりに腕にも自信がありますからね」
ジンもこの会話に参加する。ただ模擬戦とはいえAランク冒険者を下すほどの腕を持ちながら、それなりとは謙遜が過ぎるかもしれない。
「ん? ジンって……」
「ただ、まだ結婚してるわけじゃないんです。ようやく全員の両親への挨拶は済ませたので、結婚は帰ってからの予定です」
フェルがなにかに気付いたような様子を見せたが、ジンの発言の方に気をとられてしまい、この時点ではそれが形になることはなかった。
「おお、両親への挨拶とは懐かしいな。……なあジン殿、いやジン。お互いへの敬語をやめないか? この後の話し合いがどういう形になるにしろ、個人的にジンとは友誼を結びたい」
何が琴線に触れたのかはわからなかったが、バーンは本心からそう言っているようだ。そして大人になっても「友達になりたい」とストレートに伝えることができるバーンの率直さを、ジンは好ましく感じる。
「わかった。よろしく、バーン」
「うん、よろしく頼むよ、ジン」
基本的に冒険者以外には敬語で話すジンだったが、相手が望むのであればその限りではない。それはバーン達が貴族であったとしても同じだ。
そしてこの後、バーンだけでなくクルト達も同じような扱いを望むことになる。
ありがとうございました。




