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貴族?

 この日、ジンは王都に来た目的の一つ、人生におけるビッグイベントの一つをようやく終わらせていた。


「おめでとうございます。ジンさん」


 そのビッグイベントが開催されていた神殿を出てすぐに、シェスティが満面の笑顔でジンを祝福する。

 ジンが終わらせたのは、今回で三度目となる親への結婚の挨拶だ。これまでアリアは親代わりの孤児院の院長ヒルダに、エルザはジャルダ村に住むミリア夫妻にそれぞれ挨拶を済ませており、残った最後が神殿に勤めるレイチェルの両親だった。


「いやー、いいものを見させてもらいました。男として私も頑張らないといけませんね」


 ジンを除くとホープが唯一の成人男性だ。同じ男として思うところがあったのだろう。


「祝福してもらえるのは嬉しいんだけど、できればあんまり触れないでくれないか。正直めっちゃ恥ずかしいんだけど……」


 今回の両親挨拶にはジン達一家だけでなく、ファリス達四人も同席している。個人の用事であればそれ以外のメンバーがファリス達と共にいれば済むのだが、今回はジン達一家全員で挨拶する必要があるのでやむを得なかった。

 ジンも挨拶の最中は緊張していてほとんど意識していなかったが、その時の状況は例えるなら両親への挨拶に友人達が付き添っているようなものだ。やむを得なかったとはいえ、ジンは落ち着いた現在では無性に恥ずかしい気持ちになっていた。


 ――そしてジンの願いは叶わない。

 決して悪気があるわけではなかったが、特に女性にとっては恰好の話題だったようだ。


「必ず幸せにします!……なんて私もいつかは言われてみたいものです」


 ティアの言葉にジンが恥ずかしさのあまり「うっ!」と胸を押さえる。レイチェルの父親であるマクスウェルから娘を幸せにすると誓えるかと問われたジンは、躊躇なくそう答えていた。


「その後にレイチェルが言った『私もジンさんを幸せにします!』も良かった」


 そのファリスの言葉に今度はレイチェルが頬を赤く染める。幸せにしてもらうだけでなく、自分も幸せにしたい。それはレイチェルの本心であったが、なかなかに恥ずかしい台詞でもあった。


「うふふっ。極めつきはジンさんの『皆そろって幸せになります!』ですよねー。やっぱりお嫁さんを複数もらうのなら、分け隔てなく全員を幸せにしなくちゃいけませんから。アリアさん達も嬉しそうだったし、あれは良かったです」


 今度はアリアとエルザが頬を染める番だ。シェスティは元王族なだけあってジンが三人もの嫁をもらうことに忌避感はないようで、むしろレイチェルの両親の前で全員を愛すると宣言したことが高評価のポイントだったらしい。


「トウカちゃんもシリウスくんも、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんが増えて良かったね」


「うん! トウカ、マクスウェルお祖父ちゃんもクラウディアお祖母ちゃんも優しくて好き!」


「わん!」


 ホープの言葉にトウカとシリウスが元気よく応える。もちろん人目があるのでシリウスは普通の犬の姿だったし、念話も使っていない。


 挨拶の時にジンは家族の一員としてトウカとシリウスの事を紹介したが、マクスウェル夫妻はトウカのことは手紙で知っていたものの、シリウスが聖獣であることや、ジンの息子として受け入れられていることは初耳だった。トウカはともかく聖獣のシリウスについては当初マクスウェル達も混乱したが、二人からのお祖父ちゃんお祖母ちゃん呼びにすぐに相好を崩し、話が終わる頃にはすっかりめろめろになっていた。


「お嫁さんか……」


 トウカとシリウスを除き、ジン達は未だ恥ずかしさのダメージから回復していない。だが、照れくささはあっても、その顔は嬉しそうに笑っている。

 幸せそうなその様子に自らも笑みを誘われながらも、ファリスは少しだけ寂しそうに小さくつぶやいていた。


「――ああっと、そうでした! 神殿長さんのお話も驚きでしたね!」


 力を落とすジンを気遣ったのか、ホープが少し大げさに手を叩く。

 ジン達はレイチェルの両親に会う前にクラークの友人である王都の神殿長と面談を果たしたのだが、そこでジン達とシェスティ達の後ろ盾になると約束するだけでなく、神殿に伝わる神話についても語ってもらっていた。


「んんっ。はい、大変興味深いお話でした」


 咳払いと共に、いち早く立ち直ったレイチェルが反応を見せる。そこで聞いた話の中には、神官であるレイチェルでさえ初めて聞く話もいくつか交じっていた。


 詳細は省くが、神話ではこの世界に生きる人間の祖先は全て神に招かれて別の世界からやってきたとされている。今よりももっと神との距離が近い神話の時代、人族、獣人族、エルフ族、ドワーフ族の四種族は神の加護の元、共に協力してこの世界で繁栄していったのだそうだ。


「私も招かれた時期が違うなんて知らなかったわ。なんで間違った神話のままなのかしら?」


 博識のアリアにも知らないことはある。

 神殿長に教えられた一つに、四種族は同時に招かれたのではないというものがある。

 一番最初に招かれたのが人族で、そして数百年ほどの間隔をあけて獣人族、エルフ族、ドワーフ族の順でこの世界に現れたとされていた。


(たぶん優劣をつけたくなかったんだろうな)


 言葉にするのはまだ億劫だったが、ジンなりに理由は推測している。元の世界でも肌の色や国の経済状況などで人種の優劣を語る人がいた。人種どころか種族さえ違うこの世界で、万一そのような考えがはびこってしまっては悲惨な未来しか訪れないだろう。人間社会の基盤作りをしなければならない大事な黎明期なので、大事をとったということなのかもしれない。


「それを言うなら、私は同じ獣人族でも犬系と猫系では招かれた時期が違うってのが驚きだったな」


 そのエルザは犬系だが、猫系の獣人族は犬系よりも後にこの世界に招かれたのだそうだ。また、神殿で把握しているのは猫系獣人族の件だけだったが、獣人族における犬系や猫系ほどの大きな違いではなくとも、肌や瞳の色程度の違いしかない招かれし者は後の時代でも何度か現れ、自然とそれぞれの種族に取り込まれていったようだ。

 犬系獣人族の耳や尻尾の形にはたくさんの種類があるが、これも小さな差異しかない種族が取り込まれることで生まれた多様性の一例である。

 しかしエルザ達にとっては過去の話でも、ファリス達にとっては違う。


「私達にとっては嬉しいお話でした。まさか神殿に新種族が招かれる可能性があると明記してあるとは思いませんでしたから」


 シェスティの語るこの件が最も大きな衝撃だった。

 神殿長は事実としてこの世界には未だに招かれる人がいることも、そして今後それぞれの種族の範疇には収まらない可能性の種族が招かれる可能性があることも認識していた。それはある一定以上の地位にあるものしか知らない情報ではあったが、神話と共に神代から伝わっていることでもあった。


「はい、希望が見えてきましたね」


 ファリスがシェスティに笑いかける。

 神殿長はいよいよその時が来たかと張り切っており、シェスティ達への協力は惜しまないと確約してくれた。明確な後ろ盾を得ることができたのは、彼らにとって朗報以外の何ものでもない。


「よし! 少しずつ成果も上がっていることだし、この調子でこの後の王都散策も頑張ろうか」


 ようやく精神的なダメージから復活したジンは、無理矢理にテンションをあげる。

 今日もこの後は王都散策をしながら有角族の顔を売っていくわけだが、王都に来てからずっと続けている効果か、人々も少しずつシェスティ達の姿にも慣れてきたようだ。

 まだまだ視線は集めるものの注目度は以前より格段に落ち着きつつあったし、馴染みの店では気安く言葉を交わせるようになっていた。


「「「はい」」」


 まだ不足しているとはいえ、神殿の後ろ盾を得ることができたのはこれまでで最大の成果だ。そしてこれから待つ王都探索も、地道だが確実に成果が出てきている。

 ジンの投げかけに誰もが笑顔で応えていた。


「……ジンさん。おめでたいこと続きですし、アリアさん達に何か記念のアクセサリーでもいかがですか?」


「あらティア、名案ね」


「OH……」


 この後もジンはしばらくいじられ続け、いつも以上に笑顔の絶えない楽しい王都散策が続いた。



(ん?)


 そんな地道な広報活動もそろそろ終盤に差し掛かった頃、ジンはこちらに近づいてくる集団の気配を感じた。警報が鳴っていないので悪意があるわけではないようだが、こちらに向かって明らかに近づいてきており、接触しようとしているのは間違いないようだ。


「やあ! 君らが噂の有角族の方達だね。結構探したん……だ……よ……」


 そして予想通り、ジン達に背後から朗らかな声がかけられる。声をかけたのは二十才そこそこに見えるなかなかの美形男性イケメンで、同年代と思われる二人の美女と精悍な男性一人を連れていた。

 彼らの目的はジン達ではなく新種族であるシェスティ達のようだが、徐々にその言葉が途切れがちになっていく。

 その視線はシェスティに固定したままだ。


「結婚を前提にお付き合いしてください!」


「「「「はあ?!」」」


 全く予想していなかったその言葉に、ジン達は揃って気が抜けた声で応えるのであった。


お読みいただきありがとうございました。

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