到着
ジン達一行は予定通り翌日の昼過ぎには王都に到着したが、やはりシェスティ達の姿は衆目を集めた。
「――有角族ですか」
聞き慣れない文言を確認するかのように、商人はオウム返しでつぶやく。
門の前で王都入りする審査を受けるために順番待ちをしている間もシェスティ達は多くの人々に囲まれ、中でもいち早く声をかけてきたエルフの商人にはシェスティ自ら応対していた。
「はい。獣人族の方達のように分類するならば、有角族の中でも私と隣の彼女が羊系、大きな体をした彼が牛系、あそこで女性冒険者さんと話している彼女が竜系といったところでしょうか」
彼女達の種族についての呼称は、最終的にこの形で決定した。
事前にジンからこの商人は問題ないとお墨付きをもらっているためか、シェスティはごく自然に柔らかい笑みを浮かべている。
ジンは近づいてくる者に悪意があるかどうかを『地図(MAP)』で確認することができるため、赤で表示される悪意ある者は事前に排除が可能だ。今も赤印が近づいて来るようであれば警報で報せるようにしており、ジン達はいつでもフォローできる態勢はとっていた。
「なるほど、実に興味深いですな。……ところで私はこれでも商人の端くれでして、もし何かあれば……」
それまで白だった商人を表す光点が、警戒色である黄色に薄く染まる。薄い黄色ということはそこまで注意するほどではないが、商人はこの機会に儲け話の種くらいは見つけてやろうくらいは考えているのかもしれない。
(とりあえずは問題なしっと。さて他は……)
騙したり搾取したりしようとするのでなければ、この機会を利用して儲けてやろうと思うくらいは商人として当然だろう。シェスティとティアは問題ないと判断し、ジンは視線を他に移す。話しかけてきたのは商人だけではない。
「思っていたより硬そうだね。これなら防具替わりになるんじゃないかい?」
武器と防具を身につけた戦士然としたファリスには、同じく戦士然とした人族の女冒険者が話しかけていた。同性の気安さからか手の甲にある鱗を触らせてもらった彼女は、ファリスの鱗が少し羨ましそうにも見える。
「いや、そこそこ丈夫ではあるんだが、残念ながら防具替わりになるほどではないな。これがもっと硬かったら防具代が浮くんだが……」
鱗はそれなりに硬いが、生えている範囲も狭く、防具としてはいささか頼りない
「ははっ、そこまで便利じゃないってか。でも、その鱗を抜きにしてもあんたはなかなか強そうだ」
実際はまだ登録は終わっていないが、女性冒険者はファリスが同輩だと疑っていなかった。そして、それはファリスの姿形に関係なく、自然体で同じ人間として見ているということでもある。
「ありがとう。そのうちギルドで会うこともあるかもしれないから、機会があったら手合わせでもしてくれ」
その評価はファリスにとって嬉しくないはずもなく、その後も彼女達は笑顔で話を続けるのだった。
(こっちもよし、残るは……)
ジンの視線の先には、男性数人と話すホープの姿がある。やはり巨漢のホープには威圧感を感じるのか、話しかけられたのは一番遅かった。
「やっぱ『ホプキンス』のもつ煮込みは外せないだろう!」
「あれうまいよな。でも俺のお薦めは『ハーシール』だぜ。あそこは値段のわりにボリュームがあって最高なんだよ」
「おおー。それは両方行かなくてはいけませんね」
だが、予想外に最も話が盛り上がっていたのが彼らだ。一般人と思われる人族と獣人の男性二人から王都でお勧めの食事処を教えてもらったホープは、屈託のない笑顔で応えていた。
巨漢でやや強面のホープだが、心根は争いを好まない優しい男だ。おっかなびっくりで話しかけた男達も、ホープの穏やかな口調と笑顔にすっかり警戒心を解いているようだ。
「なあ。……その、ちょっと訊きにくいんだが、君たちには尻尾は生えていないのかい?」
ひとしきりグルメの話で盛り上がった後、二人の内獣人の方がこんな質問をしてきた。
獣人達は尻尾を服の外に出しているが、ホープ達にはそんな様子は見られない。自分が獣人族なだけに、男は牛系や羊系などといったワードを聞いてそのあたりはどうなのか気になったのだろう。
「ああ、確かに女性には訊きにくいですよね」
表に出ない服の下のことを知ろうとするのは、ホープが元いた世界でもデリカシーに欠ける行為だ。それは確かに男である自分にしか訊けないよなと、ホープは思わず苦笑する。
「私達には獣人族の方とは違って尻尾はないんですよ。ただ竜系の方は手の甲と足のすねの一部に鱗が生えていますけどね」
こうした質問も、自分達の種族のことを理解してもらうためには大切だ。そう思ったホープはデリケートな質問にも穏やかに応えていた。
「そうなのか。牛系とかいうから、俺等みたいに尻尾が生えているのかと思ってたよ」
「だよなー。でも、だから有角族なんだろう。尻尾とかが同じだったら獣人族でいいわけだし」
「おお、言われてみれば確かにそうだ。耳も人族みたいだしな」
だから有角族なんだとホープの回答に納得する二人だったが、納得していたのは彼らだけではない。話には加わりはしないものの、興味深そうに話を聞いている者は周囲にたくさんいた。
「しかし竜ってお伽噺に出るあれだろ? ずいぶん勇ましい話だが、やっぱ強いのか?」
この世界における竜の扱いは、お伽噺に出てくる絶対的な強者というものだ。初めはそうした伝説の存在である竜を種族名にするのは避けた方がいいと考えていたが、幸いこの世界では竜に対して悪印象はなく、また区分としても羊系や牛系と揃えるため、竜人族は竜系の有角族と称するようにしていた。
「強いことは強いですけど、常識外に強いってことはないですね。あそこにいるファリスさんは竜系の中でもかなり強い方ですけど、模擬戦をしても一緒にいる冒険者さん達の方が強かったですし」
旅の間に何度か模擬戦をしたが、ファリスは後衛のアリアやレイチェルにも勝てていない。だが、それはあくまでも現段階ではという注釈がつく。元々竜人族は直接戦闘向きの種族ということもあり、今は及ばなくともレベルやスキルの成長次第では勝る可能性も充分考えられた。
「それってあの兄さん達のことだよな? ……意外とあんたらが弱いのか、それともあの兄さん達が強すぎるのか」
ジンはまだ十九歳、最年長のアリアでさえ二十四歳だったし、見た目は全員二十歳前でもおかしくないほど若い。よく見ると身に付けている装備がかなりの高級品であることがわかるが、パッと見ではその若さの方が目につくのだろう。
「あの人達がとんでもなく強いんです」
ホープは真面目な顔で即答する。この旅が始まるまで、彼は自分達の中で最も強いファリスが後衛であるアリア達に模擬戦で負けてしまうなど想像すらできなかった。これでジン達が相手でなければ、この世界の人々の強さに恐怖を感じていたかもしれない。
「へー。もしかして有名なのか?」
「詳しくは知りませんが、『フィーレンダンク』というパーティらしいです」
実際ホープはジン達がリエンツでしてきたことを詳しく聞いていない。『暴走』で目立った戦功を挙げすぎたのと、シリウスという聖獣を預かっていることもバレたので後ろ盾が必要になったと聞いているだけだ。
「ん? どっかで聞いたことがあるような……」
リエンツの街で『暴走』を撃退してから、もう二カ月以上が経過している。もしかするとこの人族男性もどこかで噂くらいは聞いていたのかもしれない。
「あ、そろそろ順番が来るみたいです。色々とありがとうございました」
だが、彼が思い出すより早く、王都への入場審査の順番が来た。ホープは男達に別れの挨拶をすると、急いでジン達に合流する。対応手段はいくつか用意してあるとはいえ、見慣れぬ種族が王都へ入ることに警戒される可能性もゼロではない。お行儀良くしておくに越したことはなかった。
「おお。んじゃ機会があればまたな」
「王都を楽しんでくれ」
人族の男は思考を妨げられる形になったが、獣人族の男と共に笑顔でホープを見送る。彼らはホープに対して悪感情は抱いておらず、それはシェスティやファリスと話していた者達、そしてそれを聞いていた周囲の人々も同じだ。ジン達が王都に入った後も彼女達の話でもちきりだったし、それは好意的な噂として王都に広まることになる。
有角族のお披露目としては充分な成果と言えるだろう。
「――あ?! 思い出した!」
そして有角族ほど劇的ではないものの、同時に『フィーレンダンク』というパーティの噂も静かに広まっていくことになる。
ありがとうございました。