相談
「やっぱり実際に来てみて良かったぜ。手紙だけじゃあわからんこともあるしな」」
「ええ。私も無理を圧して来た甲斐がありました」
どこか感慨深げにグレッグとクラークが言葉を漏らす。
彼らはつい数時間前にこの村に到着し、休憩もそこそこに村の視察を終えたところだ。その視線の先には遊ぶ子供達の姿が、そして少し視線をずらせば井戸端会議に勤しむ女性達の姿がある。それはある意味見慣れた光景だが、そこに頭から角を生やした者達がごく自然に交じっている点が明らかに違っていた。
「私もまさかお二人が来てくれるとは思っていませんでした。色々と相談したいことがあったので本当にありがたいです」
今後の対応に百名もの人生が懸かっていることもあり、ジンは頼れる相談相手が来てくれたことに心からホッとしていた。
だが、リエンツの重鎮たる二人が来てくれたことは意外としか言いようがない。『迷宮』や『暴走』の件が一段落ついたとはいえ、復興も絡むリエンツはまだまだ忙しいはずだ。特にグレッグはサマンサの出産時期と重なっていたため、まず来られるはずがないとジンは思っていた。
「この状況で俺が引っ込んでいるわけにはいかないだろう。実際他のやつに任せずに自分が来て正解だったと思っているしな」
「ふふ。私もそう思いますが、娘さんが生まれたばかりのグレッグさんには少し酷だったかもしれませんね」
クラークは柔らかな笑みで微笑む。少し予定日より早かったが、サマンサは無事に出産を終えており、グレッグにとって初めての子となる娘が誕生していた。
「からかわないでくださいよ、クラーク神殿長。・・・・・・まあ、あいつらに尻を叩かれたのは事実ですけどね」
そう言いながらもグレッグ顔からは隠しきれない笑みが見て取れる。いくら肉体年齢はもう少し若いとはいえ、六十を越えてからの初子だ。可愛くないはずがない。
「・・・・・・お二人とも、来てくださって本当にありがとうございます」
そんなグレッグはもちろん、豊富な経験を持つ神殿長であるクラークが来てくれたことも大きい。リエンツで最高の回復魔法の使い手でもある彼も、本来ならそう簡単に遠出することはできないはずだ。
ジンは改めて無理を圧して来てくれた二人に頭を下げていた。
シェスティ達の心に少なくない変化をもたらしたあの夜から、今日で二週間ほどが経過している。
ジンはシェスティ達に相談した上で村に来た行商人にグレッグ宛の手紙を預けたのだが、彼らはタイミング的にも考えられる最速でここまで来たのだと思われた。
「気にすんなって言っただろうが。こいつは手紙で済ませられる案件じゃねえからな」
「ええ。私もちゃんと会ってお話したいと思いましたから」
手紙には角が生えた新種族が現れたこと、そして彼らが異世界よりやってきたことを隠さずに記している。そしてその上で彼らがこの世界で問題に巻き込まれないように暮らしていくために何が必要かを相談していた。その他にも現在ジンがこの村で実施していることや、彼らの将来について大まかな希望も書いていたためか、今回グレッグ達にはBランクパーティである『風を求める者達』も同行している。
彼らはジン達が実施している職業訓練の手伝いや、念のための護衛としてグレッグ達が帰った後もしばらくこの村に滞在する予定だ。
「そう言ってもらえると助かります。・・・・・・では、そろそろ行きましょうか」
自ら足を運ぶだけでなく、応援まで連れてきてくれたグレッグ達の対応は、ジンが想定した以上のものだった。だが、おかげで今後の展開がかなり楽になるのは間違いないだろう。ジンはもう一度だけ頭を下げると、グレッグ達を次の場所へと促す。
「おう。姫さんなんだよな? 堅苦しいのは苦手なんだが・・・・・・」
「大丈夫ですよ。気むずかしい方ではありませんし」
ポリポリと首の後ろをかくグレッグに、ジンは微笑みながら返す。
これから始まるのは、異世界より訪れた百名の代表たるシェスティ達との会談だった。
この会談には、ジンとグレッグ、クラークの他に、ミリアとシェスティ、ファリスとデオンも参加している。ただ会談とは言ったものの、実際はそこまで堅苦しいものになるはずもない。確かにシェスティは王族ではあったが、ジンも意識して喋ったことはなかったし、シェスティ自身この世界では自分に王族としての権威などないことは承知している。
ただ守るべき民への責任感から代表を務めているだけだ。
そしてその民を守る為にも、彼女は何も隠すことなく真摯にグレッグ達に相談していた。
「なるほど。皆さんの希望としては、元兵士さん達の多くは冒険者希望で、一般人がこの村かリエンツで働きたいってことですね」
グレッグがここまでの話を再確認する。
まず彼らの身の振り方であるが、これはかなり早い段階で決まっていた。そのために元兵士はエルザを筆頭に戦闘訓練を積んでいたし、術士達もアリア達に魔法を習っている。残りもこの世界で職に就くために、村の仕事を手伝いながら言語の習得に励んでいた。
「はい。戦えない者が七十名ほどおりますが、さすがにその全員がこの村に残ることはできませんし。それに元々商売をしていた者も多いので」
身の安全が確保できていればという前提ではあるが、彼らは積極的にこの世界に馴染もうとしている。いずれにせよ何らかの生活の糧を得なければすぐに立ちゆかなくなるのは目に見えているため、姫であるシェスティでさえ何らかの仕事を見つける必要があった。
「まず冒険者希望の者達ですが、こちらは問題ないと思います。ただ、しばらくはリエンツで活動した方が問題は少ないでしょうけど」
「冒険者はある意味実力主義だからね。馴染むのも早いと思うよ」
グレッグの判断にミリアが太鼓判を押す。冒険者は良かれ悪しかれ判断基準がシンプルなため、最初の方こそ好奇の視線にさらされることがあっても、すぐに実力しか気にしなくなるのは目に見えていた。
「街で働きたいという方達も、最初はリエンツだけにしておいた方が無難でしょうね」
クラークが懸念していることが起こる可能性は低いかもしれないが、ある程度まとまって生活することが彼らの安全にも繋がるのも事実だろう。この世界に奴隷制度はないが、その者の強さであれ美貌であれ、他と違うということはある種のステータスとなりうる。少々強引な手段を使ってでも彼らを手元に置きたいと考える者が出る可能性もあった。
「今後のことを考えると、やはり国からのお墨付きが欲しいところですね」
シェスティ達の種族がこの世界でもありふれたものであれば何の問題もなかったかもしれないが、実際はそうではない。頭に角が生えているという隠しきれない特徴がある以上、彼女達の噂は遅かれ早かれ広まるはずだ。よからぬ事を企む者が出る前に、グレッグの指摘通り国から大きな釘を刺してもらう必要があるだろう。
「私が代表として国と交渉することは可能でしょうか?」
「「姫様?!」」
シェスティから出た言葉に、ファリスとデオンが驚きの声をあげる。
「私はこれでも元の世界では王族でした。この世界ではそんな肩書きなど何の役にも立たないかもしれませんが、それでもこの国も王に面会できる可能性はあるのではないでしょうか?」
ファリスもデオンも反対したそうにしていたが、事実としてこの集団のトップはシェスティだ。他に適任者がいないのは明白だ。
「・・・・・・私達もそれぞれの組織を通して働きかけるつもりでしたが、いずれにしてもどなたかに王都まで行ってもらわないといけないと考えていました。それがシェスティ殿であれば可能性は高くなります」
これはグレッグ達が実際にシェスティに面会して感じたことだが、確かにシェスティには王族であることを信じさせる雰囲気があった。おそらくいきなり王と面会することは叶わないだろうが、いくつかの段階を踏んでいけば充分実現する可能性はある。
「・・・・・・それじゃあ、私達と一緒に王都に行きますか?」
ここまで黙って話を聞いていたジンが口を開く。
「私達も王都で後ろ盾を得たいと思っていましたし、一緒に行けば一石二鳥になりませんか?」
ジン達が王都に行く目的は主に二つ、今言ったこととレイチェルの両親に結婚の挨拶をすることだ。そして後ろ盾を得るために有力者に繋ぎをつけるまではシェシティ達と同じだ。シェスティ達の今後を気にしているジンにとっても、どうせなら一緒に行動した方が面倒も見られるので安心だった。
「・・・・・・悪くないかもしれん」
「そうですね。私も賛成です」
少し考えた後、グレッグとクラークもジンの意見に賛成する。
ジン達の名声と新種族であるシェスティの王族としての地位、両方が揃えば相乗効果で上の方にも渡りをつけやすくなりやすそうだった。
「護衛という意味でもいいかもしれないわね」
ミリアもそう言って同意を示す。
どうしてもシェスティ達の姿は目立ってしまうため、後ろ盾を得る前にちょっかいを出される可能性もある。逆にジン達が原因でトラブルを呼び込む可能性もあったが、ジンの噂が真実の十分の一でも広まっていれば、わざわざ火中の栗に手を出そうとする者は少ないだろう。そのリスク以上にジン達の存在が抑止力となり得るはずだ。
「ジン殿、お願いできますか?」
デオンとしても、この世界の魔法の理を勉強中の自分では護衛役としては実力不足であることは痛いほど理解している。
シェスティの身の安全を考えるならば、ジン達以上に信頼できる者はいない。ジン達が力を貸してくれるというのなら、デオンの不安もかなり軽くなるというものだった。
「ジン殿、私からもお願いします。どうか姫様にお力をお貸しください」
ファリスもまたジンに頭を下げる。彼女達は『暴走』でジンが為したことを知らないが、手合わせをしただけでもジン達の実力の高さは理解できている。自分もシェスティに同行するつもりだったからこそ、そこにジン達が同道してくれることがありがたかった。
「はい、もちろんです」
そもそもその気がないのであれば、ジンも自らこんな提案はしない。元々王都には行くつもりだったし、目的も似たようなものだ。アリア達も反対するはずがないと確信しているため、ジンは笑顔で請け負う。
「ジンさん・・・・・・。重ね重ねありがとうございます」
「いえいえ、私にもメリットがあるので気にしないでください」
ジンが笑顔でシェスティに返す。実際シェスティ達に同行することは、ジン達にとっても伝手が一つ増えることを意味していた。
とはいえ、どちらによりメリットがあるかは言うまでもないが、彼らの今後を気にしていたジンとしても、これなら中途半端なことにはならないだろうと、その意味でも喜んでいた。
これでおおよその方針が決まり、この後は詳細を詰めていく話し合いが続くことになる。グレッグとクラークという頼れる先達がいてくれるおかげで、話し合いは問題なく進む。
そしてジン達がシェスティ達と共に王都へ向けて旅立つ日も決まった。まだシェスティ達がこの世界で生きていくための勉強は充分とはいえないが、ここで時間をかけすぎてしまうと対応が後手に回りかねない。
この日から十日後、はからずもシェスティ達がこの世界に来て丁度一カ月となるその日、ジン達は王都に向けて村を旅立つことになる。
お読みいただきありがとうございました。