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絆の始まり

「み~っけ。さ~捕まえちゃうぞ~」


「やば、見つかっちゃった。逃げろー」


「あわわ。トウカお姉ちゃん、足早すぎだよ~」


「ニゲロー」


 村の広場では、子供達が楽しそうに冒険者と魔獣おにごっこに興じている。

 そこではトウカのような人族だけでなく、獣人やエルフ、そして鬼人族や竜人族、魔人族の子供達も一緒になって遊んでいた。


「子供は元気だね~」


 そんな子供達を数人の女性達が見守っていたが、子供達と同様に、そこには人族や獣人族、鬼人族や魔人族の姿もある。


「うふふ」 


「お、良い笑顔だね。うんうん。あんたはまだ若いんだから、これから何とでもなるさ」


 羊の角を持つ魔人族の女性が子供達の笑顔につられて自らも笑みをこぼすと、それに気付いた獣人族の中年女性が笑顔でその背中を優しく叩いた。


「アリガトウ」


 何を言われたのか完全に理解しているわけではなかったが、魔人族の女性も笑顔と共に感謝の言葉を返す。たとえ半分も意味が理解できなくとも、気持ちさえこもっていれば伝わってくるものがあるのだろう。その微笑みに中年女性も笑顔で返し、彼女達はその後も楽しそうに遊ぶ子供達を笑顔で見守っていた。


 ――ジンがシェスティ達と出会ったあの日から、既に五日が経過している。その時間の経過と、そしてシェスティの励ましのおかげか、彼らが受けたショックも今では大分やわらいでいた。

 だが、なにより彼らの心を慰めたのは、こうしたテッラに住む人々との交流であったかもしれない。


 実はシェスティ達が異世界より転移してきたことが判明したあの日、彼女達はその日のうちに村のすぐ側まで移動していた。というのも、しばらくして戻って来たミリアは村長達から村の側で野営する許可をもぎ取ってきていたのだ。


「だって子供とかお年寄りに野営はきついでしょう? 全員は入れないけど一応宿もあるし、どうせなら他の皆も村の近くで野営した方が安心じゃない」


 これはその時のミリアの言であるが、これを聞いたジンは流石ミリアだと感心したものだ。

 現在も子供やお年寄りは宿で寝泊まりし、その他の者達は村のすぐ横にテントを張って野営している。足りない物資は村やジンが提供していた。


 そして肝心の村人との関係も、順調に推移している。

 当初こそ見慣れない彼らの姿と人数を警戒する者も少なくなかったが、それは相互理解の不足からくるものでしかない。彼らの境遇や人となりを知るにつれ、すぐにそんな垣根はなくなった。やはり元よりエルフやドワーフ、獣人や人族といった異なる種族と共存しているだけに、彼らの角や鱗もそういう個性だと受け入れやすかったのだろう。

 シェスティ達も開墾など村の仕事を手伝っており、一方的な依存とならないように気をつけていた。


 そんな中、ジン達も自分達ができることをやっている。当初の予定では既に王都へと向かう事になっていたが、話し合いの結果、王都へ向かうのは彼らが落ち着いてからにしようということになったのだ。

 ジン達は自分達ができることでそれぞれ彼らに協力していた。



「――エルザ、ツヨイ!」


「ファリスもなかなかやるな!」


 ファリスの賛辞にエルザも笑みを浮かべる。

 エルザはファリスを初めとした元兵士や訓練を希望した一般人にも稽古をつけているが、その中でもやはりファリスは別格だった。レベルこそまだ四十にも至っていなかったが、スキルについてはエルザに迫るものもあるくらいだ。

 ジンは希望者には『鑑定』してステータスを教えたが、その中でユニークスキルに目覚めていた者はいなかった。過去の転生者であるケントや名も知らないダンジョンマスタ―のように、転生者は全員ユニークスキルに目覚めるものだと思っていただけに、ジンにとっては意外な結果だ。

 ただ、転生ではなく転移であることや、時空の迷い子となっていたことが関係するのではないかという推測もできる。何らかの理由で新たなスキルを付与できなかったとでも考えなければ、彼らが異世界で生きていくために最も必要だと思われる言葉が通じないままでこの世界に送られた説明がつかなかった。


「今度はこっちから行くぞ!」


「クル!」


 どうやらまだまだエルザとファリスの訓練は続きそうだったが、それとは別の場所でアリアとレイチェルがデオン等五人の術士達に魔法を教えていた。


「……やっぱり魔法の基礎は問題ないみたいね」


 一メートル以上離れたところにある蝋燭にも難なく火をつけるデオン達の様子を見ながら、アリアは少し困ったようにつぶやく。

 この世界に来て魔法が使えなくなったというデオン達に、魔法使い見習い達が事前訓練として行う等間隔に並べた蝋燭に火をつける訓練をさせてみたが、当初こそ慣れない作業に苦心したものの、この数日で全員が目標をクリアしている。


「ですねー。後は魔法文字さえ覚えたらいいんでしょうけど……」


 レイチェルは頷くが、やはりその表情はやや悩ましいものであった。

 デオン達が元の世界で使っていた魔法は呪文、つまり言霊で発動していたが、この世界の魔法は呪文というより魔法文字を通じて発動する。そのため元の世界では熟練の魔法使いだった彼らであったが、この世界では魔法を使うことはできない。使うためには魔法文字を覚える必要があった。

 その彼らが訓練に必要な『基礎魔法』を習得できたのは神官であるレイチェルのおかげたが、これは神々に彼らがこの世界の一員として認められているという証左とも言えるだろう。だが、それは同時に元の世界の魔法は使うことができないという証明でもあった。


「ええ、そこが問題なのよね。流石にあれは教えられないし……」


 魔法文字についての知識はその多くが失われており、基本的にひたすら複雑な文字列を覚えるという勉強法しかない。だが、ジンの場合は『翻訳機能』により魔法文字でさえその意味を理解できるため、失われた知識である一文字ごとの意味を知った上で勉強が可能だ。

 アリアも古代魔法を習得するための勉強でお世話になったから尚のこと実感できるのだが、個別の意味を知った上で学ぶジンのやり方が効率的であるのは間違いない。だが、一般的には失われた知識であるため、その取り扱いには慎重を期する必要がある。アリア達としても彼らの境遇を思うと何とかしてあげたい気持ちになるが、いくら彼らのためとはいえ無闇に教えることはできないでいた。


「ドウカシマシタカ?」


 悩む二人に気付いたデオンが声をかける。僅か数日の勉強で、彼はごく簡単な日常会話ならできるようになっていた。


「いえ、なんでもありません。……勉強を頑張りましょうね」


 アリアは若干の後ろめたさを抱えながらも、可能な限りわかりやすく教えよう改めて思う。


「ベンキョウ。ハイ、ガンバリマス」


 だが、これまで自分が積み上げてきたものが失われたにも関わらず、デオンの表情には屈託がない。既に老境に片足を突っ込んでいるデオンであったが、その姿はまるで新たな挑戦に湧く若者のようだ。

 そんな前向きなデオンの姿はアリア達の心を慰め、彼女達はより一層親身になって彼らを指導するのであった。


 ――そして最も多忙を極めていたのがジンになる。


「村長さん、あそこまでで良いんですよね?」


「そうじゃの。とりあえずはあの辺りまで頼みます」


「わかりました。……ガッシュさーん! その辺りまでお願いしまーす!」


 一気に人手が増えたこともあり、村ではこの機会に畑を拡張することになっている。流石に全員となると厳しいが、村の方針として希望するのであれば彼らを村で受け入れる腹づもりもある。そのためにも生活の基盤となる畑の拡張は急務だった。

 ただこうした通訳は、今のところジンにしかできない仕事だ。現段階でもジェスチャー混じりであればそれなりに意思疎通が可能だが、どうしても言葉が通じないとまずい場合もある。


「それじゃあ村長さん、私はこれから村に戻りますので、何かあれば連絡してください」


「ご苦労様です。よろしくお願いします」


 この後、ジンはシェスティ達に日常会話を教える教師役を務めることになっている。その中にはお互いの常識や習慣のすりあわせも含まれており、ジン以外にこの役は務まらなかった。


(えーっと、とりあえず日常会話集みたいな感じで一冊作ってみるか? 辞書はどうしても時間がかかるからな」


 駆け足で村へと戻りながらも、ジンの頭はフル回転している。この他にもジンはシェスティ達と村との橋渡し役として細々した雑務をこなし、空いた時間や日が沈んだ後も翻訳用の辞書作りにも取り組んでいる。

 ただ、そんな忙しくあちこちを飛び回るジンであったが、その顔に疲れは見えず、むしろ充実しているように見えた。




「――どうしてジンさんはここまでしてくれるんですか?」


 それはその日の夕食の最中、シェスティの口から生じた質問だった。この時ジン達はシェスティ達に交ざって屋外で食事をしており、ここにはファリスやデオン以外にも多くの人々が揃っていた。


「この村の方々は私達を受け入れ、本当に良くしてくれています。そこには感謝しかありません。そんな私達にできることはまだ少ないですが、それでも何らかの形で恩返しはできるでしょう」


 シェスティ達を受け入れる村人の善良さは疑うまでもないが、一応はシェスティ達も労働力という形でその恩を返すことができる。無論こんなものでは足りないとシェスティ達は考えているが、それでも彼女達は村に対してメリットを提供できた。

 嫌な言い方をすれば、もし何のメリットもないのであれば、ここまで親切にはしてもらえなかっただろうという考えもある。これは根底に存在する感謝の気持ちとは別の話だが、確かに一方的に利益を受け取る関係は健全なものではないだろう。


「でも、ジンさん達は冒険者です。聞けば元々はすぐにこの村を出発される予定だったとか。その予定を延長し、私達のために手を尽くしてくださっています。……本当にありがたいことです。もし私達の言葉を話せるジンさんがいなかったら。……もしジンさんが予定通りすぐに出発していたら……。考えるだけでも恐ろしいですが、まず間違いなく私達は今のようにこの世界で生きて行くことに希望を見いだすことはできなかったでしょう」


 親身になって自分達を助けてくれるジン達の姿にシェスティ達が感謝しないはずもない。それは紛れもない正直な心情の吐露だった。


「その他にもジンさんは様々な物資を援助してくださってますが、ジンさんは私達から対価を受け取られません。お金もあくまで両替という形のみです。……私達はどうやって恩返しすればいいのでしょう? どうしてジンさんはここまでしてくれるのですか?」


 最後にもう一度シェスティは質問を繰り返したが、それはどこかすがるようでもあった。

 確かに冒険者は依頼を達成してお金を受け取る仕事だ。決して潤沢な資金とは言えないが、シェスティが持つ装飾品なども合わせればそれなりの金額になる。シェスティ達が独り立ちできるレベルまで面倒を見るという依頼だと考えるならば、ジン達が対価を受け取らないのはおかしいだろう。それでなくとも、既にジンは食料などの物資をかなり手出ししている状況なので尚更だ。


(あんま深く考えてたわけじゃないけど、悩ませちゃっていたのか……)


 真面目な子なんだなと、ジンは内心で苦笑する。

 ジンにとってありがとうの言葉は何物にも替えがたい価値があるが、感謝する方はそれでは収まらないのだろう。元の世界では王族でもあったシェスティだけに、ある意味シビアともいえるバランス感覚を身に付けていたのかもしれない。

 ジンは少し考えた後、その口を開く。


「私にそうするための力があり、そして私がそうしたいからです」


 ジンには『翻訳』の能力があり、『無限収納』にもたくさんの物資が納まっていた。そして彼らと同じく別の世界からこの世界にやってきた者として、困っている彼力になりたかった。

 したい、できる、ならやろう。ジンにとってはシンプルなことでしかない。

 そしてジンはチラリとアリア達に視線をやってから、照れくさそうな笑みを浮かべて続ける。


「ざっくり言えば私の我が儘なんですが、幸い家族も皆私の意見に賛同してくれましたしね」


 ポリポリと鼻をかくジンを、アリア達は微笑みながら見守っている。ジンの事情を知っているだけに、アリア達は相談された時も二つ返事で了承していた。


「我が儘って。そんな……」


 シェスティにもジンが本気でそう言っていることは伝わったが、根が真面目なだけに完全に納得することはできなかった。

 だが、次にジンが発した言葉の衝撃で、シェスティもうやむやのうちに納得せざるを得なくなる。


「私も皆さんと同じく、異なる世界からこの世界にやって来た身ですからね。私はこの世界に来て色んな人に親切にしてもらいましたから、同じ境遇の皆さんにも親切にしたかったんですよ」


 例えば外国を旅行した時のことを想像すればわかりやすいだろう。旅先で地元の人に親切にしてもらったという思い出はそう簡単に色褪せるものではない。人への好意は、国への好意にも繋がる。親切にしてもらったから自分も親切にしたい。それは当たり前の感情といえるだろう。

 無論嫌な思いをすることもあるが、それは「ああはなるまい」と反面教師にすればいいだけだ。ジンもこの世界で遭遇した全てが良いことばかりではない。辛いことや腹が立つこと、マイナスな出来事もあった。しかし、それをはるかに凌駕して良いこと、嬉しかったこと、プラスの出来事があった。

 この世界に転生することができて良かった。それはジンの心からの本音だ。


「「「「え?」」」」


 ただ、ジンの発言で彼らが最も気にかかったのはそこではない。

 自らも異世界の出身者であるという思いがけないジンの告白に、驚きのあまりポカンと口を開ける者も多かった。


「あれ? 言ってませんでしたっけ? 私はこの世界に来て一年ちょっとになりますね」


 この場には村の人間はいないが、シェスティ達が異世界からやってきたことは村人にも知らされている。流石にそこを誤魔化しては百名以上の見知らぬ種族である彼らのことを説明することができなかったためだ。

 だからといってジンは自分も異世界から転生してきたと村人に言うつもりはなかったが、言う言わないのハードルが下がっていたのは事実だろう。なのでジンは同じ境遇であるシェスティ達には隠す必要性を感じておらず、あっけらかんとしたものだ。


「――ぷっ。くくくく」


 デオンが堪えきれない笑いに肩を震わせる。それを合図に、周囲からも笑い声が漏れ始めた。

 同じ異世界出身者であるジンがこの世界でしっかりと根を張っている。それは彼らの心に希望と安心感を与える事実だ。そして気負わないジンの態度が、彼らの肩から余計な力を抜けさせていた。

 その反応に、ジンも自然と笑みが深くなる。


「この世界は大変なこともありますが、それでも私はこの世界に来ることができて良かったと心から思っています。なんたってお嫁さんが三人に可愛い娘、息子もできましたしね!」


 ジンが少しおどけて見せると、周囲の笑い声が更に増した。ジンはゆっくりと立ち上がり、大きく両手を広げる。


「というわけで、この世界は決して悪いものではありません。神様がおっしゃったように、皆この世界で実りある人生を送りましょう!」


「「「はい!」」」


 ジンの呼びかけに対するたくさんの応えに紛れつつも、目尻に浮かんだ涙をぬぐいながらシェスティも笑顔で応えていた。


(ありがとう……。いつかきっと……)


 これ以降、シェスティ等が同じ質問をすることはなくなるが、そのシェスティを始め、それでもいつかジンに恩返しをしようと心に決めた者も多い。


「………………」


 そして彼らに囲まれながら笑うジンの姿から目が離せなくなった者が一人いたが、それはまた別の話になる。 


お読みいただきありがとうございます。


進捗が遅れに遅れ、色々とやらなければいけないことが立て込んでおります。まずい……。


次回も3~4日後に更新予定です。


ありがとうございました。

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[一言] 困っている彼力になりたかった。 →困っている彼女等の力になりたかった。
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