鑑定
「――というわけで、誤解なんです。勘違いさせるようなことを言ってしまい申し訳ありません」
結婚の覚悟までさせてしまったファリスには申し訳ないが、パーティとして一緒に活動して気心の知れた仲のアリア達三人でさえ、ジンは結婚を決意をするのにかなりの時間を要したのだ。そのジンが出会ったばかりの彼女を受け入れることができるはずもなかった。
とはいえ、これはある意味ファリスに恥をかかせてしまうことになるのだろう。ジンは平身低頭して謝るしかない。
「いや、元々言葉が通じなかったのだから、慣習が違う可能性も考えておくべきだった。こちらこそ自分達の常識で考えてしまって申し訳ない」
一方のファリスも、ジンの謝罪を受け入れた上で自らも謝罪を返す。勘違いしてしまった気恥ずかしさから若干顔が赤かったが、同時にどこかホッとしているようでもあった。
「どおりで相手を指定せずにいきなり求婚するわけです。何か結婚を急ぐ理由でもあるのかと思いましたが、そうではなく誤解だったんですね」
ジンの唐突なプロポーズの理由がわかり、そういうことかとデオンは微笑を浮かべながらうなずく。
デオン達の常識で考えると、誰でも良いのでステータスを見せてくれというのは、誰でも良いから結婚してくれと言っているようなものだ。いくら『鑑定』でステータスを確認すればデオン達が置かれた現状がハッキリするなどと言われても、おいそれと手を挙げることができるはずもない。
「ふふっ。でも、ファリスは誤解でちょっと残念だったんじゃありません?」
シェスティが悪戯っぽく微笑む。
ファリスが立候補した理由はまず間違いなく責任感からだろうが、それでも模擬戦を通じてジンならばプロポーズを受け入れられると思ったのも事実だ。それは愛情ではなく敬意からなのかもしれないが、元より貴族の場合はそういったケースも多い。
ただファリスが皆のことを思ったからこそ自ら手を上げたと理解はしていても、シェスティはファリスが己の幸せを棒に振りかねないことをしてしまったのには納得していない。それだけに、そもそもが誤解だったという事実に安堵しながらも、やきもきさせられたシェスティは少しだけ意地悪な言い方をしてしまったようだ。
「そんなわけが……」
即座に否定しようとしたファリスだったが、すぐに自分が周囲の注目を集めている状況に気付く。その中には当然ジンの視線も含まれており、ここで強く否定すると失礼になってしまうとファリスは焦る。
「――いや、ジン殿。貴殿に不満があるとかではなく!」
慌てて弁明するファリスだったが、誤解が解けてホッとしていたジンが気にするはずもない。
「いえ、私のことは気にしないでください。それより、改めて申し上げますが、誤解を招く言い方をしてしまい申し訳ありませんでした」
ジンは改めてもう一度謝罪し、それをホッとした笑顔でファリスも受け入れ、これをもってこの騒動には幕が引かれることになった。
ただし、ジンには訳がわからないままこの騒動を眺めていたアリア達三人に対しての説明責任は残っているのだが、それはもう少し落ち着いた後の話だった。
「――それではジン殿、よろしくお願いします」
別に場所を移すという話もあったが、懸念している事が事だけにこのまま皆が見ているところでやった方が良いだろうと、ファリスの承諾の元でここから動かずに『鑑定』を行うことになった。
「それでは今から『鑑定』しますが、私は必要なところしか見ません。ただ、ファリスさんは私に全てを見せて構わないと思ってください」
目を瞑り、軽く顎を引いた状態で待つファリスに手を伸ばし、ジンはその掌を彼女の頭の上にかざす。そんなことをしなくとも『鑑定』は使えるが、ある程度形式めいたものがあった方がわかりやすいだろうと考えた上でのことだ。
「それではいきます。『鑑定』」
静かにジンが呟くと、目の前に一枚のウィンドウが現れる。
そこには一つの項目だけが表示されていた。
《称号》救助されし者――時空の迷い子であったところを救われた者。願わくばこのテッラにて実りある人生をおくらんことを。
そこにはジンの推測を裏付ける決定的な文言こそなかったが、そもそも彼らが異世界より転移したのでなければ、わざわざ「このテッラにて」と限定する必要はない。
少なくとも彼らが転移魔法の失敗により時空の迷い子となったこと、そしてそんな彼らを助けるために、おそらくは神様かそれに近しい存在によってこのテッラへと運ばれたこと。この二つについては間違いなさそうだ。
「ジン殿?」
ジンはウィンドウを可視化していないため、ファリスには彼が黙って中空を見つめているようにしか見えない。また、彼女達の世界ではステータスを確認するためには神殿にある石版に触れるしかなく、ジンの『鑑定』がどういうものかも今一つわかっていなかった。
おずおずといった感じで問いかけるファリスに、ジンは真剣な眼差しを向ける。
「私が説明するより、まずは見てもらった方がいいでしょう」
ジンはそう言うと、手を一降りしてウィンドウを可視化し、そして文字をファリス達が使うものへと変換する。翻訳機能のおかげで、それは一瞬で終わった。
「な!」
突然中空に現れたウィンドウに驚くファリス。それは周囲にいた者達も例外ではない。だが、かれらの驚きはそれで終わりではない。
「……これは!」
当事者であるファリスや、近くにいたシェスティがいち早く読み終わる。他にも読み終わった者達の顔は例外なくどれも驚愕で彩られていた。
「これはファリスさんのステータスに記載されているものですが、おそらくこれは皆さんに共通していると思われます」
ジンはそう前置きをすると、ウィンドウが小さくて読めない人達のために内容を読み上げる。その上で己の見解を述べた。
「デオンさんが転移魔法が失敗したと感じたのは間違いではなく、これによると皆さんは一度時空の迷い子となり、そこを誰か……おそらくは神様に救われたのでしょう。ただ、何らかの事情で元の世界には戻せず、やむなくこの世界テッラに運ばれたのではないかと考えられます」
そのジンの説明がこの場にいる全ての人々に徐々に浸透していく。しかし、その顔はどれも明るいものではなく、その事実を否定したい気持ちからイヤイヤと首を振る者もいた。
何の支えもなく中空に浮かぶウィンドウは、ジンの言葉にこの上ない説得力を与えていた。
「元の世界に帰ることはできるでしょうか?」
問いかける鬼人族の術士、デオンの表情は固い。転移魔法を発動させた当事者であるだけに、責任を感じているのだろう。この質問も転移魔法を使う彼ならば答えはわかっているはずだが、あえて尋ねることで皆に覚悟を促しているのだろう。厳しい役目を自ら果たしていた。
「残念ですが……」
ジンの回答を聞き、あちこちで悲鳴が上がる。言葉が通じないほど遠くに飛ばされただけであれば、大変かもしれないがいつか元の国に戻れる可能性がある。しかし、違う世界に飛ばされたのであれば……。
「お父さん、お母さん……」
あちこちからすすり泣きが聞こえる。親兄弟や友人知人など、彼らの繋がりは砦の中だけで完結していたわけではない。
彼らは砦に親しい人を残してきた悲しみだけでなく、元の世界にいた全ての人々との永遠の別れという新たな悲しみに涙していた。
「…………」
その光景を黙って見つめるジンも、その顔を辛そうにゆがめている。
自らもこの世界に転生してきたジンだからこそ、彼らの気持ちは痛いほど理解できる。彼も二度と地球に戻ることは出来ない。
しかし同時に、ジンがこの世界に転生して感じたことは決して悲しみだけではないのだ。
「皆さん!」
それを伝えようとしたジンよりも早く、魔人族の姫、シェスティが声を張り上げていた。
「確かに悲しいのはわかります。私だって悲しい。大好きなお父様やお母様、お兄様やお姉様達ともう二度と会えないなんて……。それに私達がいなくなった後の砦がどうなったのか、ちゃんと救援は向かっているかも心配です。元の世界でやり残したこと、やりたかったこと、してあげたかったこと……たくさんあります」
シェスティの脳裏には父母ら親しい者達の顔が浮かんでいた。頬には涙が流れ、言葉に詰まりながらもシェスティは続ける。
「でも、私達は生きています! デオンのおかげで、そして神さまのおかげで! 確かにここは私達がいた世界じゃない。でも、私達は生きているんです。そしてこの世界で実りある人生を送って欲しいと願って貰えているんです!」
シェスティが「デオンのおかげで」と言ったところで、デオンは思わず目頭を押さえる。自らを責め続けていたデオンにとって、その言葉は何よりの救いだった。
「悲しんでも構いません。でも、どうか感謝をすることを忘れないでください! 私達は生きているんです! そしてこの世界で幸せになることを望まれているんです! 私と一緒に、この世界で幸せになりましょう!」
「姫様……」
涙を流しつつも前を向こうと訴えるシェスティの姿は、そこにいる全員の心を打つ。
もちろんだからといって悲しみが消えて無くなるわけではないが、彼らの心には確かな希望が宿る。
彼らと同様に元の世界に帰れなくなったジンも、この世界で新たな絆が増えていく度に、その悲しみが少しずつ癒やされていった。
そう、悲しみは消えずとも、小さくすることは出来るのだ。
(俺も彼女達の力になりたい)
自分がそうしてもらったように、彼らが紡ぐ絆の一つになろう。そう決意するジンであった。
次回こそ遅れることなくお届けしたいです。
ありがとうございました。




