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要学習

ストーリーに大きな変化はありませんが、足りないところに気付いたので前話のお金の話以降を修正しております。

 この「勝負を通してジンを理解したい」というファリスの要望は、若干物騒なものではあったが、ジンにあっさりと受け入れられる。

 それはこちらが無理なお願いをしている以上は彼女の要望を可能な限り受け入れるべきだろうという考えもあったが、それ以上に戦いを通してお互いを理解するという考え方自体にジンは納得していた。


(俺も変わったよな……)


 模擬戦の準備をしながら、ジンは思わず苦笑する。

 この世界に来る前は運動音痴の老人だったはずなのに、今ではあっさりとその脳筋ともいえる考え方を受け入れている。ジンはそんな自分が少しおかしかった。


「余裕がありますな」


 そんなジンに今回立会人を務めるガッシュが声をかける。その顔はどこか面白がっているようでもあった。


「いえ、そういうわけではないのですが」


 決してファリスを侮っているわけではないと、ジンは慌てて弁解する。


「はは。それなら結構です。お嬢は団長の娘だったから副長に抜擢されたわけではなく、団長に次ぐ実力を持っていたから副長だったんです。ジン殿も腕に自信があるようですが、うちのお嬢もかなりやりますからね」


 ガッシュはそんなジンの焦りを笑って流す。ただしっかりと釘を刺すことも忘れなかった。


「まあ、あのお嬢が自ら立候補したんですから、その期待を裏切らないでくださいよ? 私も団長からお嬢のことを任されている以上、ジン殿のことをこの模擬戦でしっかり見極めさせていただきますから」


 それはガッシュが砦に残った団長と最後にした約束だ。彼がファリスのことを親身に思っているのば間違いない。

 ……ただ、言っている事こそやや厳しいものだが、ガッシュのどこか面白がっているような雰囲気は変わっていない。

 そしてそれは周囲で模擬戦を遠巻きに見守る人々にも共通しているように見えた。


「なんだか皆さん楽しそうじゃありません?」


 流石に大きな笑い声などは上がっていないものの、楽しそうにおしゃべりをしている者達は多い。明らかに笑顔が増えているその理由がレイチェルにはわからなかった。


「確かに。……言葉がわかんないってやっぱ不便だな」


 少なくとも嘲るような笑いではないようだが、その会話の内容がわからない以上、何故模擬戦で皆のテンションが上がるのかエルザにも想像がつかない。これがここにいる全員が兵士や冒険者なら納得出来るのだが、実際には戦闘と無縁な一般人が大部分を占めている。

 また、自分達が来たことで彼らの状況は良い方向に向かっているのは確かだが、それでも家族や親しい者と離ればなれになった事実は変わらない。まるでこの模擬戦が明るい話題であるかのようだった。


「とりあえず今は友好的な雰囲気であることに満足しておきましょう」


 彼らの様子を見ていると、少なくともここまでの流れを好意的に捉えているのは間違いないだろう。その理由はとりあえず後回しにして、今はジンの心遣いが無駄にならないことをアリアは願っていた。


「そうですね。後はジンさんにお任せしましょう」


「だな。ジンなら大丈夫さ」


 アリア、エルザ、レイチェルが見守る中、いよいよジンとファリスの模擬戦が始まろうとしていた。


「――では、始め!」


 ガッシュが鋭い声で模擬戦の始まりを告げる。事ここに至っては、もう言葉はいらないだろう。ジンとファリスの武器えものが激突する。


「くっ!」


 開始早々のぶつかり合いは、ジンに軍配が上がった。圧されたファリスが悔しげな声を漏らす。

 今回模擬戦の武器として選ばれたのは練習用の槍だ。ファリスが最も得意とする武器にジンが合わせた形だが、元よりジンにとっても槍は馴染みのある武器なので問題ない。負けるものかと猛反撃してくるファリスの槍を、ジンは危なげなく捌いている。

 そんなファリスの猛攻をものともしないジンの槍捌きを、他の団員達は驚愕の目で見つめていた。


「あれって副長が手を抜いているわけではないよな?」


「馬鹿野郎。そんな真似をあの副長がするわけないだろうが!」


「ならあいつは何だ? 団長との試合だってここまで一方的じゃなかったぞ」


 王族の警護を任されるだけあって、彼ら護衛騎士団の実力は一般的な騎士のそれよりも高い。その中で副長を務めるファリスの技量が低いはずもなく、ガッシュが言っていたように、彼女は実力で副長の座を勝ち取っていた。実際ファリスの技量はかなり高く、おそらくは平均的なBランク冒険者並かそれ以上の実力はあるだろう。


 ……だが、『迷宮』や『暴走』といった危機を懸命に乗り越えてきたジンの実力は、魔法を抜きに考えたとしても既に並のAランクを超えていた。


「……っ!」


 猛攻を凌がれ、乱れた呼吸を整えるためにファリスは一旦大きく距離をとる。それは追撃のチャンスであったが、ジンはあえてファリスの体勢が整うのを待つ。これは勝負ではなく、自らが信用に値するかどうかを判断してもらうための試しなのだ。ジンは自らも軽く呼吸を整えながら、ファリスの復活を待つ。

 そしてしばしの静寂の後、呼吸を整えたファリスが口を開いた。


「すごいな! ジン殿は! 悔しいが私が敵う相手ではないようだ」


 ファリスはキラキラと目を輝かせながらジンを賞賛する。そこにこれまで彼女が醸し出してきたどこか張り詰めたような緊張感はなく、おそらくは二十歳そこそこであろう彼女の年相応な素の部分が出てきていた。


「もう結論は出たようなものだが、このまま模擬戦を続けさせてもらっていいだろうか? ジン殿のような実力者に相手をしていただけるなど滅多にない機会。ご指導いただければありがたい」


 ジンとしては試しが充分ならば早速鑑定といきたいところではあったが、一秒を争うような緊急性があるわけではない。また、教えを請われたのであれば応えたいというのは、元老人のさがか。

 

「もちろん!」


 その後も模擬戦という名の訓練がしばらく続いた。





「――お見それしました。まさかジン殿がここまでの武勇をお持ちだとは」


 模擬戦が終わると、ジンはガッシュを初めとした護衛騎士団に囲まれる。その誰もが口々にジンの実力を賞賛していた。


「まさにまさに。これならば副長のお相手としても申し分ありませんな」


「おう。団長もお喜びになられるだろう」


 その褒め方にちょっと引っかかるものを感じないではなかったが、ジンもどうやら受け入れてもらったようだとホッと胸を撫で下ろす。

 だが、安心するのは早い。


「副長、おめでとうございます」


 同様にファリスも囲まれていたが、そこには女性の割合が多かった。


「おめでとうございます、副長。でもいいなー。私もあの時立候補していれば良かった」


「やっぱりそこはビビッとくるものがあったんじゃない? 運命よ、運命」


 漏れ聞こえてくるその台詞に、何か嫌な予感がするジン。更にその耳に避難してきた一般人の女性達の会話が漏れ聞こえてきた。


「こんなにおめでたいことがあったんだ。私達も元気出さないとね」


「そうね。こうして生きているんだもの。砦の兵隊さん達の分までしっかり生きないとね」


「そうそう。頑張りましょう」


 ここまではまだ良い。明日に希望を持ってもらえるのはジンにとっても嬉しかった。


「それにしても副長さん、良い旦那を見つけたわね~」


「「「ね~」」」


 その瞬間、思わずジンは叫ぶ。


「ちょっと待った~!」


 もう何度目になるのだろうか。

 どうしてそうなるんだと混乱するジンだったが、彼は似たようなことをもう何度も繰り返している。

 この世界に来てしばらくした頃にアリアにローゼンの花をプレゼントした時のように、慣習の違いは容易に誤解を生み出す。


 ―――男女間でステータスを見せ合う行為、それはファリス達にとって婚約を意味しており、ステータスを見せて欲しいというのは、プロポーズの言葉と同義だった。

ご意見やご感想、評価をありがとうございます。


この時点でネタバレもどうかと思いますが、念のために申し上げておきます。

少なくともこの時点でジンがファリスを嫁にもらうことはありえません。


続きは三~四日後に。


お読みいただきありがとうございました。

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