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推測と証明

「――あの時は本当に血の気が引きました。転移先が定まらないまま魔法が発動してしまいましたから……」


 その時のことを思い出したのか、デオンの顔はやや青ざめている。


 実際転移する際に最も重要なのが、転移先の設定だ。かつてペルグリューンが転移魔法を使用したときも、事前に時空魔法で転移先の状況を確認してから行っている。もっとも、ペルグリューンの転移は『時空魔法』なので、デオン等が使うものと同じであるかはわからない。ただ、共に魔法が失敗した場合には転移する先が深海や雲の上、さらには宇宙のどこかという可能性も充分あり得た。


「下手をすれば時空の狭間に永遠に囚われる可能性さえありましたから、こうして無事転移できたことだけでも喜ばしいことなのですが……」


 幸いデオン達全員の命に別状はないが、転移した先は言葉さえ通じない未知の場所だ。かろうじて意思疎通が可能なジンという存在と巡り会えたものの、彼らが置かれた状況は決して明るいものではない。デオンは己の力不足を悔やむが、そもそも転移魔法をフォローするはずの魔方陣そのものにがた・・が来ていたのだ。彼を責めることはできないだろう。


「デオン、もし貴方が居なかったら、私達は今でもあの砦にいたでしょう。こうして無事だったのですから、自分を責めないでください」


「姫様のおっしゃるとおりです。デオン殿。悪いのは長年の平和に慣れて備えを怠った私達です。こうして生きていられるだけでもどれだけありがたいことか」


 シェスティやファリスが口々にデオンをフォローする。

 もしあのまま砦にいれば、おそらく今頃は命がなかったであろう。こうして命があるのも、転移魔法を使ってくれたデオンのおかげであることは誰もが理解していた。

 また、その付き合いの深さに差はあれど、ここに居るほとんどが近しい者を砦に残してきている。犠牲になった彼らのことを想えばこそ、こうして命を長らえることができて感謝しかなかった。


「そう言っていただけるのはありがたいのですが……」


 ただ砦に残ったファルケン達に王女達を無事王都に送り届けることを託されていただけに、デオンは現状を良しとすることができないでいた。


 残された人々のことを想い出し、場の空気が沈む。既に気持ちの整理はつけているとはいえ、つい数時間前のことでもある。そうなるのも当然のことだった。


「……私に言える事は、皆さんが無事で本当に良かったということです」


 言葉にはしなかったが、きっと砦に残った人達もそう思うはずだとジンは感じていた。それにジンに通訳してもらいながら彼らの話を聞いていたミリア達も続く。


「しかしそういう事情なら、その砦に残った勇士達の分まで、あたし達もできる限りのことをしてあげなくちゃね」


「はい。食料なども足りないでしょうし、一度村に戻る必要があるようですね」


 アリアが指摘したように、差し当たって問題になりそうなのは水と食料だろう。


「あー、確かにこのまま村に案内するってわけにはいかないか」


「もどかしいですが、村の方々にちゃんと了解を取らないといけませんしね」


 本当ならこのまま村まで誘導したいところだが、流石に百名以上の集団を独断で村に迎え入れるわけにはいかない。アリアの判断は間違いではないと、感情とは別のところでエルザとレイチェルも納得していた。


 ジンの通訳によりミリア達の気持ちを知ったシェスティ達が、ホッとしたような笑みを浮かべる。


「お心遣いに感謝します。食料や水もそうですが、天幕の数も足りないので、できれば毛布なども購入させていただけないでしょうか」


 ファリス達慰問団が使っていたテントや天幕はあるのだが、それでは必要数の半分にも満たない。と、そこまで話したところで、シェスティはハッと何かに気付いたようだ。


「ファリス、お金を何枚か持って来てくれる?」


 言葉も通じないこの地で、彼らのお金が使える保証はない。そしてファリスが持って来たその硬貨は、材質こそ金ではあったものの、その意匠などは全く異なっていた。


「私達が使っているお金とは違うようです。……ああ、材質はあまり変わらないようですし、何なら私が両替しますから安心してください」


 ファリスたちは目に見えてガックリと肩を落としたので、ジンは慌てて付け加える。ジンならば『鑑定』を使って価値を正確に計ることが出来るので問題ない。


「もうジン君ってば、お金の話なんてしてるの? そんな後で良いわよ。それより彼女達の種族なんかを詳しく聞いてくれる? 後わかんないのはそこだけだから」


 この段階でお金について話している状況はミリアにとって迂遠すぎたようだ。もっともジンが率先して話し始めたわけではないのだが、確かにもっと重要なことが他にたくさんあった。  

 ジンが改めて彼女達の種族について尋ねると、彼女達は何を今更尋ねるのだろうと不思議そうな顔で返す。


「種族ですか? 私が魔人族でデオンが鬼人族、ファリスが竜人族です。……ああ、もしかしてジンさん達のような普人族や狼人族の方がいないのが不思議でしたか?」


 シェスティが返す言葉には何の気負いも感じられない。ジン達は彼女達の種族を初めて見るが、彼女達の方はそうではなく、若干その名前に違いはあっても、彼女達は人族や獣人族、エルフやドワーフという種族を普通に見たことがあった。


「私達の国では、国民の六割がこの三種族で占められていますから。今回はたまたまこうなっていましたが、同僚にはエルフも犬人族の方もおりますよ」


 追加情報を出して、デオンがファリスをフォローする。

 少し詳しく話しを聞いてみると、彼らの国にも人族、獣人族、エルフ、ドワーフは存在しているそうだ。ただ、尖った耳を持つミリアを狼人族、少し垂れた耳を持つハンスを犬人族と呼ぶなど、その分類や呼び名には若干の差違が見受けられる。


(まさか過去に滅亡した種族とか? これはタイムスリップの可能性もあるのか?)


 種族だけでなく、他にもレベルやスキル、ステータスなどといった共通点も多い。あらゆる可能性を模索しながら、ジンはミリア達に聞き出した内容を伝えていく。

 ただ確かに共通点は多かったが、明らかな相違点も存在しており、容易に結論を出すことは難しい。

 しかし、それでも決定的な事実が変わることはなかった。


「――鬼人族に竜人族、魔人族ね? うーん。私は聞いたことがないなー」


 ミリアは二十年以上活躍していた元Aランク冒険者だけあって、行動範囲が広い。自然と蓄えた知識は一般の村人であるハンスなどとは比べものにならないが、その彼女をしても角が生えた種族など伝説にも聞いたことがなかった。


「私もギルドの資料は読み込んだつもりですが、見たことも聞いたこともありません」


 元冒険者ギルドの職員であるアリアも、ミリアと同じく角が生えた種族については全く聞いたことがない。

 彼女達の知識が絶対ではないが、シェスティ達を初めて見たハンスが感じた印象――彼女達の種族がこれまでこの世界で目撃されたことがないという事はどうやら確かなようだ。


(それこそ『迷宮』で出た大鬼オーガくらいしか知らないもんな。比べるのも申し訳ないし言わないけど)


 共通点は角が生えているとうことだけで、ここにいる彼らはあくまで人間だ。それが分かっているので、ジンも口に出すことはなかった。

 ただ、今回ファリスたちの正式な種族名が判明したので、ジンはこっそり彼らの種族を『地図』で検索してみる。だが、最大範囲で検索しても、反応があるのはここにいる彼らの分だけだ。いよいよをもって、ジンが懸念していたことが正解に思えてくる。


「……これはあくまで推測です。ですが、その可能性は高いと思われます」


 さすがにジンもその推測を口にせざるを得なくなった。タイムスリップ説も考えたが、いくら『大暴走』で一度歴史が失われかけているとはいえ、現在残っている伝説等にも全く痕跡がないという事実から、その可能性は低いと判断していた。


「おそらく皆さんは別の世界から転移してこられたのではないかと……」


 見た目が違う、言葉が違う、世界の名が違う、神様の名前が違う。一つ一つ確認してみると、ジンにはこの推測が正解であるのは間違いないと思えた。


「そんな……。しかし、世界を跨ぐなど、転移魔法にそんな力はないはずです」


 術者であるデオンが否定するが、確かに本来はそうなのだろう。だが、その上でジンには一つ推測があった。いささか状況が違うとはいえ、それは同じようにこの世界で生まれ変わった彼だからこそ思うことだ。


 ジンはハンスに視線をやり、ここで言うべきか一瞬迷う。


「――よし! 話の途中で悪いけど、あたしとハンスはここで失礼するね。一旦村に戻って村長達に話しをつけてくるよ。ほら、いくよ!」


「え? は、はい。わかりました」


 その迷いに気付いたミリアが、すぐにハンスを促して席を立つ。ジンにとっては事が自分の能力に関することだけに、ミリアはともかくハンスがいなくなるのは正直ありがたかった。


「すみません、ミリアさん。食料や毛布などもよろしくお願いします」


「ええ、そっちもしっかりやるのよ」


 そして改めてシェスティ達に別れの挨拶を済ませると、ミリアとハンスは足早に村へと戻っていく。

 彼女達が持ち帰ってくる予定の品々は今晩すぐにでも必要となるため、シェスティ達もあえて止めることはしなかった。


 ミリア達の後ろ姿を見送った後、ジンは改めてシェスティ達に向き合う。


「先ほどの続きですが、デオンさんがおっしゃることももっともです。ですが、それについても推測はあります。そして、私には実際にそれが正解なのかを確かめるスキルがあります」


 これはこの場にいる全員に自らが持つ能力の一つを明かすことになるが、ジンは彼らにならばそれでも構わないと考えていた。ジンが持つ『鑑定』スキル、これが彼が考える確かめる方法だった。


「それは『鑑定』といい、ステータスやスキルなど、相手の全てを確認することができる能力です。ただ、そのためには私を信用し、心から受け入れてくれる方が必要になります。今回確認したいところ以外は見ないようにしますし、もちろんその結果以外は一切口外しません。いきなりで難しいかも知れませんが、私にどなたかのステータスを確認させていただけないでしょうか?」


 ジンの『鑑定』のランクは7となり、かつてアイリスのステータスを確認したときから2つ上がっている。もしかしたら同意がなくとも鑑定できるかもしれないが、それでも勝手に使うつもりはジンにはない。『鑑定』とは、言わば相手の全てをつまびらかにする能力でもあるため、ジンは基本的に相手の同意がない限り人を相手に使うつもりはなかった。


(やっぱり、いきなりすぎたかな?)


 ジンの申し出に対し、返ってきたのは沈黙だ。他人に自らのステータスを見せるという行為は、自らの全てをさらけ出すに等しい。確かに容易に決断できるものではないだろう。

 彼らの顔に不躾なことを言われたという嫌悪の感情は見られなかったが、ほとんど例外なく戸惑っているようにジンには感じられた。とはいえハッキリさせるためにはこの方法しかないと、ジンはゆっくりと彼らの顔を見ながら返事を待つ。

 そしてこちらを真っ直ぐ見つめるファリスと目が合った。


「私が行こう」


 そしてその瞬間、ファリスが名乗りを上げる。だが、無条件というわけではない。


「ここまでの行動を見てきて、貴殿のことは信用しているし、不足はないとも考えている。とはいえ、その(・・)覚悟をするための時間としては、あまりに短すぎるのも事実。……しかし、私は武人だ。貴殿をより深く知るため、その最後の一押しとして勝負を挑みたい」


 ジンと矛を交える――それがファリスの条件だった。

お読みいただきありがとうございました。



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