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経緯

 後方に待機していたアリア達を呼び寄せ、ジンの通訳の元で改めて当事者であるハンスからも謝罪をする。

 その上でジン達はシェスティ達と共に彼らのキャンプ地へと移動した。


「ジンさん、怪我をしている方がいらっしゃいます」


「ああ、そのようだ。レイチェル、頼めるか?」


 近づくにつれ、血のにじんだ包帯などを巻いた怪我人が多いことに気付く。わざわざレイチェルが指摘したのも、治療が満足になされていないこの状況が堪らなかったのだろう。そしてジンがその想いに否と言うはずもなく、シェスティに治療の許可を得ると自らもポーションを使って治療に努めた。


「助かります。何故か魔法が効かなくなってしまった上、ポーションの数も限られていましたので」


 鬼族の老人デオンがジンに頭を下げる。どうやら彼が治療の責任者だったようだ。


「いえ、こちらはポーションの数にも余裕がありますので大丈夫ですよ」


 ジンの『無限収納』にはまだまだ百本以上のポーションが保管されているので問題ない。だが、このデオンが口にした魔法が使えなくなったという情報は、ジンが抱いていたある懸念を裏付けるものだった。


「もう大丈夫ですよ」


 治療をして廻っているレイチェルが、回復した者達に笑顔で話しかけている。もちろん言葉は通じていないが、治療をしてもらった者達も笑顔で頭を下げて返していた。


「私からも礼を言わせてもらおう。本当にありがとう」


 おそらくはここにいる戦士達の長であろうファリスが、ジンに深く頭を下げる。

 一応は和解しているとはいえ、ジン達にとって戦士の怪我を治すということは、万一の場合敵に塩を送ることになりかねない行為でもある。ファリスはジン達の度量と優しさに心から感謝していた。


「いえ、困っているときはお互い様ですよ」


 その判断をした根底にジン達の善良さがあることは否定できないが、同時にそう判断するだけの印象を彼らから感じていたということでもある。

 そしてそれが事実である証明であるかのように、治療が進むにつれて彼らの警戒もかなり緩和されていき、むしろこちらに好意的な笑顔を浮かべる者まで出てきていた。


(よく見ると子供もいるな)


 ジンの視界にまだ小学生くらいの子供や、乳飲み子を抱えた母親の姿が映る。よく見ると武装しているのは全体の二割か三割程度で、その他は一般人の装いだった。


「……普通の奴らだよな」


 やや苦みを含んだ表情で、しみじみとハンスがつぶやく。

 最初こそ見慣れない角を生やした彼らの姿に動揺していたが、実際に接してみれば自分達と何も変わらないことがすぐにわかったのだろう。半ば事故とは言え、己の軽率な行為を反省しているようだ。


「まだ状況はわかりませんが、私達にできることはしてあげましょう」


「ああ」


 ジンの言葉にハンスは力強いいらえで返すのであった。





 そうして全ての人の治療が終わり、ようやく落ち着いて話が出来る状態になった。


「改めてご挨拶させていただきます。私はシュテルン王国の第七王女、シェスティ=ラ=シュテルンと申します」


 その告白を皮切りに、シェスティがこの場に至るまでの経緯を話し始めた。



「――その異変は私達がハムザ砦に到着する少し前から始まっていたそうです」


 シュテルン王国の第七王女であるシェスティは、国の東方を守る砦、ハムザ砦を慰問で訪れていた。


 この砦は対魔獣用砦として建築され、過去には一千名以上の精強な兵士達がこの砦に詰めていたが、もう大規模な魔獣の襲撃は百年以上起こっていない。その百年の平和は人々から警戒心を薄れさせ、今の砦には兵士の家族のような非戦闘員も一定数住んでおり、実際に戦える兵士の数は三百名にも満たなくなっていた。

 だれも予想していなかったのだ。魔獣の『暴走』――彼らが言うところの『氾濫』が起こるとは……。


 シェスティらが砦に到着して一晩明けた早朝にそれは始まった。最初は散発的な魔獣の襲撃でしかなかったが、時が経つほどにその数と勢いを増していく。


「姫様! 予想以上に魔獣の数が多すぎます。ここもあまり長くは保たないでしょう。急ぎ避難を!」

 

 シェスティに避難を促すのは、護衛隊の隊長であるファルケンだ。彼は早い段階から配下と共に砦の兵士に加勢していたが、三十名ほどの護衛隊では魔獣が砦の周囲を埋め尽くそうとしている今の状況では焼け石に水でしかない。ファルケンに戦塵に汚れた顔を気にする余裕は既になかった。


「それならば砦の者達も全員で! 私達だけ逃げるわけにはいきません!」


 現在シェスティ達がいるのは、緊急脱出用の転移魔方陣がある大部屋だ。魔方陣は術士の転移魔法を補助し、対となる王都の魔方陣の座標へと導く役割を持つが、肝心の転移魔法を使える術士はかなり少なかった。ましてや重要度が低いと思われていたこの砦には配属されているはずもないが、幸いにも護衛団の顧問であるデオンは転移魔術が使える数少ない術士の一人だった。


「姫様。いくら魔方陣があるとはいえ限界があります。百人程であれば転移できましょうが、砦の者全員は無理でございます」


 更に言えば、百年以上も使われていないこの転移魔方陣が正しく機能するかという懸念もデオンにはあった。


「そんな!」


 シェスティは砦の者達を見捨てることに悲痛な声を上げる。だが、それに対しファルケンは厳しい顔で首を横に振った。


「姫、この砦に魔物の群れを引きつけるのも兵士の役目の一つにございます」


 それは兵士として生きる者達の現実でもある。誰かがここに残って戦う必要があった。


「ですが怪我人・・・や非戦闘員についてはこちらへと誘導を始めております。彼らと共に避難ください」


 だがファルケンも兵士でない者にまで残ることを強要するつもりはなかったし、それに加えてこのハムザ砦の騎士団長等から託された怪我人・・・もいる。

 騎士団長は既にここを死地と定めたが、だからこそこの場に置いておくには不憫に思う者達が一定数いたということなのだろう。

 そしてここを死地と定めたのはこの砦の者達だけではない。


「私はここに残ります。ファリス、副長であるお前が後の指揮を執れ。姫様を頼むぞ」


「ファルケン!」


「父上!」


 思わぬファルケンの宣言にシェスティとファリスが驚きの声を上げた。


「なあに、このファルケンがここに残るのです。援軍が来るまでは持ちこたえて見せましょう!」


 砦の周囲は魔物の群れで埋め尽くされ、そもそも援軍が来られる状況ではないのは明らかだ。シェスティは止めようとするが、ファルケンはそれに頷こうとはしない。


「私達もついておりますから、ご安心を」


「ファリス殿、姫様を頼みます」


「お前らもしっかり姫様方を守るのだぞ」


 残るのはファルケンだけではない。隊でも古参の兵士達が口々に同行を宣言した。


「ならば私も……」


 それにファリスを始めとする年若い兵士達も続こうとしたが、それをファルケンが一喝する。


「いい加減にせんか! ……ザジ、ベノウ、ハシム、キーン、ウーノ。同行を許す。ガッシュは残ってファリスの補佐を頼む」


「「「「はい!」」」」 


「……仕方ありませんな。承りましょう。……お前ら! 返事はどうした!」


 残されたファリスの事を想い、ファルケンは古参の兵士の中でも比較的若い方であるガッシュを補佐に残した。そして命令が下された以上、ここで自分が納得しなければ残される若者達への示しがつかないと、ガッシュは無理矢理自分を納得させていた。


「「「「「はい!」」」」」


 ガッシュの檄に姿勢を正して応える若者達。砦に残る者は決死隊となり、これが今生の別れとなるのだ。あちこちからすすり泣く声も聞こえていた。


「では、我々はこれで。姫様、どうかお元気で」


「……ご武運をお祈りします」


 王族として、個人として、シェスティが涙を流しながらも笑顔で見送ろうとする。それが彼女にできるせめてものはなむけだった。


「……ご武運を!」


 そうしないと涙がこぼれてしまいそうで、ファリスは短い言葉で父の出立を見送る。


「では!」


 最後にそう言ってファルケン達はきびすを返す。「さらば」とも、「また会おう」とも……何も付け加えなかったのはそのどれもが相応しいと思えなかったからか。

 ただ、別れ際に彼らが見せた笑顔が、遺された者達の記憶に強く刻みつけられた。


「――非戦闘員を収容後、直ちに転移魔法を使う。皆は誘導を急げ!」


「「「「はい!」」」」


 新たな責任者となったファリスの号令が響き、それに部下達が応える。残された者には残された者にしかできないことがあった。


 そしてしばらく後、彼ら全百十四名は、この砦から姿を消す。

 しかし、百年もの間使われていなかった魔方陣には、何か問題が発生していたのだろう。王都の座標が定まらないまま、転移魔法は暴発してしまう。


 転移魔法の失敗――下手をすれば永遠に異空間に閉じ込められるという最悪の事態が発生したことを、その場にいた者は激しい振動と異音、そして何より驚愕と焦りが入り混じったデオンの顔で知ることになった。


 そして彼らは――。


お読みいただきありがとうございます。


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月刊コンプエースで『異世界転生に感謝を』が漫画化されて連載中です。

原作をただなぞるのではなく、漫画ならではのアレンジも加わっており(私も監修しています)、私としては大満足な作品です。

宜しければこちらも応援をよろしくお願いします。


次回も三~四日後に。


ありがとうございました。

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