接触
その後もしばらく話し合いは続き、具体的な対応を決めていく。
「それじゃあメンバーは私と当事者であるハンス、そしてジン君達。……悪いね、迷惑をかけて」
「この状況で置いておかれる方が辛いですって。身内なんですから、遠慮しないでください」
申し訳なさそうなミリアに、ジンは微笑みで応える。同行はジン達が望んだことだ。
最悪のケースではあるが、もし交渉が決裂した場合にはすぐに撤退できるようにしておく必要がある。当事者であるハンスは例外としても、その未確認集団の元に向かうのは戦闘力が高い者達だけとするのが望ましいだろう。必然的に村の顔役の一人であり、元Aランク冒険者でもあるミリアが向かうことはすぐに決まったが、そんな危険かもしれない交渉に向かうミリアをジン達が放っておけるはずもなかった。
「トウカとシリウスはお留守番を頼むぞ」
「うん。お父さん達も気をつけてね」
『一緒に行きたい。けど我慢する』
さすがにトウカとシリウスはマキシムと共にお留守番だ。シリウスは能力的には問題ないかもしれないのだが、神獣という存在が相手集団に与える影響が未知数であることから、今回はトウカと共に留守を守ることになった。
「いいかいトウカ。俺達がいない間は、危ないから剣を降っちゃ駄目だぞ? その替わり魔法文字の書き取りを頑張るんだ」
「……うん、わかった。頑張るよ」
若干不安そうなトウカの気持ちを慰めようと、ジンはあえて明るい口調で話す。するとようやくトウカから微笑みが返ってきた。
ジンは笑顔でトウカの頭を撫でると、今度はシリウスにも声をかける。
「今度シリウスの訓練メニューも考えなきゃいけないな。でも今日のところはトウカの側にいてやってくれるか?」
『訓練! 楽しみ! 姉上はシリウスが守る。安心して」
やはり自分だけ訓練メニューがないのが寂しかったのだろう。シリウスからは嬉しそうな思念が伝わってきた。
「ふふっ。トウカもシリウスも留守をよろしくね。あと……」
ひとときの別れを惜しみたいのはジンだけではない。アリアに続き、エルザやレイチェルもそれに続いた。
「……ミリアさん、ちょっと良いですか?」
トウカ達の相手をアリア達に任せ、ジンはミリアと共にその場からそっと離れた。そしてミリアに一つの提案をする。
「ミリアさん、今回の交渉は私に任せてくれませんか」
本来は部外者であることを自覚しつつも、ジンは大きく一歩踏み込む。ここで言う交渉とは、当然謎の集団とのそれになるが、その役目は村の顔役の一人でもあるミリアが一手に務める予定だった。だが、それにジンが待ったをかけた形だ。
今回交渉の前に謝罪をしなくてはならない為、交渉は丸腰の一人が請け負い、武装した残りの護衛メンバーは警戒心を与えないために少し離れていざという時に備えることになっている。ジンはそこにが気にかかっていた。
「まず、これを見てください」
ジンは戸惑うミリアに構わず、実際に見てもらった方が早いと『無限収納』から剣や槍、盾などを瞬時に取り出して次々に持ち替える。武装が瞬きの間で切り替わっていくその光景を、ミリアは驚きと共に見つめていた。
「これは私のスキルの一つで、『無限収納』と言います。さっき見せたみたいに、この中に入れた武器や鎧は瞬時に身につけることが出来ますので、いざという時でも私なら安心です」
もし謝罪が受け入れられない場合など、交渉が決裂した場合には丸腰の交渉役は危険きわまりない立場に追い込まれる。
いくらミリアでも丸腰では危険すぎるが、ジンならばいざという時は『無限収納』で瞬時に武装できるため、最悪のケースを考えた場合でも十分対応可能だ。
「ジン君…………」
「心配なんですよ。ここは俺に任せて貰えませんか、お義母さん」
いきなりとんでもないスキルを見せられて動揺するミリアに、ここぞとばかりにジンは畳みかける。エルザの母ということは、ジンの義母ということでもある。
身内の危険を黙ってみていることはジンには出来なかった。
「……条件があるわ」
長い沈黙の後、ミリアが口を開く。
「交渉はジン君だけでなく私も一緒。二人でやるんならいいわよ」
「それは……」
ジンはミリアの身内ではあるが、村の住人ではない。確かに部外者である自分に全てを任せることはできないのかもしれないとは思いつつも、今ひとつ納得できずに説得しようとするジンだったが、それはミリアの次の一言で遮られる。
「お義母さんを守ってくれるんでしょ?」
ミリアらしい悪戯っぽい笑顔とその口調に、ジンは言葉に詰まる。
「……はい。絶対に守ります」
ここが落としどころかと、若干の気恥ずかしさと共に納得するジンであった。
村長や他の顔役の承認を得た後、ジン達は村を出発する。前もってジンは『地図(MAP)』で人を検索しており、それによるとこの村以外にまとまった数の光点が数キロ離れたところにあった。
その集団に近づくにつれ、ジンの目に彼らの姿が映る。
(おいおい。角が生えているとは言ってたけど、そんなのありか?)
ジンの目に映ったのはゲーム好きなら容易に想像できる姿。遠目からでもわかるのはそれぞれが持つ特徴的な角だ。
一つ、頭部に一本もしくは二本の短くて太い角を生やした人間――鬼。
一つ、側頭部から後頭部にかけて真っ直ぐ伸びた角を持つ人間――竜人。
一つ、側頭部に羊の巻き角を持つ人間――悪魔。
実際には小さな差違はあるにしても、それはファンタジーを題材にした漫画などでもよく見る姿だったし、ジンがこの世界に来るきっかけとなったゲーム『ニューワールド&ニューライフ』では総称して魔族と呼ばれていた種族でもある。
だが、いずれにせよこの世界にはいないはずの新たな種族の姿だった。
(いかんいかん。考えるのは後だ)
話しに聞いていたのと実際に見るのとは大違いだが、いつまでも外見にとらわれて構えてしまっていては相手にも失礼になる。ジンは頭を軽く振って平静を取り戻した。
「向こうも気付いたみたいだ。ここからは俺とミリアさんが先にいくから、皆はもうちょっと進んだところで待っててくれ」
「了解。気をつけて」
ジンの指示にエルザが代表して応えた。そしてエルザ達から離れ、丸腰のジンとミリアはゆっくりと近づいていく。
その姿は相手からも認識されており、向こうの動きも慌ただしくなってきた。
(あせらず、ゆっくり。刺激しないように……)
ジンはミリアと共に両手を上に上げ、武器を持っていないことをアピールしつつゆっくりと進む。そしてその集団と後方で待つアリア達との丁度中間あたりまで来ると、一旦そこで立ち止まった。
「さて、来てくれるかな……」
いきなり攻撃されないだけでも悪くない展開だ。武装した者達は後方に残し、丸腰の者が二人だけ先行しているのを見れば、こちらが交渉を望んでいることはわかって貰えるだろう。そのジンの目論見は、確かに的を射ていたようだ。
「お……」
集団が二つに分かれたかと思うと、その中央から三つの人影か現れた。
小柄でまだ10代後半だと思われる悪魔族らしき少女を中心に、向かって右手には槍を手にした二十代前半の竜人族の女性が、左手側には白髪の大柄な鬼族の老人が控えている。おそらくは悪魔族の少女は代表で、両横の二人は補佐なのだろう。
(さあ、いくぞ!)
少し離れたところで彼女達が立ち止まったのを確認すると、ジンは両手を太ももにそえて直立し、まずは深く頭を下げる。言葉が通じないことは既にハンスから聞いているので、必然的にジェスチャーで気持ちを伝えるしかない。ただジェスチャーは文化によって違う意味で取られることもあるため、せめて敵意がないことが伝わるようにとゆっくりとした動きを心がけており、それにミリアも倣っていた。
(さて、これで謝罪の意が伝わったのなら万々歳なんだが……)
これからが本番だと、ジンは気合いを入れる。そしてミリアと顔を見合わせて互いに頷くと、目の前にいる少女達に視線を向けた。
「ジン」
ジンはまず自分を指さすと名前を告げる。やはり最初は自己紹介からだろう。続けて隣のミリアを指さしてその名前を告げると、ジンは次に後方にいるハンスを指さし、明後日の方向に弓を引く真似をする。
(申し訳ありません)
そしてジンはもう一度謝罪の意味を込めて深く頭を下げた。
「ふう……」
言葉にならない吐息が悪魔族の少女から漏れる。どうやらジン達の謝罪の意は正しく伝わったようだ。
完全に警戒が消えたわけではないが、彼らから目に見えて緊張感が薄れていた。
「シェスティ」
今度は悪魔族の少女が自らを指さして言葉を発した。続けて龍人族の女性を指して「ファリス」、鬼族の老人を指して「デオン」と告げると、そこで笑顔を浮かべた。
それは謝罪を受け入れたということを示すのだろう。少なくともジンはそう感じた。
「謝罪を受け入れてくれてありがとうございます。いきなり弓を撃ってしまい申し訳ありませんでした」
安堵と共にジンの顔からも自然と笑顔がこぼれる。そして伝わらないことを承知でそう言うと、ジンは再度頭を深く下げた。
「「「え?!」」」
だが、返ってきたのは戸惑いの声だ。頭を上げたジンの目に戸惑っている三人の顔が映る。
「あのー、私達の言葉がしゃべれるんですか?」
悪魔族の少女の口から発せられたのは、ジンがすっかり慣れ親しんだこの世界の言語でも、もちろん前世で使用していた日本語でもない。だが、初めて聞く言語でありながらも、ジンは違和感なく理解できた。
(翻訳機能か!)
ジンはすっかり失念していたが、彼はゲームの設定をユニークスキルとして引き継いでいるため、翻訳機能によって人の言語であれば会話も読み書きも不自由しない。理解できるのも当然だった。
隣にいるミリアは突然知らないことを話し出したジンに驚いているようだったが、交渉はジンに任せていることもあって口をつぐんでいる。
彼女へは後で説明すればいいと、ジンはこの幸運に感謝し、きちんと気持ちを伝える。
「――改めて失礼します。私の名前はジンと申します。先ほど誤ってあなた方に矢を放ってしまった男が住む村に縁者を持つ者で、冒険者を生業とする者です。先ほどはこちらの者が失礼しました。改めて謝罪させていただきます。誠に申し訳ありませんでした」
そしてジンは改めて深く頭を下げた。
「――いえ、私達も状況がわかっていなかったので過敏に反応してしまったようです。あなた方の謝罪を受け入れます」
代表して悪魔族の少女――シェスティが応える。その声音から彼女もホッとしている様子が伝わってきた。
こうしてジンの謝罪を受け入れられ、無事誤解は解けた。だが、問題はそれで終わりではない。
「それでお尋ねしたいのですが、ここは何処なのでしょう? ハムザ砦やシュテルン王国の名前に聞き覚えはありませんでしょうか?」
シェスティは他にも地名や国名を告げるが、どれもジンの記憶にはない。
「ちょっと待ってもらえますか? ……ミリアさん、シュテルン王国なんて名前を訊いたことありますか?」
ジンは『地図』を使って検索しつつ、一応ミリアにも尋ねてみた。
「何で彼らの言葉が話せるかは置いといて、私は聞き覚えないわ。すくなくともこの辺りの国ではなさそうね」
やはりミリアも聞き覚えはなく、そしてジンがどの地名や国名を検索しても『地図』にはヒットしなかった。
「すみません、どれも聞き覚えがないです」
とりあえずジンは今知り得た事実を伝える。だが『地図』で検索できないとなると……。一つの可能性が脳裏に浮かんだが、うかつなことは言えないとジンは言葉を呑み込んだ。
「そうですか……言葉が通じたので、もしかしてと思ったのですが」
シェスティだけでなく、ファリスとデオンも肩を落とす。
「どうやら複雑な事情があるようですし、お互いに情報交換をしませんか?」
謝罪は終わり、無事に誤解も解けたが、彼らの容姿やこの場所に突然現れたという点については未だ不明のままだ。ここは情報の共有が必要だろう。
このジンんの提案にファリス達も同意し、交渉は次の段階へと進むのだった。
お読みいただきありがとうございます。
ご意見ご感想は読んでいただいた上でのものですので、肯定であれ否定であれ参考になります。
肯定的なものは本当に励まされますし、否定的なものも自分では気付かないことを知る事が出来るのでありがたいです。どちらのご意見ご感想も書籍化作業の時に非常に参考になります。
次も3~4日後あたりに更新します。
ありがとうございました。