遭遇
途中休憩を挟みつつも、その後もジン達は訓練を続ける。
どうしても旅の間は魔獣の襲撃を警戒しなければならないため、本腰を入れて訓練をすることが難しいということもある。鬱憤晴らしの要素を多分に含んだエルザはもちろん、アリアやレイチェルも久しぶりの本格的な訓練ということで気合いが入りまくっているようだ。
「まだまだぁ!」
「よし、こい!」
エルザとジンの模擬戦もこれで三巡目となるが、エルザの攻撃はより一層気合いを増し、その猛攻をしのぐジンの手に重い手応えを遺す。どうやらエルザのモヤモヤした想いはまだまだ晴れていないようだ。
ジンはある意味エルザの八つ当たりを受けているとも言えるが、本人は全く意に介していない。
(良い気合いだ。……ムキになってるエルザも可愛いな)
かつて老人だった経験を持つジンならではかもしれないが、彼には多少の我が儘なら笑って受けとめられるだけの余裕が心にあった。ジンは真剣に取り組みつつも、微笑さえ僅かに浮かべながらエルザのストレス発散に付き合う。
模擬戦の大半を受けに徹していたのでジンにとっては中々にハードな模擬戦となっていたが、本人はこの行為をエルザが甘えてくれているようにさえ感じていた。
……これも惚れた弱みというのだろうか。
ジンがエルザ達の想いを受け入れてから一月ほど経つが、ある意味順調にその関係性は変化しつつあるようだ。
こうしてジンがエルザやレイチェル、アリアらと訓練をする一方、トウカはミリアに指導を受けている。だが、シリウスだけはこの場にいる者の中で一人だけフリーだ。
そんなシリウスは初めの頃こそトウカの応援をしたりジン達の模擬戦を観戦したりしていたが、そのうち自分も訓練のつもりなのか、緩急をつけながら運動場を走り回るようになっていた。
ジンは模擬戦などの訓練をしながらも、そんなシリウスの様子を視界の端で捉えている。例え模擬戦中であろうと、相手だけでなく周囲の状況に気を配ることも実戦を通じて身についたことの一つだ。
(シリウス用の訓練も考えるべきかもしれないな)
冒険者という職業を目指すトウカと同様に、聖獣としての役目を持つシリウスも今後戦闘は避けられないだろう。それが将来規格外の力を持つであろう聖獣に必要なのかどうかは別にしても、親としてシリウスに教えられることはあるはずだ。
後で本人にも訊いてみるかなと、今は模擬戦の方に意識を向けるジンであった。
「――よーし、そろそろ昼飯にしようか」
そうこうしているうちに太陽は真上まであがり、このジンの呼びかけをきっかけに彼らは昼食を取るために一旦ミリアの家まで戻ることになった。
「美味しい! マキシムお祖父ちゃん、美味しいよ!」
ここまでの旅の中で少しタフになったトウカは、慣れない訓練の後でもマキシムが用意した昼食をペロリとたいらげる。さすがに調理のお手伝いをするほどの元気はなかったが、ちゃんと配膳は手伝っていた。
「あのね、すっごく楽しかったの!」
初めて自分の剣を贈られ、そして初めてそれを振ることができた喜びをそのままに、トウカはやや鼻息を荒くしつつ満面の笑顔を見せる。そんなトウカの姿は、教官役を務めたミリアは言うに及ばす、そこにいる全員の癒やしになった。
「私が教えたかったのに……」
ただ、エルザだけは本来は自分の役目だったのにと、ミリアへの微妙なジェラシーが再燃してしまったようだ。
「ふふっ。ミリアさんはトウカに滅多に会えないんだから、この村にいる間くらいは譲ってあげないと」
「そうですよー。逆に言うと、私達もミリアさんのおかげで自分達の訓練に専念できたわけですしね」
そんなエルザに微笑を誘われながらも、アリアとレイチェルがフォローを入れる。エルザもそれは理解していたし、納得もしているのだが、それでもモヤモヤしてしまうのはトウカへの愛情深さ故なのかもしれない。
「むう……」
二人のフォローを受けても、エルザは未だ笑顔を見せない。納得はしても、不満が完全に消えるわけではないのだろう。
「ほらエルザ、午後の訓練でもモヤモヤした気持ちは全部俺にぶつけてきていいからさ。いつもみたいに元気だそう」
ジンは微笑みと共にエルザの背中にそっと手を添える。こんな背中に手を添える程度のボディタッチでさえ以前のジンは避けてきたが、晴れて想いが通じ合った仲となれば躊躇する理由はなかった。
「……うん、わかった」
そしてあっけないほど素直にエルザは応える。
エルザが先ほどまで感じていたモヤモヤした気持ちがまるで嘘かのように、ジンにかけられた言葉と添えられた手の方に意識が集中してしまっているようだ。
「「…………」」
そんなエルザを羨ましそうに見つめるアリアとレイチェル。口には出さずとも、その目が全てを物語っていた。
「アリアとレイチェルも思いっきり来てくれて大丈夫だから。遠慮はいらないよ」
その視線に気付いたジンがアリア達にも声をかけるが、二人が羨ましいと思ったのはそこではない。
だが、そんなジンの少しずれた気遣いが、アリアとレイチェルの笑みを誘う。
「……はい。よろしくお願いしますね」
苦笑しながらも二人はそう応え、機嫌が直ったエルザと共に昼食後の歓談を楽しむ。
それは心和む団欒、幸せな時間だった。
――だが、昼食も終わり、再び訓練場に向かっていたジン達の耳に切迫した叫び声が聞こえる。
「大変だ、ミリアさん! 見たこともない奴らが現れた! 武装していて、百人以上はいたと思う」
それはこの村の狩人ハンスの叫びだ。
百人以上の武装した集団ともなると、その正体の候補は限られてくる。そもそもの絶対数が少ないので犯罪者集団というのは考えずらく、最も有力なのは軍事関係になるだろう。だが、戦争など久しく起こっていないこの世界では、それこそ魔獣の大発生――『暴走』でもなければそれほどの規模の軍を動かす理由がない。
ただ、確かにその目的も不明だが、ここで最も注目すべき点は別にある。ハンスが言った「見たこともない奴ら」という部分だ。
それは人族、獣人族、エルフ、ドワーフのいずれでもない種族、今までこの世界では見ることのなかった容姿をした一団が現れたという知らせだった。
「まずは落ち着くんだよ、ハンス。何があったか最初から話しな」
ミリアが顔なじみの狩人ハンスを諭す。彼は二十代中盤の犬系獣人の男だ。武装した集団とは穏やかではないが、その対処のためにも今は正確な情報が必要となる。
初めて見る種族の件はとりあえず横に置き、まずは事実確認をすべきだろう。
「すまねえ、ミリアさん」
元Aランク冒険者の肩書きを持つミリアは村でも一目置かれており、そもそもハンスがここに来たのはミリアに相談するためだ。ハンスは大きく深呼吸をすると、ことの起こりから話し始めた。
「――まず俺はいつも通り畑の見回りに出たんだが……」
冒険者ギルドが存在しない村に生きる者の心得として、スキルは習得しておらずとも村人の多くは戦闘訓練を積んでおり、スキルの取得までは至らずとも一応戦える力を持つ。その中でも狩人であるハンスは弓術スキルを習得しており、本来の仕事である狩りに加えてこうした見回りも率先して請け負っていた。
「一回りしても問題なかったんで、俺は村を離れて森に向かったんだが……」
ここで幸運なことに、ハンスは森に着く前に丸々太った兎を見つける。このチャンスをものにすべく、ハンスは身を潜めながらゆっくりと近づいていった。
「ここからなら七割方当たるだろうという距離まで近づいた俺は、ゆっくりと弓を引き絞った。……そして今まさに矢を放とうとした瞬間、兎から少し離れた場所に、何の前触れもなくあいつらが現れたんだ」
それが百名を超す集団であり、そして今まで見たこともない姿をした者達だった。
「突然現れた!?」
話の途中にもかかわらず、思わずジンは口を出してしまう。
「ああ、わかるよ。俺も自分の目で見ていなきゃ信じられないしな。だが、本当なんだ。いきなりあいつらは現れたんだよ」
ジンの反応はハンスも予想していたのだろう。見たこともない種族というのも含めて疑われるのも無理はないと、重ねてそれが事実であると証言した。
「いえ……話を遮ってしまってすみません。信じます。続きをお願いします」
だが、『空間魔法』による転移を実際に体験しているジンにとっては、突然現れたという現象を疑問に思ったのではない。気になったのは別のことだったが、まずは話を遮った謝罪して続きを促す。全ては話を聞き終わった後だ。
「それでここからが問題なんだ。……いきなりで驚いたのもあるが、俺は思わず矢を握っていた手を離しちまった。当然矢は兎に当たることなく、その側の地面に突き刺さった。……そう、その集団の側にな」
ジン達の顔が厳しいものに変わる。
「あいつらにしてみればいきなり攻撃されたわけだから、怒るのも当然だよな。慌てておれはすまないと叫んだんだが、それに応えたのは聞いたこともない言葉だった。そこで気付いた。あいつらが今まで見たことがない種族だってことにな。見た目は似ているんだが、頭に角が生えていたんだ」
角が見たこともない種族という根拠なのだろう。だが、ここで問題なのはその姿形ではなく、その彼らに敵対行動ととられないことを既にしてしまっているということだ。
「その後はそいつらの何人かが武器を構えたりしたんで、おれは慌ててその場から逃げた。あいつらは百人以上はいたし、俺が矢を射っちまったんだから当然かもしれないが、妙に殺気立ってたから恐ろしくて……」
申し訳なさそうにハンスの身が縮こまるが、さすがにハンスを責めるのは酷だろう。タイミングが悪かったとしか言いようがなかった。
「そりゃあ逃げるのも仕方がないさ。それにこっちが悪いんだから、むしろ追いかけられなかっただけマシさ」
「はい。すみません」
ミリアの言葉にハンスも頷く。
「しかし角が生えてて、言葉が通じない奴らか。一体そいつらは何者だろうね?」
この場にそのミリアの疑問に答えられる者はいない。だが空間魔法と思われるものを使いこなす上、人数も百人を下らないという。このまま敵対したと思われている状況が続くのが良いはずもない。
(ペルグリューンさんの関係者とか?)
『空間魔法』の使い手に、ジンにはペルグリューンのような聖獣しか心当たりがない。
「相手がどんな方達かは後で考えましょう。とりあえず今は急いで彼らの誤解を解く必要があると思います」
そのアリアの意見に異議を唱える者はいなかった。
予定より大幅に遅れて申し訳ありません。
次回以降は三~四日に一回の更新を目指します。
今回はえ?と思われる展開かもしれませんが、一応ラストまで大筋はできております。今後ともお付き合いいただければ幸いです。
ありがとうございました。