父母祖父母
「着いたー」
リエンツを出てから二十日後、ジン達はジャルダ村へと到着した。以前Bランク昇格試験でここを訪れた際にかかったのが半月程だったので、かなりのスローペースと言えるだろう。
ただその分のんびり旅をすることができたし、家族水入らずでゆっくりできたことで『暴走』関係で溜まった疲れも癒やすことができたようだ。
村に到着したジン達は、早速エルザの実家へと向かう。
「……やっぱり、いざとなるとちょっと緊張するな」
その道すがら、ジンは照れくさそうにエルザに話しかける。これから待っているのは結婚における関門の一つ。人によっては最大の関門と語る両親への挨拶だ。ジンとの結婚が決まったのが『暴走』の直前だったこともあり、エルザは両親へ手紙を送っておらず、ジンは一から説明する必要があった。
「……それより、私は母さん達の反応の方が心配だよ」
話しかけられたエルザにとっても、待っているのが大きなイベントであることは変わらない。ジンと同じく若干照れくさそうに応えたが、それよりも気がかりなことがある。彼女の脳裏にはニヤニヤ笑いの母ミリアの顔が浮かんでいた。
「うふふっ。前からミリアさんはジンさんのことを婿扱いしてたし、心配いらないでしょう。ただ、確かにここぞとばかりにからかってきそうではあるけどね」
「ふふっ。私もそう思います。でも、喜んでくれるんじゃないでしょうか」
アリアとレイチェルが楽しそうに笑い声を上げる。
前回会った時、ミリアだけでなくその夫マキシムもジンという存在を好意的に迎えていた。それがエルザの結婚相手としての意味であったことは、当時ジン以外の全員が理解していたことだ。なのでアリア達もここに来て今更結婚を反対されるはずもないとは考えていたが、それでもあの快活で遊び心のあるミリアが、この結婚という絶好のネタを前に大人しくしているとは思っていない。
「まあ、駄目とは言われないだろうとは俺も思っているけど、緊張はそれとは別の話だしね。それに……」
ここでジンは一旦話を止め、照れくさそうに頭をかく。
「あの時から俺も色々考えるようになっただろ? だから感慨深いってのもあるかな」
前回の訪問時にマキシムと交わした会話をきっかけに、ジンの意識は大きく変わった。それまで考えないようにしていた女性としてのアリア達、彼女達が結婚や子供を産むために自分から離れる可能性があることを自覚したのだ。それはジンの心に不安や嫉妬の感情を呼び起こし、そんな自分に対して自己嫌悪を覚えさせた。これをきっかけにジンはしばらく悩み続け、それは女性陣から告白を受けるまで続いた。その後は別の悩みに頭を悩ませることになったが、それはある意味幸せな悩みだ。
いずれにせよジンやアリア達にとって、前回の訪問が人生のターニングポイントとなったのは間違いない。
「そうですね……」
当時を思い出したのかアリアが感慨深げにつぶやくが、その顔に浮かべるのは紛れもない笑みだ。そしてそれはエルザやレイチェルもまた同様だった。
「シリウスも増えたよ! ミリア……お祖母ちゃんでいいのかな? お祖母ちゃんとお祖父ちゃんにもちゃんと紹介しないとね」
他にもミリア達に報告することがあるよと、シリウスを撫でながらトウカが朗らかに主張する。
《楽しみ! ちゃんと挨拶する!》
シリウスもまた嬉しげな思念と共に勢いよく尻尾を振っていた。
前回の訪問時と違うのは、新しい家族としてシリウスが仲間入りしたことだ。今のシリウスの姿はどこにでもいそうな茶毛の中型犬だが、本当の姿は白毛碧目の聖獣だ。
地震や暴走の混乱の最中とはいえ、その姿が衆目にさらされている以上、噂が広がるのを止めることは難しいだろう。である以上ミリア達に隠す意味もないし、何よりシリウスにとってもミリアとマキシムは祖父母となるのだから、普通の犬の振りをして話すななどと言えるはずもない。ジン達はシリウスが聖獣であることを正直に話すつもりだ。
「あはは。そうか、トウカやシリウスにとってはお祖母ちゃんか」
エルザはトウカとシリウスの会話に頬を緩ませながらも、反撃の糸口を見つけたと違う意味でも笑みを見せる。ミリアの見た目は三十代でも通るが、実年齢は六十を超えているだけに、お祖母ちゃんと呼ばれるのを喜ばない可能性も充分考えられた。
「ふふっ。トウカもシリウスも、お祖母ちゃんと呼ぶのは俺がちゃんと挨拶をした後だぞ?」
やられっぱなしは悔しいんだろうなと、ジンは負けず嫌いなエルザの一面が可愛らしく思える。
ことメリンダやミリアが相手となるとエルザはいじられ役になりがちなだけに、少しでも対抗手段が必要なのだろう。ただエルザと結婚するということは、ジンにとってもミリアやマキシムは父母となることを意味する。一応いきなりだと嫌がる可能性を考慮し、注意するようにとトウカに伝えるジンだったが、この世界で広がる新しい絆を思い、その顔には満面の笑みが浮かんでいた。
「……ねえアリアさん、トウカちゃん達にお祖母ちゃんて言われても、ミリアさんは喜ぶような気がしません?」
「ええ。私もそう思うけど、ここは言わないでいてあげましょうか」
やられっぱなしでは終わらないと気炎を上げるエルザを横目に、そんな彼女を気遣って口をつぐむアリアとレイチェルであった。
この少し後、二人の予想は的中することとなる。
そして翌日、冒険者を目指す孫娘の力になろうと、ミリアと共にジン達一家は早朝から訓練場へ来ていた。訓練場と言っても実際はちょっと開けた広場のようなものだが、エルザもここでミリアから剣を学んでいた馴染みの場所だ。
「よーし、それじゃあ軽く素振りをしてみよっか」
「はい、ミリアお祖母ちゃん!」
しっかり準備運動を終わらせた後、ミリアがトウカを促す。トウカは準備運動前にジンからもらった木剣を手に、やる気満々の笑顔で応えていた。
「……ったく。私の時はなかなか剣を持たせなかったくせに」
「まあまあ、仕方ないさ。ミリアさんはトウカといつも一緒にはいられないんだし、記念にしたいんじゃないかな」
二人の様子を眺めながらぼやくエルザを、苦笑しつつジンがなだめる。
女の子らしく育って欲しいと、エルザにはなかなか剣を持たせようとしなかったミリアだったが、これがこと孫になると話は違うらしい。ミリアは昨晩の宴の中でトウカの冒険者になりたいという夢を聞くと、それならば私が鍛えてあげると買って出たのだ。
本来ならもう少し体を鍛えてからと考えていたジンだったが、平行してやればいいじゃないと説得されていた。
「そうですよ。ミリアさんもトウカちゃんもあんなに嬉しそうじゃないですか」
「そうね。さっき木剣をもらった時も凄く喜んでいたし、二人のあの笑顔に免じてここは許してあげましょう」
あなたの気持ちはわかるけどと、レイチェルとアリアがエルザをフォローする。実際教える方も教わる方も、どちらも眩しいほど満面の笑顔だ。ミリアにとっては初孫に初めての剣を教えた日であり、トウカにとっては初めて剣を持たせてもらった日でもあるのだからそれも理解できる。この村にはあと二日ほど滞在するつもりだが、今日のことはトウカの記憶から忘れられることはないだろう。
(親は子供よりも孫に甘くなりがちという話は聞いたことがあったけど、実際そうなのかもしれないな)
孫を可愛がるあまり、欲しがるおもちゃを全部買ってあげる爺婆の話をジンは聞いたことがある。同時に溺愛が過ぎると頭を悩ませる父母の話も聞いたことがあったが、今回のミリアのこれは充分許容範囲ではあった。……ただ、特にエルザにとっては不満が全くないというわけではないようだ。
「初めては私が教えたかったのに……」
じんわりした暗い想念と共に、エルザがボソッとつぶやく。
どうやら自分の時との対応の差も気になるものの、それ以上にエルザは初めての剣の指導役を取られてしまったことが残念だったようだ。
思わずジンとアリア、レイチェルの視線が交わり、それぞれの口元も緩む。
「……あー、トウカのことはミリアさんに任せて、そろそろ俺達もやろっか! さあエルザ一緒にやるよ! まずはエルザからでいいからさ」
そしてジンは殊更明るい声をあげ、対面稽古へと彼女を誘う。アリアやレイチェルもそうしてあげてくださいと、微笑みで返していた。
「……思いっきりやってもいい?」
モヤモヤを吹き飛ばそうとそているのだろう。ジンを見るエルザの目は真剣そのものだ。
「……もちろん!」
思わずゴクリとつばを飲み込みながらも、これも夫となる者の役目と頑張るジンであった。
遅くなり大変申し訳ありません。
体調不良もあって、うっかり更新したつもりで日数が経っていました。
それで今後についてですが、今回で一旦更新を休止させていただき、一度大雑把に完結まで道筋を書いてみようと考えております。
目標としては年内には作業を終わらせて更新を再開するつもりですが、少なくとも1か月ほどは更新をお休みさせていただくことになると思います。
皆様には申し訳ないのですが、それ以降は更新速度も上がると思いますので、どうかご理解いただけますようお願い申し上げます。
ありがとうございました。