家族の形
頭上に輝く太陽が大地を優しく見守る中、ジン達を乗せた馬車はゆっくりと進む。
元々急ぐ旅ではないが、そのスローペースにはもう一つ理由があった。
「はっ、はあっ、はっ」
馬車のすぐ横を走るのは、動きやすい恰好に着替えたトウカだ。やや息は上がっているものの、その視線は真っ直ぐ前を見つめている。
「よーし、その調子だ。頑張れー」
「はい!」
すぐ横を併走するエルザに、トウカが元気よく応える。リエンツを出発して早八日、毎日続けてきていたことだけに、こうして馬車の横を走るのももう慣れたものだ。
トウカが冒険者になりたいと家族に宣言してから、こうした運動や魔法文字の勉強はほぼ毎日行われている。今はまだ何の面白味もない地道な体力作りの段階だが、それでもトウカは真面目に取り組んでいた。
こうした日頃の鍛錬でステータスが上がることはないが、ステータス上に変化はなくとも、鍛えれば実際に持久力や腕力などがつくのも事実だ。決してこうした体力づくりが無駄になることはない。
また、利点はこれだけではない。
「努力は嘘をつかないからなー。苦しくても頑張れ―」
エルザが口にしたそれにハッキリとした根拠があるわけではないが、「鍛えていた奴はステータスの伸びが良い」というのは、実体験として多くの冒険者達が感じていることだ。
――よく勉強をしている者は魔力強度(INT)の伸びが、野山を走り回っている者は持久力(VIT)の伸びが、力仕事をしている者は腕力(STR)の伸びがといった具合に、日頃の生活態度がステータスの伸びを左右する傾向があるようだった。
ただ、これはあくまでその傾向があるという体感だけで、確証があるわけではない。また、普段の冒険者活動でもある程度は鍛えられこともあり、それに加えて地道なトレーニングをしようとする者はほとんどいなかった。ほとんどの冒険者は、実際に目に見えるレベルアップを重視するようになりがちだ。
ジン達の影響により、今でこそリエンツではスキルアップのために模擬戦などの実践的な訓練をする冒険者は増えたが、ステータスの向上を狙って地道なトレーニングをする者はまだまだ少ない。
「はい!」
だが、だからこそこうした地道なトレーニングの有無が他の冒険者との大きな差別化要素となり得る。
トウカがこうしてマラソンに取り組んでいるのも、直近では訓練に耐えられるだけの体力をつけたいのと共に、将来的にはステータスを伸ばしたいからだ。これ以外にも同様の理由で馬車の中ではジンお手製の鉄アレイなどを使って腕力を鍛えたり、魔法文字の勉強をして頭を鍛えたりしている。
もちろん適時に休憩を挟みながらではあるが、トウカは優秀な教師でもある家族と常に一緒にいるという今回の旅をこれでもかと有効活用していた。
そして約三十分後、馬車が停まり、トウカ待望の休憩時間となった。
「――ふぃ~。おなか減った~」
《おつかれ。姉上。父上、ご飯! 姉上、いっぱい食べる!》
お腹が減ったと、テーブルに突っ伏すトウカを気遣い、その周りをシリウスが走り回る。同時に早くご飯をとせっつくその念話の内容に、ジンは微量の苦笑を浮かべながらも大いに和んでいた。
「もうすぐできるからなー」
いつもなら食事の用意を手伝うトウカだったが、さすがにこのハードワークは堪えているのだろう。ただこれでもだいぶましになった方で、この旅が始まった当初はぐったりして声を出す余裕もなかったほどだ。 まだ疲れ気味なのは変わらないが、こうして空腹を訴える余裕があるだけでも、この八日でトウカに少しは体力がついてきたことがうかがえた。
「はいはい。トウカ、ご飯の前に手洗いでしょう。こっちにおいで。水を出すから」
「はーい」
その様子に苦笑しながら、アリアは食事前の手洗いを忘れていたトウカを手招きで呼ぶ。それに素直に応えたトウカは、アリアに生活魔法で出してもらった水で手を洗った。
生活魔法は一般的には十三才頃に神殿で覚えるものなので、トウカもまだ生活魔法は使えない。ただトウカは魔法も覚えたいと考えているので、修行をするためにも前倒しで習得する必要があるだろう。トウカの教育にはアリア達三人全員が関わっているが、魔法はアリアがメインに担当することになっていた。
「ありがとー、アリアお母さん」
とはいえそれはまだ少し先の話だ。今はまだ自分にできないことをしてもらったのだからと、トウカはアリアに感謝を示した。
「……はい。どういたしまして」
その眩しい笑顔と「お母さん」という言葉の響きを堪能していたのか、アリアの返事が僅かに遅れる。
ジンがアリア達をお嫁さんにもらうと聞いて以降、トウカが彼女達を呼ぶ際の呼称はなかなか定まらなかったが、今ではそれぞれ「アリアお母さん」「エルザお母さん」「レイチェルお母さん」と、彼女達のことを自然にお母さんと呼べるようになっていた。
「できましたよー。トウカちゃん、運ぶの手伝ってくれる-?」
「はーい。今行くよ、レイチェルお母さん」
そしてジンと一緒に料理をしていたレイチェルが昼食の完成を告げると、すぐにトウカはお手伝いに向かう。料理の手伝いはまだでも、配膳や片付けならばできるくらいの体力はついている。第一の目的地であるハウリン村まだあと十日ほどだが、この分ならトウカは到着する頃には料理のお手伝いも再開するようになっているだろう。
「うふふ。ありがとう」
蕩けそうな笑顔で応えるレイチェルは、トウカの教育においてはサポート全般を担当している。ただ、どちらかというと冒険者としての教育よりも、日常生活における教育の方が比重が大きいかもしれない。
そうこうしているうち出来上がった料理も運び終わり、全員がテーブルに着く。
「――よし、準備はいいな。では、いただきます!」
「「「「《いただきます!》」」」」
恒例の「いただきます」から、今日も楽しい昼食が始まった。
《美味しい。父上、レイチェル母上、美味しい!》
「ふふっ。シリウスちゃん、いっぱい食べてね」
嬉しさ全開のシリウスの念話に、レイチェルからも自然と笑みがこぼれる。
聖獣であるシリウスには本来食事は不要だが、食べても問題ないということがわかってからは、できるだけ一緒に食事するようにしている。もちろんフォークやナイフを使ってというわけにはいかないので、シリウスが食べやすいように配慮はしている。ただメニューは基本自分達と同じものを食べさせるようにしており、今ではシリウスも美味しく楽しい食事の時間を楽しみにするようになっていた。
……いささかシリウスが独り立ちした後の食生活が心配ではある。
「よーしトウカ。冒険者は体が資本だからな。勉強の後にはまたトレーニングするんだから、しっかり食べるんだぞ」
「うん! エルザお母さん」
体力担当のエルザお母さんに、満面の笑顔で応えるトウカ。食事の後は馬車の中で魔法文字をアリアから教えてもらい、その後はまた夕食までトレーニングが待っている。
それは修行と言うよりも、親子のコミュニケーションと言うべきか。自らが望んだことでもあり、これらをトウカは楽しみながら行っていた。
「旅って楽しいね。お父さん」
《楽しい!》
そして周囲からこぼれる笑顔の数々に、ジンもまた幸せそうに笑顔を浮かべるのであった。
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