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見送る者達

 二度の呑み会からさらに時は過ぎ、いよいよジン達が街を離れる日がやってきた。

 出立が決まって以降、ジン達は数回の呑み会や挨拶回りなどで仲の良い人々には別れの挨拶を済ませていたが、それでも意外な程多くの友人達が見送りに来てくれていた。


「それじゃあ、行ってきます!」


 馬車の御者台に座ったジンが、見送りの人々へ最後に改めて別れを告げる。今回の旅にはアリア、エルザ、レイチェルというパーティメンバ―だけでなく、トウカやシリウスという子供達も同行している。彼女達も荷台からそれぞれ見送りの人々へ行ってきますと出発の挨拶を交わしていた。


 それに応えるのは野太い声。


「おう、行ってこい」


「こっちは任せろ。無事に帰ってこい」


 リエンツにはまだ『迷宮』という懸念材料が残っており、まだまだ冒険者が必要とされている。そんな中リエンツを旅立たざるを得ないジン達に、こっちのことは心配するなと、グレッグとオズワルドが力強く応えていた。


 落ち着いた優しい声も応える。


「サマンサさんのことはお任せください。道中お気を付けて」


 迷宮と共にジン達が後ろ髪を引かれるもう一つの理由――出産を間近に控えるサマンサのことは心配いらないと、神殿長であるクラークが請け負う。神殿には所謂産婆の役目を担う専門の女性神官が何人もおり、加えて回復魔法という神秘も存在するため、この世界では現代日本と同等かそれ以上の安全性が確保されている。加えてジンも万一の時のために複製ポーションを渡してはいるのだが、それでも出産のリスクを考えてしまうのは、いささか心配性が過ぎるといったところか。

 だが、こうして医療に関して専門家でもあるクラークの力強い言葉を受けたからこそ、ようやくジン達も安心して旅立てるというものだった。


 最後に頼もしい同僚達の陽気な声が聞こえる。


「土産は酒でいいぞー」


 お調子者のエイブが笑顔でそう言えば、お互いに気心の知れる仲となった『巨人の両腕』のヒギンズが苦笑して続く。


「ふっ。しっかり楽しんでこい」


「そうそう、せっかくの家族旅行だしね」


 さらに『セーラムの棘』のコロナも続く。片付けなければならない問題がいくつかあるとはいえ、確かに今回の旅は家族旅行と言っても問題ないだろう。


「帰ってきたときにはもっと強くなってやる!」


「俺も強くなるぞ!」


 決意表明をするのはアルバート、それにクリスも続く。この二人は共にジンに真っ直ぐなライバル心を抱いており、それは先日の戦いで超常の力を見せたジンの姿を見ても変わらない。

 あの戦いに参加した者達は、多くがレベルを3~5以上も上げており、同時にあの死闘を乗り越えたことでスキル面でも成長が著しい。そしてなにより、あの激戦は貴重な経験となり、彼らに自信と誇りを与えていた。おそらく今後も彼らが成長を止めることはないだろう。


「気をつけてな」

「無茶するんじゃねえぞ!」

「また一緒に呑もうぜ」


 ゲインが、ジェイドが、ガストンが。ここに集った五組の冒険者達が思い思いに別れの言葉を贈る。あの時祝勝会と称したお別れ会に集った冒険者達は、示し合わせたわけでもなく、自然と全員ここに集まっていた。


「また会おう!」


 それは約束であり、願いでもある。――そしてそれが果たされないはずもなかった。




「――行っちまったな。……さあ、気合いを入れるか!」


 豆粒ほどにしか見えなくなった馬車から視線を外し、グレッグがパンと己の両頬を叩く。


「そうですね。『迷宮』の方はあいつらに任せて大丈夫でしょう。ジン達に後を頼むと言われて、大分気合いが入っているみたいですから」


 そう言いながら微笑むオズワルドの視線の先には、未だに去りゆく馬車を見つめている冒険者達がいた。グレッグもそちらに視線をやると、同じように微笑ながら頷く。


「そうだな。……それで俺の方はあれから何人かに声をかけてみたんだが、ボルンとベディの奴が協力してくれるそうだ」


「おお、それは心強いですね。私も今度エルクの奴に連絡してみます。あいつなら話を聞いてくれるでしょう」


 グレッグとオズワルドの会話に出てくる人名は、どれも昔馴染みの冒険者仲間達の名前だ。それぞれ冒険者ギルドの支部を任せられていたり、転職してそれなりの地位についていたりと、ある一定以上の地位と権力を持っているというところが共通していた。


「クラークさんばかりに頼っていたら申し訳ないからな。俺達も使える伝手は全部使ってジンの後ろ盾になるぞ」


 現在ジン達の後ろ盾として最有力なのがクラークが所属する神殿なのは間違いないが、それ一つでは危ういかもしれないというのがクラークとグレッグ共通の見解だ。それは説得力が足りないという意味ではなく、後ろ盾が一つではその組織の意向にジン達の人生が左右されかねないという危惧だ。

 クラークはナサリア王国の神殿組織で確固たる地位を築いていたし、そのトップとも親交が深い。そのクラークが後ろ盾になるからには、神殿がジンに不利になる条件を付けてくる状況を良しとするはずがない。だが、それはあくまでクラークが健在である期間だけの話だ。ステータスで賞罰が確認できるこの世界では宗教組織にありがちな腐敗とは無縁だが、それでも何らかの利益を求めるのは組織として当然で、神獣という伝説の存在に関わるジンを有効に活用したいと思うことは罪とは言えないだろう。

 今後ずっとジン達の自由を確保するためにも、お互いに牽制して無茶を言えないよう、後ろ盾は多いほど良かった。


「クラークさん、この後ちょっとよろしいでしょうか?」


 クラークはグレッグ達の同士であり、そして個人的には妻サマンサの主治医的な存在でもある。グレッグはクラークに声をかけ、改めて今後のことを話し合い、お互いの情報を共有するのであった。





 そしてもう一つ、別のアプローチを考えている者達がいた。


「さあて、それじゃあ『迷宮』に行きますかね」


 ジン達の馬車が見えなくなり、ようやく冒険者達が動きだす。エイブが言った通り、ここに集った冒険者らは全員これから『迷宮』に潜るつもりでいる。『迷宮』内の魔獣を倒し、万が一にも再び『暴走』が起こるような事態にならないようにするというのは、ジン達と彼らとの約束であった。


「それで、ムースは親父さんに手紙を書くことにしたのか?」


「ああ。自分の親に全幅の信頼を置けないのが情けないが、おそらく直接的にジンを利用しようとは考えないと思うんでな」


 ムースの父親は王都で議員をしているが、既に五期以上務めるベテランであり、議会では重要な役割も受け持っている。個人としては後ろ盾として少し弱いかもしれないが、長年議会で活躍してきただけあって、その人脈は侮れない。各方面への根回しには絶好の人材と言えるだろう。

 ゲインにそう応えるムースであったが、商人としての側面も持つ父親であるだけに、やや不安も隠せない様子だ。


「大丈夫じゃねえ? ちゃんとジンのことを伝えりゃあ、最悪味方にはならないとしても、まず敵対することはないだろう」


 撃退戦で見せた『古代魔法』一つとっても、まともな考えの持ち主であれば利用することは考えたとしても、敵対だけは絶対に避けるだろう。

 エイブの言葉に苦々しい口調でムースが返す。


「そのちゃんと伝えるってのが難しいんじゃないか。どこまで書いて良いもんか……」


 ジンが決戦で見せた力はいくつもあるが、その内の一つだけをとっても常識ではあり得ないものだ。どこまで教えていいものかムースには判断がつかなかった。


「その辺りはグレッグさんに相談するしかないだろう。できることがあれば俺達も協力するよ」


「そうだな。俺もグレッグさんには話を通しておかないといけないと思っていたし、帰りにギルドに行ってみるか」


 ゲインの言葉に、ムースもようやく笑みを見せる。


「はいはい。そうと決まったら、今日の仕事をキッチリ済ませるよ。『迷宮』からの帰りには私達も付き合うからさ」


 最後にそうまとめたのは、少しだけ年長のミラだ。それに神官のスピカを加えた彼ら『風を求める者』五人は、この後意気揚々と『迷宮』へと向かい、そして今までより更に深くまで階を進めるのであった。



 そしてもう一組、後ろ盾となり得る伝手を持つ者達がいた。


「ねえ、コーリン。私達もあの人に連絡を取るべきじゃない?」


「……あまり気は進まないが、やむを得ないか」


 コロナの提案に、渋々といった感じでコーリンが応える。元貴族として貴族学校に通っていた彼らは、ジン達の後ろ盾となり得る相手に心当たりがあった。


「もしかしてあの先輩ですか?」


 コロナ達より一学年下のオレガノにも、彼女達が連絡を取ろうとしている人物に心当たりがあったようだ。


「ええ。私とコロナの同級生で、なにかと目立っていたあの人よ」


 肯定するコーリンだったが、どこか疲れたようなその表情から、その人物に対して抱いている感情が決して好ましいものだけではないのがうかがえた。


「ははー。私は名前くらいは知っていますけど、あまりよく知らないんですよね」


 おそらくその人物とはコーリン達と同学年なのだろう。オレガノより更に一学年下のジョディには接点があまりなかったようだ。、


「誰のことを言っているのか俺にはわからんが、俺達もそれぞれの親に連絡をとっても良いんじゃないか?」


 そして更に学年が下となるクリスには、その人物に心当たりがないようだ。ただ、いくら貴族を辞したとはいえ、クリス達の親族が貴族であることには変わりなく、それは充分な伝手となるのではと疑問を投げかける。そしてそれは間違いない事実でもある。


「そうね。どこまでの情報を開示するかはグレッグさん達に相談するとして、実家に連絡を取るのも悪くないかもね」


「そうですね。幸い身内に困った人はいないし、いくら家を離れたからといって、みすみす実家に危ない橋を渡らせる必要はないですもんね」


 コロナが賛意を示すと、すぐにジョディも同意する。ジンは味方としてはこの上なく頼もしい存在だが、万が一敵となれば極めて恐ろしい存在となり得るだろう。


「はは確かに。ジンはかなり優しい奴だが、怒らないというわけじゃないだろうからな。……そんな馬鹿な真似をする奴はいないと思うが、知らずに逆鱗に触れるようなことは避けねばならん」


 ジンが敵になるという可能性をはなから考えていなかったせいか、最初は笑い飛ばしたコーリンだったが、次第にその口調が真剣なものへと変わる。


「……そう考えると、あの人はちょっとやばい気もしてきた」


 そのコーリンの結論は、くだんの人物を知る者ほど同意できるものだった。


「あー、確かに無自覚に逆鱗に触れかねないね」


 同級生だっただけに、その人物をよく知るコロナは大きく嘆息した。


「ううん。そうならないように気をつければいいだけよ。うまくいけばジンさんの力になるのは間違いないんだから」


「そうね」


 この結論を総意として、『セーラムの棘』はその人物と共に彼らの親族に連絡を取ることになる。


 ――こうしてジンの助けとなるかもしれない人物に伝手を持つ冒険者達は、それぞれグレッグらと打ち合わせをしながら独自の行動をとっていく。

 そして後に、これらの行動が王都でちょっとした騒動を巻き起こすことになるが、それはもう少し未来の話になる。


お読みいただきありがとうございます。

次回は29日辺りを予定していますが、ここしばらく話も更新もスローペースですので、できれば早めます。


あと宣伝ですが、現在『異世界転生に感謝を』六巻が発売中です。できましたらこちらも応援よろしくお願いします。


ありがとうございました。


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